第十七話 遊園地へお出かけに
『ねぇ、ルアリ。貴方は貴方の好きに生きていいんだよ』
一人の赤い帽子をかぶったボブの髪の少女、柏野さんがルアリというボウカンシャに話しかけていた。ルアリは、変わらず大きな黒いリボンを首に巻いている。
『じゃあね、ルアリ。私は行かなくちゃ。だいじょうぶだよ、きっとすてきな出会いが待ってるからね!』
そう言って、柏野さんは扉を開けた。開けた瞬間、柏野さんは消えていた。
(…最初に見た夢、か…)
先輩と柏野さんの物語は一旦、終わりを迎えた、ということだろうか。
今日は一月二十八日、現在時刻午前八時半。先輩はまだ横で寝ている。いつの間にかスマホのアラームを解除してしまっていたらしい、一時間も寝坊してしまった。
「先輩、いつも七時半に起きてたのになぁ…」
先輩を起こして朝ごはんにハムを下に敷いた目玉焼きを作り、先輩が好きなトマトを切って出した。二人とも目玉焼きは半熟である。
「「いただきまーす」」
どうやら記憶が無くなっても好物は同じのようで、先輩は殆ど嫌いなものが無かったので非常にご飯が作りやすい。
「りはー、おへはへひはい!」
先輩がお米を口に含んだまま話すので、何を言っているのか全然分からなかった。
「先輩、喋る時は口の中のものを全部飲み込んでからですよ」
私がそう言うと先輩は「あ、そっか」という顔をして、しばらく咀嚼してから飲み込んで言った。
「理沙ー、お出かけしたい!」
「お出かけ…ですか?」
「うん。あのね、読んだ漫画でね、遊園地っていうのが出てきたんだよ。それでね、楽しそうだったから」
「そういうことですか…」
先輩が記憶を無くしてから、未だ一度も外に出させた事は無い。それは他ならぬ安全の為なのだが、たしかに先輩も外で遊んでみたいのだろう。ルナさんと大輝の手掛かりは未だ掴めていないが…。
「良いですね、行きましょう!唐館さん達呼んでも良いですか?」
「うん!」
先輩が安全に外に出るには、少なくとも変装やらなんやら必要そうだからだ。とりあえず手当たり次第に遊園地に行かないかと誘うと、まず唐館さんと海里さん、次に萌さん、その次に光村と高波が行くと返事をした。モアさんと宮成さんは今日は用事があるようで断られてしまった。因みに掛かる料金は別々で払う。
唐館さんの幻で先輩を包んでカモフラージュする。一目で分かるように、夢で見た柏野さんを絵に描いて唐館さんに渡し、その通りに幻を作ってもらった。
「バッチシー!どう?」
「ありがとうございます、唐館さん!」
どこからどう見ても柏野さんである。
「これなら真衣さんだって他の人にはわからないわね。…っていうか、真衣さんがこんな状態って私ここに来て初めて知ったんだけど!?もう一ヶ月ぐらい前になったのよね、私だけ知らないっておかしくない!?」
萌さんが抗議する。
「いやあ、すいません。早く早くって修行を急かすもんだから話す隙無くって…」
「こんな大事なことは話すだろ普通…」
珍しく光村さんから突っ込まれた。結局融合種との戦いから敬語が抜けず、呼び方もあれからそのままである。
「先輩、まず何から乗りますか?」
来たはいいものの、どこから回るか考えていなかった。生前は遊園地なら大体県内だったが、そういえば死んでからは遊園地に行った事がなかったので、あの世の遊園地というのがどういうシステムか分かっていない。
(年齢制限とか身長制限とかどうするんだろう?)
