第3話 される前に逃げないと

長生ながせ君、起きて!」

「恒、起きろよ!」

肩を揺すられている感覚で目を覚ました恒が「ふぁ~」と欠伸をしながら体を起こすと、目の前には明良と『早川はやかわ 由香ゆか』の二人が心配そうに恒を見ていた。

「どうしたの? 二人して?」

「どうしたのじゃないだろ! 恒がなかなか目を覚まさないから心配していたんだぞ」

「そうだよ。渡辺君も長生君がなかなか起きないから心配してたんだよ」

「あ~それは悪かった。謝るよ」

「起きたのなら、別にいい。それより、この状況がどういうことか分かるか?」

「あのね、渡辺君がね。長生君ならよくいろんな本を読んでいるから分かるんじゃないかって言うんだけどね。これってやっぱりアレ……だよね」

早川が言うようにこれは思いっ切りアレな展開だ。

そして恒からすれば、早川も図書室や教室の隅でラノベを読んでいたから、多分そうなんだろうと想像が付いているんだと思う。恒も早川にラノベは借りて読んでいたから、知っているというか予想は着く。だが、それは恒にとっての一番最初の異世界転移の話であって、今の恒にとっては一万と一回目の異世界転移で、しかもご丁寧に女神から、直接いろいろな話を聞かされているから、ここが異世界だということは確定済みだ。

とりあえず恒は早川の質問に対し答える。

「ああ、早川の予想通りだろうな。それで、明良達は神様に会えたの?」

「は?」

「どうしたの、長生君? 現実とラノベの世界は違う話だよ?」

恒の「神様に会ったのか」という質問に明良も早川も恒の正気を疑うような返事だ。

「え? 会ってないの?」

「恒、大丈夫か? もし、本気で言っているのなら、ここだけにしておいた方がいいぞ」

「そうだよ。長生君。いくら慣れない異世界転移だからって、あまり変なことは言わない方がいいよ」

「あ、ああ。分かった」

二人の返事に恒はどういうことだと首を傾げるしかない。それならば、あの白い部屋に行ったのは自分だけなのかと。

『そうですよ』

「うわ!」

「今度はなんだ?」

「どうしたの?」

「お前達には聞こえなかったのか?」

「どうした恒。本当に変だぞ」

「そうよ、まだ寝ていた方がいいんじゃないの。膝枕ならしてあげるわよ」

「いや、大丈夫だから」

さっき声が聞こえたのはどうやら自分だけらしいと恒が不思議に思っていると、またどこからから声が聞こえてくる。

『ごめんね~驚いちゃったよね!』

恒が声のする方に顔を向けると、そこには十センチメートルくらいの大きさでティンカー・ベルの様な感じの何かがいた。

『あ! 分かった。僕の名前はミモネ。イスカ様に言われて恒の異世界生活が快適になるようにってサポートを頼まれたんだ』

恒はミモネと名乗った、その生物を掴もうと手を伸ばすと、明良から声を掛けられる。

「今度はなんだ? 何をしようとしているんだ?」

「明良には見えてない?」

「見えない? 俺には片手を伸ばした間抜けな感じの恒しか見えないけど?」

『そうだよ。僕は精霊の一種で、恒にしか見えないし、触ることも出来ないよ』

「じゃあ、この声も?」

「はぁ? まだ言ってんのか?」

『僕の声はね。いわゆる『念話』で恒の頭の中に直接話しかけているから他の子には聞こえないよ』

『他の奴には聞こえないんだな』

『そだよ。分からないことはなんでも聞いてね』

『これから、俺達はあの鑑定装置に一人一人掛けられるんだよな?』

『うん。そだよ』

『じゃあ、あの鑑定装置に掛けられたら、俺の一万と二回目の異世界転移が決まってしまうんじゃないのか?』

『そだね~かなりの高確率でそうなるね』

『冗談じゃない! あ~もう少しスキルを見えるようにしといた方がよかったのかな~』

『じゃあ、逃げればいいじゃん!』

女神に『鑑定』以外のスキルを不可視にしてもらったことを後悔し始めた恒にミモネが提案をする。

『逃げる?』

『そう。恒はいろんなスキルを持っているんだから、それを使えば、ここから逃げるのなんて簡単だよ』

『でも、逃げてもさ。その先はどうするの?』

『さあ? でも、逃げないと高確率で一万と二回目の異世界転移だよ』

『それはイヤだな』

そう呟き頭を抱えて蹲る恒に明良と早川が声を掛ける。

「恒、本当に大丈夫か?」

「なんなら、保健室に……って、ないもんね。それなら、あの衛兵っぽい人に頼むしかないのかな」

早川の発言に恒は「逃げなきゃ」と勢いよく立ち上がると、遠くから恒達に対して声が掛けられる。

「異世界から来られた召喚者達よ! 今から測定を行うのでこちらへ集まって欲しい!」

「え? 何?」

「集まれだって」

「何かくれるのかな?」

その声に反応する様に散らばっていたクラスメイト達が、声のする方へと集まっていく。

「何か呼んでいるみたいね。私達も行きましょうか」

「そうだな。恒、行くぞ」

明良が恒の手を引き、他の連中が集まっている場所へと行こうとするが、恒はその場に留まろうと抵抗する。

「どうした恒? 呼ばれているんだぞ」

「行っちゃダメだ」

「どうしたの、長生君」

「行ったら、戦争に駆り出させられるぞ」

「何言ってんだ恒。俺達はまだ高校生だぞ。そんな未成年の俺達に何をさせるって?」

「『人殺し』だよ」

「「え?」」

「恒、お前本当におかしいぞ」

「そうだよ長生君」

恒の言葉に少しも耳を貸そうともしない明良と早川の二人の様子に恒は少しだけ違和感を感じる。

明良はいいとしてもあれだけ異世界転移系のラノベを読み漁っていた早川までが、なんの疑いもしないのはおかしいと恒は感じていた。

『恒。ちょっと鑑定してみなよ』

「分かったよ。『鑑定』……うわぁ『汚染』されているじゃん」

ミモネに言われ、恒が明良と早川を鑑定すると状態欄に『汚染』と記載されていた。すなわち二人とも軽く精神汚染されている状態である。

『多分、さっきの呼びかけた音声の影響だろうね。とりあえず二人を治療してあげなよ』

『それは分かるけど、何すればいいんだ?』

『『汚染』は闇魔法だから、聖魔法の『ヒール』か『リフレッシュ』で解除出来ると思うよ』

『分かった。やってみる』

ミモネの提案にのり、恒は明良と早川の手を取ると『ヒール』を実行する。

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