鎖の箱

@6031

第1話

 道端構造は、妻の頼子から、喜久雄が死んだんだって、という報告を受けて、呆然とします。

 「いったい、どういうことなんだ、ちゃんと説明しろ」構造は大きな声を張り上げます。

 「つくしさん、という人から、手紙が私宛に届いて、読んでみると、昨日、弟の喜久雄が突然心筋梗塞で倒れて病院に運び込まれた時には、手遅れで、死んでしまった、ということです、通夜と葬式については今週の土日の予定です」頼子が静かにしゃべります。

 「手紙、こっちに持って来て、見せなさい」構造は言葉を詰まらせながら、無理に平静さを装います。

 頼子が持って来た手紙を、構造はゆっくり慎重に一字一句口に出しながら、読んでいきます。

 ”お父さん、お母さん、長らくご無沙汰しております、と言ってもまだ一度もお会いできておりません でしたことを、お詫びいたします。夫の喜久雄さんが昨日、心筋梗塞で亡くなって、しまいました。

 長年の過労が最大の原因ではないか、ということです。急なお便りで申し訳ありません、葬儀については、今週の土日に予定しています”

 「これじゃあ経緯がさっぱり分からんな」動揺を押さえながら怒るように言います。

 「あなたが、喜久雄さんに勘当だ、なんて言ったもんだから、つくしさんが遠慮してらっしゃるんだわ、かわいそうに」頼子は、構造を咎めるように、言います。

 「あの時は、つい言葉が出ちゃったんだよ、今では、後悔してるよ、でもなあの時はそうでも言わないと、おさまりがつかなかったんだ、喜久雄が、”おやじ、おふくろ、迷惑かけたな、これからは自分のことは自分やるから、もう放っといてくれ”て言うから」

 なんであの時、なんでちゃんと話を聞いてやれなかったんだ、と後悔をしています。

 構造は、いくら考えても仕方がない、何にもかも過ぎ去ったことだ、と頼子に言います。

 

 5日後の金曜日に構造と頼子は、つくしの手紙にある住所に電車で行きます。

 住所は和歌山市のはずれの方にあり、大阪の家の最寄りの駅からに特急に乗って1時間半で 和歌山市に到着します。そこからタクシーで1時間くらい山道を上って行くと、やっと目的地に到着します。

 家は古いアパートを改造したような建物で、その前に庭があり、そこを通って玄関に行きます。

 頼子が、呼び鈴を押すと、高校生くらいの男の子が出てきます。

 「つくしさん、っていう人呼んで来て、喜久雄の親が来たって」頼子が、男の子に声をかけます。

 男の子が黙って奥に行くと、奥から「わざわざ遠い所から、ありがとうございまし た」という声がして、つくしが、玄関に出てきて、2人を座敷の方に案内します。

 棺桶が簡単な祭壇の前に置かれていて、構造と頼子が手を合わせて、棺桶を覗き込みます。

 「つくしさん、葬式の段取りはどのようになってますか」頼子が声を掛けます。

 「ええ、明日がお通夜で、明後日が葬式です。この家で行います、どうですか」

 「子供たちはどうなってる、私たち何にも聞かされてないもんで」構造は、黙って座ったままなので、頼子がいろいろ訊いています。

 「長女の志波が22歳で、雄二が19歳で2人とも、大阪で学校に行っています」

 「お坊さんとかは?」

 「近所のお寺さんに声を掛けていて、呼んだらすぐ来てくれます」

 「お金とかは、大丈夫なんですか?」

 「ぜんぜん大丈夫じゃありません、家に子供4人預かっているもんで、実はお2人の到着を待っていました、お2人はここに泊まりますか?」

 「いや、家から通うから御心配なく、ところでどうして葬式が遅くなったんだ」構造が訊きます。

 「かえで、お茶を2つ持って来て」つくしが声を掛けると、高校生くらいのおとなしそうな女の子が すっうと席を立ちます。

 「じつは、刑事さんが”今回死亡解剖することになりまして、6日間預ります”と言って昨日戻って来 たんです、特に詳しいことは、聞かされていないんです」

 先ほどの女の子が、お茶を2つ持って戻ってきます。

 「ありがとう、おりこうさんね、この子は喜久雄の子なの?」

 「いえ、わけあって、一時的に預かってるだけです」つくしが答えます。

 「じゃあ、近所の子なの、庭とかにいる子もそうなの」

 「ええ、そうみんな一時的に預かってるだけです」

 「じゃあそのうちにいなくなる子達なわけね」

 「ええ、そうそのうちにいなくなるはずです」つくしが答えると、構造が「喜久雄が預かったのか?」

とやや、問い詰めるようにいいます。構造は退職するまで警察官をやっていました。

 「喜久雄さんが、”希望の家”というサイトを立ち上げて、”行き場を失った子供の相談に乗りますこちらまで連絡下さい”ということで集まってきたんです」

 「家出少女とか家出少年じゃないのか、そんな子を預かるなんてなんということだ」構造の声がだんだん大きくなります。

 「親と喧嘩して、行き場をうしなった、とか不登校になったとか、いろんな原因でここに来ているの、実は私もそうやってここに来たの」つくしが声を詰まらせます。

 「それって家出して来た、ということ、それでご両親はなんていってらしゃるんです」頼子が訊きます。 「そういえば母親から、この間20年ぶりに便りがありました、帰って来いと」

 「喜久雄とは、正式に結婚しておるのか」構造が言います。

 つくしは、かすかな声で、「いいえ」と言います。

 「これから、どうするつもりだ、このままこの家でやっていくのか、やっていけないだろ」

 「ええ、どこかでパートとかで働くつもりですけど、やっていけるかどうか」

 「とにかく、葬式が終わったら、これからのことを、改めて考えましょ、ねえあなた」

 「そうだな、急には答えが見つかりそうもないな、とりあえず今日はこれで帰るわ」

 一旦、家に帰ると、頼子は兄の秀夫に電話します。「もしもし、秀夫、びっくりしないでね、喜久雄が死んでね、明日がお通夜で、明後日が葬式なの、こっちに来てくれる、一緒に行かない」

 「俺ね、明日重要なお客さんとの打合せがあってね、明後日の葬式には、行けると思うわ」

 「瑠衣さんも一緒でしょ?」秀夫は、妻のことは分からないが、行けなかったら電話する、と言って電話を切ります

 電話の後、構造と頼子は夕飯を食べながら、話をします。

 「あなた、明日は秀夫来れないみたいよ、2人で行きましょうか?」

 「ああそうだな、まあ葬式に来れたらそれでいいか、喜久雄のことをもっと訊いておかないと、親としても、ちょっとやるせないなあ」

 「明日、喜久雄の友達とかも来るだろうから、いろいろ話を訊いたら、もしかしたら家を出た後とかその後とか」

 「何かいやな感じがするなあ、だってこっちが家を追い出したみたいで」

 「何言っての、今更いろいろ喜久雄のことを、訊いてあげるのが、亡くなった喜久雄の供養ですよそのためにお通夜があるんですよ、訊いてあげなくて、どうするんです」頼子がいつになく、強い口調で言います。

 「そうだな、なぜ喜久雄が家を出る決心をしたのか、俺にはよく分からないんだ」

 「手土産と香典と用意しなくっちゃ、この後コンビニで買ってきます。香典いくらにしましょうかね?」

 「そうだな、十万円くらいかな、用意できるのか?」

 「ええ明日ATMでおろしてきます、それくらい大丈夫でしょ、しかしつくしさんお金ないようなこと言ってたでしょ、もう少し出した方がいいんじゃない?」

 「そうだな、じゃあ二十万円出すか」構造が内心で、しょうがないなあ、と思います。

 頼子は、朝の6時に起きて、コンビニに行き、手土産の饅頭と香典袋を買って来て、構造を起こします。頼子が声を掛けるとすぐに起きて、朝ごはんを食べて、和歌山へ行く準備をします。

 「どう考えても、喜久雄がどうして亡くなったのか、よく分からん」

 「心筋梗塞で亡くなったって、つくしさんが言ってたじゃない、救急車を呼んだけど、間に合わなかった、て聞いてなかったの」

 「ああ、聞いていたさ、俺の言いたいのはだな、なぜあんな元気な子が、他人思いの子がだな、なんで死ななきゃあならないんだ、俺よりも先に」

 「そりゃあそういう運命だったんじゃない、あなたの力の遠く及ばない世界のね」

 「俺にはどうしようもない世界の力か」構造は妙に納得した顔でいいます。

 「さあ出かけますよ」頼子が言うと、「うんさあ行こか」構造が力を込めて言います。

 電車とタクシーで、和歌山の家に着くと、構造が呼び鈴を押します。

 「はあい、どうぞ入って下さい」家の奥からつくしの声がします。

 構造と頼子が中に入って行くと、お坊さんが着替えをしていて、11時から始めます、とつくしが言うと、構造がお土産と香典袋を渡しながら、「困ったことがあったら、何でも言ってくれ、葬式の費用は大丈夫か」と言うと、「はい、ありがとうございます、少しは喜久雄さんが蓄えてくれていたので、これからは私もアルバイトをしようかと、思っています」つくしが静かに言います。

