第十四話 器いっぱいに注がれた衝撃
取り敢えず、地元の小さな神社に来た。小さいと言っても割と賑わっているが、大きい神社だと長蛇の列が出来ていて入ることも難しいので車が二台か三台分空いているぐらいのここが丁度良い。御神木は堂々と立っており、灯籠に灯りが灯り、竹が生い茂っている。やはり夜の外なので寒いが、天候は悪くないので良しとしよう。神主さんが祈祷をしており、シャンシャンと神楽鈴を鳴らしていた。
「先輩、そういえば甘酒ってどんな味するんですか?小さい頃一回だけ飲ん#^_^____#だ事あるんですけど、どんな味だったか覚えてないんですよね」
「えー、あれ買うのか?やめといた方がいいと思うが…」
「まぁ、物は試しですし買ってみましょう」
幽霊専用の販売店で紙コップに入った甘酒を買い、嗅いでみた。鼻がひん曲がりそうなへばりつく匂いである。
「くっっっっっさ!」
思わずしかめっ面になり、紙コップと顔を離してしまった。
「だから言ったじゃんかやめとけって…」
「一回飲んでみたらどうですか?」
折角なので飲んでみる。モタっとした喉越しに何とも言えない味…。
「まずい…」
「ですよね」
「あー…全く」
そう言って先輩は甘酒を私の手から取り、ぐいっと飲み干した。
「うえー…ほら、全部飲んでやったからもう買おうとするんじゃないぞ」
まるで娘の嫌いなものを代わりに飲むお父さんである。
「ま、これは人によって好き嫌いが分かれるから仕方ないな。おみくじ引くか」
「…うーわ、凶だ。新年早々縁起が悪いな…理沙とルナは?」
「私は末吉ですね」
「僕は…小吉です。真衣さんは結んで帰りましょう」
「そうだな」
「小吉と末吉ってどっちが上なんですか?」
似たような質問をした事はあった気がするが、あまりに昔すぎて忘れてしまった。七歳ぐらいの時だっただろうか。
「小吉が上、末吉が下…と聞いたことがある。因みに中吉と吉の順番とかは地域によって違うそうだ」
「よく知ってますね」
「私も母さんに尋ねたことがあったんだ。ここの神社じゃないけどな」
お参りをして、帰路につく。
「そういえば、神様って消滅したんですよね。何でお参り来たんですか?」
「信仰心があれば復活するかもしれないだろ?神様って多分そういうものだと思うからな」
「えっ何ですかそのいい加減な目測は」
かなり適当である。その理屈で言ったら神様はもう全員復活しているのではなかろうか。
「僕が生まれたころにはもう神様はいらっしゃいませんでしたが、どんな方達だったんですか?」
「うーん…気さくなのも居れば怒りっぽいのも居て、現世に遊びに行くのや逆に引きこもりだったり…生まれながらの神や元人間や動物の神も居たから様々だったな。ちょっと前は新たな神様が現れたってニュースもあったが、あれは元々の神様じゃなくて元人間が殆どだったし…。あ、これは私が色無しだった時におねえちゃんと謁見した時の話なんだが、大蛇の形した水神様に睨まれて私が危うく消滅しそうになってるのを火の神が助けてくれたんだ。あの時はヒヤヒヤしたよ」
そう言いながら先輩は、とても楽しそうな顔をしていた。
その時、大輝さんがこちらに向かってきた。守り人の姿に変身しているが、ベージュのベストの下に白シャツ、黒のジーンズとなかなかに普通の格好っぽい姿だった。
「真衣さん達、丁度良いところに。ちょっと来てくれないかい?神のなり損ないに手こずってるんだよね」
「珍しいな、お前でも倒せないなんて」
「持ってた人形を殆ど食べられちゃったんだよ。調達費用もばかにならないのに」
はぁ、と大輝さんがため息をついた。
「という事で、助太刀を頼めるかい?」
「勿論だ、手伝わせてもらおう。理沙とルナも来るか?」
