第十三話 気付きと年明け

萌さんには週一で稽古をつけると約束し、その場を後にした。というかもう先輩が先生みたいな感じだったが、私を先生と呼ぶのは治らないようだ。

「ところで、理沙」

「はい?」

「お前が私の家に来て間もない頃、ピンポンダッシュされただろ?」

「あー…そういえばそんな事ありましたね」

ちょっと前の事なので記憶が少し朧げだが、確かにそんな事もあった。だが、それが今更何なのであろうか。

「ちょっと思ったんだが…あれ、私の知り合いにしかあんな事が出来ないって思ったんだ」

「それは何で…あっ!?」

「お前も気付いたか!結界の存在に!」

結界。先輩の家が何者かに襲われないように、先輩が設定する知り合い以外は入れないようになる防護壁である。

「あれがある限り、私の知らない奴は家の周りに近づけない。ましてや玄関までなんて、知り合いでしか辿り着けないんだ。現に光村もそうだったろ?」

確かにそうだ。光村が三メートルぐらいの距離で結界に阻まれていて、入れなかったのを思い出した。

「だから、私の知り合いの中に…敵になる奴が居るかもしれない。ピンポンダッシュをしたかっただけ、という場合が一番良いんだが…」


「おー、真衣さんに理沙!ちょっとお茶しねぇ?」

「そこのファミレスに行く途中だったんだが、唐館が君達を見つけてな。本当はデートの予定だったんだ…」

「あー…ドンマイ」

唐館さんと海里さんが話しかけてきた、手を繋いでいていかにもラブラブそうだ。この中に入るのは少々憚られるが、向こうから誘ったのであれば問題は無いだろう。

「先輩、どうしますか?」

「まだ昼飯も食べてないし、行くか。翔の奢りで」

「えーっ?仕方ねぇなあ」

「そう言って、払うのは俺なんだけどなぁ…」


「幕の内定食、ネギトロ丼、チキン南蛮定食、チーズインハンバーグとライス一つ、あとドリンクバー四人でお願いします」

近くのファミレスに寄った。因みに先輩を唐館さんの能力の幻で包んであるため大騒ぎはされてないし変な目で見られたりもしていない。海里さんが口を開いた。

「真衣さん、ニュース観てる?」

「いや、観てないな」

先輩に関するニュースなども放送されている事があるので、テレビはアニメを観たりゲームする時以外は殆ど付けられていない。

「最近、また予言が出たみたいなんだ。なんでも、【第二次アルマゲドン】が始まるって」

「第二次アルマゲドン?名前からして、碌でもないことなのは確かだろうが…」

アルマゲドンは最終戦争の意味を表す。それに第二次が付くと矛盾するのだが、予言とやらはそこら辺を考慮しなかったのだろうか。

「予言文はこうだ。【使者は幻を破り、月が謀反を企て、日食がこれを終わらせるが、魂の出来損ないを守るために祟り神が姿を現すだろう。月は幻の理想郷を完成させるために】」

「そもそも予言自体があまり無いから推測もし辛いし…どんな意味かはあまりよく分からないな。起こってからじゃあ遅いが…」

先輩は推しの名前と同じ、という理由だけで選んだメロンソーダを飲みながら説明してくれた。アルマゲドンの予言文は【一九九九年七か月、空から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために】というものだったそうだ。今回は時期が指定されていないから何年後か何十年後かも分からないし、下手すれば明日という場合もあるらしい。