 「つくしさんは、本当に優しそうな奥さんだったんだね」頼子が言います。

 「いえいえそんな、昔はそんなんでなかったんですが、ここに来て喜久雄さんと出会って、すっかり変わってしまったんです。」

 「ここってどういうお家なの、よかったら聞かせて欲しいわ」

 「あっお坊さんの用意が整ったようなので、そろそろお通夜を始めます、こちらへどうぞ」

 と言って、祭壇の前列へ案内します。

 「こちらの2人が子供の志波と雄二で、後から高校時代の友人の赤尾さんと野川さんが来ます、それと、桧垣芳香さんが通夜か葬式かどちらかにいらっしゃるそうです」

 お坊さんの読経からお通夜が始まります。

 焼香が始まって、間もなくして、赤尾と野川がやって来ます。

 みんなの焼香が終わって、お坊さんが帰った頃、芳香がやって来て最後の焼香をします。

 みんな揃って、テーブルの前に座ると、つくしが「あなた達、おにぎりと惣菜を運んで頂戴」と声を掛けます。前もって、打ち合わせしてあったのか、同居人の子供達が一斉に立ち上がって食事の準備をします。

 全部運び終わると、「みなさんこれだけですが、飯あがって下さい」と言います。

 構造は、お酒はないのかなあ、思いながら、頼子の顔を見ます、頼子はすぐに首を横に振って、構造を睨みます。

 「俺、ビール買ってこようか?」と野川が言うと、今から買いに行くと、遅くなっちゃうわよ、と芳香がいいます、すかさず「ほんと気がつきませんで」とつくしが言います。

 「そんな気を使わなくていいわよ、飲みたい人はまた後で自分勝手に飲めばいいんだから」頼子が言います。

 みんなの食事が終わると、「さっきの話だが、ここはどういう家なんだ?」構造が訊くと、赤尾が「それは、僕に説明させて下さい、この家は僕のおじいちゃんが住んでた空き家で、ここで畑とかやっていて、うちのおやじが引き継いだんだが、全然住む気もなくて、築60年以上で、修理が大変で人に貸すわけにもいかず、こうやって喜久雄に月2万円で住んで貰ってたという訳です」

 「この後はどうなるんだ」、今度はつくしが、「このままここでやっていきますが、私が働きに出ると預かっているこの子達は児童相談所に相談して、親元に引き取ってもらうか、養護施設に入ってもらうかしないと、と思っています」

 「この希望の家ももう終わりか、残念だわ寂しいわよね、つくしさん」芳香が言います。

 「でも仕方ないことなのよ、よしかには思い出深い所だったかもしれないけど」

 「赤尾さんとか野川さんとか、道端さんの遺志を継げないの?」芳香が言います。

 「無理なものは、無理なのよ、私も残念だけど、いつかはこうなる運命だったの」つくしが言います。

 「この家の家賃ただにしてもらうように、おやじに頼んでみるよ、それと時々俺が修繕に来るから何かあったら、遠慮なく言ってくれ」

 「赤尾くん、喜久雄がここに住むことになったいきさつを聞かせてくれ、俺達、喜久雄から何も聞いてなくて」構造が少しいかつい顔して訊きます。

 「つくし、どうするみんなの前では言えないこともあるしな」

 「そうね、その件は、また日を改めて、赤尾さんと私とで、お2人に説明させてもらうということで」

 「じゃあ後日、大阪の私達の家にいらっしゃい、今後のことも一緒に相談しましょ」頼子が言います。

 葬式の終わった3日後、赤尾とつくしが一緒に道端家を訪れます。

 「おじゃまします」と言う赤尾に「よくいらっしゃいましたね、奥へどうぞ」と頼子が玄関で答えます。

 「この度は、遠い所どうもご苦労様、どうぞくつろいで下さい」構造が言うと、頼子がお茶を運んで来て「お茶でも飲んでゆっくりしていって下さい」とねぎらいます。

 「ところで、お宅の家のほうは、誰か」構造の言葉に「芳香さんに来てもらってます、アルバイトの都合をつけてもらって」

 「喜久雄があの家に住むことになったのは?」構造の質問に赤尾が答えます。

 「始め、つくしと私が付き合っていました、そしたらそのうち、つくしが妊娠してしまって、堕すのに20万円かかる、というので、親に言えなくて、喜久雄に相談したら、3万円貸してくれたんだけど、

後5万円足りなくて、病院から督促が来て、少しずつ返すつもりだったんですが、ついでき心で本屋で、本を盗んで、ネットでその本を売ろうとしたんです、ネットで本を売るとき、喜久雄に助けてもらって、何冊目かの時そのことがばれて、杉崎刑事が本を元に戻すことを条件に許してもらったんです」

 「ああそれで、杉崎刑事がうちに来て、喜久雄が友人の本の窃盗事件に加担したが、未遂に終わったので放免した、とおっしゃっていて、それを聞いたうちの人が何も訊かずに、喜久雄に勘当だ、って言ったわけですよね」頼子が、当時を思い出すように言います。

 「ああそうだったな、友達のことなんかちっとも言わんもんで、そのまま頭に来てつい、でそれから」

 「それで、まず喜久雄が私の家に来て、どこか住む家を探してる、というので、和歌山にうちの空き家がある、ということで、あの家を親に内緒で貸したんです、そしたらつくしが家出をして来た、と言って来たもんだから、その空き家に3人で住もうということになって住み始めたんだ」次につくしが言います。

 「私、母子家庭で貧乏だったんです、つくしが母親に妊娠したことを告げると、うちにお金がないことぐ らい知ってるでしょ、相手の男に払わせるんですよ、もう2度とこんなことしたら家に入れないからね、なんでこんな子に育ったのかしら、上の子とえらい違い、とさんざん言われて家を出たんです」

 「じゃあどうして、喜久雄はつくしさんと夫婦になったの」頼子が訊きます。

 「私が悪いんです、つくしと一緒に暮らすつもりで和歌山へ行ったんですが、喜久雄はすでにアルバイトをしていたんですが、私は見つけられなくて、つくしはアルバイト先を見つけて、なんだか居ずらくてつくしにあたってばかりいて、書置き残して逃げ出してしまったんです」

 「それで、つくしさんどうしたの」頼子が訊きます。

 「喜久雄さん、すっごく優しくてこんないい人世の中にいるんだ、と思いました、だって今まで私のこと邪魔者扱いされてばっかりだったんだもの、食事の用意も何から何まで、一緒にやろう手伝うよ、と言ってくれて、とにかくよく働く人で、つくしのような可哀そうな子1人でも多く助けたい、と言ってネットを使って、希望の家としてここを紹介したの」

 「それで、現在4人の子がいるのね」頼子が言います。

 「はい、そうです、4人には簡単に出て行ってもらう訳にはいかないので困っています」

 「子供2人いたよね、葬式に顔出したけど何も言わずに帰って行ったけど、どうなってんだ」

 「あの子達、親に反発してるの、子供の頃、預かった子供の面倒が忙しくて、学校の行事とか親らしい事が全くしてやれなくて、実の子より人の子の方がよっぽど大事なんだ、と言って私をよく困らせていて、いまだに打ち解け合えないでいます」

 「残念ね、われわれの孫なのにね、それ知ってたら、いくらでもかわいがってあげれたのに、そうよね、あなた」頼子がいかにも残念そうに構造に顔を向けて言います。

 「何か困ったことがあれば言いなさい、預金とか借金とかないのかね」

 「両方ともありません、その日暮らしです、もしよろしければ、和歌山の家に来て子供の面倒みてもらえませんか、図々しいお願いですが、子供がいなくなるまで、よろしくお願いします」

 「あら、おもしろい話ね、お父さん面倒見に行きましょうよ、どうせ普段何にもしてないいんだから」

 「何にもしてないこともないだろう、本読んだり、ええっとまあいいか行ってやるか」

 道端夫婦は、住んでる家は兄嫁の瑠衣さんに時々見に来てもらう、ということで和歌山へ行きます。

 構造の中に、喜久雄に悪いことをした自分が頑固だったために、苦労をさせた、というのがあって、喜久雄のやり残したことを、自分がやり遂げたい、という思いが沸いてきます。

 「お父さんとお母さん、紹介します、男の子が羽賀義人君、13歳中学1年生、登校拒否で親が責める人で、逃げて来たんだよね、次は南健司君、小学4年生、母親が再婚してから、親子関係がうまく行かなくなったんだよね、次はかえでちゃん、小学6年生、次があけみちゃん、小学3年生、女の子は愛称で呼んでいます、あまり知られるのをいやがるためです、以上です、ここの2人は喜久雄お父さんのお父さんとお母さん、呼ぶ時はじいじ、とばあば、でいいですか」みんな頷きながら「はあい」

