第十二話 押しの強い教え子

「…理沙さん、貴方には驚かされますよ。まさか自分の腕を切断して真衣さんにあげてしまうとは、中々に狂った事をしますね」

忘れ物を取りに戻ってきたルナさんに腕を回復してもらった。

「まあ愛の形が早くも歪んでますが、真衣さんの事、これからも宜しくお願いします。支えてあげて下さい」

「はい!」


翌日、いつも通り色無しを狩っていると中学一年生ぐらいのハーフツインの女の子に呼び止められた。衣装はハートとピンクでいかにも魔法少女という感じで、両手でハートの柄がついた少し大きめのハンマーを持っている。

「ちょっと!ここは私の縄張りなんですけど。出て行ってくんない?」

「へ?」

私はいつもここら辺で狩っているが、そんな話は聞いたことがない。

「それ、いつからですか?」

「今日」

「えー…」

なんとも迷惑な話である。そもそも影に縄張りなど決める方が面倒くさい。

「ふん、言っても分からないなら実力行使よ」

なんだか面倒くさいやつに絡まれてしまった。


「ていやっ!」

女の子は私に面が三十センチはあるハンマーを振りかぶったが、素手で受け止めて横に流してしまった。…なんだろう、態度と強さが比例してないというか、何というか…これだと少し強い色無しには負けてしまうだろう。ケンカを売られたのが私で良かったと少し安堵した。

「腰に力が入ってない、やり直し」

「んなっ⁉︎」

自分とさほど変わらないように見える子供が自分の全力の攻撃をいとも簡単に受け止めて焦っているのだろう、顔が困惑の表情に歪んだ。

「な…何で受け止め切れるのよ!?これ結構…重いのよっ!?」

「攻撃の芯がグラグラしてるんですよ。だからちょっと逸らされると他の方向を向いてっちゃうから簡単に無効化される、覚えてて下さいね」

「…まぐれよまぐれ、きっとまぐれなんだから…【マギアスタンプ】!!」

また相手がハンマーを振りかぶってくる。

「【マジックワイヤー】!」

避けて、相手の子の身体を動かないように縛りつけた。

「予備動作が大きくて隙もでかい。カウンターされますよ、こんな風に」

「んぬぬぅ…!」


「もー、何でよ!こういうのはね、新人の私が初っぱなから規格外の強さで無双するのから始まるのが定番じゃないの!?」

「…その理屈だと、いかにも噛ませっぽい台詞吐いてたからこうなる方が定番だと思うんですけどね…」

まぁ、気持ちは分からんでもないが、それにしても無鉄砲すぎる。相手の力量と自分の力量を比較してから挑まなければいけない。私が言えたもんでもないが。

「…アンタ、名前は?」

「えっ、私からですか?城田 理沙ですけど、そっちは?」

「巻中 萌。何で年上のくせに敬語なの?」

「勢いに流されてつい敬語にしちゃって…普通の口調で良いですかね」

「嫌」

「えー…」

「何故なら…アンタが私の先生になる存在だからよ!!」

「えっ!?」

いきなり意味の分からない事を言われた。先輩も、私が先輩に弟子にしてくださいと言った時困惑したのだろうか。いや、してた。というか先生だから敬語にしろというのも大分おかしい。

「今分かったわ…これは、アンタが超人的な力を持った存在で、偶然そんな人に喧嘩を売ってしまった私がその人についていって段々と強くなっていく…そんな展開なのよ!」

なんだか漫画とかアニメとかでよくある展開である。現実でそう上手くいくとも限らないと思うのだが…。

「という事で、アンタの事は今日から先生と呼ばせて貰うわ。よろしく、先生」

「うーん、私も新人の範疇に入ると思うんですけどねぇ…というか強くもなんともないんだけど…まぁいっか、よろしくお願いします」

こうして私は後輩であり先生になってしまった。


「…っていう事があったんですよ」

「うーん、また個性派な…周りにどんどん変な奴が増えていく…」

「それ思いっきりブーメランですよ先輩」

晩ご飯の蓮根入りきんぴらごぼうを食べながら今日あった事を話す。思えば周りの人達は確かに変な人が多い、というかあの世で生活している時点でそうなる事は必至なのだが。

「お前も大概変人だよな」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ。…最初見た時は普通の奴だと思ったんだが、もう何が普通で何が異端なのか分からなくなってきたよ」

