第四話 喜ぶかな
『ねぇ、ルアリ。貴方は貴方の好きに生きていいんだよ』
一人の赤い帽子をかぶったボブの髪の少女が、一匹のルアリというらしいボウカンシャに話しかけていた。ルアリは、大きな黒いリボンを首に巻いている。
『じゃあね、ルアリ。私は行かなくちゃ。だいじょうぶだよ、きっとすてきな出会いが待ってるからね!』
そう言って、少女は扉を開けた。開けた瞬間、少女は消えていた。
「…夢?」
死人でも夢を見るんだな、と思いながら目を擦る。周りはまだ明るくない。時計を見てみると、午前三時丁度だった。
(先輩も寝てるし…また寝よ。それにしても、あの少女誰だろう。見たこと無いし…ボウカンシャに名前付けてたのも気になる)
次に起きた時、時刻は九時。先輩と一緒にアラームで起きた。
「おはようございます、先輩…」
「おはよ…」
少々寝ぼけながら顔を洗う。イスに座りいつもの習慣でテレビをつけた。
『人類こそ至高!人類に希望を、化け物には死を!』
「…何ですかこれ」
「私もこの思考はどうかと思うが、こいつが居ないと神消滅事件から黄泉は立ち直れなかったんだ。大目に見てやってくれ」
…ん?さっきなんか結構なスケールの事件名が語られたような。
「…神消滅事件って何ですか?」
先輩によると、千九百九十年代に起こった殆どの神様が消滅した事件だそうだ。その代わり全人類に力が継承され、狩人はその力を使うことが出来る様になった。因みに、閻魔大王などのあの世でとても重要視されている神様は何故か残ったらしい。
「じゃあ、私は買い出しに行ってくるよ。ちゃんと留守番できるか?」
「大丈夫ですよ、いってらっしゃい!」
行き先は近くのショッピングモールと理沙に伝えている、いつもの人が少ない時間帯なので多分大丈夫だろう。
(そういえば、アイツの好きな食べ物聞いてなかったな…)
メールで聞いてみる。どうやらカレーが好きなようだ、となれば今日は肉じゃがになるな…。
食材を買った後、何かないかとうろうろしていると、ケーキ屋が目に止まった。
(…喜ぶかな。ケーキ買って帰ろう)
「あの、ザクザクチョコケーキ二つ下さい」
「はい、少々お待ち下さい」
店員の笑顔が引きつっている。
エレベーターの前で、誰かにドンと押された。思わずよろけてしまい、エレベーターの中に入った。足下で何かがパァッと光る。
「…転移型魔法陣!?」
(まさか、私しか居ない事を見越して⁉︎)
瞬時に、トイレに飛ばされた。何処のトイレだろう、それすらも分からない。少なくとも先程居たショッピングモールではない事は確かだ。その時、上から何か降ってきた。水だ。
「…っくそ」
ケーキと食材が濡れないように自分の体で庇う。鍵は内側にある筈なのに押しても引いても開かない。大方封印札でも貼ってあるのだろう、下から覗いてみると盛り塩まで置いてある。準備万端なこった。
(スマホ…無い!?しまった、スられたか!)
不覚だ。こうなっては、助けを呼ぶ術は無いが…。取り敢えず叫んでみる。
「助けてくれー!!誰かー!!」
返事は無い、ただ水の音が響くだけである。
(くそ、最近浮かれすぎていたが、油断するとすぐこれだ!!自力ではどうする事も出来ない、絶望的だな…)
「理沙…ルナ…大輝…」
「よーし!先輩の為に頑張りますよ!!」
先輩は確かオムライスが好物だったが、前に食べた筈なので候補から外しておく。
(多分肉じゃがにするだろうから、西京焼きを作ろうかな!」
水が止んだ。
(何だ…?気が済んだか?)
そして、直ぐに何かがバラバラと降ってきた。
「痛ァッ!?」
(釘!?)
背中と太腿に四本程刺さってしまった。
(くそ、やる事が卑怯すぎる…!)
