第十話 骸は捨てられるが罪は捨てられない

リンさんを出し、先ずは一発叩き込む。シャツが少し破けただけで、本体には擦り傷一つ付いていない。

「やべ、コイツあの百足と全く同じパターンだ!」

反動を生かして逆向きに一回転し着地する。そこで、色無しがシャベルを振りかぶってきた。咄嗟に避け、シャベルは地面に叩きつけられ、土を抉った。

「何で!?」

この前、確か高波は違法武器について語っていた。それによると、現世から持ってきた物は影に影響を与え、それにより連鎖的に現世にも影響を与えるのだが、何故それを色無しが持っているかの疑問だ。距離を取るが、色無しはそのまま抉った土をシャベルで放り投げ叩きつけ、土はまるで弾の様に飛んできた。肉を貫ける程の威力は無いが、ビシバシ当たるのと量があるので痛い。長袖だからまだ良いが、それでも当たった箇所は赤くなっていることだろう。

「いってえなあコイツッ!」

一人なので口が悪くなるのと同時に、半ばヤケクソで糸を巻き付けたリンさんを投擲して放つ。また弾かれたように見えたが、結果は違った。一箇所だけ穴が空いていたのだ。カタンと一つピースが落ちた。

(そっか!さっきは鎖が見えてたから意識して防御できたけど、これは急に放たれたから咄嗟に防御出来なかったんだ!!…多分)

根拠は無いが、恐らくそういう事だと理解する。常時鉄並みの硬さでは無いのなら、突破口が見えてきた。

(だけど、問題はどう意識されずに攻撃するかなんだよな…)

さっきのやり方では、一個ずつしかピースが欠けないため非常に時間がかかる。それまでに攻撃されて撃沈するか魔力が無くなるか、どちらにしても敗北なので他の方法を考えた方が良いだろう。そして、色無しは攻撃を受けた直後、地面を蹴って距離を詰めてきた。

「っ!!」

リンさんを引き戻し、振りかぶられたシャベルを受け止める。ガギンッ、ギギギと音が鳴り、一瞬だけ火花が散った。

「ぐゔゔっ…!」

相手は自分よりも大柄なので、体重を乗せられた体制になる。必死に地面を踏みしめ耐えるが、脚と腕がミシミシと悲鳴を上げた。そして、ついに左腕が折れ、あらぬ方向に曲がってしまった。

「ゔあぁああっ⁉︎」

体制が崩れてしまったので、押し切られないうちに咄嗟に左手で近くの木に糸を巻き付け移動する。

「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい」

ほぼ反射的に声を出し痛みを和らげようとするが、当然そんな事は出来ない。

(くそ、どうすれば…ん?)

ふと、打開策が思いついた。だが、これが失敗すれば敗北は目に見えているし、成功するという確証も無い。

(だけど、やるしか道は無い!)


私は麓へ走り出した。勿論木が邪魔して走りにくいが、あちらよりも小柄なぶん小回りが効く。途中折れた腕を木にぶつけてしまい悶えながらも、走った。やがて、少し開けた所に出る。今にも追いつかれそうだ。色無しは障害物の少ない此処で一気に差を縮めようと、力いっぱいタックルしてきた。その時、スパンッと色無しの胴体が切れた。

「やりぃ!」

上手く罠に嵌められた、成功だ。実は、ありったけの黒液を使って作成した今作れる最高硬度の細い糸を一本だけ私の前方にある二本の木に巻き張り詰めさせ、そこに相手が全速力で向かって来るのを待ったのだ。相手は自分を捕まえる事しか意識していなかったため、糸が細すぎて見えず防御出来なかった。だから、攻撃の威力をそのままそっくり返すことが出来たのだ。まだ完全には活動を停止していないので、近づく。多分私は油断したのだろう、それと同時に色無しが右足首にしがみつき、両手でギュリと握り締められた。

「いづあっ!?」

恐らく最期の抵抗だろうが、とてつもなく痛い。ゴリゴリと骨まで圧縮されそうな勢いで握り締められ、肉がぶつりと切れ骨が削れ、ついに右足首から先が吹っ飛んだ。

「ごのっ!ごのっ!!ごのっ!!!!」

痛みで言葉に自然と濁点が付きながら、リンさんを思いっきり何度も突き立てた。ガリッという感触がしたと同時に目に見えてボロボロと色無しの身体が崩れ、やがて動かなくなり、ただのパズルのピースの山になった。

