第五話 仮面男と神無月の三十一日
「先輩、前に神消滅事件について話してくれたじゃないですか」
「それがどうかしたか?」
「『全人類に力が継承され、狩人はその力を使うことが出来る様になった』って言いましたよね。それって、それまでは神様が色無しの処理してたって事ですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。その通りだ」
「あと、この前のお地蔵様、あれは何なんですか?」
「あれはな、頭に手を乗せると店員の人が通信に出てくれて、一万円ぐらい出すと一瞬で行ったことのある所のお地蔵様に連れてってくれる便利なシステムだ。場所の名前を覚えておかなくちゃいけないから写真を撮っておくと良い。お地蔵様にはネームプレートがあるからそれでわかる」
「うーん、やっぱ簡単には結界は破れないな…」
「あれ?何してんの、光村」
狩りに行こうとして影のドアを開けると、三メートルぐらい離れた場所に光村がいたので声をかける。
「あれ?何で城田がここに…はっ!まさか、お前が狭間の館の主だったのかー!?」
全く見当違いの考察である。
「主は私だよ、どうせ好奇心で来たんだろ?帰れ。理沙、私先に行ってくる、くれぐれも家の中には入れないように。面倒な事になりそうだし、私知らない人と大人数で話すの苦手なんだよ」
先輩はそう言って何処かへ行ってしまった。くそう、先輩と仲良く狩りをするつもりだったのに…。
「まぁ好奇心で来たのは否定出来ないんだけどさー…兄姉貴を励ましたくて来たんだよ、ほら、こっちこっち!」
光村がそう言って後ろに手招きすると、青と白のボーダーの服を着た小学生ぐらいの子が来た。
「…高波 雨月。元悪霊。こいつに連れてこられた」
「男か女か自分でも分かんないらしいから兄姉貴って呼んでんだ。中々元気出さないからさ、肝試しでもして気晴らしでもしようぜって連れて来たんだ」
「他人の家で?というか肝試しも何も私達幽霊なんだけど…」
「…こいつちょっと馬鹿で性格が陽気すぎる。僕は元々こういう性格。それに、こいつ殺したの僕なのに、張本人に元気出せって言われても困る」
「だから、それは気にして無いって!」
「いや、普通そこは気にするからね!?」
成り行きで三人で暫く影を漂っていると、何だかよくわからない不気味な真顔の仮面をかぶった、体格からして男のフードをかぶった奴が現れた。こちらを見ているようだ。
「城田、あれ誰だ?」
「知らないよそんなの、顔見えないし」
「…僕も知らない」
そして、いきなり銃を撃ってきた。弾が頬を擦り、たらりと血が流れる。
「…逃げた方が…良いよね、これ」
冷や汗が流れた。
三人で一斉に駆け出した。相手も走り出し、ばばばばばばばばと闇雲に撃ってくる。
「ヤバイヤバイヤバイ、ヤバイよこれ!いくらなんでも銃には勝てないって!!」
「大ピンチだな!!」
「…いや、そうでもない。【水化】」
そう高波が唱えると、高波が水と化し球体になった。
「あっ、おれもできんじゃん!【人体自然発火現象】!!」
「えっ⁉︎出来ないの私だけ⁉︎」
もう物理攻撃が効くのは私だけである。
「っ、【チェーンウォール】!」
両腕で目の前にバッテンを作り、鎖で壁を作って銃弾を弾く。
「よくやった、そのまま防御してて」
そう言って水になった高波が仮面に絡みついたかと思えば、顔を包み込んだ。息が出来ずに必死にもがいている。やがて二分ぐらい経ったのち相手が倒れ、高波は人型に戻った。
仮面男を私の能力で拘束し、そのまま政府の治安部隊に受け渡した。
「…あの銃、違法武器。影なのに建物が傷ついていた」
「違法武器ってなんだ?」
「現世の物をそのまま黄泉に持って来た物。それをすると現世から物質が減るから禁止されている。…そういえば、城田は何故狩人になった。僕は狩人になると地獄行きを防げるからなったが、お前もか」
「私は、先輩に助けられて、この人に一生ついて行こう!ってなったからですね。その時点で一生はもう終わってますけど」
「そーいえば、そのセンパイって何で今でも狩人やってるんだ?城田が信用してるんだから良い人ってるのは分かってるけど、何であんな扱い受けても転生しないのか謎なんだよなぁ」
確かに。何か明確な理由がなければ、私だったら即転生している。
「…へぇ、そんな事があったのか。物騒だな」
布団の中で肘をついて先輩と喋っていた。