しかも、魔封じの術が掛けられていて身体が思い通りに動かない。外でタタタタッと走る音が聞こえた。多分犯人が去ったのだろうが、
(…どうやって、出れば…)
「…寒い」
「…遅いなぁ…」
先輩が出たのは正午、今は三時である。買い物にしては遅いと思うが、ただの気にしすぎなのだろうか。
(電話してみよう)
この前登録した先輩の電話番号にかける。
『おかけになった電話番号は…』
(おかしいな)
rainyでも連絡してみようとして、気が付いた。
(あれ、一時間半前のに既読がついてない。大丈夫かな…探しに行こう)
『先輩を探しに行きます、帰ったら連絡下さい』
という置き書きを残しておいた。
「行ってきます」
「い、居ない…」
先輩はここのモールに来たはず、なのに居ないなんて。
(き、きっと他の店にも寄ったのかも…)
それに、すれ違った可能性もある。取り敢えずもう一回周ってみよう。
「…あの、誰かお探しでしょうか?あ、いえ、何か焦った様子でうろうろしているので…」
ケーキ屋の店員さんが話しかけてきた。何か知ってると良いけど…。
「実は私の先輩を探してるんです…あ 黒崎 真衣っていう長い髪の女の子なんですけど…」
「あ…!今日いらっしゃいました!あの、これ見て下さい…!」
店員さんがスマホを取り出して、tubuyakiの記事を見せる。『化け物トイレに監禁してみたwww』というタイトルだ、もしかして。
『助けてくれー!!誰かー!!………理沙…ルナ…大輝…』
先輩の声だ、酷い。こんな事する奴が居るなんて。
「こ、ここ、何処ですか⁉︎」
「えっと、現世再現地区八丁目の廃団地らしいです、お願いします、助けに行ってあげて下さい!あの、実際に会ってみてそんな悪そうな人では無いなって、思った矢先の事で…」
「ありがとうございます、早速行ってきます!!」
バスに乗って、電車に乗り継ぐ。行き先は終点だ、二時間位かかるだろう…。
(確か、あそこは最高気温二度の冬体感地区だった筈、タオルとかマフラーとか今のうちに作っておこう…先輩、待ってて下さい)
私は床に直接横に寝そべっていた、もう何時間経ったのだろうか、魔封じのせいでろくに身体も動かない…。
「…い!せんぱーい!先輩、何処ですかー!!」
「…り、さ…?」
紛れもない、あの呼び方、声、間違いなく理沙だ。
「り、さ…りさ…」
だが、掠れた小さい声しか出ない。
(まだ、だ!)
残る力を振り絞って、思い切り扉をドンッと足蹴りした。
「先輩?そこにいるんですか、先輩!?」
こちらに駆け寄る音が聞こえてくる。
「あづっ…うくそっ、気合いだーっ!!」
お札がビリっッと破れる音がした。盛り塩が理沙によって蹴られ、扉が開けられた。
「…先輩!!大丈夫ですか!?」
「りさ…!」
先輩は釘の散乱した床に寝そべっていた、大分憔悴しきっている。
「っすぐに、温かいところへ…連れて行きますからね!この釘も、抜きますよ!」
氷のように冷たい、かなり体温を奪われているようだ。先輩を抱っこしながら背中と太腿に刺さっていた釘を抜く。
「…っ、ありがとう…」
「包帯です、魔力の糸でさっき作ったけど不器用なんでボロボロですけど…血を拭くぐらいはできる筈です…おぶっていきますよ、私の首を掴んで下さい」
「ん…あ、ケーキ…」
「大丈夫です、持っていけますよ」
濡れた形跡は無い、食材と一緒に手に持った。
外に出た、夏なのに雪が降り始めた。
「おじぞ、さま…」
「お地蔵様ですか?」
先輩が呟いたので近くにあったお地蔵様の所へ行ってみる。先輩がお地蔵様の頭に手をぽんと乗せた。すると、それは喋りかけてきた。多分人の声だ、通信なのだろう。
『はい、こちら移動所です。塊を百個か一万円を乗せて、行き先を言って下さい』
先輩が神守りからザラザラと塊を出して告げた。
「…狭間の館前まで…」
そう先輩が言うと、水色の眩い光に包まれて、気づけば先輩家の近くにある敷地外のお地蔵様の前に立っていた。
「大丈夫ですか先輩、今お風呂追い焚きしてきます…いや、シャワー先にしてその間にするのが良いですかね」
先輩は体を動かすのもままならなかった。一体誰があんな事を、絶対に許さない。
「私が支えておきます、ゆっくり湯船に浸かって下さい」
うまく力が入らないそうなので、私の上に先輩が座っている体制になっている。温かいお湯に浸かっているにも関わらず先輩の身体は冷たいままだ。
「…ありがとう、理沙。助けに来てくれて…そういえば、あんなに遠かったのに何故分かったんだ?」
