ラブサンダーに撃ち抜かれて(著、大本勇)
「ゆうさん、ですか」
ソプラノの柔らかな声色に振り向くと、上品な服装の幼げな少女が気まずそうにこちらを見ていた。
「は、はい」
「よかったぁ。私、飯島ですよ、ほら」
胸元から紐を手繰り寄せ、名札をちらりと見せた。下着も見えた。
「ふ、普段からつけてるんですか」
「そんなわけないじゃないですか。ゆうさん、私のことわからないんじゃないかと思って」
わからなかった。あまりにも雰囲気が違いすぎる。
コンビニで働いている時のあの強気な女性が、こんなに小柄で儚げだったとはまるで気が付かなかった。
「普段深夜ですしね、私。そもそもメガネもかけてますし」
「今はコ、コンタクトすか」
「カラコン」
なるほど、と思わず顔を近づけたが、彼女が後ずさってしまった。
頭ひとつぶんも違う異性に突然寄られたら、それは誰だって怖いだろう。
心にほんの少し痛みが走ったが、「すいません」と申し訳なさそうに上目遣いで歩み寄ってくる彼女に心臓が弾けそうなほど大きく高鳴った。
「どこか、そう移動しませんか。えっと、カフェとか公園とか、あの」
気が動転している俺の提案に彼女はにこりと微笑んだ。
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真っ青な空に入道雲。
彼女とは初めて見る、明るくおおらかな空だ。
しかし、天を仰げば彼女の顔は見られない。
斜め後ろを歩く彼女が申し訳なさそうに俺のシャツの袖口を掴み、とことことついてくる。雑踏に消えてしまわないように、とそうさせているが一歩一歩彼女の存在を感じられることにささやかな喜びを見出していた。
「その……」
袖口をくい、と引いてもじもじしている彼女。
「どうしました」
「その、手が、いいんです」
「て?」
「繋いじゃ、だめですか」
真っ赤な顔。目には涙が浮かんでいる。どこか痛むのだろうか。いや、照れているのだろう。気づいていたが、気づかないふりをした。前を向き、無言で掌を差し出すと、弱いなりの精一杯の力でぎゅっと握られた。
伝わる柔らかな感触。暑さか緊張か、互いに手汗がひどい。目の前まで湧き上がる熱い感情の波に身を任せたくなる多幸感に包まれ思わず目を閉じた。
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良い小説の書き出しだ。
俺はやはり文才がある。モデルは俺と俺の彼女、ではなく俺と俺の目を付けた女だ。
大学生になって初めて書き始めたがこの調子なら世の中に燻るちんけな文章で説教垂れる自称小説家共なんか軽く蹴散らしてデビューできること間違いない。
肩書きはこうだ。
『処女作がミリオンセラーの超新星、大本勇』
あとでサインの練習もしておかないとな。
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