第十五話 物語の幕開け

「【縁結び】!!」

肩に重いものがのし掛かり、重圧で押し潰されそうになる。自身の糸に先輩の糸が繋がり、連鎖的に他の糸とも繋がっていく。そして、私の身体中に無数の糸が絡まって綱となり、鎖となり、縛られていくような感覚が襲った。手首から先は完全に赤い鎖で覆われ、 重い不快感と先輩と因果で結ばれているという喜びに頭がぐちゃぐちゃになる。やがて先輩の身体が形成されてきた。


先輩は小学生低学年ぐらいの姿になり、

「…こんにちは」

開口一番がそれだった。どうやら言葉は分かるらしい、先輩の元の身体は私の部屋へ移動してある。

「こんにちは。自分の名前、分かりますか?」

ルナさんが屈んで小さくなった先輩に目線を合わせ、優しく聞いた。

「…わかんない。誰?」

「僕はルナ、こっちは理沙さんです。そして、貴方の名前は、真衣といいます」

先輩はイマイチ状況が掴めないといった様子で暫く考え込み、きょろきょろと辺りを見回した。

「えっと…ここはどこ?」

「先輩の家です。あっ、先輩は真衣さんの事で…えっと、私と一緒にここに住んでたんですよ」

「一緒に住んでた…家族?それともシェアハウスだったの?」

「…家族、みたいなものですかね」

恋人だったし、この認識で間違ってはいない…筈だ。それにしても、状況整理が迅速で賢い。私なんかまだ心の整理が出来ていないというのに。いや、心の整理はできていないが、頭は何故か冷静である。

先輩は大体の単語の理解が出来るみたいなので一先ず安心した。


ルナさんが料理している最中、私は使っていなかった部屋を整理し不可視の糸を張り巡らせ、絶対に先輩を他の人達に襲撃されないような『巣』を作った。先輩は【縁切り】なので糸が見えるらしく、糸を弾いて遊んでいる。家の中は結界の中なので人形が動く恐れは無いが、念の為全部処分しておいた。先輩が元に戻った時大分ショックを受けるだろうが、先輩のためなので分かって下さい。

「先輩、暇つぶしってどんなのが欲しいですか?」

「うーん…漫画!ある?」

「ありますよ」

先輩と手を繋いで廊下を歩き、書斎に着いた。そういえば、初めて先輩の家に来た時最初に来た部屋がここだった。一緒に寝て、その前は先輩の隠していた同人誌が…。

「あっ!?」

「どうしたの?」

「あっ、いや、なんでもないです…」

先輩の秘蔵コレクションの事を思い出してつい大声を出してしまった。この幼い先輩に見つかるのは相当ヤバイ。次来るまでには整理しておこう。

「…えーっと、ちょっと待っててくださいね」

ステイ、ステイと先輩を待たせつつこの前先輩が推しに推していた漫画を手に取った。…これゲームの基礎知識無いと読めないようなものなんじゃないか?と思い近くにあった妖怪ものの漫画を手に取る。

「これなんかどうですか?」

「ありがとう!」

先輩の満面の笑み。ノロイと初めて戦った後、撫でられた時に見せたはにかんだ笑み。それが重なって、本当にこの子は先輩なんだなと再認識する。

「真衣さん、理沙さん。昼ご飯が出来ましたよ」

キッチンで料理をしていたルナさんが呼んでいる。

「行きますよ、先輩」

「はーい!」


なんだかんだで、ルナさんに料理を作ってもらうのは初めてである。ウインナー、人参、玉ねぎが入ったケチャップライスに焼いた薄い卵焼きを乗せた簡易型オムライスだ。先輩が作ったのは卵の上に炒めたケチャップライスを乗せてそのまま焼くタイプなのだが、

「僕、不器用で真衣さんのオムライスの作り方では失敗してしまうので、このやり方を教えてもらったんです」

ということらしい。

「おいひい!」 

先輩は口いっぱいにオムライスを詰め込んでいる。

「あ…」

前にオムライスを食べたのは私が先輩を好きな事がバレた日だったな、と思い出した。


「…理沙さん。貴方はこれからどうしますか?」

「え?」

オムライスを食べ終わり、先輩を部屋に連れて行った時ルナさんが言った。

「このまま過ごしていても、真衣さんを排除しようとする世界は変わらないでしょう。僕と組みませんか」

「組むって、何をどうするんですか…?」

「【第二次アルマゲドン】を起こすんです」

【第二次アルマゲドン】。この前に唐館さん達が言っていたものだろう。

「二人で、真衣さんの為の世界を創るんですよ。その為には真衣さん以外ならどんな犠牲も厭いません。敵はお構いなく薙ぎ払って、全てを服従させるんです。どうです?やりませんか?」