「ケーキ屋さんが教えてくれたんですよ」
「そっか。今度お礼を言いに行こう」
肌が密着している。先輩の身体はふわふわしていて、心地いい。
「…先輩、今度からは絶対に一緒に買い物しに行きましょう。トラウマになりそうですよ」
先輩を後ろから抱きしめながら言った。
「そうだな。ありがとう、心強いよ」
「西京焼きと一緒にポトフも作ったんですけど、今日はそれにしましょう。頑張って調べて作ったんです、お口に合うと良いんですけど…」
手が悴んで箸が使えないそうなので、先輩はスプーンで食べている。気温は高いのでストーブはいいと言われたが、それでも寒そうだ。
「…美味い」
「良かった!おかわりもあります、沢山食べて下さい!」
「…よいしょっと。おやすみなさい、先輩」
先輩を布団に乗せて、毛布をかけた。夏なのでしまってあった分厚い布団も出している。
「…理沙、同じ布団で寝ないか」
「はえっ!?良いんですか?」
思わずはいと言いそうになったのを驚いたので相殺してしまった。
「何言ってんだ、一緒に風呂に入っといて。…ちょっと一人が怖いんだ、だからさ…」
「…はいっ!!」
先輩が寝ている布団に入った。狭いが、そんな事気にならないくらい嬉しい。
「今日は心配させてごめんな。迂闊だった、あんな初歩的な罠に引っかかるなんて…。やっぱり、先輩失格だよな」
「そんな事ありませんよ!完全にあんな事した奴らが悪いんです、先輩に非は一切ありません!」
「そっか。ありがとう」
暫く間を置いて、先輩が話し始めた。
「…本当はさ、怖かったんだ。暗くて寒くて痛くて、こんな所で一人で死ぬのかって…だから、お前が来てくれて本当に嬉しかった。うれし、かった…」
先輩が涙をボロボロと流して泣き始める。
「お前は私を、嫌いじゃないんだよな?」
涙声で聞いてきた。
「はい。好きです」
「私は優しくされて、良いんだよな?」
「はい。とことん甘やかしますよ」
「お前は他の所じゃなくて、良いんだよな…?」
「はい。先輩の所じゃないと嫌です」
その途端、先輩が私を抱きしめて、大きな声で泣き出した。私も抱きしめ返す。
(やっぱり、辛かったんだなぁ)
肩らへんが先輩の涙でぐしゃぐしゃに濡れた。多分、あの空間にいた時も泣いていなかったのであろう。
「泣きたいときは、泣いても良いんですよ、先輩」
「…えっ、そんな事があったのですか!?」
翌日。先輩と一緒にケータイショップに行く途中ばったり会ったルナさんに、昨日の事を説明した。先輩のスマホはスられたが、連絡用らしいので初期設定以外は電話とrainyぐらいしかいじっていなかったらしい。パスワードも設定されているのでセキュリティは万全である。先輩曰くしょっちゅう壊されるかスられるかするのでこんな事になっているらしい。ゲーム用は別にある。
「ま、真衣さんがそんな目に遭っていたのに昨日の僕はのうのうと過ごして…!すみません、僕がインターネットを使う習慣をつけていれば…!」
「いやいやいや、つけちゃダメだから、そんな習慣。大丈夫だよ、次からは理沙も一緒に買い物について行ってくれる事になったから」
「理沙さん、もしも用事が無かったら僕も一緒に行きますから!一緒に真衣さんを守りましょう!」
「はい!!」
「変な協定結んでんなぁ…」
昨日のケーキ屋にも行き、お礼を言ってショートケーキを二個買った。
「贅沢ですね、一日にケーキ二個なんて!どっちから先に食べようかな…」
「私はチョコからだな」
「じゃあ私も!」
あの世なのでカロリーを気にしなくて良いのは嬉しい。
「美味しいですね、これ!」
「喜んでもらえて良かったよ。私のお気に入りなんだ」
「へー…先輩のお気に入りなんて妬けちゃいますね」
「ケーキに嫉妬するなよ。…お前もだぞ」
「え」
いきなりの不意打ちにびっくりしてしまった。
「…あーっはっはっは!お前、顔真っ赤だぞ!」
「えっ⁉︎ど、どのぐらいですか⁉︎」
「そうだなぁ、茹でダコ?」
「ええーっ!?だって、嬉しかったんですもん!…そういう先輩だって、顔真っ赤じゃないですか!」
「え!?本当か?」
「嘘です、でも言ったとたん赤くなりました」
「ええっ!?ちょ、ちょっと見ないでくれ!恥ずかしい…」
幸せだ。この幸せがずっと続くようにしなければ。先輩に降りかかる悲しみは、全部私が振り払ってみせる。絶対に。
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