「ただでさえ異端な人に言われたらもう終わりですねー」

「で…明日からどうするんだ?」

「?」

急に話が変わったので少し頭が混乱した。

「ほら、その…萌ちゃん?の事だよ。仮にもそいつの先生になったんだろ?じゃあ稽古とかつけてやらないと」

「あっ、そっか」

全く気にしていなかったが、確かに先生とはそういうものだ。

「…ちょっと待ってください、そういえば私誰かに教えたりする事って全く無かったんですけど、どうすれば良いんですかね?」

「…お前、まさかそこら辺何も考えずに承諾したのか!?マジかー…」

先輩は暫く考え込んで、言った。

「よし、私もその講習に参加しよう。それでお前が間違った情報を言ったり困った時は私がサポートする…いや、もし私の事を知っていた場合逃げられるのか…?」

「その時はその時ですよ、破門です。よろしくお願いします」



『あ、大輝おじさん!』

『こんにちは』

大輝さんは柏野さんとルアリに挨拶した。

『あれ?今日は注意しないんだね、おじさんじゃなくて大輝お兄さんだって』

『…あー、もうめんどくさいし良いかなって。私のレポート知らないかい?』

『?知らないけど、おじさんが持ってるんじゃないの?』

『そっかー…ありがとね』

『うん。ばいばい』



「…ねぇ、ここってもしかして…狭間の館じゃない!?もしかしてここに潜入するのが授業なの?」

萌さんは少々たじろいでいる。それもそうだろう、世間一般には化け物が住んでいると噂の館だ。常人の反応は大体そんなものである。

「いえ、私と先輩の家です。外で授業するのは何かと危ないので、先ずは基礎知識からと思って」

「…えっ、化け物と同居?」

「化け物じゃありません、真衣先輩です!!先輩はですねー、可愛いんですよー。最初はカッコいいと思ってたんですけど家で見せるデレが凄くてもうハート鷲掴みですよ、この前なんかこ」

「ストーップ!」

ガチャっと先輩がドアを勢いよく開けて叫んだ。

「お前が私の説明を一通りするまで待とうと思ってたが、そんなところ話したってどうにもならん」

「えー、照れ屋さんですね」

人間らしいところを見せた方が印象が良くなる。まぁ先輩の可愛いところを伝えたかったのもあるが、人は弱みを見せると親近感が湧くものなのだ。

「…ハッ、これは助けて貰った相手がたまたま人外でそれをきっかけに物語が展開していくという漫画でよくある展開!もしや先生も!?」

「いや、私は普通に人間ですけど」

取り敢えず家の中に入らせ、椅子に座らせた。

「えーと、まず何を教えれば良いんですかね」

「今の理解度チェックだな。萌…さんが良いか?ちゃんが良いか?それとも呼び捨てか?」

「ちゃんで」

もうすっかり馴染んでいる、適応能力の高い子だ。

「では、萌ちゃん。今知っている神守りの情報はどのくらいだ?」


「…うーん、私が知ってるほとんどの事は知ってるみたいですね。これ私が先生になる必要無かったんじゃ…」

「いや、萌ちゃんに足りないのは恐らく実戦経験だろう。あとは応用知識として雑学を教えていく…習うより慣れろだな、表に出よう。理沙に万が一の事がない為に私が相手をする、塊は用意するから心配しなくて良い」

という事で狭間のドアを使って影に出た。開けた場所に降り、周りに居た色無しを先輩が一掃する。

(強いなぁ…)

自分では結構苦戦するような色無しでも先輩はズバズバ斬っていく、実戦経験が違うのだろう。

「さぁ、始めるぞ。私は手を出さない、全力で掛かってこい」


「とおりゃあっ!!」

昨日と同じくハンマーを振りかぶる。それは離れていて、先輩に当たらないような距離だった。そして、肘の角度が四十五度あたりになった時。

「【マグナムテールム】‼︎」

そう唱えると同時に、ハンマーが三倍ぐらいの大きさになり、先輩を中心に捉えて命中した。先輩はそれを左手で受け止め、ぽいとキャッチボールをするかのような勢いで投げる。萌さんは驚くと同時に咄嗟にハンマーから手を離し、ハンマーはある程度遠くへと投げ飛ばされ、ドスンと音がした。

「成る程、重さで敵を押し潰す…か。黒液はどのくらいかかったんだ?」

「…五個よ」

「そうか、燃費はアレだが範囲攻撃するには良いかもしれないな…よし、他の攻撃も頼む」

「【アドアステラ・フルクティクルス】‼︎」

萌さんはハンマーを再生成し掲げると、上に大量の長さ一メートル程の釘が波紋のように並び、降ってきた。私はパーフェクトボールで膜を張って釘の雨を防ぎ、先輩は小さく移動してかわしていた。


