第八話 過去

一九九七年、十二月七日、雨。お前と同じ十四歳の時だった。私が商店街の近くでぶらぶらしていると、ある一人の女性を見つけたんだ。

「ちょっと待って下さい、ここら辺に商店街なんかありませんよ」

今はそうだな。だが、当時はそこそこ賑わっていた商店街があったんだ。もうデパートの駐車場になってしまったが…。さて、話を戻そう。その女性は、私がずっと探していた人だった。名前も外見も、会ったことすら無かったのに『おねえちゃん』と呼び探し求めていた人物。その女性の名前は城田 優香だった。

「え、それって私の母さんじゃないですか!?」

ああ。そして、私は見た。おねえちゃんに、一台の車がぶつかろうとしているのを。


『…でさ、そしたら友達がね…』

『えー!?ウケるー!』

おねえちゃんは友達と一緒に歩いていた。さらに雨で傘をさしていたから、気づかなかったんだろう。私は走り出した。そして、おねえちゃんとその友達を突き飛ばして…

ドンッ!

という訳だ。その直後、私は死出の山に居た。

「ああ、あのめっちゃホラーっぽいところですね」

そして、七日間歩いた後、…うん、ここら辺は飛ばしていいか。まあ、色々あって、私は狩人になる事を選んだ。賽の河原に行かなくても良いしな。その頃、黄泉はある大混乱が起こっていた。【アルマゲドン】だ。

「何ですか、それ?聞いた事無いです」

こちらに来て少し経つのに知らないのもどうかと思うが、教えてやろう。アルマゲドンは最終戦争の意味、そしてこちらでは恐怖の大王が攻めてきていた。アルマゲドンはこの戦乱の本当の名前では無いんだが、あるマスメディアがアルマゲドンという名前を出してしまってな、それが急速に広がっていってアルマゲドンの名が知れ渡っていった。

「…恐怖の大王って何ですか?」

うーん、ジェネレーションギャップというか何というか…複雑な気持ちだが、説明しよう。ノストラダムスの大予言というのは知っているか?

「いえ、全く」

そうか。ノストラダムスの大予言というのは、まあ要約すると、千九百九十九年の七月に世界が終わる、という予言だ。それには恐怖の大王とアンゴルモアの大王が関係していて、マルス…まあ色無しとか色有りやらがマルスらしい。んで、そのマルスをなんやかんやする…実は私も詳細は知らないんだ、今度本人達に聞いてみると良い。


そして、政府は勇者を探していた。白、それは即ち正義の色。その魂の色を持つ者を勇者とし、そのノストラダムスの大予言が実行されるのを阻止する事が目的だった。そして、私の色はその頃白だった。

「…今は黒ですよね?」

ああ。どういうわけか、おねえちゃんを突き飛ばした時、お前と魂の色が入れ替わっていたんだ。その頃に魂の色が白だった者を集めて、政府による勝ち抜き試合が行われた。その時に勝ち残ったのが、私なんだ。そして、私は勇者としてアンゴルモアの大王と恐怖の大王を探した。その時に仲間になったのがルナ、大輝、海里、翔の四人だ。そして、そのうちに私にとって驚くべき事実が発覚した。私は生まれ変わる前、色無しだったんだ。

ルアリ、と名付けられていた。

「あ、それ夢で見ました!…っていうか、ルアリって先輩の事だったんですか!?」

えっ?どういう事だ?

「何か、四回ぐらい見たんですよ。柏野、緑さん…でしたっけ」

そうだ!じゃあ、話は早いな。私は当時喋る事は出来なかったが、その子を『おねえちゃん』として慕っていた。そして、そのおねえちゃんが生まれ変わった。それからは大変だった。おねえちゃんを知らない者達から何度も退治されそうになりながら、遂に捕まってしまった。その人は少々変わった老人で、蠱毒めいたものをしようとしていた。色無しを百匹箱庭の中に集めて、そいつらを戦わせたんだ。私は箱庭の中で逃げた。もうそれはそれは逃げまくった。そして、気づけば私含めてあと二匹になっていた。私はそいつをなんとか倒して、まあ漁夫の利みたいな形で勝利を得たんだ。老人が箱庭の中に入ってきて、色無しの残骸を一箇所に集め始めて、何だか知らんが呪文を唱え始めたんだ。すると、その残骸が宙に浮いて、凝縮した。魂の器が出来ていたんだ。それが、私の器だ。塊も集めて、また同じ呪文を唱え始めた。次は魂が出来ていた。私はそれを貰って、何故か解放された。意味が分からなかった。魂を貰った私は、生まれ変わる事が出来た。今もあの老人は何をしたかったのか分からないが、結果的には感謝してるよ。んで、今に至るという訳だ。…あ、その間の事を話してなかったな、すっかり忘れていた。


