第六話 ノロイとの遭遇
『そ、そいつ、色無しか!?危険だから早く逃げるんだ!』
大人の男の人が、柏野に退避を促していた。
『ルアリは危険なんかじゃないもん!ノロイのウシノコクから助けてくれたもん!』
柏野は膨れっ面をしている。ルアリは相変わらずボーッとしていた。
『…テストをするよ、ルアリ。はい』
もう一人の男の子…大輝さんが、自分の器の中から魂を取り出した。にも関わらずルアリはボーッとしたままだ。
『へぇ、こんなイレギュラーな色無し初めてだよ。生かしておく価値はありそうだね』
『ほ、本気か!?』
『やったー!』
柏野はぴょんぴょん飛び跳ねた。
「…またかー」
ここ最近、同じ登場人物が出る夢を見る。もう三回目だろうか。
(一番最初に見た夢は時系列で言うと多分一番最後らへん…前回のが最初かな?それにしても、大輝さんが出てたけど、あの女の子と何か関係あるのかな)
「おはようございます…あれ、どうかしましたか?」
リビングに入ると、先輩が神守りの中の塊と錐の数を確認していた。神守りの中は不思議な事に幾らでも物が入るのだが、先輩の塊の量はとんでもなく多かった。
「あ、起きたか。ノロイ討伐の依頼が来てたから準備してたんだ。実習としてお前にも手伝ってもらうぞ」
「はい!…所で、ノロイって?呪いですか?」
「ああ。最近はたっまーに出るぐらいなんだが、こいつがなんさま強くてな。素人じゃ勝てる確率はほぼゼロに近い。コトリバコとかウシノコクとかコドクとかイヌガミとか…」
(…ウシノコク!?)
おかしい。私はウシノコクの名前を夢で…いや、丑の刻という単語は元々知っていたがノロイまで一致している。
(偶然かなぁ)
「今回のノロイはコドク。一人ぼっちの孤独じゃないぞ、虫の蠱毒だ。詳細は…まぁ検索した方が早いな。…見えてきた、あいつだ」
先輩が飛ぶのをやめ、指を刺す。その先には、およそ全長三メートルもある百足が待ち構えていた。
「どうやらあの百足が最後まで生き残った奴らしいな。…はあっ!」
先輩は百足の横から剣を振りかざし、ザシュッと百足の胴体を真っ二つにした。
「おお~…凄いです、先輩!」
私がそう言って百足を近くで見ようとすると、斬られた筈の百足が物凄いスピードでこちらに距離を詰めてきた。頭の方だ。
「危ない!!」
先輩がこちらへ駆け寄り、突き飛ばす。
「ぐ…!」
大きな顎に噛まれ、先輩の胴体から大量の血が滲む。
「ああああああああっ!?」
百足が顎を離したが、強烈な毒により激痛が走る。
「ま、【マジックワイヤー】!」
動けない先輩の身体を糸で持ち上げ、飛ぶ。ある程度距離を置いて、近くの住宅の屋根に先輩を座らせた。
「すみません、こんな事になってしまうなんて…」
「そ、れより、も…あいつ、倒、せるか?」
息を途切れ途切れにしながら、私に聞いてきた。百足に噛まれた部分からは血が流れ、周りは赤く腫れ上がっている。吐き気もあるのか、何度か嗚咽を繰り返していた。黄色と赤が混ざった液体と固体の混合物を吐いている。
「…やれるだけ、やりますよ。先輩をこんな風に怪我させてしまった原因は私です」
「そ、うか…」
百足がいた場所に戻り、
「…【拘束】!」
鎖で百足の身体をぐるぐる巻きにしてみたが、ジタバタと暴れ、すぐに鎖を壊してしまった。
「マジで…!?ううっ、リンさん頼みます!」
手を合わせ、離してリンさんを作る。
「うおりゃあああっ!!」
地面を蹴り、思い切り剣部分を振りかざす。だが、カキンッという音が鳴っただけで、擦り傷ぐらいしか付いていなかった。
「こん、どは…!」
また距離を取り、今度は円月輪を魔法糸に繋いで投擲する。遠心力で勢いをつけて投擲してみると、先程先輩が斬った切り口の部分に当たり、少し切り込みが入る。だが、
「ぐあぉっ!?」
後ろで暴れ回っていた百足の下半身に弾き飛ばされてしまった。
「………!?」
あまりの痛みで声も出ない。かひゅっかひゅっという自分の吐息とカサカサという百足の足音だけが聞こえるのみだった。
(は、はは…肋骨何本か折れたかも…)