「先輩は勝てる自信ありますか?」
「…うーん、銃かぁ。【覚醒】したら勝てるが…生身はちょっと厳しいな」
「覚醒って何ですか」
「…今は知る必要無いな」
先輩が布団に頭まで潜る。
「あっ、逃げましたね!?酷いですよー、先輩ー」
…別にスマホで調べる事も出来るが、先輩が言うならやめておこう。
「…そういえば先輩、何で狩人続けてるんですか?前もあんな目にあったのに」
「…二十年狩人を続けているが、答えはただ一つだ。人を待っている」
「先輩の母さんとかですか?」
「いや、前世の縁がある人だ。私はその人に会い続ける為にここにいる」
『助けてー!誰かー!!』
前の夢に出てきた少女だ。腰に大きな黒いリボンをつけている。そして、成人男性サイズの藁人形に追いかけられていた。そこへ、ボウカンシャが頭突きで藁人形の胸に刺さっていた釘を抜き、藁人形は活動を停止した。
『…助けて、くれたの…?』
ボウカンシャに話しかけている様だが、ボウカンシャはリボンはつけていなかった。ただじっと少女を見ていた。
『ありがとう!私、柏野 緑って言うの。名前を教えてくれない?』
当然ながらボウカンシャはボーッとしているだけだ。
『無いの?じゃあ、付けてあげる!…うーん…ルアリ!ルアリでどう?』
そう言って柏野は自信の腰のリボンを取り、ルアリの首につけた。
『カワイー!似合ってる!ねぇ、私の家に来ない?歓迎するよ!』
「…何でボウカンシャが頭突きを…?」
多分時系列的には今回の夢が先なのかな。寝起きの頭でそんな事を考えていると、
「おはようさん。今日は何の日か知ってるか?」
「え…?何でしたっけ…」
「二千十九年十月三十日。つまりハロウィンの前日だ」
「…あの陽キャがこぞって大騒ぎするやつですか?」
あまり良いイメージは抱いていない。
「ハロウィンとは死者にとっての一大イベント。一日だけ、常世で姿を現せる日…つまり、人を脅かすことも、人に会うこともできる」
「先輩、仮装は何にするんですか?」
「私はいつもコレだな。狐のお面」
先輩がガサゴソと箱から取り出して、埃をぱっぱっとはらう。黒い狐のお面で、口元が見えているタイプだった。
(ん?何か見覚えが…)
「あ!もしかして、先輩って毎年我が家に来るあの子供ですか⁉︎毎年姿が変わってないから家で死者説があるけど断ったら何かあるかもしれないからお菓子を渡してるんですよ⁉︎」
「あ、うーん、やはり姿を変えなかったのは不味かったかな…」
(以外なところに接点が…暗かったから服装とかもわかんなかったけど、そういえば何か見覚えあったし、やっぱり私の家に一人だけ来るっていうのもおかしな話だもんな…ん?)
「そういえば、何で私の家に?」
「ひみつー…あ、白い狐のお面もあったぞ。これにするか?」
「はい!」
ペアルックみたいで嬉しかったからである。
そして翌日。夜である。
「…ありゃ」
「どうしました?」
私の家の前に来たのだが、どうも先輩の様子がおかしい。
「玄関の明かりが付いてないんだよ。しかも家の中も付いてない、出かけてるか寝てるなこりゃ」
「ええーっ、折角なのに残念ですね」
玄関の明かりが付いていないと訪問できない、それがハロウィンのしきたりらしい。
「うーん…悩んでても仕方ない、今年は諦めて街に行こう」
「はーい」
三ヶ月ぶりに会えると思ったのに、残念である。
「そういえば、先輩は何で私の家に来てたのに私を知らなかったんですか?」
「だってさ、私人の顔と名前覚えるの苦手なんだよ。しかも子供だから毎年姿変わってるし」
「凄いですね、いつもの五倍ぐらい人通りありますよ」
街に来ると、仮装をした人で賑わっていた。有名なマンガのコスプレ、血みどろの看護師、ゾンビ…
「結構面白いです」
「だろ?これでゴミとかその他諸々の問題が無かったら良いんだけどなぁ」
「あ、あれ永遠くんと陽人くんだ。他の子二人はわかんないけど」
「誰だ?」
「一学年前のクラスメイトです。後の二人は今のクラスメイトだと思います」
確か永遠くんは幽霊が見えるとか言ってた厨二病、陽人くんは永遠くんといつも一緒にいる親友だった筈。
「いっちょ脅かしてやるか?」
「面白そうですね、やりましょう」
「久しぶりー、永遠くん、陽人くん!四ヶ月ぶりぐらい?」
「オレはお前の葬式に来たから厳密に言えば三ヶ月ぶりぐらいだな。久しぶり」