死んだら身長を伸ばせないんじゃないのか、いや、普通に身体を変幻させることとかできるのかとか思いながら入り口に置いてあったリーフレットを読む。此処は『開園してからかなりの年月が経ちすっかり寂れてしまっている遊園地』をモチーフにしており、どこか懐かしい雰囲気に包まれた所である。所々塗装が剥がれており、観覧車はランタン型。あくまで『モチーフ』なのでちゃんとアトラクションは揃っている、十分楽しめそうだ。そういう私もワクワクが止まらない。
「うーん…あれがいい!」
そう言って先輩が指差したのは、入園してから真っ先に目に入ったジェットコースターだった。幾分か小さめで、初めて乗る子にはちょうどいいサイズだ。
「分かりました。…あ、フリーパスとか買った方が良いんですかね?」
「確かにな。真衣さん、ちょっと待っててね」
海里さんと一緒にフリーパス売り場まで向かった。
「あー、子供料金とかシニア料金とか関係なく一律なんですね」
「はい、黄泉にあるレジャー施設は大方年齢や身長は関係なく遊ぶことができますので。何名様ですか?」
「七人で」
フリーパスを人数分買い、先輩が乗りたがっていた『太陽コースター』に乗った。先頭車両には壁画に描いてありそうな顔がある太陽のイラストがあり、一両に二人乗りの八両編成、最大十六人乗れるようにになっている。先輩と私は一番前の車両に乗り、萌さんは私の後ろ、その後ろには光村さん達、そしてその後ろに唐館さん達という位置取りになった。ちなみに何故好きな場所を選べたのかというと、私達以外の客がチラホラとしか居ないからである。
「それでは、発車いたしまーす」
スタッフさんの合図とともに、ジェットコースターがゆっくりと動き出す。小さな坂のレールで動きが止まり、下った途端速度が格段に早まる。
「うわーーー!?」
初めてのジェットコースターに先輩は風に煽られながらも、キラキラとした目で楽しんでいた。
(良かった、喜んでくれてる)
アトラクション選びに失敗して泣いてしまったらどうしようかと危惧していたが、いらぬ心配だったようだ。降りてから、
「ねえ、次あれ乗りたい!」
と言われるがままに遊園地内を回った。
「あれなに?」
先輩が指を指した先には、射的があった。看板にはカウボーイのガンマンのような男性が描かれており、景品はお菓子やぬいぐるみ、おもちゃなどである。
「射的です、先輩。やってみますか?」
「やる!」
ということで、一人一回分ずつすることになった。フリーパスで一回分無料なのである。
「オレあれ欲しいなぁー」
「まかせろ」
ぬいぐるみを欲しがる唐館さんのおねだりに応えようと、海里さんが目一杯身を乗り出してコルク銃を構える。スコン、と見事命中したが、倒れなかった。
「…これ、明らかにだめなパターン。他のにしといたほうがいい」
「「だな」」
高波さんの意見に唐館さんと海里さんも賛同した。
「うーん…」
先輩が銃の装填が出来ないでいる、確かに私も小さい頃は苦戦した記憶がある。
「先輩、やりますよ。貸してください」
先輩から銃を受け取り、レバーを力強く引いてからコルクを詰める。
「これで大丈夫だと思います、やってみて下さい」
先輩は中にチョコが入っているお菓子に狙いを定め、撃った。その時の反動で腕の位置がずれ、標準は大きく外れてコルクは全く違うところへと飛んでいった。
「外れちゃったー」
「大丈夫ですよ、まだあと三発あります」
先輩の銃にまたコルクを詰めてから、撃つ。詰めて、撃つ。詰めて、撃つ。全て外れてしまった。
「ちょっと私もやってみますね」
糸を撃つ感覚に似ている。標準を定めて、弾道を計算する。まるで針に糸を通すように、精密な動きで引き金を引いた。スコン、とお菓子は落ちた。
「やった!やりましたよ、先輩!」
思わず、褒めて下さいと言わんばかりの反応をしてしまった。そしてその直後にどうしようもなく悲しくなったが、今日は先輩を楽しませるために此処に来たのだからしんみりしてはいけないと思い、気を取り直す。
「ほら、これですよね?」
「うん、ありがとう!」
観覧車にそれぞれ先輩と私、高波さんと光村さんに萌さん、唐館さんと海里さんの組み合わせで乗った。
(記憶がある状態で二人で乗るんだったらキスとかの流れになるんですけどね、ドラマとかだったら)
流石にこの状態でそれをするのはヤバい。ロリコンになってしまうと思いながらも、もっと前にも来とけば良かったなとまたしんみりしてしまう。
(…駄目だ…まだ私は、受け入れられずにいる)
この一ヶ月でもう慣れたと思っていたが、やはりいつもの先輩を心の底で求めてしまっている。そもそも子供といえども先輩の姿で復活してくれたことさえ奇跡だというのに。
「どうしたの?」
「…!いえ、何でもありませんよ」