「…帰ろう」

塊と吹っ飛んだ私の足と資料にシャベルを回収して、呟いた。


「ど、どうしたその傷⁉︎大丈夫か?いや大丈夫な訳無いな、今すぐ回復屋に向かうからな!!」

あの後、黒液を全部使い果たしていた事で動けなくなったので、メールで先輩に救援要請をした。先輩は私をひょいと持ち上げ、姫抱っこして飛ぶ。

「あ、やばい、なんか頭がボーッとしてきました…」

「…もしかしてお前」

先輩が私のブレスレット状になっている器を見る。

「やっぱり黒液切れしてるじゃないか!?」

先輩は自身の神守りの中から塊を十個程取り出し、一つを器に当てて黒液を半分補充し、残りは私の神守りに入れてくれた。

「ほら、これで大丈夫だろ。錐は持ってるか?」

「はい」

「なら大丈夫だな。…黒液が無くなると魂ごと消滅してしまうんだ、気をつけろよ」


「ふー、城田理沙完全復活です!」

先輩に回復屋に連れて行ってもらった。

「あ、やっぱでも…私って収支的にはマイナスですよね…」

塊を持っていたぶん全て使ってしまった。備蓄はまだ家にあるが、それも多分私の生活費になってしまうだろう。私が先輩の足かせになっているのではないかと、ネガティブ思考に陥る。

「…全く、誰でも最初は上手くいかないんだから気にするなよ。お前は後輩なんだしさ、ここは先輩である私に任せていれば良いんじゃないか?それにな、収支的にはマイナスでも別れる気は全く無いんだろ」

「はい」

即答である。

「なら良いな。ほら、帰るぞ」

「はい!」

「それにしても、今回の負傷は特に酷かったな。えーっと、左腕の骨折、右足首切断、あと諸々の擦り傷打撲に出血多量…」

「今回は死ぬかと思いましたね。今生きてる事が驚きですよ。いや正確には死んでますけど」

「死者ジョークは良いから、さっさと土を洗い流そうな」


「ふぃー…」

今日は特に身体を動かしたので、風呂が特段気持ちいい。

「あれ、先輩その傷大丈夫ですか?」

ふと目に入った左腕の切り傷。小さい傷が何個も重なっており、まるで引っ掻かれたようだった。

「ああ、大丈夫だよ、こんぐらいは。ちょっと滲みるが、別に唾つけときゃ治る程度だ。今日は色有りと戦ったからな、まあまあ強かったよ」

「嫌味ですか」

「はは、自慢だ」

二人で控えめに笑った。

「そういえば、十一月って何日まででしたっけ?」

「あー、二四六九士小の月だから…三十日までだな」

職業柄日にちが関係無いので、夏休みのごとく曜日や日付を忘れる。

「ま、とりあえず私は風呂を出るよ。滲みて痛い」

「絆創膏とか包帯とかしたほうが良いんじゃないですか?」



『ねーねー、聞いて!私ね、ついに生まれ変わることが出来るようになったんだよ!』

柏野さんはルアリのほっぺたをもちもちしながら話しかけている。

『…でも、そうなるとルアリはどうするの?誰かに預けてもらう?』

ルアリはもちもちされているので首を振れない。だが悲しそうな顔をして拒否の意を示した。

『そっか。…そうだ!ルアリも生まれ変わって、一緒に生きようよ!絶対楽しいよ、楽しみだなぁ』



「…生まれ変わるのにも、権利が必要?」

『生まれ変わることが出来るようになった』。それはつまり、亡くなってから期間が空かないと生まれ変われないのか、それとも生まれ変われる人間と生まれ変われない人間があるのか。それか、徳を積まないと生まれ変われないとか、そういうのだろうか。

「なんらかのエネルギーが必要…みたいな?」

まぁ、今考えても仕方がない。

「おはよーございまーす、先輩。朝ですよー」

今日は私の方が起きるのが早かった。先輩の寝顔を色んな角度から眺めながら、起こす。

「うーん…」

ゴロンと寝返りを打ち私の膝に抱きついてきた。こうなると私は暫く動けないので、先輩は少しでも多く眠れるという罠だ。その罠に私は毎回まんまとハマっている。

「もー、五分だけですからねー」

そう言って私も再び布団に潜る。そうすると膝に抱きついていた先輩が手を離し、今度は身体に抱き枕に抱きつくかの様にしてくるのだ。私はすんでの所で正気を保ちながらこの時間を堪能している。目はギンギラギンである。

(こんな…イチャイチャした毎日を送れるなんて…ありがとう世界…)