「理沙ちゃん、久しぶり。そっか、ハロウィンだからこっちに来たんだね」
ん?思ってた反応と違う。
「おれたち兄妹は都市伝説なんだぜ!おれは元棚の地縛霊、こっちは…」
「ヒダルシンだよ。赤坂 楓、兄さんは赤坂 省吾っていうんだ。二人で『知らない子』っていう都市伝説になったんだ」
他二人は死人だったらしい。マジか、まさかそんなことだろうとは。
「うわー…折角驚かしてやろうと思ったのに、まさか幽霊が見えるのが本当だったとは思わなかったよ…」
「はは、とんだ誤算だったな」
先輩に軽く笑われる。
「あっ、おれ知ってる、あん時助けてくれた人だ!服装と髪型似てるから分かったぜ!おれはバケモンなんて思ってないから気にしなくていーぞ!」
「ああ、五年生の時のやつだな。オレはあの時我が右目を失ったかわりに同時に八尺様を一時食い止めることができたが、貴方がいないと我々も死んでいた所だった…今一度礼を言うぞ」
「変わんないなぁ…」
「あっ!ところで、私の母さん父さん達知らない?家に居なくってさ」
「む、それなら我が母上の元に居るぞ。おなごの定期的な集会儀式に参加している」
「永遠くんは多分、母さん達が女子会してること伝えたいんだと思う。店はあそこの居酒屋だよ」
そう言って陽人くんは、右上にある居酒屋を指差した。
「…女子会なのに居酒屋?」
先輩がぽつりとツッコミを入れた。
居酒屋はワイワイ賑わっている。カツンと乾杯の声が聞こえ、店員達は忙しそうに駆け回っていた。
「顔だけでも見て行こうかな」
「バレるんじゃないか?」
「どうせ酔ってますから大丈夫ですよ」
奥へ奥へと進むと、母さん達がいた。他の人達はまだ起きているが、肝心の母さんは机に突っ伏して寝ている。
「…折角会いに来たのに」
「残念無念また来年。次があるさ」
「死語ですよそれ」
「マジか…」
「…どうしたの?迷子?」
そのまま立っていたら、友達のお母さんに話しかけられてしまった。
「…そうだ!すみません、ちょっと紙とペン貸してくれませんか?」
「いいけど」
友達のお母さんに貸してもらい、
『あの日は下らないことでケンカしてごめんなさい。来年また会いに来ます』
と書き置きを残した。
「ありがとうございました。じゃあ、これで」
「逢いに来たのね。大丈夫よ、ちゃんと貴方が来たって伝えておくから」
「ありがとうございます、陽人くんのお母さん。…慣れてるんですか?」
「私自身巻き込まれたのよ」
「さて。次何しますか?」
居酒屋を出て、先輩に聞く。
「うーん…何か今日限定のお菓子でも買いに行くか?」
「そうしましょう」
人混みをなんとか潜り抜けて、スイーツ屋さんに行く。
「デザート何があったっけな」
(スイーツじゃないんだ…)
着いてみると、人気な店だからか結構な行列が出来上がっていた。
「…どうしよう、並ぶか?」
「…じゃあ、待っとく間喋っときませんか?どうせ暇ですし」
「そうだな」
「そういえば、先輩って二十年狩人を続けてるって言ってましたよね。大ベテランじゃないですか」
「天職だったな。大人になってパソコンカタカタしてるよりかは確実にやりがいはある」
確かに先輩のスーツ姿とか想像出来ない。
「不謹慎だが、そこら辺は死んで良かったと思ってるよ。数少ないメリットだ。…そういえば、言ってなかった。お前、徳って知ってるか?」
「徳って、あの善行を積むとかの徳ですか?」
「ああ。あの世である程度徳を積むと、一回だけ夢が叶えられるんだ。しかも、狩人は割と早く徳が貯まる。夢は例えば、異世界転生するとか、来世は有名になれるとか…」
「へぇ…ってそれ結構重要じゃないですか⁉︎」
初耳である。普通に反応してしまいそうになったが、それが皆が狩人になる一番の理由ではなかろうか。
「あとこれは豆知識なんだが、狩人は割と子供が多い。賽の河原に行かなくて済むからな。だから良い大人は大体天国か賽の河原に居る。賽の河原に行く条件は親より先に死んだ子だってことだが、大人はもう働きたくないし動きたくないってやつが比較的多いからな」
「あー、確かに光村も高波も大輝さんも子供ですもんね。亡くなったのが何年前か知らないですけど」
列もあともう少しのその時、
「ハロウィン限定パンプキンパイ、売り切れでーす」
との声が聞こえた。
「…帰るか」
「そうですね」
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