第3話

 黄橋 安吾あんごを兄貴と慕うように、青柳 おさむを兄さんと慕っていた。


『あの、ちょっといいですか?』


 二人の付き合いはかなり長く、そこに一年前、俺が混ぜてもらったようなものだ。


『今月号の「月刊 春雨はるさめ」読みました。その、すっげー良くて、お話聞かせてもらえたらなと』


 二人がバーでよく飲んでいると聞き、知人や他人に聞いて回って、その店に辿り着いた。

 兄貴も兄さんも、文芸誌で連載を任されたり、自主製作で本を出したりと、勢力的に活動している作家で、俺なんてごく稀に短編を載せてもらえるかどうかの駆け出し。

 腕を上げる為、作家とは、物語とは、なんて語りながらついでに酒奢ってくれないかなと、話し掛けにいったのだ。


『それ、どっちだよ』


 訊ねてきたのは黄橋の兄貴。俺の顔を見ながら、チラチラと青柳の兄さんを見ていた。


『どっち、というか……』


 どっちもだ。

『桜の下にあるもの』を書いた兄貴。

『桜の上にあるもの』を書いた兄さん。

 どっちも死ぬほど良かったから、会いに来た。

 けれど兄貴は自作を褒めてほしくなかったようで、しきりに口をパクパクと動かしていた。

 ア・オ・ヤ・ギと。

 どっちもなのにと思いつつ、青柳さんと答えた瞬間、俺が話し掛けた時から口を閉ざして微動だにしていなかった兄さんが──爆発した。


『だよねだよねだよね! 俺くん超絶天才だもんね! もーやっばいもんねフー!』


 そっからは飲めや歌えやの大騒ぎ。

 作品論も微妙に語り合いつつ、特に与太話に力を入れ、閉店まで飲みまくった。

 これまでにないほど楽しい酒で、以来二人が飲む時はご一緒させてもらうようになり、酒の席以外でも、芝居を観に行ったり散歩に行ったりもするようになった。

 三人でいることが当たり前になった頃、桃園の誓いとかしちゃうか、なんて言ったのは誰だったか。

 冗談で終わることなく、本当にしたっていうのに。


「死んじゃったんですね、青柳の兄さん」


 兄貴は頷くだけ。

 驚きは一瞬で終わり、後に残るのはですよねって諦念のみ。

「いつの間にか川に飛び込んだらしい。昨日、死体が見つかった」

「川、ですか。何度目の正直なんでしょうね」

 兄さんには無意識の悪癖があった。

 ある時は川や車道に飛び込み、ある時は壁や机に頭を打ち付け、ある時は……。

 気軽に死のうとするくせに、兄貴や俺が止めるたび、「はれ? 俺くん何を?」なんて言うのが微妙に怖かった。声で分かるんだ、本気で言っているって。

 俺も兄貴も知らない所で、あの悪癖が発動したのか。

「……どうだろうな」

 そう片付けようとしたのに、兄貴が待ったを掛ける。

「先週、青柳に会った時に言われたんだ。会いたい女がいるって」

「え? 二人で飲んだんですか?」

「いや、文芸誌の対談企画で会ってただけだから。てかその後、お前も呼んで飲んだじゃん」

 じゃあ、その日が兄さんに会った最後になるのか。

「会いたい女がいるなら、余計に死んでる場合じゃないでしょ」

「……それがな、死なないと会えない女なんだわ」

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