生前は骨を折ったことも無かった。肋骨は予想通り折れ、さらに一本背中を突き破っていた。百足が近づいてくる。だが、足がまるで動かなかった。腰が抜けている、逃げられない。百足がこちらへ全速力で走り、距離が残り一メートルになった。
「ううっ!!」
ギリギリで這いずって百足の突進を躱し、普通に飛ぶのでは間に合わないので近くの電柱の信号部分に糸を巻き付け、引っ込める。ブランコの要領で先程動かなかった足を無理やり前後に動かし勢いをつけ、信号の上に登った。必死に酸素を吸い込もうとするが、息が整わない。
(背中どうしよ…)
この状態で壁に打ちつけられでもしたら大ダメージを負うだろう、だからと言って抜いたら血が大量に出て失血死だ。あとめっちゃ痛い。
(このまま戦うしかない、か…)
だが、一先ず有力な攻撃方法を知るために遠くから色んな攻撃をしてみる。最初に頭を狙ってみたが、こちらは擦り傷すらつけられず。関節を円月輪で斬ろうとしたが、狙いを定めるのが難しすぎて断念。脚を一本一本引きちぎろうともしたが、百足の総重量に糸が耐えられず。そうこうやっているうちに、百足がドスンドスンと電柱に突進をかましてきた。
(やばい、揺れる…!)
すかさず身体に糸の応用で作ったロープを巻き、信号にくくりつけようとしたが、足を滑らせ、落ちてしまった。
「ひっ!?」
下にはいつの間にか百足の口が待ち構えていた。背中から落ちているので、百足がもし退いてくれたとしても死、またどこかに糸を巻きつける時間も無い、その時。
「こなくそーっ!!」
先輩が横から現れ、私を抱えて剣を百足の頭に突き刺し百足を地面に打ちつけ思い切り引いた。百足は左右に真っ二つになり、最後に勢いをつけて頭の先を斬った。百足は活動を停止し、錐を二個とまあまあな数の塊を落として消滅した。
「被害者は二人か…理沙、すまない。遅くなって、しまった…」
「だ、大丈夫ですか!?」
「はは、お前、こそ…おぶってってやるよ。痛みには慣れてる、からな」
「で、でも」
「いいから」
先輩のちゃんちゃんこは血で赤の上から紅く染まり、赤黒くなりかけている。私の背中からも血がだらだらと流れているが、先輩は毒もある。全身が焼けるように痛い筈だ。
「す、すみません…私のせいですよね…」
「いいさ。全てが上手くいくとは限らない。戦場では如何に早く痛みを意識から追い出せるかが鍵となる、少しずつ覚えていけばいいんだ、少しずつな」
「…頑張ります」
「それにな、これは私のせいでもあるんだ。言い訳じみているが、人に教えるのは初めてでな。ろくに説明もせず、連れてきてしまった。麻痺を解いて無理やり身体を動かすのにも少しかかってしまったし、お前が怪我したのは私のせいなんだ。だから、おあいこだな」
先輩がこちらを向き、ニッと笑ってみせた。こちらも少々無理をして笑った。
足下に真っ暗闇が広がっている公園に着いた。
「此処が本来の影とあの世を繋ぐ場所、【闇】だ。飛び込むぞ、しっかり捕まってろよ」
「はい…」
「…よいしょっ」
痛みで意識がふわふわと飛んでいきそうになっており、返事をしたのに力を強めない私の腕を先輩はしっかりと掴み、闇の中に飛び込んだ。
闇に飛び込んで大体すぐの所にある回復屋に先輩は駆け込んだ。
「回復しますか?一人十個か千円になります」
「お願いしよう。二人だ」
塊二十個を神守りから取り出し、渡す。
「【リカバリー】」
光が二人を包む。今までの痛みが嘘の様に消え、身体が完全に回復した。
「すまないな、ありがとう」
「死ぬかと思いました~…」
「もう死んでるじゃないか」
回復屋を後にし、守り人の変身を解いた。
「いい経験になったか?私はなった」
「はい、人は恐怖を感じると本当に腰が抜けるんですね。創作かと思ってました」
「それじゃ、帰るとするか。もうおぶらなくて良いよな?」
少しからかうような感じで先輩が言う。
「もーっ、今は大丈夫ですよ!」
密着度が凄かったのでおんぶしてもらいたい気持ちもあるが、理性が邪魔していた。
「…でもま、よく頑張ったよ。私が素人の時はこうはいかなかっただろう」
そう言われながら、先輩に頭を撫でられた。
「将来が楽しみだ!期待してるぞ」
「そういえば、錐って一体何なんですか?ドロップアイテムか何かですか」