…確かに、姿が少し変わったとはいえ先輩は排斥され続けるだろう。そんな確信がある。だが、

『私は何があっても人間の味方でいると決めたからな』

突然、先輩の言葉がフラッシュバックした。そうだ。こんな時でも、先輩なら人間の味方をする筈。ならば、後輩である私がそれに従わなくてはならない。

「…やりません。先輩なら、こう答える筈だと思ったので」

「分かりました」

私が居なくても【第二次アルマゲドン】を起こす。ルナさんの冷静な眼がそう伝えていた。


翌日、ルナさんは行方不明になった。


「…で、そんな時にたまたまおれたちが遊びに来たってわけかー…」

光村と高波が家のチャイムを鳴らしたのは一時間前である。

「…協力する。大輝という名前は何度かスマホで見た事あるが、まさかそいつが裏切ってるとは思わなかった。そのルナさんも今後何を仕出かすか分からない。用心しておくと良い」

高波が淡々といつものように言った。先輩はポチと遊んでいる。どうやら今は積み木をしているようだ、小さいお城が積み上がっていた。

「でもさ、第二次アルマゲドンって予言では【日食がこれを終わらせる】って言ってたよな。何でわざわざ失敗するって分かってるのにやるのかが意味わからないんだよなー」

「そこですよ、私もルナさんが行方不明になってから思いました。結果じゃなくて過程に目的を置いてるなら話は別なんですけど…あ、ルナさんの目的地って誰か分かります?スマホも連絡がつきませんし、前テレビで見たんですけどなんかお偉いさん化け物にはなんとかかんとか~、とか言ってて政府も信用ならないんですよね」

「…僕たちは、信用するのか」

「前ポチをなんの考えも無く紹介されたので…」


「僧侶の目的地なら心当たりがあるぞよ!」

足元から声が聞こえ、直後に私の影と光の当たっている床からモアさんと宮成さんが飛び出してきた。

「僧侶?ってか、お前誰⁉︎」

光村が頭にハテナを浮かべている。

「アンゴルモアの大王、不知火 湊なり!雛鳥!僧侶は大方、大金庫に向かっていると推測するが…そもそもおまも誰なのや?」

モアさんが二人を指差す。そういえばこの四人初対面だった。

「僕は恐怖の大王、宮成 慎吾。それで、ルナさんの話なんだけどね、僕の悪魔の所に向かってると思うんだ。名前は【デジール】」

悪魔。私が告白した日に先輩からちょろっとだけ聞いたことがあるが、明確な定義は知らない。今度調べてみるとしよう。

「デジールは頭が僕の器と同じ双四角錐をしていて首が無く、胴体は鳥のような二本足が生えた白蛇。それに僕と同じ羽根が生えている姿をしているんだ。欲望、恐怖を主に操り、羽根は見た者を魅力する。それが強固な精神力を持つ者以外ね。あ、僕もその能力持ってるけど必要な時にしか使ってないから安心してね」

宮成さんが杖を壁の方へ翳すと、その壁にプロジェクターのように光の画像が映された。

「大金庫の中にはそのデジールが閉じ込められていて、神力遮断型魔法陣も張ってあるから守り人の能力も使えない。もしその魔法陣が無かったとしても僕の能力は【光】、不知火くんの能力は【影】だからギリギリ覗く事はできるだろうけど、あの部屋の中の照明が零点一秒間隔でついたり消えたりしてるから、能力で入ろうとすると胴体が切断される。周りの壁は真衣さんのような馬鹿力でもないと壊せないぐらいの強度だから、正面突破で入るしかないんだ。で、それをどうやってルナさんが成功させるかなんだけど…」