とばらばらに返事します、どの子も全く素直な感じがします。

 1日目、これからやることの予定をつくしを中心に立てます。

 「ここに来て一番古い子から、順番に親に連絡して、こっちに来てもらうようにしましょう」

 「孫にも会いたいわ、いつ頃になるかしら」頼子が一番気になることを訊きます。

 「ええそうですね、それは、こっちから段取り立てて、会いに行きましょう」

 「そのことは、後回わしでいい、今まで長い間会ってないんだから」

 「じゃあ順番を決めて、明日から始めるか、順番を決めてしまおう」いかにも早く終わらせたい、と 構造はあせっているようです。

 「一番はかえでちゃんかな、次が羽賀義人君、南健司君、あけびちゃんかな、まあとにかく連絡してどんな返事が返ってくるか、ですよね」

 「つくしさんは、こういう事には慣れてるんですか」頼子が心配そうに訊きます。

 「主に喜久雄さんがやっていて、私は側にいただけですから、私が段取りをしますから、お父さんに、話の流れを作って欲しいんです。相手のいうことを聞いて、だったらこうしよう、とか解決するようにもっていく、そんな役です、お願いします」

 「なかなか難しそうだな、相手は簡単には納得しないだろう」構造は困ったなできるかなと思っていますが、そんなこと言えないしな、と複雑な気持ちになります。

 「喜久雄さんも始めは、心配していましたが、勇気をもって、子供の為にと思って頑張ったみたいです」つくしは、いざとなれば、自分でなんとかしようと思っています。

 次の日の朝の9時に、つくしが羽賀義人君の両親に連絡を執ります、この日は平日で携帯で電話をすると母親が出ます。子供がこちらに来ていることは事前に連絡しているので、親もそれなりに子供の状況は分かっています。

 「もしもし、そろそろ義人君のこれからの事を相談したいと思いまして、ご両親とわれわれと義人君で話合いたいのですが、いかがでしょうか」

 「そうですね、こちらもそろそろ引き取らないと、と思っていたんですよ、主人と相談して、土曜か日曜日にそちらに、伺うようにします、また連絡します」と言って電話が切れます。

 「どうやら、順調にいきそうだな」構造が言います。

 「うまくいけばいいんですがね」つくしは過去の経験から悲観的な言葉になっています。

 昼前に、突然玄関の呼び鈴が鳴ります、はあい、と言ってつくしが玄関にでます。

 「道端さんのお宅ですか、喜久雄さんの奥さんですか、私和歌山県警の金岡です、山中です」

と言って、2人とも胸から手帳を出して見せます、「はい、妻のつくしです、何か」

 「いえ、喜久雄さんのことで、少し訊きたいことがありまして、ちょっと上がらせてもらっていいですか」、つくしは2人を座敷に通します。

 「こちら、和歌山県警の刑事さん、こちら喜久雄さんのご両親の方です」、構造と頼子が立ち上がって、頭をさげながら「どうもご苦労様です」と言って座ります。

 5人がテーブルを挟んで座ります。

 「さっそくですが、喜久雄さんの解剖結果が出まして、精密にはまだ最終結果は出ていないのですが、ちょっと調べた方がよさそうだ、ということになりまして」金岡が言います。

 「それって、殺人事件ってことですか」つくしが、びっくりした声で訊きます。

 「そう断定はできませんが、可能性がある、ということで、当時のことを詳しく伺いたいのですがまず、倒れたのは畑ということでいいですか」

 「はいそうです、間違いないです」

 「その時、一緒にいらしたのは」、「私と、ここにいる4人の子供だけだったと思いますけど」

 「間違いないですか?」、「ええっと、私ちょっと買い物に行ってて、帰って来たら、子供達が騒いでいて、”喜久雄さんが倒れた”と言っていて、私がすぐに救急車を呼びました」

 「買い物に行かれていたのは、何時くらいですか」

 「ええっと、まだ昼前だったと思います、たぶん10時から11時の間です」

 「喜久雄さんは水筒とか何か使われていませんでしたか」、「畑をするときは自分の水筒を持って行って、必ず水分補給をしていました、それが何か」

 「その水筒はどれですか、貸していただけませんか」

 「じつは、それが、その見当たらなくて、その時以来」

 「それって、誰かが処分したとか」、「いや分かりません、他の人にも訊いてみないと」

 「ちょっと回りの子供にも訊いてみてくれます」

 「みんな、ちょっと集まってくれる」子供が集まります、「喜久雄お父さんが倒れた時、他に誰かいたあなた達以外に」、みんな首を横に振ります。

 「喜久雄さんを助けるので、必死で水筒のことなんて、どうなったか、とてもわかりませんでした」

 「この家に頻繁に出入りしていた人は他にいませんか、ご両親以外に」

 「ときどき、桧垣芳香さんが手伝いに来ます、5年位前にこの家に来て、1年位いて、近くのスナックで働いていて、子供が好きなんだと言って手伝いに来てくれています」

 「ちなみに、つくしさんのご両親はどちらにいらっしゃるんです」

 「私の3歳位のとき、父が家を出て行きまして、兄と私と母の3人暮らしです、家は大阪のアパートで、母が1人で暮らしています」

 「わかりました、何かありましたら、また伺います、ありがとうございました」2人の刑事が帰っていきます。

 「ええ、どうなってるんだ、こりゃあ喜久雄が殺される理由なんて、あるんかいな」構造が緊張した顔で、ひとりごとのように言います。

 「あの子に限って、人に恨まれるようなことをするなんて、考えられない」頼子がおろおろした声で呟きます。

 「お父さんも、お母さんも心配なさらずに、ちょっと気休めに散歩でもされたらどうでしょ」

 「そうね、そうしましょ、お父さん」、「うんそうだな、ちょっと歩いてくるか」2人で散歩に出ます。

 つくしは、先ほどの刑事の言葉を反芻するように、思い出します。

 義人の母親から連絡があり、土曜日の午後2時にこちらに両親で来る、ことになりました。

 「どうもよく来てくれました、ご苦労様です。私つくしと、喜久雄の両親で話しをさせてまらいます。」

 「私も義人をこのままにしておくのはよくない、と思いやってまいりました」母親が言います。

 「それは引き取りたいということですよね、義人どう家に帰るというのは?」

 「わからん、学校にいきたくないのは、かわらん、と思う」義人が言います。

 「そろそろ一回、学校に行ってみたらどうだ、やってみてまた考えたらいいだろ」父親が言います。

 「あまり無理強いしないでくださいね、いろいろな方法があるんですからね、いつでも相談しに来てくれていいんですからね」つくしが言うと、「預けてから、夫婦で考えたんですけど、無理せずにやれることを見つけて、やっていくことにしまいした、長い間ありがとうございました」母親が言います。

 その日、義人は両親と一緒に家に戻ります。

 つくしは、安心したというより、不安の方が増大したように感じます。

 「義人のことが心配だわ、うまくやっていけるかしら」つくしが構造と頼子に言います。

 「親に任せるしかないだろう、こっちでは面倒みれないんだから」構造が言います。

 「そうね、時々連絡取れないのかしらね、本人もだいぶやる気出してるから、見守ることしかで きないよね」頼子は言います。

 「さあ次、南健司君の家に電話してみます」つくしが電話しますが、繋がりません。

 「健司は、家に帰りたがらないと思うんですよ

 「次は、本田ミキかえでのことね、家に電話してみます」つくしが電話しますが、繋がりません。

 「かえで、あなたの叔母さんの電話番号知ってる、何かあったら知らせて欲しいって、あなたを ここに連れて来た時、言ってたね」

 「うん、お母さんはダメなの、あの人自分のことしか考えてないから、叔母さんが面倒みてくれてたんだから」

 「じゃあ叔母さんに電話してくれる、すぐに代わるから」

 「電話するね」かえでが電話すると、電話が通じて、「もしもし、ああかえで」と声がします。

 「つくしさんに代わるね」と言って、携帯をつくしに渡します。

 「もしもし、お電話代わりました、つくしです」、「ああどうも、鈴木です、ミキがお世話になっています」叔母さんの声が明るかったので、つくしもほっとします。「じつは、ミキさんのことでお話がしたいと思いまして、都合のよい時でいいので、こちらの方にいらしていただけませんか」

