第6話 亜空間の宴【前編】
-- 前回までの『スナッキーな夜にしてくれ』 --
謎のフレーズ“素敵な、サムシン・グ〜〜”
とは、スナック亜空間に入店するための合言葉だった。
スナック亜空間を守護するママの心眼が炸裂し、心の内を見透かすかのような言葉攻めに翻弄されながらもダンジョンと化した飲み屋ビルの謎を解くための情報を得ようとする常松は、逆転の一撃を放つことができるのか?
そして、無事に飲み屋ダンジョンからの脱出出来るのか? 最早すっかり忘れ去られている本来の目的“馴染みの店に行く”ことは叶うのだろうか?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
都知事のようなグリーンの衣装に身を包み(昭和の緑のおばさんではない)、ついでに謎のベールをまとったスナック亜空間のママ=ユリコ。
謎のベールまでもがグリーンだったらと思うのだが、それはわからない。
そして、ユリコの最大奥義である○ド・はる○直伝の親指を立てながらの“サムシン・グ〜〜〜”が爆裂し、それによって大きくヒットポイントを削られた常松。
常松はまるで最強のドラゴンに睨まれたスライムのような状況を打破するため、ビールを一気に飲み干して気を取り直す。
消えたエレベーターについてズバリ聞いてみたいのだが、とりあえず様子見のような切り出し方の方が良いのではないかと直感的に思ってしまう。
そんないらない直感が中途半端な質問を生む。
「ところで、このビルにエレベーターってありますよね?」
「はぁ?? じゃあ常松さんはどうやってここまでいらしたの?」
唐突すぎる質問に王者の風格で切り返すユリコママ。
「どうって、もちろんエレベーターで上がってきました」
「そうですよね~♡ だから、今この店にいらしたんですものね。じゃあ、勿論あるはずですよ〜」
常松の中途半端な質問に平然と返答するママの表情に変わった様子はなかった。
(ママはエレベーターが消えたことを知らないのか......)
普通ならば、あり得ないことだから、そんな話を真に受けるはずもない。
普通だったらの話だが、自分の自信が揺らぐ常松は思う。
(それとも、ママは知っていて隠しているのかな? 否、むしろ、俺の方がおかしくなっているからエレベーターが消えたと思い込んでいるのかもしれないのか?)
今一度、事の顛末を整理してみる。
ついさっき乗ってきたはずのエレベーターが消えて無くなっていることは、確かにこの目で見た事実ではあるが、普通に考えればそんなことがあるわけない。
だから常松自身の勘違いとか、何かの見間違いなんてこともあるのかもしれない。
その場合、ママに「エレベーターが消えちゃいましたけど、どーなってるんですかね? エレベーターって急に無くなったりとかするもんなんですかねー?」などと聞いたりしたら、頭のおかしな奴だと思われてしまうだろう。
しかし、ここでエレベーターの謎についての情報を得なければ、もしかしたらこのまま永遠にこの飲み屋ビルから出られなくなるのではないのか.........そんな不安が募りはじめた。
聞くべきか、聞かないべきか迷ったが、この現状を打破するため、恥を偲んで聞くことにした。
「ママ、実は、そのエレベーターのこと…なんだけど」
「だ、け、ど、何かしら?」
「俺は確かにエレベーターに乗ってここまで上がってきたんだけど、エレベーターが途中で停まってしまって、このフロアで降りたんですよ。で、このフロアをひと通り見たあと、エレベーターのある場所に戻ったら……ですね」
「戻ったら?」
「あっ、その、俺のことを頭のおかしな奴だと思わないでくださいね」
「今のところは、そんなこと思ってませんわよ。で、エレベーターに戻って?」
ママの“今のところ“というフレーズが引っかかるが、話を続ける。
「そのぉ、エレベーターのところまで戻ったんだけど、何故かエレベーターが消えてなくなってたんですよ!」
「.........はぁ? エレベーターがなくなっちゃったんですかー?」
「そーう! なんですよー! これマジですよ。真面目な話なんです!」
ママは瓶ビールをもう一本取り出して栓を抜くと、常松のグラスにビールを注ぐ。
「常松さんったらー、イヤですわー。あんなに大きなエレベーターがどうやったら消えちゃうんですかー? プリン○ス天功じゃあるまいし、そんなことってあるのかしら~」
「それがホントなんですよ! 天功は凄いと思いますけど...」
そういえば天功の年齢ってどうなんだろうか? 若見えもイリュージョンだったのかと思いつつ、常松はビールを一口飲んで続ける。
「俺がおかしな奴だと思われてもいいんですけど、このビルもホント何かがおかしいと思うんですよ!」
「あら〜、このビルがおかしいんですかね〜? おかしいのは、ここに入ってくるお客様の方かもしれませんよ〜」
「!!!」
(よくわからないぞ? 何を言ってるんだ、この人は?)
ユリコママは、左耳のピアスを触る仕草をしながら常松の目を見つめる。
そして、ママが天功のようなミステリアスな存在に見えてくる。
「このお店に入ってくるお客さんは、み~んなこのビルの中で迷ってしまった方だけなんですから」
「えっ!?」
「だから、このビルがおかしいというよりは、ここに迷い込んでくる人達だっておかしいのでは? ってことですよ。常松さんも迷い込んだから、このお店に来られたんですよねー。違いましたか〜?」
「はい! まあ、そう.........です」
(よくわからないけど、俺の方がおかしいと言いたいのか?)
「迷い込んだらここに辿り着いちゃったわけですよね」
「概ね、その通りです」
「だとしたら、ここに入ってきてやることって、お酒飲んで、つまんない話をして、調子に乗って下手な歌でも歌っちゃうことくらいですわよね〜」
(つまんない話………って……しかも、調子に乗る......って、っつうか、下手な歌って)
「はあ.........まあ、そうですよね」
「じゃあ、もう、このビルがおかしいとか、エレベーターが行方不明とか、そんな戯言はおいといてぇ〜、楽しく飲んじゃいましょうよ〜」
「えっ、あの…俺がおかしいということでいいんでしょうか……ね?」
「だ~か~ら~♡ そんな・こ・と・よ・り〜♡ エレベーターと私とどっちが大事なの~♡」
「…………もちろん! ママです!!」
ママのよくわからない強引な説得、というより官能的で脅迫的でもあるセリフに飲み込まれてしまうエロボケ常松。
さらに、常松が女性の押しに弱い性格を知っているかのような波状攻撃は続く。
「そうよね♡ 私の方が魅力的でしょ~」
(魅力的……って、いったい何の話になってるんだ?)
「じゃ~あ、思い切ってぇ〜、ボトル♡ い♡れ♡ちゃ♡い♡ましょ~」
「.........はい」
ママの巧みな話術にやられ、いつの間にかボトルをキープすることになってしまった常松。
そして、これからスナック亜空間の宴は本格的にはじまる。
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