「分かった、君は範囲攻撃で力任せにやるタイプだな。雑魚の色無しにはめっぽう強いが、スピードタイプや頭脳タイプを苦手とする…力で押し負けたらそれはもう敗北決定だ」

「…まさかこんなにやって擦り傷も与えられないなんて…」

「大丈夫、君はまだ新人だろ?まだまだ伸び代はある、頑張れよ」

最早先輩の方が先生のようだ。そもそもの話、私が先生に選ばれた事自体おかしいのだが。

「よし、じゃあ次は理沙の番だな。理沙と萌ちゃん、君たちには今から手合わせをしてもらう。ルールは、理沙はハンデとして塊を三個まで、萌ちゃんは二十個まで使用可能だ。勝敗は分離された方が負け、覚醒は…」

「すいません、分離って何ですか?」

「ああ、身体と器を離される事だよ。一定のダメージを受けると身体が動かなくなって、魂と器だけがふよふよ浮いている形になる。それが分離状態だな。…さて、話を戻そう。覚醒はナシ、真っ向勝負だ。この手合わせには痛みに慣れておくという目的もあるから、どちらも遠慮なく攻撃してくれ。…では、始めっ!」


先ずはリンさんを出して構える。萌さんはハンマーを持ってお互い警戒状態に入り、睨み合う。塊が五個だとある程度の強度の糸を大量には消費出来ない。ある程度リンさんで戦って隙が出来た時に縛りつける…釘はさっきの対処法で良いだろう。後は他の技だが、何故最初に使わなかったのだろうと思うぐらいに自分でも危ないと思ったものが幾つかあった。それの対策はどうするか…と考えていると、向こうが構えていたハンマーを捨てて走り寄ってきた。両手を広げ、走りながら唱える。

「【フォルトゥーナ・ネクサス】!!」

いきなりぶっ放した!萌さんの周りを球状に大小の釘が囲み、三百六十度全域に一斉に放つ。遠くで放たれるのだったら釘の間に空間が開くので避けるのは容易だが、近くだと殆ど隙間がない上に威力がある。避けようが無いのだ。

「【チェーンウォール】ッ!!」

咄嗟に両腕で目の前にバッテンを作り防ごうとするが、間から小さい釘が大量に入り込んで身体に突き刺さる。そのままチェーンウォールを解除しリンさんを振りかぶる。萌さんは後ろにバックステップし、負傷を腕だけに留めた。どうやら昨日相当練習したらしい、動きが前より軽やかである。釘を一気に引き抜き萌さんの方へ投げる。先程切った所に刺さったらしく痛がっていたがすぐにこちらを向いた。

「【アドアステラ・フルティクルス】!!」

ハンマーを掲げて空に釘を波紋状に設置する。これはさっき防げたので問題は無い…と思っていたが、萌さんが直後に飛び上がりハンマーを振りかぶる。

「【マグナムテールム】!!」

ハンマーが釘の波紋ちょうどの大きさになり、そのまま釘を叩き落とした。

「やっば!?」

パーフェクトボールは、耐久度はあるが余りに威力が強いと貫かれてしまうのだ。この勢いだったら確実にそうなる。かと言って範囲が広すぎて逃げる時間も無い…ならば、パーフェクトボールを他の素材に変えて応用して防御するしかない。

「出でよゴムひも、重ね合わせて布になれ!」

未だ技名が思いついていないのでイメージ付けに詠唱もどきみたいなものをする。技の発動は自身の黒液量とイメージ力が全てのため、技名が無くとも詠唱をすると威力、再現度がグッと上がるのだ。詠唱通り細いゴムひもで布を作り、それを頭上ニメートルあたりに設置する。落ちてきた釘は布の弾性力で跳ね返り、地面にカツンと落ちコロコロと転がった。そのまま設置しているゴム布で全力で飛び上がり、

「うおりゃああああぁぁぁ!!」

リンさんを萌さんの首目掛けて振りかぶった。頭が身体から離れ、どちらも地面にドサリと落ちる。器と魂だけが空中に残されていた。


回復屋に行き、二人とも【リカバリー】してもらった。

「よくやった、二人とも。萌ちゃん、短期決戦で挑んだのは良い作戦だったな。それに【フォルトゥーナ・ネクサス】、これは君が思った通り近くで放つほど威力が大きい。ナイス判断だった。理沙、あの釘が普通の技では防げない事を一瞬で判断し技を応用して反撃する。これが出来るのは戦いの中ではかなり大きい。結構なハンデで見事勝利した、偉かったな」

わしわしと先輩に頭を撫でられて嬉しくなる。

「ふん、次は絶対勝つんだからね。これは最初は先生の強さに圧倒されていた主人公が段々と力をつけて最終的に先生を越す、そんな展開なんだから!」

「主人公は多分そういう事言わないと思うんですけどね…」


『・狭間

カラ族が主に住んでいる場所。他の世界とこの世界の狭間という意味であり、時折ここから異世界(→七十八ページ一行目)の人が迷い込む時がある』

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