第48話 アーロン、ローべの街へ
船の到着を告げる鐘の音とともに、アーロンが乗った船は滑るように桟橋の船着場へ到着した。
朝は日が昇り始めると早い。先ほどまでは朝焼け色が残っていた空も、すっかりと朝の爽やかな空の色に変わっている。
第二の王都と呼ばれるだけのことはあり、ローべの運河港はとても大きく、船着場には数隻の船が並んでいる。
この後出港するらしい船には船員達が乗り込み、港の男達が積荷を運び込んでおり、威勢のいい声が飛び交っていた。
市井の朝が早いのはどこの街でも変わらない。
港の周辺には市があるようで、まだ早朝とはいえ、すでにいくつかの出店が営業を始めていた。
「賑やかですね」
「ええ。さすが、第二の王都と言われる街の入り口ですね」
アーロンとワーグナー小隊長は、この辺りでも光の柱のことや瘴気のことについて聞き込みをすることにした。
身分証を提示して入港手続きを終えると、港の世話人らしき男が、もうじき送り馬車や貸し馬車が来ると教えてくれた。
「今日はいつもより少し早く船が着いたもんで、後30分もすれば送り馬車や貸し馬車が来るよ」
「ありがとうございます。こちらはずいぶん大きな港なんですね」
「昔から運河港のお陰で流通には恵まれてたんだが、交易が自由化されてからは更に人が流れるようになったからね。お客さん達はローべは初めてかい?」
「ええ、そうなんです。ローベには長くお住まいですか?」
「ああ、俺は生まれも育ちもローベだからな!この街は本当にいい所さ!気候も穏やかで住みやすいしね。食べ物も、山の幸に加えて川や海からの幸にも恵まれてる。交易で外国からの品物もたくさん入ってくるだろ?珍しいものも多いんだよ。この港にも食いモンだけでもいろいろあるから、見ていきな!」
「ありがとうございます。これから見せていただきますよ。ちなみに、最近、なにか変わったことはありませんでしたか?」
「変ったこと?ん?お客さんたちはお役人かい?そーいや、少し前にもなんかの調査とかってお役人が来てたなあ。おーい、最近なにか変ったことってあったか?」
声をかけられた荷運びの男たちが立ち止まって考える。
「あー?変わったこと?なんかあったか?」
「おー、そうだな…ああ、最近東の国への荷物が多いとか聞いたな」
「ああ、そうだな。小麦とか穀物類は確かに東の国にいく荷物が増えてるな」
「おい、お前ら、何言ってるんだ?!変わったことって言えばあれだろ!この間の山のやつだよ!」
「ああ!空の上の方まで光ったやつな!」
「ああ、あれな!」
早速気になる話だ。光の柱についてはもちろんだが、東の国といえばエネループ王国だ。流通の変化は戦いに繋がることもあるという。小麦などの流通量の変化については別に調査が必要だろう。
「光というのは、なんですか?」
「ああ、あれは多分街のはずれのテルティア山だろ。この間、山がピカって光ったんだよ」
まるで大したことでもないかのように、男たちは話している。
「よくあることなんですか?」
「バカ言えや兄ちゃん!!山が光るなんて、そうそうあるわけねえだろう!」
大したことなさそうに話しているからと思い尋ねてみたけれど、珍しいことだったようだ。おまけに興奮しているのか、少し言葉が荒れてきた。
「ありゃびっくりしたな!」
「ああ、天変地異の前触れかと思ったぞ!」
「出店たたんだ奴もいたな」
「ああ、ギルドや公館もえらい騒ぎだったみたいだったしな!」
「あのあと、街の中も大変な騒ぎだったぞ。お貴族様の中にゃ、驚いて、慌てて街を出て行った御仁もいたそうだ」
「そういや、うちのじいさんが、昔はよくあったらしいって言ってたな。実際見たのは初めてらしくて腰抜かしてたけどな」
「それは興味深いお話ですね。その山はここから近いですか?」
「街とは反対方向になるからな。この先の辻馬車乗り場から馬車が出てて、馬車で20分くらいだ。最寄りの停留所からはおたくらなら歩いて5〜6分くらいか」
「ああ、でもあれだ。山には行っても意味はねえぞ。入れねえからな」
「ああ、入れねえ。山の近くまでは行けるんだが、山の中には入れねえからな」
「そうそう。俺も行ってみたけど、入れなかったな」
「まあ、山の麓くらいまでは行けるから、行ってみればいいさ」
聞き覚えのある話に、アーロンとワーグナー小隊長は思わず顔を見合わせた。
「それは、せっかくですから、後で行ってみることにします」
「貴重なお話をありがとうございました」
男たちにそう礼を告げた二人は、市の出店の方へ足を延ばすことにした。
営業を始めている出店の中にはいくつか屋台もある。交易の要所というだけあって、外国語で書かれた看板や異国風の衣装を纏った店員がいる店などバラエティ豊かで、空腹を刺激する美味しそうな香りが辺りに漂っていた。
麺料理や魚料理、香辛料がふんだんに使われている料理、オーソドックスな王国の料理などバリエーションが豊かだ。
二人は、調査とはいえどうせ食事はするのだからと、せっかくなら普段食べる機会の少ないものを朝食にすることにする。
選んだのは、角ばった異国の文字で看板を書いた店だ。店頭には大きな窯の上に木のようなもので編まれた容器が載せられて、白い蒸気が上がっている。
白い柔らかそうなパンのようなものに、煮込んだ肉を挟む料理だ。茶色に煮込まれた肉はてらりと艶があり、いかにも食欲をそそる外見である。すでに数人の港の男達が食事をしていた。
「おはようございます。これはパンですか?随分白い上に、柔らかそうですね」
「お兄さん、初めてかい?これは蒸しパンだよ。豚の角煮を甘辛く煮込んだこいつを挟んで食べる角煮饅頭さ。病みつきになるって評判だよ!」
「なるほど。では、私はそれを一つお願いします」
「私も一つ頼もう」
「毎度あり!」
威勢の良い店主だ。
「店主、この街はとても賑やかですね」
「お客さんたちはローベは初めてかい?ローベはいいところだよ!住みやすい上に、何を食べても美味しいし、いろんな国や地域のうまいものが集まってるからね!ほい、お待ち!」
すぐさま肉を挟んで手渡された饅頭からは湯気が立ち上る。二人は早速、大人の手のひらほどもある大きさのそれに、がぶりとかぶりついた。
ワーグナー小隊長は日頃騎士団で鍛えているためかアーロンよりもよく食べる。あっという間にペロリと一つ食べ終わると、追加でもう一つ注文していた。
草食系に見られるアーロンも、まだ20代そこそこの男子だ。朝から肉料理でも全く平気なお年頃である。が、小隊長にはかなわない。一つで十分だった。
「これは美味しいですね。こんなに柔らかいパンは珍しい。肉のソースが最高だ」
ワーグナー小隊長の好みに大変あったようだ。もちろんアーロンも大満足の味だった。
「ええ、肉もとても柔らかく煮込まれていますし、柔らかいパンとも良くあっていてとても美味しいです。こんなに美味しいと、他の料理も気になってきますね」
「滞在中にまた機会があることを期待しましょう」
この所の瘴気による一連の業務に加えて、北部では瘴気の影響を受けた患者の様子を見てきたばかりだったこともあり、まだどこか張り詰めたままだったようだ。
アーロンはローべの港と屋台の活気あふれる様子や、美味しい料理に満たされたおかげで気持ちが上向きになったことを感じ、この先、何か良い出来事が待っているような気持ちになるのだった。
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