器と同じ成分で出来ていると聞いたので、不可解だと思って聞いてみた。
「砕かれた器が色有りやノロイの中で成形されたものだ。いわば、誰かの遺品だな。大切に使えよ」
「えっ、マジですか…」
あの時先輩が言っていた『被害者は二人か…』の意味がようやく分かった。
「色無しやノロイに魂を食べられたらどうなるんですか?」
「消滅する。無になり転生することも叶わなくなるからそれだけは避けたいところだな」
「うわー…」
「先輩、ボウカンシャが意識を持つ事ってありえるんですか?」
昼食の南瓜の煮物を食べながら先輩に聞いてみた。
「…実例はある。それにしても、急にどうしたんだ、そんな話」
「いや、夢で出てきたので。先輩も関与してたりします?あと大輝さんとかルナさんとかも」
「まあ私と大輝は関与してるな、大輝とはその時知り合った。ルナはその時は関与はしてない」
夢には先輩は出てこなかったが、あの後知り合ったのだろうか。
「へー…話変わりますけど、あれだけ大きい百足に噛まれてよく死にませんでしたね。ん、いや、もしかして身体は死ぬことは無い…?あ、この話確か前にもしましたね。忘れてました」
「はは、そんな事もあるさ、私もよくある。百足に噛まれた時は、あれはコドクの百足だからかなり毒が強くて多分致死量を超えていたと思うんだが、あの世の身体にもゲームで言うレベル的なものがあってだな、ギリギリ耐える事が出来た」
「結構危なかったんですね。あ、気になったんですけど、ウシノコクって藁人形みたいな見た目してます?」
「よく分かったな」
夢は記憶の整理と聞く。
(でもあれ、絶対私の記憶じゃないよなあ…)
食後、狩人のシステムを理解するため、説明書を読み込もうとしていたが、
『・色無し
人の煩悩、悪意、絶望などから生まれたもの。一般的に白と黒で構成されており、魂(→十ページ三行目)を食べるとその魂の色になり色有りになる。
・色有り
色無し(→一ページ一行目)が魂を食べた姿。色無しよりも強くなっており、倒すと一個以上の錐(→三ページ五行目)が手に入る。この状態だと黄泉の中に入ることが出来る為、注意。
・色人間
色無しが人間になった色人間のケースは黄泉が出来てからは二件だけ発見されており、いずれも魂の色は黒、魂の器(→十ページ七行目)の形は球体となる。今はどちらも敵意は無いとされているが、データ不足のため今後も研究が必要。覚醒(→五ページ十行目)すると色無しに戻りかけている部分がちらほらあり、身体が色無しのようなパズル状のもので形成されている事が分かった。人間の覚醒は神になりかけるがこの場合は色無しに戻りかけていると推測されている。何回目で戻るかは不明、そもそも戻るというのも推測のためこれも更なる研究が必要である。また、羽化(→十二ページ四行目)の時の強さも未知数であり、抜け殻(→十一ページ三行目)から出てくる悪魔(→十三ページ五行目)も未だ観測されていないため…』
「内容は興味深いけど情報量多すぎて何がなんだか…」
この文章が後何百ページ、いや下手すれば四桁もいく。しかもこれ何巻もあるのだ。
「やばい眠くなってきました…」
「はは、作った奴全員尊敬するよ。私なんか文章力無いからすぐ挫折しそうだ。そしてまた新装版が出るらしいな、これ」
「ええっ、もしかして全部書き直すんですか、その人達!?」
「流石に全部書き直すとかは無いだろうが、一応全部読み直すんだろうな。昔知人から聞いた事がある」
『・ボウカンシャ
大きな目玉のようなものが頭の色無しだが、目玉のような物の中の白いものは核(→十五ページ九行目)である。普段は害は無いが、魂の器に入っていない魂が半径五十メートル以内にあるとその方向に走り出し、目玉のような物から牙が飛び出し捕食する。色人間になった色無しはどちらもボウカンシャが元となっており、女型の方は覚醒時、ボウカンシャの特徴である大きな口を使えるようになっていた。また、ボウカンシャの名前は傍観者からきており、いじめや事故現場などの野次馬などから発生する』
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