「まあ何にしても、戦いがまた始まる事は避けられないよな。オレらはどうするか考え中だけど、真衣さんと理沙はどうする?」

「…戦う。私は何があっても人間の味方でいると決めたからな、頑張るつもりだ」

「私も、先輩が決めたなら戦いますよ。幻の理想郷はちょっと気になりますけど」

「そっかー。ま、近いうちに始まらないと良いな」


代金を海里さんに支払って貰い、店を出た。

「物騒な話だったな。また世界の危機が始まるのか…」

「そういえば、何で先輩は人間の味方をするんですか?蔑まれてるのに」

「みんながみんな悪い奴じゃ無いだろ?そういう事だよ」

「へー…そういうものなんですかね」



『ルアリ!お花貰ったから飾ろう!』

柏野さんは白百合を持ってきて、花瓶に入れた。

『お母さんとお父さんがね、お供えしてくれたんだー。…あ、食べちゃダメだよ?』

ルアリはコクリと頷いた。

『それにしても、もう命日かぁ。今って冬だよね?一年って早いね』



今日はクリスマス…の、六日後である。

「そういえば、クリスマスいつの間にか過ぎてましたね。うちではそういう行事とかしないんですか?」

「ハロウィンの時しただろ。ルナはクリスマスが嫌いなんだ、だからそれだけはスルーしてる」

「クリスマスが嫌い?」

普通の子供なら大体は好きな行事であろうが、何故なのだろう。リア充が嫌いとか?いや、そんな事考えるような人じゃないと思うし…。

「何でですか?」

「…ヒントだ。ルナの誕生日は十月五日、命日は翌日の十月六日。…あ、話は変わるがそういえばそろそろアレの時期だな。理沙、お前もついて行くか?」

「アレ?」

取り敢えずついて行く事にした。


現世に着くと、ルナさんが一人の女性を睨みつけている。

「…………………」

何だアレは。少なくともいつものルナさんでは無い。いつもルナさんは誰に対しても優しい眼差しを向けているはずなのに、あの女性に対してだけは違う。まるで鬼神の眼光だ。

「おーい、ルナ。もうそろそろ止めたらどうだ?」

「あっ、真衣さん、理沙さん。…すみません、今日って何日ですか?」

先輩が呼ぶと、ルナさんはいつもの調子に戻った。

「十二月三十一日。六日経ったから迎えに来たぞ」

「ありがとうございます。毎年止め時分からなくてついつい…」

「何してたんですか?」

「この汚物に細やかな呪いをかけてました。肩が重くなってお腹が痛くなりやすくなって頭痛がして吐き気がしてガムを踏みやすくなる呪いです」

「バリエーションが凄いですね…呪いと言うにはどれも微妙だし」

特に最後のガムを踏みやすくなるというのは最早呪いでどうにかなるものなのだろうか。単純に運の問題では無いのかと思ったが、まぁ突っ込まないでおこう。それよりも、

「というか、ルナさんでも人に汚物とかいう言葉使うんですね」

「人を第一印象で判断してはいけませんよ。でも、この汚物以外には使いません。理沙さんもこういう言葉は使わないで下さいね。…あ、因みにこの汚物は誰だか分かります?」

「え?」

もう汚物汚物言い過ぎて汚物のゲシュタルト崩壊を起こしそうだがそれはそうとして、そんなにルナさんに恨まれるような事をする人なんてそうそう思いつかない。

「うーん…ルナさんを殺した人、とか?」

「正解!ですが一言足りません、プラス母親です」

「母親ァ!?」

驚きすぎて大声を出してしまった。

「父親もなんですけど、この汚物はですね、産まれて間もなくの僕をコインロッカーに入れたんですよ。信じられます?もう人でなしの行為ですよね。多少の罪悪感があったのなら許してあげたんですけど、コイツは何の罪悪感も抱かず!何の弔いも無しに!!僕という存在を無かったことにしたんですよ!!!!あ、因みに天使は物心つく前に亡くなった子供なんですけど知ってました?」

「いや、知りませんでした…成る程…」

物凄い剣幕だったので思わず後ろに下がってしまった。

「自分を捨てた母親と父親に軽度の呪いをかけるのが毎年恒例なんだ。ルナにとっては最早クリスマスに代わる行事と化している」

「これ毎年恒例なんですか…」


家に帰り、買ってきたチョコレートケーキをルナさんを誘って三人で食べた。ホールケーキなので半分は明日に取っておく。

「真衣さんはですね、まだ言葉の一つも分からなかった僕を拾ってくれたんですよ。ほら、僕って生後一日で亡くなったでしょう?だから何もできないまま堕天使になるところだったんですけど、真衣さんが拾ってくれたおかげでならずに済んだんですよね」

「へー、因みに先輩ってどんな風にルナさんを育てたんですか?」

勿論話題は先輩の事である。

「なぁ、それ本人の前でする話なのか?」

「良いじゃないですか、悪い話じゃないんだし。あっ、もしかして先輩、照れてるんですか~?」

「照れっ…てる。うん、照れてる」

「珍しく肯定しましたね。じゃあ話を続けましょう、真衣さんは僕の為に赤ちゃんコーナーに行っておもちゃや洋服を買ってくれたり、僕が夜泣きすると散歩に行ってくれたり、アルマゲドンで疲れていたのにも関わらず僕の我がままを聞いてくれたり、遊んでくれたりミルクをくれたり離乳食をわざわざ作ってくれたり教材を買ってきて一緒に勉強してくれたり絵本を読んでくれたりリカバリーの練習台になってくれたりお菓子を焼いてくれたり色々してくれたんですよ。本当ありがとうございます」