 「そしたら、今週の土曜日の10時頃にお伺いします」、「じゃあ土曜日の午前10時ということで 待っています、じゃあ失礼します」と言って、携帯をかえでに返します。

 「かえでの家は、母子家庭だったね」

 「そうだよ、お父さん、お母さんがかってに、宗教にお金を使っちゃうから、いなくなっちゃたの」

 「それであなたは、お母さんのお姉さんの所に逃げたのね」

 「ええそうよ、うちの母親はもう最低、どんな事でも占ってもらわないと気が済まないの」

 「ここが、こんなことになっちゃって、かえでのこと叔母さんにお願いするしかないよね」

 「そうだね、叔母さんがなんとかしてくれると思うよ」

 土曜日の午前10時になって、叔母の鈴木がやってきます。

 すぐに座敷に通して、話合いが始まります。

 「こちらは喜久雄さんの両親で、喜久雄さんが亡くなったので、その代わりに来てもらっています」

 「はい、私、ミキの叔母の鈴木です、よろしくお願いします」、「こちらこそよろしく」構造が言います。

 「ミキちゃんのことですけど、そろそろ面倒を見て欲しいと思いまして」つくしがゆっくりと顔色を見ながら、言います。「ええ、そうですね、そろそろ、私も覚悟はしていたんですけど、なかなか夫とうまく話し合いがつかなくて、とにかく、もう一度話し合ったから返事する、ということで」

 「そうですね、家族みんなの意見が一致しないとうまくいきませんものね、じゅっくり話合ってもらって、それから返事を下さい」

 「はい、恐れ入りますが、そうさせていただきます、ミキちゃんまた迎えに来るからね、心配しない で待っててね」

 「大丈夫、ミキちゃんは元気な明るい子だから、ちゃんと待っていられるよね」つくしが言います。

 「つくし母さんがいるから、ミキは大丈夫」かえでが、元気そうに言います。

 「それでは、お邪魔します、また連絡しますので」と言って、叔母の鈴木が帰っていきます。

 「かえでの引き取りのこと、鈴木さんの旦那さんが渋ってるんだと思います。待つしかないですね鈴木の奥さんの説得力に期待して」つくしが言います。

 「母親の方はどうなってるんでしょうね、全然連絡つかないの?」頼子が訊きます。

 「母親の方とは、会ったことも、しゃべったこともないんです、子供にはああしなさい、そんなことしてはいけません、とか非常に口うるさいらしいです、ただそれが宗教から来ているらしいです」

 「子供を自分の道徳観で縛ってる、という感じかな、なんとかならんもんかね」構造が言います。

 刑事の金岡と山中が、再び尋ねてきます。

 「つくしさん、喜久雄さんの死因が特定されました、薬物による呼吸不全が原因のようですね」

金岡が、鎮痛な面持ちで言います。

 「それって、毒薬で殺されたということ、ですか」つくしは、言葉をつまらせながら、呟きます。

 「喜久雄さんが殺されたときの様子とか、できるだけ詳しく訊きたいのですが」

 「確か、私が買い物から帰って来て、昼食の用意ができて、子供達に声を掛けたんです、喜久雄さんは、って訊いたら、畑だよ、って誰かが言って、呼んでくる、ってなって、呼びに行ったら、畑で倒れていて、お父さんが倒れてる、って私に教えてくれて、それで救急車に連絡して、すぐに畑に見に行ったの、あの時、健司君が畑に呼びに行ったんだよね」

 「うんそうだよ、お父さんが倒れてたので、揺り動かしたけど全然動かなかったので、びっくりしてお母さんに教えに走って帰って来たの」

 「健司君だったかな、畑の回りで誰か見かけなかったかい」

 「いいや、誰かいたら助けてくれって、叫んでたと思うよ」

 「喜久雄さんが殺されるようなこと、ってなにか心あたりありませんか、誰かに恨まれていたとか

お金を貸してた、とか何か?」

 「全く心あたりがありません、お金を貸すほどのお金もありませんし」

 「薬物を使うということは、それなりに計画していた、と思われます、身近な人でこの家のことも十分知っていたと思われます、おそらく水筒を使ったことも考えると」

 「この家のことを知ってるのは、喜久雄の子供2人と、友人の赤尾さんと野川さん、元の同居人桧垣芳香、うちで預かってる子4人、ということです」つくしが答えます。

 「どんなことででもいいから、喜久雄さんを恨んでそうな人は?」

 「うちの母とかは、娘を盗られたと言って、喜久雄さんを恨んでましたけどね、他には思いあたりません」

 「あなたのお母さんが、最後にこちらにこられたのは?」山中が訊きます。

 「私が、こちらに来てすぐだったので、20年以上経ちますけど、それ1度きりですけど」

 「お母さんは今、どこで、何をされているんです?」今度は金岡が訊きます。

 「大阪の自宅で1人で暮らしていて、スーパーでアルバイトをやってると思います、その前は看護師でした」

 「喜久雄さんが殺された時、水筒はご自分で持っていかれたんですか」

 「全く覚えがありません、みんな喜久雄さんの水筒、誰か知らない」つくしが、庭で遊んでる子供に訊きます。みんな首を横に振ります。

 「水筒は誰がどれを使うか決まっているのですか」金岡が質問します。

 「ええ、ほぼ決まっています」つくしが答えます。「それを知っているのは?」

 「喜久雄と私と子供達だけど、桧垣芳香が知ってるかも知れません」

 「喜久雄さんは、何時に畑へ、行ったのですか」

 「正確にはわかりませんが、朝の9時過ぎだったように思います、特に急ぎの用ではなかったのではないかな、人に何か言われて畑を見に行くみたいに言ってたような気がします」

 「そのとき、水筒は?」

 「すぐ帰るみたいに言ってたので、用意しなかった気がします」

 「じゃあ誰かが水筒を持って行ったんだろうか?」

 「全然わかりません」つくしは、子供達に「誰か水筒をお父さんに持って行った」と訊きますが、返事はありません。

 「わかりました、今日はこの辺で、お邪魔しました」金岡が言って、2人頭を下げて帰ります。

 刑事が帰ったあと3人で事件についての考えをまとめます。

 「今回の事件について、誰が犯人か考えを整理しときたいのだが」構造が警察官に戻ったように 発言します。

 「つくしさんのお母さんは、こちらに来られることはないの」頼子が訊きます。

 「こちらには、これからも来ないと思いますよ、来る目的がないんですもの」

 「喜久雄さんが死んだことを知っているのかしら」

 「テレビの地方版のニュースで流れたようですから、たぶん知ってるかもしれませんね」

 「これから、何か言ってくるかもしれないな、その時どうするかだな」

 「私は、母親とは縁を切ったつもりですし、母も分かってると思うんですよ」

 「つくしさんは、ずっとここで暮らすつもりなんだね」

 「ええそのつもりです、赤尾さんが家賃をタダにして家の修繕もやってくれるそうだから」

 「でもそれは、赤尾さんの親しだいだと思うんだけどな」

 「赤尾さんの親も、私と赤尾との経緯を知ってて、この家を貸してくれたんだと思うし、その辺については、大丈夫だと思います」

 「芳香さんて、どうしてこの家にくることなったんですか」

 「5年前、家におれなくなって、こっちに来たんだと思います、誰かに教えて貰って訪ねて来たんじゃなかったかな、あっそうそう喜久雄さんと一緒に深夜にやって来たんだ」

 「なんだか、訳がありそうだな、他には何か」

 「大きなキャリーバックを持っていたのを覚えてる」

 「こちらに来てから、何か特に変わったこととかは」構造の質問に、特にはないです、と答えます。

 「そろそろ、疲れたわ、もうやすみましょ」頼子が、言って終わります。

 次の日、早朝にミキの叔母から電話があって、「ミキの叔母ですけど、ミキをこちらで引き取ることにしました、明日の昼すぎ3時位に、そちらに伺います」、「よく決心されましたね、ありがとうございます」

 「礼を言うのは、こちらの方です、本当に長い間面倒をみていただき、感謝しております」

 「そしたら明日の3時にお待ちしております」

 「引き取りに夫婦で来てもらいたいんだけど、と言いそびれちゃった」

 「そりゃあ言わないでいいんじゃない、あの叔母さんしっかりしてそうだから、きっとうまくいく、と思うな」頼子の希望的な意見にみんな同調してしまいます。

 「あけみちゃんの場合は、近所の人が、家から追い出された子を、ここに連れてきたんだよね、家には手紙を書いて送ったけど、なんの返事もなかったの」

 「また手紙を送るしかないよね」頼子が心配そうに、つくしを見詰めます。

 「ええ、至急引き取って欲しいって書いて送ります、だけど、どうも気が進まないですね」

 「児童相談所に相談することになりそうだな」構造がきっぱりと言います。

 「一度、親に会ってみないと、なんとも言えませんけどね」

 「健司君の親は、まだ連絡つかないの」

 「電話を3回掛けたんですけどね、いつも留守で、よっぽど忙しい家のようですね、今夜の8時とかで、電話します」

 「もしもし、南さんのお宅ですか、こちら希望の家のつくしと申します」

 「はい、南ですけど何か」、「健司君のお母さんですか」、「はいそうでそけど、何か」

 「健司君の引き取りについてお話をしたいのですが」、「あの、健司がなにか悪いことでも」

 「いえ、そういうことではなくて、そろそろ健司君のこれからについて話合わなくてはいけないなと思いまして、いかがでしょうか?」

 「そういうことでしたら、そうでそね、夫と一度相談して話合いの段取りを考えます、またこちらから連絡します」

 「よろしくお願いします」つくしが言うと、すぐにガッチャと電話が切れます。

 「返事がこないかもしれない、すぐに結論が出せるとも思わないし」つくしが沈んだ声でいいます。

 「喜久雄さん、私に何か隠してるような気がする、私と心ひとつじゃあなかったのかもしれない」

つくしが、さらに沈んだ声でいいます。

 「喜久雄はね、だいじな人には、心配をさせまいとして、黙って自分ひとりで何とかしようと頑張る人なの、家を出るときも私には、何にも言ってくれなかった、それにね友達に頼まれた事はどんなことでも引き受けちゃうの、赤尾さんの時も悪い事だと分かっていても、手助けしちゃうのよね」