「「はい!」」
「先輩、神のなり損ないって何ですか?」
聞いた事の無い単語である。
「あー、覚醒の限界回数に達した守り人は守護神か祟り神か神のなり損ないになるんだが、守護神と祟り神は正気を保ってるのに対して…野生的?なのが神のなり損ないだ。理性が残ってないというか…討伐するしか後が無くなった状態の事を言うな。この三つには鳥居が入り口と出口の役目をしているドーム状の結界があって、範囲は様々。野球ドームぐらいのもあれば、教室ぐらいのもあって…姿も一人一人違っててな、スライム状でずっと燃え続けてるのも居れば、結界内に赤い雲の巣がいっぱいに張り巡らされててそこに絡まってるのや、エゲツない臭いしてるのも居たな」
「身体中に枷をつけているのも居たよね」
大輝さんが首と腕とに手を当てながら身振り手振りでジェスチャーした。
「へえ!全部倒したんですか?」
「ああ。だが、元は人だからそんなに気分の良いものでは無いな…」
「着いたよ」
目の前には大きな鳥居があり、先輩が言った通り周りを大きなドームのようなものが包んでいる。
「今回はえらい大きいな」
「うん。私の能力は攻撃特化じゃないから通らないし困っていたんだ」
中に入ってみると、セピア色に包まれた空間になっている。床には文字がびっしりと書き連なっていて、読んでみるとそれは物語になっていた。結界の中心には果物を入れるような籠に脳が入っている。
「…口、無くないですか?」
「いや、あるんだよ、これが。下を見てみて」
大輝さんに言われて下を見てみると、文字が口の形に歪んだ。『口は災いの元』と書かれている。
「みんな、飛べ!!」
先輩が叫んだ。咄嗟に全員が飛ぶと、その途端に床から高さ一メートル、直径二メートル程の大きな口が生えてきた。あのまま居たら胴がちょんぎれていただろう。
「あっぶな!?」
「…成る程な…」
「見てください、また来ます!」
ルナさんが指差した先には、『目から火が出る』と書かれた床の文字があった。そこから直径四メートルほどの目玉が実体化し、瞳孔から火を吹いた。
「文字列そのまま!?」
「動きますよ、コレ!」
目玉は床を跳ね回り、不規則な動きをしている。その間も火は止まらず、動き回らないと火は避けられなかった。
「破壊できるか試してみたいんだが、理沙、頼めるか!!」
「オッケーです先輩、【マジックワイヤー】!」
相変わらず跳ね回っている目玉に糸を巻き付け、ぎゅうぎゅうに縛った。目玉は赤く充血し、痛そうにしている。
「よくやった!【彗星落下】!!」
先輩が剣を下に構え、ドームの天井まで登りありえない速さで落ちながら目玉に突っ込んだ。目玉に剣が刺さり、着地した先輩がそれを思い切り下に引いて、中からドロドロとしたものが溢れ出てきたが、セピア色のせいでよく色は分からなかった。目玉は活動を停止したらしい。
「破壊はできるみたいだな。皆、脳の方へ行くぞ!」
「いや…それより、良い方法を思いついたんだ」
大輝さんが言った。一体何なのだろう、近づかずに倒す方法があるのだろうか。
「真衣さん。ちょっとその剣を貸してくれないかな」
「?分かった」
「ありがとう」
先輩は空中に浮いて大輝さんに剣を渡し、大輝さんは少し距離を取ると、
「じゃあ、さようなら」
剣に付いている先輩の器を素手の圧力で、割った。
どさっ、と先輩が空中から落ち、無防備に床に横たわる。さっきまで勇ましく敵に攻撃していた先輩が、全く動かない。いつも優しく元気に笑っていた顔は、無表情に、その瞳孔には何も写されていなかった。剣は投げ捨てられ、残った魂はパチン、と大輝さんに壊され魂のかけら八個になった。
「…え」
何故、大輝さんは味方の筈…いやそれよりも、かけらの回収が先決だ!