「うーん、そんな改まって礼とか良いよ。物凄く照れ臭い」

先輩は少し下を向きながら後頭部をガシガシと掻いた。

「ふふ、僕が言いたいんですよ」

ルナさんは実の母親より、先輩の方を本当の母親だと思っているのだろう。案外血の繋がりなんて関係無いのかもしれない、種族の違いさえも。


「…なぁ、ルナ。今日泊まっていくか?」

「えっ、良いんですか?ではお言葉に甘えて…」

ルナさんが泊まる事になったので、先輩は何処からかこたつを出してきた。

「えっ、こたつあったんですか!?もっと早く出してくれれば良かったのに~」

「これがあると外に出たくなくなるだろ、だから来客が来た時だけ出してるんだ。それと…」

先輩は廊下に出て、段ボール箱に入った大量のみかんを持ってきた。

「ルナ、ちょっとこれ食べるの手伝ってくれないか?」

これは宮成さん達が大量に送ってきたみかんだ。酸味があって美味しいから良いものの、流石に二人で食べるにはちょっと多いかなという量である。

「わぁ、蜜柑!?僕が柑橘系に目が無いのを見越して…ありがとうございます!」

私は知らなかったが、先輩は知っていたのだろう。多分。と思ったが、先輩は少し驚いた顔をしていた。この反応は、もしや知らなかったな。


「今年ももう終わりかぁ。理沙と会ってもう…四ヶ月か五ヶ月ぐらいになるな」

「そうですね。いやぁ、私一目惚れした時に先輩を説得してて良かったですよ。じゃないともう会う機会なんてそうそう無かったでしょうし」

「私もあの時折れて良かったと思ってるよ」

「また二人の世界に…蜜柑そろそろ無くなりますよ」

「えっ、早っ」

「胃袋ヤバくないですか?」

ルナさんはこたつに入ってからずっとみかんを食べていて、新聞紙に乗ったみかんの皮は山盛りになっていた。段ボールの中を見ると、みかんはあと二個になっている。先輩と私は三個ずつしか食べていないが、おかしい、元は三十個ぐらい入っていたような…。

「ま、来年も良い年になると良いな」

「初詣何処行きます?やっぱ近くの所が良いんですかね」

「今年も人が多くなりそうですし、僕は地元の所に行こうかなって思ってます。でもちょっと遠いですけど県内に宝くじ、金運、商売繁盛、縁結び、悪縁切りとかもある結構大きい神社があるんですよね。一緒に行きません?」

「良いな、それ。社務所で何のお守りを買うか…」

「あ、私そこ行ったことあると思いますよ。確かCDで録音した祈祷があって、なんかデジタル神主とか言ってた記憶がありますね。流石に笑いました」

「神主って録音とかでも良いのか…」

テレビでは新年へのカウントダウンがあと六秒になった。

『ごー!よん!さん!にー!いち!あけましておめでとうございまーす‼︎』

年が明けた。今日は二千二十年一月一日である。

「あ、年明けた」

「明けましたね」

「すみません見てませんでした。あと、僕残りの蜜柑食べ終わりましたよ」

段ボールの中が空っぽになっていた。大体二十四個ぐらいのみかんがルナさんのお腹の中に消えた事になる。

「お腹壊さないようにしないといけないですね」

「理沙、あの世ではお腹壊さないぞ」

「えっ!?生牡蠣食べ放題じゃないですか!」

「これ聞いて一番に思いつく事がそれなのか…」

「だってノロウイルスとかの脅威をガン無視出来るって事じゃないですか。あっ、そういえば今日、新種のウイルスか何かが出たって話ですよ。外国ですけど」

「へー。まあ死んでる私達には関係無い話だな」

「でも令和になったばっかりなのにちょっと物騒ですね、僕たちの仕事とか増えないと良いんですけど」

「何で増えるんですか?」

「死者数が多くなると元の部署では仕事が追いつかなくなって、違う部署にもその仕事が回って来るんです」


『・祟り神(新)

ここに書く祟り神は、主に守り人がなるものである。(神消滅事件[→百五ページ一行目]以前の祟り神[旧]は七十九ページ五行目参照)覚醒を十回前後すると守護神(新)か祟り神(新)、または神のなり損ない(→七十六ページ三行目)になるが、祟り神(新)は何らかの理由で怨みを理由に覚醒の限界回数に達してしまった者がなるものである。基本的には正気を保ってはいるが、自身の神守りの能力を反映したおぞましい姿になる者が殆どである』

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