 頼子が喜久雄の性格をつくしにかんで含めるように説明します。

 「そうだな、ちゃんと理解してやらなかった、かわいそうだな」

 「喜久雄さんは、私の為を思って、黙っててくれたのね、そう思うと嬉しいです」

 「喜久雄の友達に、赤尾さん以外にもうひとりいたよね、葬式に来ていた人、分かるつくしさん?」

頼子が思いついたように言います。

 「あのう、野川さんのことだと思います、あんまりこの家には来なくって、来るときは赤尾さんといつも一緒なの、あんまりみんなと打ち解けて、しゃべったことないんじゃないかな」

 「今回のことで、何か情報を得られるかもしれないな、今度喜久雄の散骨の時に、赤尾さんに連絡して野川さんも一緒に誘ってもらって、ここに来てもらう、というのはどうかな」

 「桧垣芳香さんにも声を掛けます、みんなで、喜久雄さんのことで知ってることを出し合って、故人を偲ぶこと、ができれば、喜久雄さんも多少浮かばれるのではないでしょうか」つくしが言います。

 次の日、いつもの刑事が訪ねて来ます。

 「2、3訊ねたいことがあってまいりました、喜久雄さんの死体解剖で、毒物はシロアリ駆除で使われる青酸化合物でした、それと胃の中に少量の饅頭が残っていました、これらのことでお気づきの点はありませんか」

 「いえ、全くありません、喜久雄さんは饅頭が特に好きというわけではなく、あれば食べる、というふうでした」

 「この家にシロアリ駆除の薬とかはないですか、喜久雄さんとかが使うことは?」

 「いえないです、みたことがないですね」

 「喜久雄さんのお墓は?」

 「本人の希望で、庭の楠の根本に散骨することになっています」

 「つくしさんのお母さんに会って来ました、元気そうにしていらっしゃいました、つくしさんに元気でやるように伝えてくれ、っておっしゃってました」山中刑事が言います。

 「どうもありがとうございます」

 「もう一つ、喜久雄さんは何か書いたものを残してませんでした」

 「希望の家に来た子供達の記録とかならありますけど」

 「よろしかったら、ぜひ拝見したいのですが」

 つくしが、喜久雄の机の抽斗からノートを5冊持ってきて、刑事に渡します。

 「実際に使ってるものなので、すぐに返して欲しいんですが」

 「これ、コピーを撮らせて貰っていいですか、終わったらすぐにお返しします」

 「よろしくお願いします、大事なものですから」

 「お邪魔しました、何か分かったことがありましたら至急連絡して下さい」

 刑事2人が出ていくと、構造が怪訝そうに言います。

 「シロアリ駆除の薬って、そうどこでも売ってないよね、誰がどうやって手に入れたのかな」

 「野川さんて、薬品会社の社員じゃなかったかしら、赤尾さんに電話して、訊いてみようかな」

 「そうだね、しかしだからと言って、彼を疑ってると思われてもいけないから、この家でシロアリを見つけたから、駆除したいと思って、とか言った方がいいかもしれない」構造が注意します。

 「ええそうですね、でももし野川さんだとしても、その理由がわからないでしょ」頼子が言います。

 「あっそうだ、確か芳香さんが家に来た時、この家は野川さんの紹介です、て言ってた気がする」

 つくしが、すごく緊張したような顔で言います。

 「じゃあ野川さんと芳香さんは何らかの繋がりがあったということだわね、でもこの前の葬式の時2人が一緒だったけど、全くそんなそぶりなかったわよね」頼子も葬式の時のことを、思い描くようにしゃべります。

 「つくしさん、どう思うんだ、2人の関係、連絡とりあってたとか、知らないのか?」構造も真剣な顔つきで訊きます。

 「さあ知りませんね、野川さんは、ここには、めったに来ませんでしたからね」

 「本人に訊くのは、芳香さんにこちらの家に来る時、野川さんの紹介とおっしゃってたけど、どういう関係なんですか、と訊いてみるしかないよね」構造が言います。

 喜久雄の散骨をするということで、家にみんなが集まります。

 「今日は、皆様よくおこしいただき、ありがとうございます。散骨するのに丁度よい天気になり、喜久雄さんも喜んでいることと思います、この後お寺さんがまもなく来られますので、お経をあげてもらってその後、散骨します」つくしが、緊張したおももちで挨拶を行います。

 お寺さんが、すぐにやって来て、お経をあげます。

 その後、頼子が喜久雄の灰の入った壺を持って、庭に出ます。

 まず、構造が壺から灰をつまみあげて、楠の根本にそれをまきます。その後来た人が順番に灰をまいて、つくしが、最後にまきます。

 テーブルにビールが3本と昼食のおにぎりとたくあんと漬物が並べられます。

 「何も用意できませんが、適当にお召し上がり下さい、ただいまお茶を用意します」つくしが言います。「どうぞ、故人を偲んで、喜久雄に関することを、いろいろお話下さい」頼子が言います。

 「頼子さん、喜久雄さんは小さい時は、どういう子供だったんですか?」芳香が訊きます。

 「そうですね、正義感の強い子で、弱い人の味方で、友達思い、友達に頼まれるといやと言えな い、そんな子供でした」頼子が答えます。

 「そう言えば昔、お金が足りないと言って、金借りたことがあったな」赤尾が言います。

 「そのあと、悪いことを頼んだんでしょ、お金が足りない、と言って」つくしが言います。

 「もうそのことは、言わないで下さい、お願い十分反省しています」

 「野川さんは喜久雄さんとの思い出は、何かなかったんですか」頼子が訊きます。

 「そうですね、いろいろ頼んだことがあったけど、もう忘れてしまいました」

 「そうよね、ずいぶん古い話ですものね」芳香が言います。

 「芳香さん、確かこの家に始めて来たとき、野川さんの紹介で来たって言ってませんでした」つくしが言うと、芳香がどぎまぎしながら、「そんな事言ったかしら、何かの間違いじゃないかしら」と言います。

 「僕も芳香さんを知ったのは、芳香さんがこの家に来てからだった、と思うよ」野川が補足するように言います。

 「芳香さんは、どなたかの紹介でこの家を知ったわけだ」構造が言います。

 「ええそうだった、と思いますが、それが誰だったか、よく覚えていないんですよね」

 「喜久雄さんは、家を出てよかったってよく言ってました、あのまま家に居たら、親を憎む所だった家を出て、自由になれたし、いろいろ苦労したけど、人を好きになれたのが大きかった、って」

 つくしの言葉に、構造と頼子が、涙ぐみます。

 「よかった、本当によかった、ありがとう、つくしさん」頼子が、涙ぐみながら言います。

 「みんなの前で言っときたい事があります、喜久雄さんは実は、自殺をしました、家にシロアリがいます、と言ったら、野川から駆除の薬を貰ってくる、と言ってましたから、自分でそれを使って、自殺をしたんだと思います」つくしは毅然とした態度でそう言います。

 「そうなの、野川さん?」頼子が訊きます。

 「はあ、あのう、そういうことです」野川が答えにくそうに答えます。

 芳香が突然、泣き出します。

 「芳香さん、泣かないでいいのよ、何も心配しなくていいのよ、これからは喜久雄の代わりに、私があなたを守ってあげるからね」つくしが優しそうな目を芳香に向けます。

 「ありがとう、つくしお母さん」芳香は、やっと泣き止んでつくしを見詰めます。

 みんなが帰った後、芳香はつくしに話かけます。

 「ちょっと、2人だけで話たいの、いい?」、「じゃあ喜久雄さんの部屋へいきましょ」2人は階段を昇って、部屋に入ると、「実は私大変なことをしてしまった」芳香が言うと、「しっ、言わないで」つくしが、芳香の言葉をさえぎって、「喜久雄さんのことなら、あの人は人の幸福だけを考えて生きてきたの、たとえあの人が死んでも、あなたが幸せになったら、あの人は満足なはずよ、私もそう」

 「ありがとう、ありがとう、そこまで私のことを、本当の親子以上に思っていてくれたんだ」

 「あたりまえでしょ、ところで、喜久雄さんとの経緯を話して、いやな事は話さなくていいから」

 「私、野川さんと付き合ってて、妊娠したの、親が気が付いた時にはもう、おろせなくなってた、私は、生まれそうになった時、野川さんに連絡とったら、インターネットカフェを予約してくれて、そこで、一週間くらいいたけど、野川さんから連絡ないし、そこで生んでしまったの、そのままゴミ袋に

