第47話 アーロンの調査行脚
王城の特務室から再び瘴気調査に派遣されているアーロン・スタインはファラットからローべに向かう定期船に揺られながら王城へ送る報告書をまとめていた。
あまり芳しいとは言えない結果に表情も暗くなる。
騎士団から三名、文官二名で出発した調査隊は、北部のゼーウィンの州都のヴァルスまで、前回より二日早く到着した。途中の中継となる街で馬車と騎馬の馬を都度変えて速度を上げたのだ。
ヴァルスで各地に分配するためのポーションを渡し、調査隊はフィラットヘ向かった。
アーロンたち調査隊がフィラットの治癒院に到着した時、瘴気の影響であろう体調不良を訴えている患者が数名訪れていた。北部と東部地域の山間にある村には治癒院がないため、フィラットまでやってきているのだという。幸いここ数日は少しだけ身体が楽になっているらしいが、それはきっと光の柱の影響だろう。
皆一様に、腕や足の所々が黒い痣のようになっており、体全体に倦怠感が出て日に日に症状が重くなっていたという。残念ながら、治癒魔法は一時的に体が楽になるものの、ほんの気休め程度だという。
村には他にも同じような症状の患者がいるらしいが、あまりに高齢の者は移動も難しいため、村に残っているという。
フィラットはシエラ運河の支流沿いに位置するため、元々数値はそこまで高くない地域だったが、東部との山間は一時最大値7を示していた地域だ。光の柱の目撃以降、一時は測定値も2前後にまで下がっていたが、現在は再び3〜4程度までになっているということだった。
治癒師と薬師たちは、アーロンたちが預かってきたポーションを受け取ると、すぐさま治療を始めた。
まずは患者が排出のポーションを飲んで3時間ほど様子を見る。しかし変化がなかったため、もう1本ポーションを飲んでさらに様子を見ることになった。通常、排出のポーションを飲んだ後は、多くの場合なら3時間程度で症状の改善が見られるらしいが、今回はなかなか変化がみられない。そのため、明日、もう一度排出のポーションを飲むことになった。
ポーションの投薬や経過観察に思いの外時間がかかることがわかったため、アーロンらは2手に分かれることにした。
調査員一名と騎士二名がフィラットヘ残り、経過観察や他の地域へのポーションの移送の手伝いを、アーロンとワーグナー小隊長は当初の予定通りローべへ向かうこととなったのだ。
そして、先程、ローべへ向かう定期船の最終便に滑り込み、フィラットを出港したところである。明朝、ローべに到着だ。
「数値がまた上がりかけていますね」
「ええ、一旦は収まっていたのですが…また少しずつ上がっていますね。まだ3〜4レベルですが…」
「ポーションで症状が軽減できるといいのですが…」
「そうですね。明日以降の経過観察に期待しましょう。他の地域にもポーションが届き始めるでしょうし、各地からも報告が上がり始めるでしょう」
身体に不調を感じている人たちのことを思うと、アーロンは、ただ調査することしかできない自分に歯痒い気持ちになる。しかし、それを言えば、治癒師や薬師に達はもっと悔しい気持ちを抱いているだろうし、何より本人達の体のきつさを考えれば、そんなことを言っている場合ではないと思い直す。
自分ができることを精一杯やるしかないのだ。
「ここはシエラ運河の支流だからなのかあまり影響は出ていないようですが、他の地域の川や海は魚が減っているようですね」
「ええ、この支流は瘴気の影響をあまり受けていないということは、やはりローベに何かあるのでしょうか」
「まだはっきりわかりませんが、ローベには聖女が訪れていた山がありますし、伝説と同じ光の柱が立ったということは、そう考えるのが良さそうです。何れにしても明日の朝にはローベですから、今日はしっかり休んでおきましょう」
答えの出ない問題にぐるぐる頭を悩ませてしまうアーロンは、ワーグナー小隊長にそう声をかけられ、残りの報告をまとめ上げ、休むことにした。
水の音や水鳥の鳴き声、人の声が威勢良く飛び交う騒めきにアーロンは目が覚めた。
深い紺色の空にうっすらと柔らかな朝日が昇り始め、綺麗なピンク色の朝焼けが広がる。昨日までの視界に広がっていた景色はオブラートに隔てられたような少しぼんやりした輪郭に見えていたけれど、今朝の視界はとてもクリアで身体も軽く感じるようだった。
ハッとして測定器を見てみると、瘴気を示す数値は1の目盛りを指していた。
「ワーグナー小隊長、おはようございます!瘴気が1になっていますね!」
「ええ、そのようです。もうあと15分もすればローベに到着するようですよ。そろそろ支度をしておきましょう」
アーロンは瘴気が気になり、どうしても測定器の目盛りから目が離せなくなってしまう。
そして、間もなく見えてきた、運河港に設けられた桟橋や停泊している船が見えてくる頃には、手元の測定値の数値は0の位置を示していた。
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