第十一話 お墓参りと襲撃とアントロポファジー
十二月七日。先輩の命日であるこの日、この地方は晴れでも雨でもなく曇りだった。
「とりあえず雨じゃなくて良かったよ。お供えがビチョビチョになったら食えないからな」
「えっ、お供えって食べれるんですか?」
「ああ。だって食えもしないのにお供えってそれ嬉しいか?」
「まぁ、確かに…」
「…それにしても遅いなぁ」
先輩によれば、先輩の両親は毎年正午には墓に着いているという話なのだが、もう十三時になっている。因みに私の母さんも一緒に来ているらしい、そういえば毎年この日は父さんと二人で居たなと思い出す。
「ちょっくら様子を見に行ってみるか」
そう言うと先輩は、私の左手を握って飛んだ。
先輩の家は、別段珍しくない木造建築で瓦屋根の一軒家だった。木が一本だけ植えてあるが、何の木なのかは私の知識量では判別出来ない。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
玄関をすり抜けて家の中に入る。お義父さんとお義母さんはリビングでセールスマンの男に足止めをくらっていた。
「…であるのでして、この線香を使うと亡くなった娘さんが三途の河から天国へ行けるんですよ!」
しかも悪徳だった。こんな死者を冒涜するような行為あるだろうか。
「そんな線香あるんですか?」
「いや、無い。詐欺だろうな」
「しかもたったの二万円!」
「詐欺確定だ」
お義母さんが口を開く。
「そうなのねぇ、ずっと真衣ちゃんに石を積ませる訳にもいかないしねぇ…」
「いやいや積んで無いよ母さん、ほら、父さんも何か…」
「そうだなぁ、ちょっと待ってろ、財布持ってくるから」
「あ、だめだこりゃ」
「だめですね」
二人とも完全に騙されている。このままでは義両親の二万円が丸々飛んでいってしまう、何とかしなければ。
「先輩、ここは私達で悪徳業者ビビらせて追っ払いましょう!」
「ああ、それが良いな。面白そうだし、一丁やるか!」
「んじゃ、先ずは基本的なやつから…」
先輩はこっそりと相手のスマホを抜き取ってrainyのアカウントと電話番号を特定し、スマホを戻してrainyから『帰れ』と送信した。ピロン、と相手のスマホが鳴る。
「あ、すみません、ちょっとスマホ確認しますね」
相手のスマホには『蟶ー繧』と送られていた。
「ありゃ、文字化けしてら」
「っていうか、あの世のスマホからでも送れるんですね」
「一応な。…ま、これはこれで怪異っぽくて良いだろ。意味は分かんないが」
案の定読めなかったようで、スルーされてしまった。
「うーん…あ、先輩。笑う肖像画とかあるじゃないですか。そこに先輩の写真があるんですけど、出来ます?」
「お、良い案思いつくじゃあないか。出来るぞ、やってみよう。…あとは私の写真の方にセールスマンが向いてくれれば…」
そこでお義母さんがタイミング良く、
「あのねぇ、この子が娘なのよ」
と、先輩の写真を男に見せた。
「よっしゃ!んじゃ、やってきまーす」
先輩は写真の中に入り込み…写真の中の先輩が歪んだ。グシャ、と顔が凹む。血みどろになり、それを見た男は顔面蒼白になる。
「お、お、お母さん、それ…」
「どうしたのよ、そんなに冷や汗たらして」
お義母さんが見た途端、写真は元の笑顔に戻った。そして、先輩が写真から出てきた。
「私が死んだ時の姿を写してみた」
「へー、それって私にも出来るんですか?」
「ああ、自分の写真ならな。何人も霊が居るなら力技でも大丈夫だが」
だが、それでも中々帰らない。どうやらこの男、どうせ怪奇現象が起こるぐらいなら早いところ商品を売ってしまおうと思ったらしい。変に肝が据わっている。とそこへ、財布を見つけたお義父さんが戻ってきた。
「…特に帰ってくれる様子も無いし…仕方ない、地獄行き確定ということで諦めよう。まさかここまで粘るとは思わなかった」
「そうですね。言っちゃなんですけど飽きてきましたし」
「では、ありがとうございました!」
「ありがとうねぇ」
男がお礼を言って家を出た。その途端、
「はぁ…もうやめよっかな、この仕事…」
いきなりしょぼくれてしまった。どうやらやりたくてやっている訳では無いようだ。
「…まあ許してやろう。大人には色々あるもんだからな」
「そうですね」
一連の騒動が終わった後、待ち合わせ場所だと思われる私も生前よく行っていたファミレスで義両親と母さんと父さんは話していた。最近私が死んだということを聞いて義両親は悲しんでいる。どうやら私が二歳ぐらいの時に会ったことがあったようだ。
「なんか変な感じですね、自分が死んだ話聞いてるの」