入れて、キャリーバックに入れたの、そしたら、野川さんから連絡があって、そのゴミ袋を雑木林の中に埋めに一緒に行ってくれて、この家を紹介してくれたの、道端喜久雄を頼っていくようにって言って」

 「喜久雄さんはそのことを知ってたの」

 「大方は野川さんから聞いてたみたい、私からは何にも言ってなかったんだけど、5年も経ったある日警察に言ったほうがいいかもしれないな、見つかったら大変なことになる、自分が言ってやろうか、とか言いだして、警察に言われたらどうしよう、とついパニックになって、野川さんにシロアリが出たと言って、駆除の薬を貰って、それを水筒を使って飲ませたの、ごめんなさい、本当にごめんなさい」

 「もう大丈夫だからね、私があなたを守ってあげるからね」つくしは、泣きじゃくる芳香を抱きしめながら、落ち着いた頃を見計らって、「ところで喜久雄さんの水筒は、知らない」と訊きます。

 「部屋の押し入れに隠してある」、「それは、早く処分した方がいいわね、金槌でたたき壊して、他のゴミの中に隠して、処分するのよ、シロアリ駆除の薬もよ」、「ええさっそく処分する」

 芳香が急いで、家に帰って、水筒を壊して他のゴミの間に入れて、ゴミに出します。しかしシロアリ駆除の薬は、台所の抽斗の隅に残して置くことにしました。

 3人が居間でテーブルを挟んで話合いをします。

 「お父さん、お母さん、突然、相談もなしにこんなことになってしまって、申し訳ありません」

 「いいんだ、よかった、喜久雄もこれでよかったと思ってるよ、感謝するのはこっちだ、ところでこれで、全てうまくいくだろうか?」構造が続けて言います。

 「警察ってそんなに甘くはないぞ」、「ええ分かってるつもりです、いざとなったら全部自分がやらせたことにします、芳香に頼んで」

 「そんなこと、絶対だめ、本当に優しいにも程がある」頼子が憤然として言います。

 「いくらなんでも、そんなこと絶対にやらせられない、俺が絶対やらせない」構造がテーブルをたたいて、つくしを睨むように叫びます。

 「私たちにとってあなたは、かけがいのない人なのよ、私達を見捨てないで、お願い」頼子が言います。

 「はい、わかりました、言い過ぎました」つくしが素直に頭を下げます。

 「これから、どうするかだが、われわれが、喜久雄は自殺をしたんだ、と言っても、警察は捜査を止めるとは、思えないんだが」

 「証拠さえなければ、状況証拠だけでは、だめなんでしょ」つくしが構造に確認するように言います。「そりゃそうだが、どこかに、ボロが出るもんだ、よっぽど慎重にやらないと」

 しばらくして、ミキの叔母の鈴木から電話があります。

 「もしもし、ミキの叔母の鈴木です、つくしさん、すいません、これから今日の昼の3時位にそちらに伺っていいですか、ミキを連れて」

 「はい、わかりました、3時にお待ちしています」つくしはいやな予感があたった、と思います。

 「お父さん、お母さん、かえでが帰ってくるかもしれません、今叔母さんから電話があって、こちらに来て話があるそうです。3時頃だそうです」

 「つくしさんは、もう覚悟を決めてるみたいね、引き取るんでしょ、私たちなら気にしなくていいよつくしさんの思う様にして頂戴」頼子が言います。

 構造も頷きながら、言います。「子供の世話なら、頼子と2人で楽しくやれるから」

 「ありがとうございます」つくしが頭を下げます。

 午後3時になって、鈴木が、ミキを連れて、つくしに合いにやって来ます。

 居間に2人を通して、テーブルを挟んで、みんなが座ります。

 「どうも、お久しぶりです、今回つくしさんにちょっとお話があって、やって来ました」鈴木がやや声をひそめてしゃべります。

 「ご苦労様です、今回はどのようなご要件ですか」つくしがにこやかにしゃべります。

 「ミキのことですが、どうもうちの主人とうまくいかなくて、相性が合わないというか、どちらかというと主人が、あまりしゃべらなくて、ミキも居心地が悪そうで、間に立ってる私も、なんだか疲れちゃって、ミキに訊いたら、つくしお母さんに合いたい、と言うし、連れて来た、ということです」

 「まあ、そういうことでしたら、また暫くこちらで、お預かりいたします」

 「また何かありましたら、連絡下さい、決してミキのことは放っておくわけではないので、よろしくお願いします」

 「はい、お気持ちは重々分かりましたので、今後ともよろしくお願いします」と言って、かえでを置いて帰って行きます。

 「ああやっぱりか、人と人の関係は難しいもんだな、でも俺達の出番が増えたと思えば、楽しいもんだ」構造がすっかり、やる気十分という感じで言います。

 「私もなんだか、元気が出てきちゃった、つくしさん、任せて頂戴、子供のこと」頼子も楽しそうに言います。

 「ありがとうございます、お父さん、お母さん、あまり無理なさらずに、よろしくお願いします」

 しばらくして、刑事が2人でやって来ます。

 「つくしさん、この間お借りした、喜久雄さんの書いたノートを5冊お返しします」

 「そこから何か分かりましたか」構造が訊いてみますが、返事は、いえ別に、と言うだけです。

 「ただ、5年前の桧垣芳香さんが、この家に来られた時の様子が全く抜けているのは、どうしてなんでしょうかね」

 「まったく、見当がつきません、全部、喜久雄さんが書いたノートですので、私はこの家にいる子供の情報だけしか見ていませんので」

 「ああそうですか、実は、桧垣芳香さんの母親に会ってきましてね、芳香さんこの家に来るとき妊娠してませんでした?」

 「いえ、古い話でよく覚えていません」、「当時のことをよく覚えてらっしゃる方はご存じないですか」

 「いえ、存じあげませんけど、それがどうかしましたか」

 「実は、芳香さんは、妊娠した状態で、しかも妊娠9ヵ月くらいでいきなり家を出られたんですよ、ですから、今回の事件と何か関係がないかと、調べている訳です」

 「ええそうだったんですか、ちっとも知りませんでした」つくしが驚いた様子で答えます。

 「芳香さんが赤ちゃんを産んだ可能性が大なんですが、その赤ちゃんがどこにも見当たらないのですが」

 「私も、赤ちゃんの話は聞いたことがないから、死産だったんじゃないですか」

 「まあ単に死産だったら問題ないのですが、あなたが、それを知らないということは、芳香さんはこの家に来た時は、もう出産後ということでしょうね」

 「ええそうだと思います」

 「芳香さんは、どうしてこの家に来られたのでしょうかね、誰かの紹介とか」

 「いえ全く知らないです、おそらくネット検索だと思いますけど」つくしは、ややうんざり、という顔で答えます。

 「質問は以上です、あそうそうこの家にシロアリって見かけたことありますか?」

 「ああそういえば、喜久雄さんが、シロアリの駆除が必要だな、て言ってたようです」

 「あそうですか、質問は以上です、どうもお邪魔しました」

 「どうもご苦労様です」

 刑事が帰ってから、構造がすぐに訊きます、「5年前のノートの記録がすっぽり抜けてる、というのは、つくしさん何かあったんですか?」

 「そうですね、喜久雄さんが何か隠しておきたかったのか、誰かがこっそり抜き取ったかですけど、やっぱり芳香さんのことが原因というのは、間違いなさそうです」

 「芳香さんの出産の秘密ということかしら、野川さんが知っていそうな気がする」頼子が言います。

 「でも野川さんにそんなこと訊いても、答えてくれないでしょうね、それよりこれからの子供の世話の段取りを一緒に考えて頂けます」

 「段取りというと、確か南健司くんだったかな、親から連絡が来るはずだったんだろ」構造が言うと、つくしが返事します。「どうも、話合いができそうもないですね、全然南さんからの連絡ないですから」

 「どうやら3人の子供が残りそうですね、子供の行き先が決まるまで頑張りましょ、お父さん」頼子が言うと、「ああそうだな」と構造が言います。

 「子供の気持ちを優先したいんです、ここでずっうと育てる事になってもいいですか」

 「そうだな、そこはつくしさんに任せるしかないなあ、頼子もそうだろ」

 「ええそうね、子供の気持ちって大事だよね、いくらこちらがいろいろ言っても、子供がいやだと言ったら、どうしようもないものね」

 「ありがとうございます、健司、かえで、あけみの3人呼んで来ます」

 つくしが、6人が揃った所で、子供1人1人にこれからどうしたいか、訊いてみます。

 「喜久雄お父さんが、亡くなったのは分かってるね、これからだけど、ここにこのままいてもいいし、親元に帰ってもいいし、子供の沢山いる施設に移ってもいいし、あなた達はどう思ってるかな」