「「「なんだけど?」」」

「分からないのだよ!」

ズコーッ!という効果音が聞こえてきそうな清々しい返事だった。

「彼奴の能力は従来の天使の能力、【リカバリー】である為攻撃力は期待出来ない…筈なのやが、まあとにかく、彼奴に恐怖の悪魔を渡したら本当に世界を造り替えてしまうやもしれん!…まぁ我等は別に困らないのだが、雛鳥は【勇者の意思】を受け継ぐのだろう?ならば、再来するアルマゲドンを止めねばなるまい。我等は忙しいから出来る事はせいぜい勇者の子守ぐらいだが、他にも手助けが必要ならばいつでも呼んでくれい!子守で人間の感情が学べるかもしれんから一石二鳥だな!」

「あ、聞かれるだろうから先に説明しておくよ。不知火くんは真衣さんと同じように、色無しから生まれたんだ。魂の器の形も魂の色も同じでしょ?」

「魂の器って…もしかして、その杖の球のことですか⁉︎」

たしかに中は黒液だし、球体だが…模様は全く違う。先輩は武器にした時、さらに黒い縞模様の線が入る。モアさんのはボウカンシャの頭のような模様だ。

「魂の色は守り人の服装の色にも影響する…不知火君は黒と赤を基調とした服、真衣さんも黒と赤を基調とした服。君の服は白と青、僕の服は白と黄色。ちょっと個人差あるけど、同じ魂の色を持っている人は大体のカラーリングが同じなんだ。そして黒は色無しから生まれた魂しか持っていない。つまり、魂の色が黒であることは、色無しから生まれたという事を意味しているんだよ」

光村と高波は何が何だか分からない、という顔をしている。

「色無しから生誕した魂は完全な生物ではない。だから、我は人間に、生物に必要な感情が多々抜け落ちておるのだ。それは勇者も例外ではない」

モアさんは椅子の上で足を組みながら話す。宮成さんはその横でそれを聞いていた。

「っでも、先輩は人間としての感情を持っていたと思いますけど…今まで暮らしてきた者としては、普通の人間と何ら変わらない思考をしていたと思いますが…」

「それは大方、彼女が色無しだった時に柏野さんに拾われて多感に育ったからであるぞよ。それでもまだ足りない部分があるのだ、他人の感情が人よりも理解しにくかったり、人のセンスの共有がしにくかったり。まぁ、軽度の発達障害みたいなもの、と言えば分かりやすいか?」

「不知火くん、それはかなり不適切な発言だからね。今後はしないように」

「あれ、すまぬ」

宮成さんがコツン、と杖で軽くモアさんの頭を叩いた。

「最近では【多様性】の一言で片付いたりもするけどね。本来そこで終わらせずに、もっと人の性質を確かめるべきなんだけど…そこは置いといて、人と違うというのは、その人にとってかなり問題視されるんだよ。だから、その【人の感情】というのをマスターするのも、元色無しの不知火くんと真衣さんにとって大きな課題になるんだ」


先輩の子守を宮成さんとモアさんとポチに任せ、私は光村と高波と一緒に狩りへ行く事にした。

「にしても、問題が山積みだよなー。仮面男がいっぱい居る仮面グループに、ルナの第二次アルマゲドンの阻止に、大輝とかいうやつの目的だろー?黒咲の記憶は無くなってるし、それで徳も早いとこ積まなきゃなんねぇし」

影を飛びながら光村が話す。頼りになった先輩が戦闘不能、記憶喪失、幼児化というのは私にとって心細いが、いつまでも先輩を頼ってはいけない。心配点が多いので一人での行動はやめておくが、私も早く一人前の守り人にならないと。

「…光村、理沙。色有りが居る」

「えっ⁉︎」

高波が指差した先を見ると、スライムのようなぐちょぐちょしたものに、人体のパーツやら高級車やら金塊やら服やら色々な物が取り込まれている赤い色有りが居た。中には人も取り込まれている。取り込まれている人には意識がないらしい、目を閉じていて抵抗もしていなかった。

「…【シキカイジッタイトン】。スマホで調べたらそういう名前らしい。必要以上に欲する心から生まれるって書いてある」

高波が守り人に変身する。ポンチョのような黄色いレインコートをまとい、髪から水が滴った。続いて私達も変身する。

「戦うしかないな!早く助けねーと危ない」

「んじゃあ、いきますか!」


『・魂の修復について

魂のかけら二個で新しい魂が誕生するが、記憶や因果(→七十八ページ六行目)などは受け継がれない。六個から十個の魂のかけらで魂を復活させることもできるが、使った記憶や因果は戻らない。尚、二人のかけらを五個ずつ使い復活させた場合、記憶が混ざった状態の一つの意識が生まれた』

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