暗い顔を無意識のうちにしてしまっていたのだろうか、心配されてしまった。
(いいかげん気持ちの整理をしないと、私はずっとこのままだ)
その時、ドオオンという轟音が鳴り響き、観覧車全体が揺れた。音がした方に振り向くとゴンドラに煙が上がっており、あれは唐館さんと海里さんが乗っていたものと気づくのにそう時間はかからなかった。
「…!?唐館さん!?海里さーん!?大丈夫ですか!?一体何が!?」
「大丈夫だ、俺が斬ってかわした!」
どうやら、無事だったようだ。
「だが、まず最初にオレを攻撃するということは、オレの能力を知ってるヤツってことだ。つまり…」
「流石だね、唐館さん。お察しのとおり、私さ」
「「「大輝!!!!」」」
「コイツが、あの真衣をあんなにした大輝、ってやつなのか…!?」
「…多分。僕達が知らなくて、それ以外の人達は知ってるから」
「憎ったらしい顔してるわね…」
光村さんと高波さん、そして萌さんは大輝、という名前は聞いたことはあるが顔は知らなかった。今、大輝は多数の人形を引き連れて観覧車の入り口あたりに立っていた。その人形は大抵が銃やら爆弾やらを持っている、大方違法武器か何かだろう。
「大輝!!何故真衣さんを裏切った!?」
海里さんが大輝に大声で叫ぶ。
「面倒くさいからそんなの話さないよ、理解出来ないだろうし…って、これは理沙さんとルナさんにも言ったね。ルナさんはどうしたんだい?このメンバーなら居そうなものだと思ってたけど、珍しいな」
どうやら大輝にもルナさんの行方はわからないようだ。
「そっちが教えないならこっちだって教えません。何の用ですか、先輩は消滅しましたし、貴方が此処に居る理由は何も無いでしょう!?」
先輩が消滅したというのは半分嘘で半分本当なのだが、果たしてどう出てくるだろうか。
「何を言っているんだい、理沙さん。貴方の隣に居るじゃないか」
「!!」
カマをかけたのか、それとも本当に先輩だと分かっていて…!?
「でも今は戦力にならないようだね」
「…言っておくが大輝、お前はオレの能力をよーく知っている筈だ。オレに気づかれたらもう攻撃できなくなるからオレを真っ先に攻撃した…違うか?」
「違うね。ただ、この中で一番実戦経験が高い二人を選んだのさ。能力は関係なく」
「皆、降りるぞ!下に行ったほうがやりやすい、オレの近くに集まれ!」
私は先輩を抱えてゴンドラから飛び降りた。皆もゴンドラから飛び降り、一箇所に固まる。その途端、鉄のような材質のものに囲まれた。どうやらこの幻でガードするらしい。
「なるほど。でも、これならどうかな?」
何やら外の方で走ってくる足音が聞こえる。
「念のため防御しろ、皆!」
私は先輩と萌さんと一緒に外を確認するため少しだけ穴を開けた【パーフェクトボール】の中に入り、光村さんは【人体自然発火現象】、高波さんは【水化】で变化する。唐館さんは海里さんに大輝の動きを観てもらい、大輝の目が開いていることを確認する。やがて、大輝が鉄の箱に当たった、と思われたのだが…。
「…ヤバい、翔!!伏せろ!!」
「は!?」
大輝が幻の鉄箱をすり抜け、銃やら何やらを持った大量の人形達を中に引き連れてきた。
「全体、撃てーっ!!」
その途端、海里さんが唐館さんの上に覆いかぶさり、ズダダダダダ、と銃声が鉄箱内に響く。銃弾はほぼ全方位に撃たれ、光村さんと高波さんはそのまますり抜けていき、パーフェクトボールは銃弾を全て壁の途中で止めてくれたが、唐館さんをかばった海里さんは守り人姿の鎧の隙間から次々と銃弾が入り込んでいく。
「全体、装填開始!!」
人形達はリロード中のようだ、この隙に!
「海里さん、唐館さん!!」
【パーフェクトボール】を一旦解除し、再発動して唐館さんと海里さんを中に入れる。
「海里、海里!?」
唐館さんは海里さんの名前を呼びながら安否の確認をしている、どうやら海里さんは喉や関節をやられたようだ、息をすることも動くことも出来ないでいる。やがて、器と身体が分離してしまった。
「…すぐ回復屋に連れてってやるからよ、我慢しといてくれよな、海里…すまねぇ…」
その時、外から光村さんの声が聞こえた。
「人形達は全部燃やしておいた、あとは大輝ってやつだけなんだけどさあ…今全身燃えてんのにものともしないんだ!これじゃあオレはこれ以上ダメージは与えられない、早く来てくれ!!」
『・因果
一般的に運命と呼ばれるものであり、これを操るのは基本的に神々である。だが、一部の【縁結び】や【縁切り】といった能力を持つ守り人もこれらを部分的に操るケースが確認されており、あまり力を使い過ぎると精神崩壊や異常な対象への執着、時空の歪みなどが確認されている』
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