第七話 夢と告白

『ルアリ、したい事とか無いの?』

ルアリはボーッとしている。

『行きたい場所は?』

ルアリはボーッとしている。

『じゃ、これはどう?』

柏野がふんわりとしたオムライスをルアリの前に出して、ケチャップでハートを描いた。ルアリが暫くそれを見つめて、はぐはぐと犬食いした。

『ルアリ、オムライス好きなんだ!私オムライスしか作れないけど、幾らでも作るよ!』

犬食いをやめたルアリは、顔がケチャップまみれになっていた。

『あはは、顔真っ赤だよー!拭いたげる!』



「…オムライス食べたくなってきた」

朝っぱらから飯テロをかまされた。

「…おはよう、オムライスか。良いな、今日の晩飯にしよう」

「やったー!…さて、おやすみなさーい」

まだ眠い、私は朝に弱いのだ。

「あっこら、二度寝は…仕方ないな、まだ早いし九時までだぞ。じゃあ私も寝るとするかー…」

そう言って、先輩もまた布団の海に潜った。


睡魔、それは人の本能でありながら天敵である。国会で居眠りをして叩かれる、居眠り運転で事故を起こす、テスト中寝てしまい大きく点を落とす。これら全て、人間の三大欲求である睡眠欲によるものだ。苦い思い出がある者も少なくないだろう、通学中居眠りをしていて道ゆく人にその印象で覚えられたり、中学のクラス対抗合唱コンクールで寝てしまったり…は、多分無いはずだが、それでなくとも授業中寝てしまったという人も多い筈だ。

「…獏、ねぇ」

獏とは、中国から日本に伝わった伝説の生物であり、悪夢を払う力があるという。それが転じて悪夢を食べるという伝承になったのだが、その獏の討伐依頼が政府から出ているのだ。夢を溜めてばら撒き、多くの人を夢から覚めなくさせたらしいが、

「あの政治家、かなりの人外嫌いって聞きましたよ。難癖つけて殺そうとしてるんじゃないんですか。獏はこれまで人間に友好的だったらしいですし」

「結構な懸賞金がかけられてるから狙う人は多いだろうな。なんとか会って、誤解だったら解いてやりたいが…」

その時、ピンポンと呼び鈴が鳴った。

「誰ですかね?」

「ピンポンダッシュとかじゃなければいいがな」

覗き窓を見た。

「…誰もいないですよ」

「またか」

そう言ってリビングに戻ろうとすると、ドンドンとノックが聞こえた。

「そりゃないだろー!背が低いだけだー!光村だよー!」

「…僕もいる」


「いやー、ここら辺マジで家賃安いからさ。引っ越してきたから何かつまらないものとかあげようと思ったんだよな」

「これ、つまらないもの。饅頭」

「いや、すまないな。最近イタズラがひどいもんで、まさか本当に訪ねてくる奴がいるとは思わなかった」

先輩は頭をかきながら苦笑いした。安いのは先輩が隣人になるからだろうか。

「それにしても、ここら辺本当に人居ませんよね。周りに一応家何軒かあったけど、全部空き家ですもん」

「だよなー。まあ近所迷惑とかの心配ないから良いんだけどさ…あっ、そうだ!ペットのポチを紹介するぜ」

「ペット?」

そうして、中型犬ぐらいの奇妙な生き物を持ってきた。鼻は象、目はサイ、尾は牛、脚は虎に似ている。

「…はああああぁぁ!?」

先輩が大声を出した。

「こいつ、獏じゃないか!!」


「そうとも、儂が獏じゃ。今はポチじゃがな」

「ペットというか居候。こいつが勝手に名前つけてるだけ」

「儂は別に構わんからな」

衝撃の事実である。伝説の生き物が友達の家で居候をしていて、さらにポチという安直な名前まで付けられていた。

「えぇ…?な、何でこんなことに?」

「匿ってたんだ。ほら、今こいつ追われてるだろ?で、犯人じゃないらしいから」

「それを素直に信じるのもどうかと思うがな、今回ばかりは助かったわい。そもそも儂、夢を溜めるとかそういうこと出来ぬ」

犯人ではなさそうだ。

「…で、匿ってたのに私達には見せて良かったのか?」

「お前らポチと似たような境遇だから別に良いかなって」

「私は指名手配まではされていないが…」


「でも、それじゃあ誰が犯人なんだろうな。獏じゃないとすると」

影を漂いながら二人で推察し合っていた。

「ですね、他に夢とか操れそうな人とか他に…あれ、あの翼生えてる人は何ですか?」

ふと理沙が翼の生えたものを見つけ、指を刺す。翼の生えた黒いものに、あと一人普通の男…に小さめの翼が生えた人が話していた。その人達は私達が見ていたことを悟ると、

「【睡眠負債】」

その言葉を聞いた途端、私の意識は途絶えた。


(…理沙が寝やがった…ってことは、まさに夢とか睡眠とかを操れる奴だったって訳だな、あいつら。はは…マジで運良いなこいつ)