「卵に玉ねぎ、米と人参とジャガイモと肉…あと何かあったか?」

「牛乳忘れてますよ先輩」

「おー、ありがとな」

人通りが極端に少ないモール内。慣れてしまったこの光景を移動しながら、食品の買い出しをしていた。

「それにしても、先輩が居るって情報一体どこから仕入れてるんでしょうね。先輩が来た途端めっちゃ人通り少なくなりますもん、非常階段でも使ってるんですかね」

「全くの謎だな。私以外なら誰か知ってるかもしれんが、まあ知る必要も無いから別に良い、と考えている」

「好奇心とか無いんですか」

「これには興味無いからな」

自分の事なのになー、と思いながら歩いていると、

「あれ、大輝じゃないか」

大輝さんが駄菓子やおもちゃが並んでいる所で、何かを選んでいた。

「おや、急に人が少なくなったからまさかとは思っていたけど、やはり真衣さん達だったのか。買い出しかい?」

「はい。…その手に持ってるのは?」

「兵士だよ。大輝は人形を使って戦うって前に翔が言ってただろ?」

そういえば言っていたような気がする。

「この子たちは関節が外れるようになっているから、いくら乱暴に扱っても大体は関節だけ外れてあとは壊れないのさ。好きな組み合わせにもできるしね」

私のお気に入りの人形の一つだ、と大輝さんは人形の入ったパッケージを見つめながら言った。

「ま、一番のお気に入りは違うんだけどね。今度教えてあげるよ」


帰って昨日の戦利品のシャベルをまじまじと見つめた。特に他のシャベルと変わった点は見られないが、あの影の土を抉ったのは事実だ。

「どうした、シャベルを手に真剣な顔で」

私の後にお風呂に入ったお風呂上がりの先輩が裸体のままで聞いてきた。

「ちょ、ちょっと先輩、服着てくださいよ!なんて格好してるんですか!?」

「なんて格好って…お前、風呂とかで私の裸散々見てるんだから良いだろ?」

「そ…そうですけど…」

お風呂でイチャイチャしているのとは訳が違うのだ。不意打ちというか…なんというか…。

と、言うことを考えているところに、むに、という感触が背中から伝わった。…まさか。

「せ、先輩…背中に当てるのやめてください」

「ん?何がだ?」

「アレですよ!アレ!」

先輩の成長途中の実が押し付けられてくる。その感触に悩殺されないようになんとか正気を保つ。やがてその感触は離れた。

「いやあ、面白いな。お前の反応」

「面白がらないで下さいよぉ…」

「はは。…まあそのシャベルについては、多分一生の思い出だったんだろうな。良い思い出か悪い思い出かはともかく」

「どういうことですか?」

先輩が服を着ながら答える。

「その人の特に心に残った思い出は強い力を持つ。だから、その思い出に関する色無しが、思い出の主がその時身につけていた物を装備していたんだろう。違法武器と同じ成分で」

「…うーん、よくわかりませんが、つまり強い思い出から出来上がった色無しは強い武器を持っているってことで良いんですか?」

「その認識でオッケーだ。じゃ、晩飯にするとするか」

「はーい」


今日の晩ご飯はシチューである。最近寒いので、暖かいものが食べたくなったからだ。

「なんか私学校の給食思い出しましたよ。先輩の時代ってシチューあったんですか?」

「うーん、どうだったかな、もう随分と昔の事だから忘れてしまったよ。学校の給食はどうだったんだ?」

「結構美味しかったですよ。でもシチューにキノコが入ってたんですよね。私はキノコが苦手なのでシチューが出る度に顔をしかめてました」

キノコ好きな人には申し訳ないが、味、食感、匂いの全てが苦手なのだ。母さんは「いつか好きになる」と言っていたが、果たしてそんな日は来るのだろうか。

「えっ、あんなに美味しいのにか⁉︎キノコ嫌いの人なんて居たんだな…」

「居ますよそりゃあ。っていうか先輩は好きなんですね」

「ああ。私は大好物なんだがなぁ、栄養もあるし」

「いやー、分かってはいるんですけどね…」


『・ムクロステ

ムキムキの体型をしており、身体能力が他の色無しよりも高い。大体の個体が具現化(→五十七ページ三行目)されたシャベルを持っており、土を飛ばしてきたり岩を割って投げてきたりと地形破壊系の攻撃をしてくることもある。ムクロステの名前は骸捨てからきており、死体遺棄の意味を持つ。因みに何故ムキムキなのかは未だ分からない為、現在調査中である』

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