私はそれを知っても、まあ今まで勇者やってたんだしこれからも勇者をやっていこうと思って活動を続けていた。そして、ついに二人の大王を見つけたんだ。苦しい戦いの末、私達は勝利を収めた。その後、二人とは和解して、全ての魂を解放してもらってこれからは社会に貢献する事を誓ってくれたんだ。

問題はそこからだった。大王達を倒した後、魂の色が役目を終えたかのように黒に戻ったんだ。それから、私が元色無しだった事がバレて、詐欺師だの黒幕だの叩かれる事になった。まあそんな所だな。

「…あの、思ったんですけど」

なんだ?

「嫌いになる要素、なくないですか?」



「…いや、だから私は元色無しだって…」

「問題無いですよ、別に。そもそもその頃の先輩を夢とはいえ知ってますし、結構可愛かったですよ。その事実を知らないから皆叩いてるんですよ、言うなれば先入観だけで行動するクズですね」

食べ終わったオムライスの皿を片付けながら言う。

「せ、先入観だけで行動するクズ…そこまで言わなくても良いんじゃ無いか…?」

「いーや、言いますね。先輩も世界救ったのに何も言わずそんな扱い受けてるなんてお人好しにも度が過ぎてますよ」

怒り心頭である。人々はこの人に対する恩を仇で返している。

「良いですか?先輩は悪くないんですから、堂々としてれば良いんですよ、堂々と!」

「…私は元々堂々としていると思ってたんだが…」

「…それもそうですね」


「はい、とゆー事で、私は貴方が好きです!付き合って下さい!!」

仕切り直すように、今改めて言った。うわお、二回目だがまあまあ恥ずかしい。

「分かった!お前がそれで良いってんなら、受けてたとう!」

随分と男前な返事を返された。決闘に参加するような勢いである。

「やったあ!いやぁ、案外言ってみれば案外なんとかなるもんなんですね」

「人生大体そんなもんさ。…ところで、お前…付き合ったら何をするのか、知ってるのか?」

「え?そりゃあ人には言えないようなアレとかソレとか…先輩もそういう本持ってますから知ってますよね?」

「なっ、バレてたのか!?」

「あんなベタな場所に隠してあるのは最早隠してるとは言えないような気もしますよ、本棚の奥なんて」

「マジか…」


「うん、まあ、えっと…いきなりそういう事するのも恥ずかしいし、まずは手を繋ぐ事から…で良いか?」

(やばいいつものワイルドな先輩はカッコいいけど恥ずかしがる先輩めっちゃ可愛い…ギャップがやばい…)

心臓がバクバクいいながらもそんな事を考えていた。ソファーにいる先輩の右に座り、そっと手を繋ぎ、そして指を絡めた。いわゆる恋人繋ぎ、というやつだ。先輩の手は温かく、しかし剣だこでゴツゴツとしていた。部分部分はふにふにである。

(………!)

極度の緊張で最早何も考えられなくなっている。健全な事をしているのに不健全な気分になる。

「理沙」

「はっはい!」

その状態で名前を呼ばれたのでびっくりしてしまう。

「なんか…楽しいというか嬉しいというか…そういう気持ちになるな、これは」

「…!はい!」

先輩が顔を赤くしながら言った。よかった、先輩は私と恋人になるのが嫌じゃないんだ、と思った。まあ元々先輩はアブノーマルなエロ本に手を出しまくっているから同性同士のにも嫌悪感が無いのかもしれないが、私でいいのか、というところが些か不安だった。だが、その不安も無用の長物であった。



『ねえ、ルアリ。人間になりたい?』

ルアリは頷いた。いつの間にやら、自分で思考し行動する事が可能になっていたようだ。

『そっかー。じゃあ、それがルアリの夢?』

ルアリは頷いた。

『私の夢はね、お嫁さん!いつか誰かと結婚して、子どもが欲しいんだ!そしてね、人間になったルアリが私の子供を何かと気にかけてくれるの!いいと思わない?』

ルアリは今までより激しく頷いた。少し嬉しそうでもある。

『えへへっ、じゃあ、約束!私の子供、可愛がってあげてね!ゆーびきーりげん…あっ、指ないや。じゃああーしきーりげんまん、うーそつーいたらはりせんぼんのーます!あしきった!…はりせんぼんっておいしいのかなあ?』