咄嗟に掌を傷つけ自分の眠気を覚ます。ふと気がつくと、翼の生えた黒いもの、悪魔が居ない。

「うーん…あっ、先輩!?そ、そんな大胆な…」

(寝言でっか)

「…お前、夢魔と契約してんな?」

「ああ。俺の能力で、一攫千金が狙えると思ったからな。俺が眠らせて、夢魔が夢の中で襲って塊を生産する。俺は塊を貰える、夢魔は襲える。Win-Winだ」

夢魔。インキュバスやサキュバスといったものを基本とした悪魔で、淫魔とも呼ばれる。襲われた人の理想の異性像で現れるため、誘いを断るのは非常に困難だ。理沙が私の名前を呼んでいるのは何故か分からないが、私を異性と思っているのだろうか、それとも理想の異性像が居なさすぎて理想の女像でも良いやとなったのか…いや、ちょっと待てよ、その理屈だと理沙は…

(こっ、この考察は戦いが終わるまでやめよう!そうだ、それがいい!!)

「例え夢の中でも、可愛い後輩を傷モノにされる訳にはいかないからな」

一旦冷静に戻る。今、理沙は能力によって眠らされているため、そのまま起こそうとしても意味が無い。私は普段からよく寝ていたので効果は薄かったが、なんやかんやで理沙は夜更かししていたか眠れなかったのだろう。その為睡眠負債の効果が色濃く出ているのだと推測できる。

(ならば、こいつを倒すのが先決とみた)

「【裁ち鋏】!!」

私の神守りは【縁切り】だが、永く狩人をやっている内に何も関係の無い使い勝手の良い技だけが増えていってしまった。縁切りというより鋏関係が増えている。鋏なんて使っていないのに。

裁ち鋏は、布だけを裁つ器用な技だ。対人戦の時、どれだけ相手を物理的に傷つけずに無力化するかに特化した技なのだが、

「…」

上半身の服を切り刻んでも微動だにしない。

(さすが夢魔と組んでるだけあるな)

「次は下半身だ!それが嫌なら、降参するんだな」

勿論ハッタリである。下半身なんか露出されては、こっちの神経がすり減るからだ。


だが、呆気なく相手は降参した。

「なんだ、いやに素直だな」

「お前、強いだろう。絶対に勝てないだろうと踏んだ。それに、下半身露出したくないし」

(あ、それちょっと気にしてたんだ)

「では何故睡眠負債を理沙にかけた?」

「俺じゃない。夢魔の意思だ」

「…成る程」

悪魔と契約すると、身体が段々と悪魔に乗っ取られていく。そして能力を使えば使うほど、悪魔の能力権が強くなるのだ。

「そろそろ潮時らしい。今までは何とか抑えていたが、そろそろ完璧に乗っ取られそうだ。俺の名前は中村 賢、悪魔と契約した男の末路を覚えておいてくれ。躊躇いなく殺せ。俺は寝る」

そう言い残すと、男の小さな翼がムクムクと大きくなり、悪魔と同じような大きさになった。男の目から正気の光が消え失せる。

「…分かった、覚えておこう。一瞬で眠らせてやるぞ」


「大方、契約した中村が消えたら夢魔も消えるから出てきたんだろうな」

理沙の方を見ると、すうすうと静かに寝息を立てていた。悪魔は、訳の分からない事をぶつぶつと唱えている。

「イエツオデナン……」

「何を言ってるかは分からんが、殺せと言われたからな。遠慮なくやらせてもらおう」

そう言って、地面を蹴り距離を詰める。

「【縁切り】‼︎」

ザクッと中村と夢魔の融合体を斬る。中村と夢魔は分離した。途端に中村の身体が血を全体に撒き散らしながら弾け、中から五つの青緑色の火のようなものが出てきた。

「あー、こんなに食べられてちゃあ元通りは無理そうだな。そもそもこんなになるまで意識を保ててた事が驚きだ」

ビンに迅速かつ丁寧にそれらを入れ、夢魔の方に向き直る。

「イアチハダッノ…」

「む、やろうってのか」

夢魔が次々と拳を振りかざし攻撃するが、避けているので当たっていない。全て不発に終わり、

「次はこっちの番だっ!!」

私の剣の鍔でぶっ叩いた。

「イウメン!!」

夢魔は変な鳴き声を上げ、気絶した。

「お前らの悪事は獏がしたことになってるからな、誤解を解いてもらうぞ」


「うーん…あれ」

「おはよう」

目を覚ますと、姫抱っこされていた。

(……?????状況が理解出来ないんですけども)

