第44話 治癒薬院の秘密の欠片

「シモンズ、ローベの採取地に…聖女の山へ行き、詳しく、状況を知らせてもらいたい」


「わかりました。もともとポーションの作成のために、採取に行かなくてはなりませんでしたから、近いうちにローベへ向かう予定にはしていましたし」


 薬師も癒薬師も自分で見つけた採取地に薬草を採取しに行く。ローベの採取地は各地の採取地の中でも上質な薬草が取れるけれど、入山できるものが限定されるため、行く者が少ないのだ。

 シモンズはポーションの大量発注を受けて採取チームに入っていたため、もとより近々ローベのいつもの“薬草の聖地”へ向かう予定だったのだ。


「それから、これを持っていくといい」


 院長が皮袋の中から、小さな黒い小箱を取り出した。蓋を開けると、黒布を敷き詰めた台座の上に瑠璃色に煌めく小さな石の欠片が入っている。


「院長、これは?」


「かつての聖女様が託された“聖石の欠片”だよ」


 その言葉に、シモンズとダリルは驚きを隠せない。


「「聖石!!!?」」


「ああ、そうだ。この“聖石の欠片”は聖女様の意思を受け継ぎ、治癒薬院の奥深くに極秘に保管されているものだ。この石の存在は院でも限られたものしか知らないから、決して口外してはいけないよ」


 治癒薬院でもごく一部の者のみしか知らないというその“聖石の欠片”は、1300年前の建国神話の伝承でも伝えられている通り、神から聖石を与えられた際に共に与えられたものだという。

 院長が知る聖石は、王都の教会に祀られている大きな瑠璃色の球体と、治癒薬院にあるいくつかの小さな欠片だ。しかし、恐らく聖女の山にも聖石のようなものがあるのではないかと考えているようだった。


「王国の守りは王都の教会の聖石だろう。しかし、院に欠片があるということは、恐らくローベの聖女の山にも何かしらあるはずだ。もしかすると他の地にもあるのかもしれないが…残念ながらそこまではわからないのだ」


「そうなんですね…!」


「院長、私はこれまで、もう何度も“薬草の聖地”には採取に行っていましたが、聖石のようなものは見たことがありませんでした」


「シモンズ。確かに君が言う通り、これまでにそのような報告を受けたことはなかった。しかし、光の柱が立ったという話もあるだろう?何か変化が起こっていてもおかしくはないよ」


「なるほど、それはそうですね…そうは言っても、さすがにこのような貴重なものは持っていけません!」


「心配するな、欠片はこれだけではない」


「しかし…っ!!」


 そんな貴重なものを持っていくなんて、シモンズもダリルも、さすがに気が引けてしまう。


「君たちは知らないけれど、この治癒薬院は聖石の守護を受けている。かつての聖女様が院の前進としてここを作った際に聖石の欠片と聖なる力を持ってここを作られたのだ。幸いなことに、この国はずっと平和な時代が続いているが、万が一戦乱の世に陥った際にでも、治癒師や薬師が最後まで民のためにその力を使えるようにという願いによって、と伝えられている。どのようにな仕組みかは誰にもわからないが、各地に作られた治癒院にもその守護は届いているのだ」


 シモンズとダリルにとっては、初めて聞く、驚きの事実だった。


「そうなのですか…」


「ああ。今は収まっているとはいえ、瘴気はいつどうなるかわからない。ここを離れていく君たちが万が一瘴気の危険にさらされるようなことがあれば、きっとこの欠片が助けになるだろう。それにこの欠片は、治癒師や薬師が危機的な状況に陥るときには持ち出して良いと伝えられているのだ。安心しなさい」


「…わかりました」


「シモンズには、君にしか入れない場所もあるだろう。聖女の山では聖石を探して、状況を調べて欲しい。それに山や近隣で何か気になることがあれば教えて欲しいのだ。滞在が長期間になるようなら薬草は採取したら荷物で送ってくれればいいし、現地で製薬するのなら、それを直接各地に送ってくれれば問題ないよ。むしろ、東部と北部なら、ローベから送った方が早いかもしれないしな。本院からの発送状況はいつでも確認できるようにしておくよ」


「わかりました。…収穫祭までには戻らなくてはいけませんが、向こうで少し長めに滞在することになっても問題ないように準備しておきます」


「ダリル、君も一緒で申し訳ないが、よろしく頼む」


「院長、ご存知の通り私は山には入れませんが、よろしいですか?」


「ああ、頼むよ。シモンズしか入れない場所はかなり限定されるはずだし、信頼できる人間が一緒の方がいい。それに、時間があれば二人で製薬もできるだろう?」


 院長はにっこり微笑む。


「出発はいつ頃が良いですか?」


「こちらでの引き継ぎなどもあるだろう。二人の準備が整い次第で構わないよ。ああ、それから、王城から、特務室の調査員も近々ローベに向かうはずだ。君たちのことも伝達が入っているはずだから、何かあればお互いに上手くやってくれ。非常事態だ。秘すべき情報の取り扱いは、君達二人に任せるよ」


 現地で、調査員に頼られた時には自分たち二人の判断で行動して良いという、院長からのお墨付きである。

 かつての聖女直々に作られたこの治癒薬院は聖女の意思を継いで国と教会によって設立されたが、聖女の望みを受け、そのどちらの権力の影響も受けずに治癒や製薬などを行えるようになっている。

 たった今、シモンズとダリルが初めて聞いた話のように、多くの書物や一部の口伝のみの知識など、治癒薬院以外には伝えられていないものも多いのだ。


「二人とも、“石”があると言ってもどこまで守護されるかはわからない。恐らく万能ではないだろう。決して無理はしないように」




 シモンズとダリルは院長室を出ると、すぐに出張のための準備のために研究室へ戻った。


「情報が多いな…」


 どさりとソファーに腰掛けながら、ダリルが言う。


「ああ、ここ最近の体調不良の原因が瘴気によるものだったとは、考えもしなかったよ。それに教会の聖石がそんな状態になっていたとなんて知らなかった…」


「最近、教会の修繕中だからと立ち入り制限されていたのは、きっとそのためだったんだな」


「ひとまず聖石の曇りは解消されているとは言っても、体調を崩した人や魔物や農作物にどう影響が出ているかはわからないだろう?心配だ」


「そうだな。だが俺たちに出来ることはポーションと薬を作ることくらいだよ。でも、俺たちはお役目をもらったんだ。何か見つけられるようにしっかりやろうぜ」


「そうだね」


「それにしても、当代の聖女サマはこの話はきっとご存知ないな。こんな状況で、そもそも収穫祭とかできるのか?」


「ああ…そうだね。聖女様はご存知ない様だった。王城でも情報は統制されているのだろうし…。収穫祭を行わないというのは国民の手前、難しいだろうね」


「まあ、そうだな…」


「とりあえず、僕たちも出発できる様に準備しよう。まずは製薬を終わらせて、引き継ぎと準備が出来次第、出発だ」


 しばらく不在にするとなれば、依頼されているポーションだけでなく、癒薬師でしか作れない薬も多めに作っておかなければいけないだろう。

 万が一の際にはローベから送ることもできるとはいえ、緊急で必要な薬も出てくるかもしれない


「何日で出られる?」


「そうだな…最短でもあと2日かな」


「よし、じゃあ早速始めようぜ」


 シモンズとダリルは再び製薬を始めた。

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