翌日。

「まあ、そういう事で、私達付き合う事になった」

「おめでとう!結婚式には呼んでくれよな!」

光村達に報告をしていた。何故真っ先に光村達なのかというと、近いからである。

「…ねえ、付き合ったら何するの」

ふと、高波が言った。

「え?」

「だって、君たちもう同居してるじゃないか。付き合うって、同居するって事でしょ」

…もしかして、これは。

「やばいですよ、先輩。どう説明します?」

「どう説明するも何も、これは『赤ちゃんってどうやって作るの?』って聞かれてんのと同じだろ!私にはどうしたらいいのか…」

小声で相談したが、どちらも対処方を知らないようだ。

「ねぇ、光村。ちょっと説明してくれない?」

「お、おれぇ!?説明しろって、兄姉貴に性教育しろってのか!?この純粋な子供に!?」

「せいきょーいく?」

高波が頭にクエスチョンマークを付けたように首を傾げる。

「あああ!無理だ、無理だぞ!!兄姉貴は最近悪霊から狩人になったばかりで、ちょっと口調がアレなだけのまだ幼い子供の精神年齢なんだ!」

「じゃ、バイバーイ。頑張って下さいねー」

「すまんな、光村。今度礼をしよう」

そうして、逃げた。

「…取り敢えずポチに頼んでみよう…」


「…光村には悪い事しちゃいましたね」

「多分大丈夫だろ。さて、仕事するとするか」

「はい!…あ、一つ質問なんですけど、前ハロウィンで私の母さんに会いに行ったじゃないですか。先輩の母さん父さんの所には行かないんですか?」

「ああ、父さんは大の西洋かぶれ嫌いでな、ハロウィンとかクリスマスとかそういうイベントが大嫌いなんだ。ハロウィンで会いに行ったらぶん殴られるかも知れんから、お盆と命日に会いに行ってる」

「へえ。じゃあその時にご挨拶しに行きましょう!」

十二月七日、後もう少しである。

「そういえば、前のお盆っていつでしたっけ?」

「八月十三日から十六日までだった」

「…それ、もしかして私の裁判で丸々潰しちゃってます?」

「そういう事になるな」

「ご、ごめんなさい…」

「はは、そう謝る事も無いさ」


「はー、疲れました~…」

夜。帰ってきて早々にソファーにダイブし、休息を得る。

「今回もなかなか頑張ったな」

「ほんとですよ、私生前は全く運動してなかったんですから」

体育の授業では持久走が一番嫌いだった。あの時は体力なんか必要無いだろと思っていたが、狩人になると体力が一番だ。

「それにしても、寒くなってきたな。この地方は雪降らないが」

先輩が暖房をつけながら言う。ここは九州なので、雪が降らない事もあるのだ。たまに積もったりするが、せいぜい一センチ二センチ程度である。

「かまくらって作ったことあるか?」

「いいえ、ちっちゃい雪だるまぐらいなら作った事ありますけど、さすがにかまくらまでは」

「だよな。私もかまくらは作った事が無い。あれって何で崩れないんだろうな」

「固めてあるんじゃないですか?知りませんけど…スキーもゲームでしかしたことありませんし」

最大四人プレイの家庭用スキーゲーム。思い浮かべたと同時に、小さい頃は家族でゲームをしていた事を思い出した。そういえば、最近は父さんは一緒にゲームをしてくれなくなっていた。一回でもまたやっておけば良かったなと少し後悔する。

「ああ、あれか。隠しステージ見つけた時は感激したよ」

「先輩もした事あるんですか!?意外ですね、古き良きRPGとかやってると思ってました」

「結構勝手な想像だな…」


『・カラ族

魂の器の黒液許容量を超え、魂が黒液に染まった者。特に害は無いが、記憶喪失状態になっており記憶の修復は不可能とされている。魂の色に髪の毛が染まり、また魂の器と分離し悪魔が出る原因の一個である。一人だけ自身の悪魔と融合している者が出ており、その者は恐怖の大王(→二十三ページ三行目)と呼ばれている。以前は狭間(→三十四ページ一行目)でしか存在出来なかったが、アルマゲドン(→三十ページ八行目)により何処でも生活できるようになった。だが、慣れ親しんだ土地という理由で未だに多くのカラ族が狭間に住んでいる』

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