「先輩っ!?」
私は大輝さんの目の前にあるかけら目掛けて全速力で飛び、手の中で網を作ってかけらを引き寄せたが、一気に五個を握り潰され三個しか回収できなかった。
「っ…何で、何故こんな事を…!?仲間だったんじゃなかったんですか!?」
先輩の身体をパーフェクトボールで保護しながら大輝さんに問いた。
「うん、そうだったね。でも話すの面倒くさいし、もし話したとしても理解出来ないと思うからやめとくよ。それじゃ」
大輝さん、いや、大輝は、先輩を殺したのに私達の生死など気にも留めない様子で去っていった。
「……………………」
理解出来ずに固まる。
「理沙さん、先ずは神のなり損ないを倒して生き残りましょう!そのかけらの量でもまだ復活の希望はある筈です、だから…だから…!」
そう言いながら、ルナさんの声は震えていた。ルナさんは、ショックに打ちひしがれながらも私に希望を持たせる為に無理して言ってくれているのだろう。そうだ、先ず目の前の敵を倒さねば!私の頭は混乱しているが、悲しむのはそれからだ。
それからは…無我夢中で戦って、案外呆気なく勝ってしまった。結界が崩れて、視界がセピアから色鮮やかなものになった。
「先輩っ!」
パーフェクトボールを解いて、安否を確認する。ここで目を開けてくれれば良かったが、悲しい事にピクリとも動かなかった。
「理沙さん、神守りの願いは使えませんか!?あれは一個だけ願いが叶えられる代物です、私はもう叶えてしまったので使えませんが、あれならばきっと…」
『今は使えません』
「⁉︎」
落ち着いた男の子の声が聞こえてきた。神守りからだ。
『徳をさらに積めば、いずれ使えるようになります。精進してください』
「それって…あとどのぐらいなんですか‼︎」
『貴方の行いによって必要な時は変わります』
それは…私の行いによって、何日後でも何十日後でも、何ヶ月後でも何年後でも何十年後でも変わるということだろうか。
「そんなに待てるわけないですよ…。ルナさん!先輩が何とか助かる方法は無いんですか!?」
「あるには…あります。でも…それは…」
ルナさんが葛藤しながら言う。何でもいい、先輩が復活するなら…!
「それは!?何なんですか!?
私は一刻も早く答えを聞きたかった。
「…それは、元の真衣さんではありません。姿形が似ている別人…とでも呼べば良いでしょうか」
「!?」
「一から説明させてもらいます。その前に、先ずは移動しましょう」
明けた空は、曇天だった。
私達の家に先輩の身体を運んで布団に寝かせ、魂のかけらを家にあった大きめのビンに入れた。
「理沙さん、貴方は魂のかけら二個で魂一個ができることを知っていますか?」
「はい、確か前に先輩が言ってました」
「魂一個で最大十個のかけらに分かれるのにコストパフォーマンスがなんさま良い、ですが理由があるのです。魂のかけらは、記憶や因果、因果は運命の糸とも言われますが、そういったものを消費して細胞分裂のように増える、そしてかけらの量が一定数に達するとできるのが魂です。かけらが沢山あればその中の比較的不要な記憶や運命の糸を使って使った記憶や因果がそのまま消え去った本人を復活させることも出来ますが、残ったかけらは僅か三個…明らかに量が足りません。そして、何とか三個で真衣さんを復活させたとしても、基本となる生前の記憶は身体に残っているだけで本人は覚えていない…つまり記憶喪失の状態になるわけです。糸が消えるという事はもう関わる事は無い…いえ、関わる事が出来ないという方が正しいかもしれません。それでも…やりますか?」
「…ルナさん。貴方の言っていること、一つだけ訂正させていただきます」
「?どこか間違いが…?」
「私の神守りは【縁結び】。糸など、復活させた後でいくらでも絡ませます!私は、これで先輩を終わらせる訳にはいきません、だからやります!」
そうだ。私の神守りの能力は、きっとこの時のためにあったのだろう。
「そんな…危険すぎます!」
「え?」
危険すぎる、という言葉を聞いて疑問に思ってしまった。何がなのだろう。
「全ての糸を自分で紡ぐということは、神の所業を自ら行うこと…それは強すぎる結果を引き起こします。真衣さんの神守りの能力が【縁切り】だということは勿論知ってますよね?もしも真衣さんが一人の運命の糸を全て切ってしまったら、その人は世界から存在を抹消され、【居た】という事実さえ無くなります。世界が改変されるんです。幸いそんな出来事はありませんでしたが、もしかしてこれも世界が改変されたから認識していないだけで本当はあったのかもしれない…とにかく、そんな危険性があっても、やりますか?理沙さんが、危険な目にあう可能性も十二分にあります」
…もしも諦めたら、先輩は新しい生を受け、そして亡くなったらまた迫害されるだろう。それをずっと繰り返すだけの運命の中にある…そんなのは嫌だ。
「やります!!例えどうなっても、私は先輩を助けなければいけないんです」
「分かりました。他の人に頼むと真衣さんがどうなるか分かりません、先ず僕が真衣さんの基本の記憶をベースに新しい身体を形成しますので、理沙さんはすかさず因果を結んでください」
『・異世界
此処とは違う世界。現在は狭間と神守りの願いでしか訪れる方法は無く、大体の世界では年の数え方が違うがたまに西暦や月の数え方がこの世界とリンクしている所がある』
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