 かえでがいの一番に、「親元には帰りたくない、ここから学校に通って、大きくなったら、つくしお母さんのお手伝いをしたい」と言います。

 健司もあけみも、私も私も、と言います。

 「お父さん、お母さん、そういうことですので、よろしくお願いします」

 「老後のやることができてよかった、喜久雄のおかげで、長生きしないとな」

 「ええそうね、お父さんより長生きしないとね、あなた残して先に死んだら、つくしさんが可哀そうだもんね、つくしさんあなたの面倒までみないといけなくなるものね」

 「その時は、さっさと老人ホームに行くよ」強い口調で、頼子に言います。

 「ここから、学校に通わせて、成人するまで、私達みんなで面倒みていきましょ」つくしが最後に締めくくるように言います。

 しばらく経っても、子供達の親からは、どこからも連絡がありません。

 「お父さん、お母さん、そろそろ孫の顔を見たいですよね」」

 「ああそうだな、大阪だったな、こっちから行くしかないかな」構造が言います。

 「会いに行きましょうよ、大阪だったらよく知ってるし、ついでに実家の掃除もしたいし」

 「2人ともアルバイトで忙しいんじゃないかな、今週の土曜日か日曜日に行きましょう、連絡してみますね」、つくしが、携帯を取り出し、雄二に連絡します。

 「雄二、今ちょっといい」、「ああいいよ、今授業終わったとこ」、「実は、おじいさんとおばあさんがあなた方と会いたいとおっしゃってて、土曜日にどこかで志波と5人で昼食でもしない?」

 「ああいいよ、志波姉ちゃんは?」、「これから訊いてみる、また連絡するね」、「後、1時間でバイトだからね」雄二が電話を切ります。

 つくしは、急いで、志波に電話します、「志波、今ちょっといい」、「何か用?」、「実は、おじいさんとおばあさんがあなた方と会いたいとおっしゃってて、土曜日にどこかで雄二と5人で昼食でもしない?」、「ああいいよどこにする、私が決めていい、土曜日の11時から3時で予約するね、また連絡する、雄二にはこちらから連絡しておく」と言って、志波が電話を切ります。

 土曜日になって、芳香に家を任せて、11時に間に合うように、3人で家を出ます。

 「梅田のレストランだって、阪急百貨店の前に集合だって、なんだかそわそわするわね、そうだ2人にそれぞれ何か買ってあげなくっちゃ、ハンカチ売り場ってどこかしら」頼子はつくしと売り場に行きます。

 2人が待ち合わせ場所に戻ると、みんな揃っていて、近くのレストランに行きます。

 ウェイトレスが注文を取りに来て、みんながそれぞれ注文して、ウェイトレスが引き下がって行くとつくしが簡単に紹介を始めます。

 「もうみんな顔は知ってるわよね、喜久雄さんのお父さんとお母さん、志波と雄二、自己紹介して」

 まず雄二から言います、「僕は今、大学の2年生で私学だけどね、授業料の安い所なんだ、でも奨学金とバイトで細々とやっとでやってる」

 続いて志波が言います、「私、公立大学に入る為一浪したの、学費が安いでしょ、それでも雄二と一緒でバイトして奨学金でやっと」

 「みなさん頑張ってるのね、これお土産、ハンカチだけど使って」と言ってハンカチの入った袋を、それぞれに渡します。ふたりがそれぞれが、ありがとうございます、と言います。

 その時、料理が運ばれてきて、雄二が、すっげうまそう、志波が、私あれもこれも食べたい、とはしゃぎます。

 「みんな喜んでくれて嬉しいわ、またみんなで食べに来ましょ」頼子が言います。

 「そうだな、大勢で食べに来ると、いろんなもんが食べれていいな」構造が言います。

 「うちの家では、小さい子が多かったから、その子達から食べさせていたから、どうしてもこの子達の食事が後回しになっちゃって」

 「お母さんの分が一番後回しじゃないの、考えたら、よく生き延びてこられたものだわ」志波がなんだか、涙目になりながら言います。

 「だけど、お母さんは本当に幸せだったのよ、みんながいてくれるだけで」

 「お父さんが死んだ後、家はどうするんだ、預かってる子供達とか、やっていけないだろ」雄二が言います。

 「義人くんは、親元に返したは、しかし後の3人は無理みたい、3人とも今のままがいいみたい」

 「でも、どうやって稼ぐんだ、お母さん1人では無理だろ」

 「お父さんとお母さんに手伝ってもらって、私が働きに出る」

 「それでやっていけるのかしら、お父さんが好きで始めたことでしょ、何もそこまでやらなくても、いいよな気がするけどな」志波が言います。

 「だったら、あなたならどうする、というわけ」つくしが珍しく、言葉を荒げます。

 「特に考えがあるわけじゃないけど、いろいろ子供を預かってくれる施設とかNPO法人とかあるじゃない、そういう所に相談したら」

 「あなた、子供の気持ち考えたことあるの、親に見捨てられて、行き場所を失くした子供の」つくしの言葉がきつくなります。

 「私たちに、しわ寄せがこないようにだけはしてね、私たち、子供の犠牲は懲り懲りだからね」志波も今までの思いをぶっつけます。

 「雄二も同じ考えなの」つくしは雄二の顔を睨むように言います。

 「うん、基本的には、姉さんと同じだけど、お母さんのことも考えないこともない」

 「雄二、いつも言ってることをちゃんと言いなさいよ」志波が言います。

 「うん、だけどやっぱり最終的には、お母さんのことが一番大事かな」

 「もうこれくらいで、お開きにしよう、今日はいろいろ話が聞けてよかった」構造が言います。

 「志波さんも雄二くんも、それぞれ、いろんな考えがあっていいのよ、何にも誰もいけないなんて言えないんだから、自由に思い通リに生きてちょうだい喜久雄のように」最後に頼子が言います。

 「今日は、お父さん、お母さん、ありがとうございました」つくしが言うと、志波と雄二も、ごちそうさま、といって別れて行きます。

 家に帰ると、芳香の、お帰りなさい、という声が明るく響きます。

 「なんだか、芳香さんの声が以前より明るくなったね」頼子が言います。

 「うんだって、この子達このままこの家で暮らすんでしょ、よかったと思って、私もちょこちょこと、この子達に会いに来れるじゃない」

 「この家が芳香さんの実家みたいなもんなのね」

 「つくしさんは私の本当のお母さんなんだもん」

 「ええそうなの、びっくりした、私いつこんな大きな子産んだのかしら」つくしがとぼけて、うれしそうに言います。

 夜になって、芳香がつくしに話がある、と言って、2階の喜久雄さんの部屋に行きます。

 「私、自首することにした、もう隠し事はいや、全部一からやり直したいの、どんなに時間がかかっても、ただ喜久雄さんの子供2人には、心からあやまっておきたいの」

 「私は、一生掛けて、どんなことがあっても、味方よ、守り抜くためならどんなこ

とでもやってあげたい、それが喜久雄さんの本当の気持ちだと思うから」

 「ありがとう、これまでの言葉を聞いてから、何でもできるような気になりました、心が自由になった気分です、自殺しようかと思いましたが、今生きていく自信が付きました」

 「子供に謝るというのは、すごく難しい気がするけど、本当にやれるかしら」

 「これをやらないと、やり直す事ができないように思うの、逃げてるようで、喜久雄さんに申し訳ない気がする」

 「じゃあ段取りするね、段取りできたらまた、連絡するね」

 「じゃあお願いします、よろしくね」と言って帰っていきます。

 2週間後、この家の居間のテーブルの回りに子供2人と、つくしと芳香と構造と頼子が集まります。

 「今日は、喜久雄さんの亡くなった事での重要な話があって、みんなに集まってもらいました、もうすでに一部の人には、この事件の成行については、御存じかと思いますが、大事なことがいろいろありまして、この場で話合っておこうと思います」つくしがいつになく、緊張した面持ちで、言い出します。「喜久雄さんが殺されたのは、知ってるわね、そのことについて、いろいろ報道があったので細かい説明はしませんが、殺したのは、芳香さんだと分かりました」志波と雄二が、同時に「うっそう

」とすっとんきょな声をあげます。志波が続けて、「何で、どうして、訳分からない」と言います。

 「ごめんなさい、本当にごめんなさい、私がここに来る前に、赤ちゃんを産んで、それを雑木林に埋めたの、そのことを知った喜久雄さんが、私に自首を進めたの、それも5年も経ってから、それでパニックになって、シロアリ駆除の薬を使って、殺してしまったの、ごめんなさい」

 「お母さんは、それを知ってたのよね」志波が言います。「ええ、芳香さんから聞きました」つくしが言い終わると同時に、志波が「どうして、それをすぐに警察に言わなかったの」どなります。

 「だって、芳香さんは喜久雄さんと私の子供です、喜久雄さんがいない以上、私が守ってあげなくてどうするんです、可哀そうでしょ」つくしがゆっくりと毅然とした口調で言います。