「まあな。私はもう慣れたが」
それぞれの両親の隣に座っていると、色々な話が聞こえてくる。最近の機械はよく使い方が分からないやら、耳が遠くなってきたやら、猫を飼い始めたやら…最後に関しては私が生きている内にして欲しかったなとも思ったが、それにしても普通の話だ。楽しそうに談笑していて、ああ、心配は無いなと感じた。
「さて、そろそろお墓参りに行こうかねぇ。あっそうだ、さっきお線香買ったのよ、何かすごい効果らしいから是非使って頂戴ね」
そう言ってお義母さんが母さんにさっき買った線香を渡す。お義母さん、それ効果無いですよ。
先輩のお墓は、私が通っていた中学校のすぐ近くにあるところだった。坂道を通ってすぐだ、下の方に公園みたいなところもある。そういえばこの公園で、小学生のころターザンロープをして落っこち尻を打った事を思い出した。父さんは心配し母さんは笑っていた。痛かったが楽しかったなと回想しているともうお墓参りは終わったらしい、菊の花が供えられている。胡散臭い線香も焚かれていた。
「さあ、帰ろうか」
先輩が言った。まだ五時だが、冬だからか辺りは暗くなっている。
「はい!」
返事して私は先輩の手を握った。冷たいなーと思いながらぎゅうと握りしめると次第に暖かくなっていく。先輩が「うー、寒い」と青いマフラーを口にまで当てた。
「じゃあ、母さん、父さん、また来年」
「バイバーイ!」
大きく手を振った。多分、親離れとはこういう事なのだろうか。その代わりに先輩離れは出来なくなってしまったが、何の問題も無い。互いが転生するまで一緒に居ると決めたのだから。
「今日の晩ご飯何にします?」
「そうだな、この間のシチューはもう無くなったし…おでんでも買っていくか」
「あ、白滝入れてください!あと牛すじも…それと卵!」
『今日ね、役員さんに聞いてきたの…そしたら、ルアリは生まれ変わる事が出来ない、徳は積んでるけど魂と器が無いからって…もし生まれ変わっても、死んだらそのまま消えちゃうからって…何とか出来ないかなあ…』
柏野さんはルアリとレトルトカレーを食べながら言った。ルアリは犬食いでカレーを食べながらそれを聞いている。
『あ、錐で代用出来るかも!…でも魂無いから無理か…どうしよう…』
翌日。ルナさんがはあはあと息を切らして私達の家に駆け込んできた。ルナさんは合鍵を持っていて結界に登録しているので容易に入れるが、それ以外の人は入れない安全地帯であるからだ。
「ルナさん、一体どうしたんですか急に」
「どうしたもこうしたもありません!もう大変です、家を出たら急に大勢の人達に発砲されて…手榴弾とかも投げられてしまい…今日は休日だから買い物にでも行こうと思っていたのですが…」
見ると、服が所々破けていて、羽根にも穴が空いている。顔にも当たりかけたようで、頬につうっと一筋血が流れていた。
「…もしかして、そいつら…フード被って、仮面とかつけてなかったか?」
「?はい、真顔の不気味な仮面をつけていました」
「それは、やばいな…理沙、ルナ、ここも危険だ。違法武器は結界すら貫通する…いや、この屋敷の狭間の危険性は知っている筈だから中は安全なのか…?」
そう先輩がブツブツと呟いていると、ドガーンという爆発音が聞こえた。急いで音のした方へ向かってみると、家の壁が一部無くなっていた。どうやら籠城の選択肢は無くなったようだ。
「せ、先輩…どうします?」
「簡単だ。迎え撃つ」
先輩は迷わずそう言った。
「全体、撃てーっ!!」
ダダダダと外から銃声が聞こえたと同時に、先輩が神守りに手をかざし、神守りで銃弾を防ぎながら変身する。私も急いで変身し、リンさんを手に持とうとすると、肩に被弾してしまった。
「いづゔっ!!」
「理沙っ!!」
先輩の髪が逆立ち、身体全体が一瞬にして変化した。皮膚はパズルのピースのようになり、一瞬私の方を見て、敵の方へ向き直す。その時に見えた顔、目が琥珀色から白と黒に。口はボウカンシャの特徴である黒と白が反転した色合いの目が中に出来ている。また銃声が聞こえたが、先輩はそれを全て身体で受け止めた。ぶんぶんと頭を振り、先程受けた弾がカラカラと地面に落ちた。
「先輩っ!?」
「…心配ない。理沙、下がってろ。私がやる」
「で、でも」
「やるって言ってんだ!!…いいから、早く…」
今までにない怒号で、私は了承した。私とルナさんが家の中へ隠れると同時に、轟音が響いた。
覚醒。それは、人でない姿に変化する禁忌。普通の人ならば人型の神に変化するが、元色無しである私が覚醒すると、身体が色無しの特徴を模す。慣れないと暴走などもしたりするが、今はそんなポカはしないだろう。