突然の事で頭が混乱している。何故こうなっているのだろうか。

「って、血凄いじゃないですか!大丈夫ですか?」

「大丈夫、返り血だ」

満面の笑みで先輩はそう答えた。何か良いことでもあったのだろうか。

「何か夢見てたような気がするんですけど、覚えてないんですよね~。何か寝言言ってました?」

「ああ。教えてやらんがな」

「えーっ、教えてくださいよーっ」

「ははは」

ふと先輩の腕を見ると、何か紐付きのビンを二つぶらさげていた。片方はさっきの黒い翼を持ったものの小さくなった姿が入ったビンと、小さな青緑色の火のようなものが五個入ったビンだ。

「先輩、何ですかこれ?」

「ああ、これは夢魔と魂のかけら五個だ」

わあ、聞いたことない単語。

「魂のかけらは、新しい魂の材料になる。砕けた魂や悪魔と契約して欠けてしまった魂がかけらになるんだ。そして、この魂のかけら二個で新しい魂一個になる。結構コスパ良いんだ、魂は。最大一つの魂から十個のかけらが手に入る。夢魔はサキュバスとかインキュバスとかだ」


夜。お風呂場での事だった。

「えっとさ、お前…好きな人とか、居るのか?」

「えっえええええっえっええっ何ですか急に」

「いや…少しな」

まさか、今日の夢か何かで口走ってしまったのだろうか。動揺と恥ずかしさで一気に顔が赤くなる。よりにもよって本命の人に聞かれたのではたまったもんではない。

「えっ、えっとそろそろあがるな!のぼせないようにしろよ!」

「あっ、はい!」

先輩が顔を赤くしながらガラッと風呂のドアを開けて逃げるように出て、閉められた。

(…やっばい、どうしよ…)

体育座りになり、顔を少し沈めてぶくぶくと泡を立てながら思考に沈む。今日私がどんな夢を見ていたのかは分からないが、あの先輩の相当な慌てぶり。

(もしかして、バレちゃったかな…?)

顔を全部沈めてぶくぶくする。もしバレたのならめっちゃ恥ずかしい。


「…」

「…」

オムライスを食べる。いつもならどっちも喋るからそれなりに賑やかなのに、今日はスプーンと皿のカチャカチャとした音だけが響く。沈黙を破ったのは理沙の方からだった。

「えっと…今日、私が寝てる間に何があったんですか?」

「…あー…」

先輩が苦笑いしながら目を逸らす。

「えっとな…夢魔の性質って知ってるか?」

それで、教えてもらったのだが…

「えっと、つまり、それで私が先輩を好きな事がバレたんですね…?」

最悪である。告白を先延ばしにしていたら悪魔に暴露された、要約するとそんなところだ。

「最悪です…」

「ま、まあそう落ち込む事も…」


「えっと…いつから好き、だったんだ?」

「…会った時からです」

一目惚れだった。助けて貰った時に、私はこの人の虜になってしまったのだ。

「じゃあ、お風呂に入っている時心なしか視線が定まっていなかったのも、寝てる時にこっそりこっちの布団に潜り込んできてたのも、お風呂の前に脱いだ私の洋服を嗅いでたのも、全部好きだったからだって言うのか?」

「えっ、知ってたんですか!?」

「一応な…」

顔が再び真っ赤になった。ゆでダコのようだ。

「うう~」

もうここまでバレているのなら、腹をくくるしかない。

「先輩!私と…付き合って下さい!!」

「い、良いぞ!」

「やっぱりダメですよね…ってえええええええ⁉︎良いんですか⁉︎」

思わずベタな反応をしてしまった。

「ああ…告白されたのって、お前が初めてだし…」

…それはつまり、告白されたら誰でも良いという事ではなかろうか。

「なんか、今まで後輩というより刷り込みされた雛みたいな感じだなと思っていたが、まさか恋愛的な感情を向けられていたとは思わなかったよ。今後ともよろしく頼む…と、言いたいところだが、聞いてほしい事がある。私の過去の話だ、これを聞いてやっぱりやめようというのなら咎めはしない。嫌いになってもいい。ただ、真剣に聞いてくれ」


『・悪魔

空の魂の器からその人の未練に関するものが出てきた姿。契約(→二十ページ五行目)すると背中にその悪魔の翼が生え、悪魔の翼が大きいほど悪魔の支配力が強くなる。悪魔が欲望を満たすととてつもない量の悪意の塊が手に入る為、それ目当てで契約するのが殆どである。悪魔の能力を使う度に少しずつ魂を食べられる為、悪魔と契約した者は欲に溺れてそのまま残さず食べられるケースがザラである』

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