綺麗なキミに恋をした

CHOPI

綺麗なキミに恋をした

 それは本当に一瞬だった。


 その衝撃は今でも鮮明に覚えている。初めてキミを見た時、その佇まいの綺麗さに驚いた。キミの口から流れ出た、キミ自身の名前を告げるその音が、とても澄んでいて驚いた。ボクは、まるで清流の中に叩き落とされたような感覚を覚えた。キミという清流の中に。


 気が付くと、いつもキミのことを目で追ってしまうようになった。周りからは『それがひとめ惚れってやつだ』と言われた。なるほど。ボクはキミにひとめ惚れをしたらしい。……ボクは、『恋』なんていうものは、とても面倒くさいものだと思っていた。いちいちそんな感情に振り回されるのは非合理的だし、自分には一生縁の無いもので構わない。そう思っていた。そんな自分がキミにひとめ惚れだなんて、お笑い草だと思ったけれど。


 ほとんど無意識で目が追ってしまう、キミの周りを漂う空気はいつもなんだか特別なものに見えた。キミはいつも少しだけ退屈そうな顔をして、窓際の自席から校庭を眺めていた。キミの口元が緩む姿を見たことなんてなかった。キミの長いまつげが日の光を反射してキラキラと光っていて、時折吹く風がキミのその長い髪を優しく撫でる様子は、さながら一枚の絵画のようにも思えた。ボクのフィルターを通して眺めるキミの姿は、キミを包み込んでいる空気だけ、その周りに比べて不思議なくらい澄んでいるように見えた。特別色素が薄いヒトでも無いのに、限りなく透明に近い水色のようなヒトだと思うくらいに。


 キミは綺麗なヒト。とても、とても澄んでいるヒト。

 ……だけどキミは。温度が無いヒト。冷たい、じゃない。温度が、無い。


 だから、見ているだけが、ちょうどいい。


 ******


「……っ」

 たまたま通りかかった、人気の少ない部室棟の脇の道。昼休み中に部室に荷物を置いておこうと思って通りかかると、小さな何かの音が聞こえた。不思議に思ってその音のする方へと歩みを進める。すると建物の裏、足元に丸まって膝を抱えている人影が見えた。


 それがキミだとすぐにわかった。膝を抱えて丸まってうずくまっている影が、規則的に小さなしゃっくりをあげて、時折鼻をすすっている。何があったのか皆目見当もつかなかったけれど、とにかくキミが泣いていることだけは直ぐにわかった。泣いているキミを包んでいる空気がいつもの水色じゃない。むしろボクらと同じ、周りの空気と同化して見えた。


 その時覚えた、不思議な感覚。上手く言えないけれど、いつもは別の次元にいるキミが、今だけボクたちと同じ次元へと堕ちてきたような感覚。その時少しだけ、ホッとしてしまったボクは酷い人間なのかもしれない。……あぁ、キミもボクと同じ世界に住むヒトなんだ。そう思って、安心したんだ。


 綺麗なヒト。とても、とても澄んでいるヒト。

 温度が無い、ように見えたヒト。本当は、ちゃんと温度があったヒト。


 ……まずは。話しかけてみるところから。


「……ねぇ、大丈夫?」

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