「うゴァアアアア!!」
私は雄叫びを上げて、地面を蹴り口を開けた。ボウカンシャ攻撃時特有の鋭い歯を剥き出し、フードもろとも敵の首に齧り付いた。鉄の臭いが口の中に充満する。おいしい。
「うわあああああああああああああ!?」
「キャーーーー!!」
仲間に当たるのも構わず、敵はパニックになり弾を撒き散らかす。だが、この姿だと皮膚は異常な硬度になるのだ、問題は無い。齧り付いた敵の首をもぎ取る。鮮血が咲いたが魂さえあれば復活できる、どうと言う事は無い。
「怯むなっ、撃てー!!」
手榴弾も飛んできた。手に持っていた奴の身体が弾け飛ぶ。
「ば、化け物だ…」
構わない。先に攻撃してきたのはお前らだ、しかも理沙に命中させたのも。存分に後悔するが良い。
「理沙ー、こいつらを纏めて縛り上げてくれ」
「はいはーい」
理沙がひょこっと飛び出して、完全に無力化した敵を縛っていく。銃などの危険物は全て握りつぶしたし、身体は抜け殻で既に魂を捕らえてあるので理沙が怪我する心配は無い。
「真衣さん、お怪我はありませんか?」
ルナが理沙に続いて出てきた。
「いや、大丈夫だ。…理沙のは治してくれたみたいだな、ありがとう」
「いえいえ」
「こいつらは纏めて治安部隊に出すとしても…これ、どうします?」
「…修理するしか無いですね」
家の左側は中が剥き出しになっている。小さな穴なら兎も角、こんな大きな範囲を素人が修理出来るはずもない…?
「…なあ。なんかさ、最初より明らかに穴小さくなってないか?」
「え?…確かに」
二階の部屋の天井まで損傷していたのが、ちょっと大きなドアぐらいの穴になっている。よくよく見ると穴の端っこがうにうにと蠢いていた。
「この館、狭間以外にもまだ機能あんのか…」
「元魔王の城とかだったんじゃないんですか、ここ」
「言えてますねー」
仮面の人達を治安部隊に引き渡した後、先輩は家に帰ってくるなり自室に引きこもってしまった。
「先輩ー?どうしたんですか、らしくないですよー。あ、なんか私嫌な発言とかしました⁉︎」
「いや…少し覚醒の副作用がな…私は三日ほどここにいる、気にしなくて良い」
「えー…」
ドアを開けようとしても、鍵が掛かっている。鍵穴から中を覗いてみると、先輩がガジガジと自分の腕を噛んでいた。腕からダラダラと血が流れている。
「せ、先輩!?」
私は鍵を蹴破りドアを開けた。戦いで筋肉が鍛えられているのでこのような芸当も可能になったのだ、よく考えれば鍵などなんの障害にもならなかった。
「き、気にしなくていいって言っただろ!?…覚醒の副作用は人を腕ぐらいの量食べるまで人肉が食べたくなるんだ、大方色無しの性質から来てると思うんだが…平常心を保っているように見えるだろうが、今も食べたくて仕方がないんだ、早く出て行ってくれ…」
先輩が腕を全力で噛みながら言った。…自分の中の変なものが身体中を駆け回った。先輩の喜ぶ顔が見たい。先輩を満足させてあげたい。先輩の中に溶け込んでしまいたい。先輩に私の肉を食べさせたい。
「…先輩、私の腕食べます?」
「へ?」
先輩が信じられないものを見る目で私を見た。
「いや、でもそんな事はさせられない」
「先輩なら良いですよ。何より、恋人同士でしょう?」
「いや、普通の恋人はこんな事…」
先輩は何かとごねて、食べると言わない。欲求に従わない。
「もう、仕方ないですね…」
「やっと分かってくれたか…」
「いえ?こうするんです」
私はブレスレットを右腕に付け替えて、左腕に糸をきゅっと結び、リンさんを出した。糸でリンさんを腕の上に設置し、一気に振りかぶった。止血まがいの事をしていたからか思ったより血は噴き出さなかったが、私の左腕はぼとりと落ちた。血溜まりが床にできる。
「お、お前っ…!?」
「…っ、ほら、早く食べてくださいよ…折角体張ったんですから」
「…私の完敗だよ、有り難く頂戴しよう」
そう言って先輩は私の腕を拾い、断面から齧り付いた。先輩の口から私の血が滴る。そういえば、と包帯を作り出して私の腕の断面に巻いた。信じられないくらい痛いが、先輩の為の痛みと思うと愛おしくなる。
「…おいしい。本当凄いよ理沙は、何で私に惚れたのか分からないぐらい凄い」
「えへへ~、先輩だから好きになったんですよ~」
『・覚醒
自分の秘めている力を解放する行為。慣れないと暴走(→五十三ページ二行目)する事もあるが、完全に制御した時の戦闘力は凄まじい。だが、その代償として副作用があり、副作用は人によって様々である。(副作用一覧は→三巻一行目)』
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