第46話 ついに完成!2

 マリーが出来たばかりのラベンダー水と美容液の瓶を持って執務室を覗いてみると、運良くセルジュとオリバー支配人が揃っていた。


「もうできたのかい?」

「もうできたんですか?」


 二人が驚くのも無理はない。あの祭り出店会議からわずか3日しか経っていないのだ。


「そうなんです。瓶作りを依頼した工房の皆さんが、色付き瓶や瓶の形を気に入ってくれて、早くに仕上げてくれたみたいで」


「これは綺麗だね!マリー、とても良く出来たね!さすが、僕の天使だよ!」


「ええ、どちらも素晴らしいですね!この繊細な形の瓶はそれは美しくて言うまでもありませんが、シンプルな瓶の方もなかなか洒落ていて良いですね。男性なら、こちらを好みそうですし」


 なるほど、商会で宿を訪れる人の多くは男性だ。前世でよく見たシンプルな四角い形のボトルに似ているけれど、うっすら色が付いているだけでなんだかオシャレに見える。女性向けにはもちろん繊細で優美な瓶を買い求めるだろうけれど、男性ならば確かにその通りだろうとマリーも思う。

 シンプルな方の瓶をもう少し増やしても良いかもしれない。



「それから、今日から孤児院の子供達も手伝いに来てもらうことになっていたので、さっきサシェ作りの子供達も集めてジェニーさんに説明をしてもらいました。今はもう、ふた手に分かれて仕事を始めてもらっています」


「早速ですね!」


「さすが、僕の天使だね!」


 “僕の聖女”と言われないだけマシだけれど、その都度セルジュに反応していては話が進まなくなるので、マリーは軽くスルーする。ちょっぴり父が悲しそうに見えないこともないが仕方ない。


「それで、ジェニーさんともお話ししたんですけど、すでに瓶詰めが終われば製品は完成なので、販売も開始できるんです。なので、早速、宿で販売してみてもいいですか?祭りより前にお客様の反応もわかるかもしれないので」


「いいと思うよ!早速販売しよう!」


「良いと思います。早速、フロントに置いて販売しましょう」


「やったあ!じゃあ、販売準備をしてきます!」


 セルジュもオリバー支配人もすんなり販売開始を認めてくれた。すると、オリバーが申し訳なさそうな顔で話し始めた。


「セルジュさん、マリーさん、抜け駆けするようで申し訳ないのですが、ご相談が。今度の祭りにうちの実家も来ると思うのですが、サシェとこの美容アイテムは、必ず取引をさせて欲しいと言ってくると思うのです。もちろん、他の商会の条件と比較してからのご判断で構いませんので、ぜひ前向きに取引をご検討いただければと思っています」


 思いがけない話にセルジュもマリーも思わず固まった。

 オリバー支配人の実家であるグレンジ商会といえば、隣国アルスター王国で1位、2位を争う大商会だ。さらに王侯貴族との取引も多く、信頼の厚いグレンジ商会との取引があれば、やどり木亭も扱う商品も、信用の置けるものだと証明されるようなものである。

 そんなグレンジ商会との取引など、こちらから願いたいほどだった。


「オリバー支配人、それは是非、うちからもお願いしたいところですよ!」


「はい!支配人、ありがとうございます!是非ともお願いします!」


「よかった!是非お願いします!


 まだ決まったわけではないけれど、幸先のいい話にセルジュもマリーも、そしてオリバー支配人もお互いに大喜びだ。


「じゃあ、私、販売の準備をしてきます!」


 マリーは弾むように執務室を後にした。



「いやあ、マリーさん、いいですね。まるで、可能性と希望の塊だ。見てるだけで明るい気分になりますよ」


 思わずそう漏らしたオリバーに、セルジュがジトりとした視線を向ける。


「それは、どういう意味の言葉なのでしょう…。まさか…?」


「ああ、もう!そのままですよ!私はもうあと数年もすれば40になろうかと言う人間ですよ?深い意味などあるわけないじゃないですか!マリーさんのことは自分の娘がいたらこんな感じかなと思うことはあっても、それだけですから!」


「本当ですね?」


「本当ですよ!!」


 セルジュは心配しすぎであろう。オリバーは30代後半なのだ。いくらマリーが可愛くても、そのような誤解を持たれるなど大変不本意である。そもそも、仮にそんなことがあっては完全に犯罪ではないか。


(ふう…親馬鹿って厄介だ…もういっそ、決まった相手ができてくれた方が楽かもな…)


