第4話

『綺麗に並べられた靴と、俺宛の手紙。それが妙に頭から離れないの』


 対談が終わった後、二人で川沿いを歩きながらバーに向かっている最中、兄さんがぽつりと溢したらしい。


『君とつるむようになる前のことだよ。四ヶ月くらい一緒に暮らして、それなりに楽しくやってたのに、ある日いきなりね、川に飛び込んだみたいなの。俺の眠ってる間にさ。そういうことしそうな雰囲気あったけど、本当にしちゃうなんてね』


 どの口で言うか。


『俺の癖って、彼女からきてると思う。あの時の彼女、どんな思いしてたのかなって、ふとした時に思ってさ、気付いた時には君らに怒鳴られてんの。いつもごめんね』


 ……謝るくらいなら、よしてくださいよ……。


『色んな女に手を出した。それでも彼女の靴と手紙が頭から消えない。死体が上がらなかったから余計にね。……この先もずっとなのか、いい加減傍にいない女のことなんて忘れたい、そんなこと考えていたらさ、夢に出たのよ最近』


「夢ですか」

「夢。昔と変わらない見た目のまま、布団で寝てた青柳の傍に正座してたんだと」


『彼女だと気付いた時には、抱き寄せて口を吸ったよ。昔のままの温もりと柔らかさにさ、現実なんじゃと思い掛けたけど、離れた拍子に言われたわけ──どれくらい振り? 娘も大きくなったのよ、なんて。四ヶ月しか一緒にいなかったのに作れるものかね?』


「時と場合によるんじゃ?」

「……そうなのか」

 何故か兄貴の顔が青くなる。

 兄貴? と声を掛けたら、首を横に振るだけだった。


『でもさ、夢でもいいんだよ別に。ずっと会いたかったわけだし。だから何度も、何度も求めてさ、そしたら名前とか呼びたくなるじゃん? ──何故か違う女の名前が口から出ちゃって、気付いた時には朝になってた。誰もいなくて泣いたよ、やっぱり夢だよなって』


 布団の上で静かに涙を流す兄さんの姿が、脳裏を過る。

 あの人の性格を考えたら、子供みたいに泣き喚きそうなのに。

「それであいつ、言ったんだよ」


『もう一度会いたい。会って、それで、謝りたいんだよ。……色々さ』


「……なら、今回だけは、自主的だったのかもしれないですね」

「……お前なら、分かってくれると思ったよ」

 疲れたようにそう言うと、兄貴は俯いてしまった。

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