 「そんなのおかしいでしょ、芳香さんのことを悪く言うわけじゃないけど、私達のお父さんが殺されたのよ、もっと私達の気持ちも考えてよ、雄二はどう思うのよ」志波が身を乗り出しながら、つくしを責めるように言います。

 「俺は、芳香さんには中学時代世話になったし、すごく頼りにしてたし感謝もしてたから、もうなんだか分からない、ただお父さんが、どのようにして亡くなったかより、これからみんなで、どうしていくか、のほうが大事かな、と思ってる」

 「ありがとう、雄二くん、私近いうちに、身の回りのものを片づけて、警察に自首するつもりです」

 「芳香さん、絶対ここに戻って来てね、私達、ここで最後の最後まで待ってますからね」つくしが涙声で言います。

 「私も芳香さんには感謝してます、多少怖い面もあったけど、今思えばいろんなことを抱えていたのね、そんなことちっとも知らなかったから、お互いもっと理解しあえていたら、と思うよ」志波が、なんとなく、芳香の気持ちが分かって来た気がしてきます。

 「この家のことが気になってるんだが、お母さんが働きに出て、おじいさんとおばあさんだけで、ここの子供達を看るのは、ちょっと酷なんじゃないか」雄二が言います。

 「雄二あなたは、どうしたいの?」つくしが言います。

 「大学出て、会社に就職して、それからはまだ考えてない」

 「芳香さんに、身も心もきれいになって、早くここに戻ってきて貰うしかないね」志波が言います。

 「志波はどうなの」

 「私はまだやりたいことがいっぱいあるの、私の可能性を奪わないでよ、昔はやりたいこと、全部奪ってきたことを、忘れたの」志波が、つくしに自分の思いをぶっつけます。

 「今までのことは、本当にごめんなさい、あなたにそんな思いをさせていたとは、母親失格よね」

つくしが、志波に頭を下げます。

 「志波さん、お願い、つくしお母さんを責めないで、私にとって、つくしお母さんは、実の親以上の人なんだから、お母さんがいなかったら、私もう死んでたかもしれない」芳香が言います。

 「そうだったんだ、ごめんなさい芳香さん、もう2度とこんな事言わない、ごめんなさいお母さん」

志波の声がだんだんと、涙声になっていきます。

 「この家のことは、喜久雄の形見として、私と家内でしっかり見ていく覚悟だ」構造がしっかりとはっきり言うと、「私もお父さんと同じ覚悟よ、やろうと思えばなんとかなる、これ喜久雄の言葉だったかしら、みんなもこの言葉でやりましょ」頼子もいつになく、しっかりと言います。

 みんなで、これからは”やれない”という言葉は、この家では決して使わない、と決めました。

 この2週間後に芳香がシロアリ駆除の薬を持って、警察に自首をしました。

 その8年後に芳香は刑務所からの姿がこの家に蘇りました、身も心もきれいになって。

 「つくしお母さん、ただいま」31歳になった芳香が、この家に帰ってきます。

 「芳香、お帰り、なんか大人らしくなったね」52歳になったつくしが嬉しそうな声をあげて、迎えます。

 「どう元気だった、病気しなかった、実家には連絡したの?」

 「私の実家はここしかないわ、刑務所から連絡は行ってるはずだけど、親はもう私と関係を持ちたくないみたい」

 「私も、親から見捨てられたようなもんだから、あなたの気持ちがよく分かる」

 「ありがとう、志波さんと雄二くんは、どうしているんですか?」

 「2人とも、大学出て、それぞれ社会人になって、雄二は出版関係、志波は金融関係の会社に勤めて いる、2人ともまだ結婚してないけどね、ところであなたのこれからだけど、何か考えてる?」

 「まだ考えていないけど、この家でつくしお母さんのお手伝いさせて貰えないかしら?」

 「はっきり言って、もうこの家では、子供を預からないつもり、あけみちゃんが高校3年で、卒業したら 出て行ってもらう、それが最後、かえでちゃんが今20歳で、近くのコンビニで働きながら、ここの手伝いに来てくれる、健司くんは高校卒業して町の工場で働いている」

 「私は、あなたはここを出るべきだと思ってる、あなたが邪魔だと思ってる訳じゃないの、あなたには思いっきり自由になって欲しいの、いろんなことがあったけど、それを乗り越えてきたんだから、あなたにはもう怖いものは、何もないはずよ、喜久雄さんも家を出て始めて、自由になった、本当に自分がやりたいと思ったことが見つかった、と言ってた」

 「そうね、今の私には怖いものは何もないかも知れない、一度死んだんだと思ったら、ここにお母さんがいるだけで、十分幸せ」

 「じゃあ1ヵ月したらここを出発する、ということでいいかしら」

 「はい、お母さん、何がやれるか分からないけど、とにかくこの家を出る」

 「本当に、何かあったら、すぐに連絡するのよ、いつでも飛んでいくから」

 「私、高校中退のままなの、大検受けて、短大へ行って、保育士めざす、これが私のやりたいことなの、それまで、喫茶店かどこかでアルバイトする」

 「いいわね、少しずつ進めそうね、どこかに下宿する?」

 「短大行くまで、アルバイト先の近くで下宿する、どうかしら、つくしお母さん、一度訊きたかったんだけど、喜久雄さんが殺されたと聞いた時、殺した人を恨まなかったの?」

 「そうね、滅茶苦茶悔しかった、もう残念で、残念で、夜も寝られなくて、泣いてたわ、でももしかしてころしたのがあなたと分かった時、喜久雄さんならどう思うだろうか、私にどうして欲しいと思ってるかしらと何回も何回も問いかけたわ、それでも結論なんて出てこない、その時思ったの、もし喜久雄さんが自殺だったら、どう思うかしら、あきらめるしかないよね、だから喜久雄さんは居なくなったという事実だけを見たら、他殺も自殺も結局同じなんだと、思えたの、だから、喜久雄さんは自殺したことにしよう、と思った、という分け、その後あなたが本当のことを言ってくれたので、気持ちが決まったの、喜久雄さんは絶対人を恨んだりなんかしない、とはっきりそう思ったの」

 「そうだったの、本当に喜久雄さんは自殺したの、って言ってくれた時、この人何を考えてるんだろってびっくりした、ひょっとして、私が殺したことを、全部知ってて言ってくれてる、と思うと、本当のことを打ち明けられる、と思ったの、だってこのままだと捕まっちゃうでしょ、だから逃げるか、自殺するか、自首するか、迷ってたから、つくしお母さんの言葉で救われた気がした、それまで捕まりそうになったら、自殺 しようと思って、シロアリ駆除の薬を残しておいたんだもん」

 「あなたの告白を聞いた時、あなたが自殺するつもりかもしれない、て直感したの。それであなたをなんとか助けなくっちゃ、と思って必死であんなこと言ったの」

 「そうね私もそれで自殺を思い留まったんだもんね、それがなかったら、今の私はないものね」

 「だからこそ、頑張って生きて頂戴、いくらでも力になる、喜久雄さんもそう願ってると思うよ」

 「そうね、喜久雄お父さんの分も頑張らなくっちゃね」

 1ヵ月後、芳香が出ていきます。

 「お金はいくらあるの?」、「5万円ある」、「これ持って行き」と言って、20万円渡します。

 「ありがとう、きっと倍にして返すから」、「そんなこと言わないで」

 「家に着いたら、連絡するけど、今日からもう子供は卒業だからね」

 「何言ってるの、いつまでも私の子供なんだから」

 「つくしお母さんと一緒にいたら、確かに子供のままで終わってしまいそう、そっちの方が怖い、くわばら、くわばら」

 「そうね、私もしっかり子離れしないと、このままだと、2人とも前に進めないよね」

 「やっと気が付いたか、本当の母親になったようだね」

 「急にえらそうに、もうあなたの事は知らないからね、勝手にしたらいい」

 「そう、そうするから、私のことはほっといてくれたらいいからね」

 「ええそうする」と言いながら、2人抱き合って、なかなか離れません。

 2人とも、うっすら涙を浮かべて別れていきます。

 つくしは、仏壇の前に座り、喜久雄にこのことを報告します。

 「やっと子供達が1人だちしました、時間がかかったのは、私がなかなか子供離れできなかったからかも知れませんね、でもりっぱに巣立ってくれたと思いますよ、明日、頼子さんに会いに行って、このこと伝えておきます」

 翌日、つくしは頼子のいる老人ホームへ行って、芳香のことを伝えます。そしてその足で構造のお墓に行って同じことを報告します。

 ”一番大事な娘を、無事巣立ちさせました、喜久雄さんが5年間毎日、芳香のことを気遣っていて、この娘になにかあったらどうしよう、そんなことばかり言ってたね、私も刑務所に毎日のように面会に行って、手紙も一週間一回は書いたし、私達夫婦って過保護もいいとこね”でも本当によかった、と思います。

 これで、芳香の心の鎖を解きほぐすことができた、と思ったからです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鎖の箱 @6031

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る