 12歳なら、貴族であれば婚約者がいても全くおかしくない年齢だ。早ければ15歳には結婚する者もいる。庶民でも同じだ。

 セルジュのあまりのジト目と重い空気に、セルジュが聞いたら間違いなく泣くに違いないそんなことを、密かに思ってしまうオリバーだった。



「ジェニーさん!販売許可もらってきました〜!」


「本当?やったわね!」


「はい!わたし、早速準備しますね!」


 そう言って、マリーは商品説明用のボードを作ることにする。ついでに、サシェの説明書きも作り直すことにした。

 説明書きにはジェニーと調べた効能も記載していく。だいたい前世のものも、似たような効能が謳われていたような気がする。



<ラベンダーのサシェ>

 枕元や玄関に置いたり、クローゼットや似箱の中に入れて香りづけに。

 匂い袋として持ち歩くのもおすすめ。

 ・リラックス

 ・安眠

 ・虫除け(弱い魔物除けにも)

 ・空気の清浄・病気予防

 ※薬やポーションではありません。

 ※香りが無くなったら新しいサシェと交換してください。

 ※袋の中に乾燥した薬草が入っています。開ける際にはご注意ください。


<ラベンダー水>

 洗顔後や体を洗った後のお肌に。

 小さなお子さんから大人の方までご使用可能。

 ・湿疹や肌荒れなどの肌トラブルに

 ・日に焼けた肌に

 ・お肌のシミに

 ・お風呂に入れて入浴剤に

 ※暑い所はできるだけ避け、冷暗所で保管してください。

 ※薬やポーションではありません。

 ※長期保存はできません。2〜3か月以内に使い終わるようにしてください。(期限を過ぎてからの使用は、肌トラブルの原因になる恐れがあります)


<ラベンダー美容液>

 洗顔後や体を洗った後のお肌に。(ラベンダー水でお肌を整えた後に使っても○)

 お肌の水分を逃さず、しっとりとなめらかに保ちます。

 小さなお子さんから大人の方までご使用可能。

 ・湿疹や肌荒れなどの肌トラブルに

 ・お肌のシミに

 ・お肌のシワに

 ・手足のヒビ割れに

 ※精油を含みます。

 ※暑い所はできるだけ避け、冷暗所で保管してください。

 ※薬やポーションではありません。

 ※長期保存はできません。3〜4か月以内に使い終わるようにしてください。(期限を過ぎてからの使用は、肌トラブルの原因になる恐れがあります)



「こんなものでしょうか?ジェニーさん、どうですか?」


「そうね……ええ、いいと思うわ!」


「あ、そういえば、商品を購入された方にも、同じ説明をお付けしたほうがいいですよね?」


「確かにそうね。購入した本人だけが使うわけじゃないでしょうし、いちいち説明するのも大変だわ。それに伝言だけじゃ、ちゃんと伝わらないかもしれないものね」


「じゃあ、これを印刷してもらいますね。あ、それなら…ちょっと宿に行ってきます!」



 ふんふんふん〜♪と、マリーは鼻歌を歌いながら、サシェと各瓶を持って再び執務室へ向かう。



「あ、パパいた!ねえパパ、お願い。この説明書きに、ラベンダーの絵を描いて欲しいの」


「僕の天使からのお願いごとなら、なんでも聞くとも!どれどれ?」


「あのね、この商品説明の隣に、商品と同じ絵を描いてくれる?そして、ここのスペースにはラベンダーの絵を描いて?」


「お安い御用だよ!ちょっと待ってて!」


 セルジュは絵の具を取り出すと、説明書きにさらさらと絵を描いていく。さすが、画家を目指していただけのことはあり、何を書いても上手い。

 それに我が父ながら、セルジュはこういうセンスが抜群だと思う。マリーが大して説明もしていないのに、“自分セルジュが描きたいもの”、というわけではなく、にぴったりのテイストで「そうそう!こういう絵を描いて欲しかったの!!」と思わせる絵を描いてくれるのだ。


 セルジュはさらさらと絵を描き、10分もしないうちに、マリーが想像していた以上に素敵な説明書きのチラシに仕上がった。


「わあ〜〜〜〜!可愛くて綺麗!パパ!すごいよ!!最高だよ!!どうもありがとう!!!」


 その仕上がり具合が完璧以上の物で、マリーは思わず、セルジュに抱きついて大喜びだ。

 満面の笑みでお喜びの愛娘に抱きつかれ、手放しに褒めちぎられるセルジュは、こちらも喜びすぎて顔が緩みまくっていた。今日からしばらくは、何を頼んでも最速で、最善のものが仕上がってくるに違いない。

 先ほど、オリバーにジト目を送っていた同一人物とは、到底思えないほどである。


「セルジュさんには、もっと絵をたくさん描いていただくチャンスを作って、マリーさんに頻繁にしてもらうべきかもしれませんね」


 その様子を見ながら、そう大きく頷くオリバーであった。

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