第43話 茶会の後
所変わって、治癒薬院のシモンズの研究室である。
「ダリル、僕は君にどれほど感謝してもしたりないよ。君が来てくれて本当に助かった。ありがとう」
ぐったりとソファにもたれていたシモンズが体を起こすと、そうダリルに言った。
「なに、たいしたことじゃないさ。役に立って良かった」
あれから、担当文官が大変に頑張ったらしく、収穫祭の祭事の打ち合わせは順調に、滞りなく行われたようだ。
ダリルの事前の話が効いたのか、聖女も拍子抜けするほど素直に説明を受けたこともあり、信じられないほど平穏に打ち合わせは終わったのだった。
シモンズとダリルは、帰り際、担当文官より心からの謝辞を受けた。
「後は、特に何事もなければ、祭事の前日から教会へ入ればいいそうだ」
「へえ、前日から?」
「一度現場を確認するのと、前夜から禊を行うらしい」
なるほど、とダリルはうなづく。
「ダリル、君はあの後どうしてた?」
「あの夫人とやらと庭園の散策に向かったよ。とはいえ、夫人はすぐに用を思い出したとかで帰ったけどな」
『あら大変!わたくし、大切な用があることを思い出しましたわ!ダリル卿、大変申し訳ございませんが、わたくし、こちらで失礼いたしますわね。庭園はどちらも美しく整えられておりますので、どうぞ存分にご覧になってくださいませ。それでは、ご機嫌よう』
と言ったかと思うと、ダリルを庭園に残し、夫人は風のように去って行ったのだった。
ダリルとて否やはない。いやむしろ、夫人相手にどう時間を潰そうかと思っていたくらいだったので、一人になれて助かった。
「まあ、今日は望まない状況の中では、良い結果だっただろ。打ち合わせ終わって、もう行かずに済みそうならば最善と言ってもいいかもしれないな」
「ああ、君のおかげだよ」
シモンズとダリルはそう話しながら、院長室へ到着した。茶会の報告に訪れたのだ。ノックをして入室の許可を得る。
「院長、シモンズとダリルです」
「入りなさい」
「失礼します」
シモンズとダリルが部屋に入ると、院長がソファに座るよう勧めてくれ、カチャカチャと茶器を用意し始める。お茶を淹れてくれるようだ。どうやら、話があるらしい。
院長が手早く入れてくれるお茶の香ばしい香りが立ち込める。
「二人ともお疲れ様。さあ、これでも飲んで落ち着くといい。やあ、シモンズ。今日は前回よりはマシだったようだな?」
「いただきます」
「薬草茶ですね。落ち着きます」
二人は薬草茶を飲み、ふうっとホッとした気持ちになった。
「今回はどうだったね?」
「院長、ダリルが来てくれたおかげです。助かりました」
「そうか、それは良かった。その様子なら、祭事の打ち合わせも問題なくできたようだね」
「はい、ダリルがうまいこと誘導してくれました」
「ほう。ダリルにそんな才能があったとは。これから、そういう活躍の場を増やすべきだな」
「ええ??いやいや、そんなの遠慮しますよ!辞退しますよ!辞退!」
「今後は貴族のご婦人方のお相手は、ダリルに任せれば安心でしょう」
「いや!院長!これはシモンズの面白くもないジョークですよ!!」
「ふむ。頭にいれておこう」
「ええっっ!」
「冗談だよ。慌てさせてすまないね」
「ああ!もうやめてくださいよ。魔窟にはできるだけ近づきたくありませんから!」
慌てるダリルに院長が苦笑しながら謝ると、ダリルは一気に肩の力を抜いた。
「ところで、ちょうど良かった。君達二人に話があったんだ」
「我々に?どのようなお話ですか?」
「今、各地からポーションの依頼が増えているだろう?おまけに、王城からの依頼も入ってきた」
「「はい」」
「まだ非公開なのだが…これは聖石に関係がある話なのだ」
「聖石にですか?」
「ああ、」
そう一度言葉を切った院長は、二人の顔をゆっくりと順に見て話を続ける。
「実は、数ヶ月前から、王国の聖石に曇ったらしい」
「「っっ!!」」
思いがけない言葉に、シモンズとダリルはおもわず息を飲む。聖石についての話なら、国家機密レベルの話だろう。しかも、聖石に曇りなどとは…。
聖なる力についての知識が深い治癒薬院の職員なら、その深刻さも一際だ。
「そ…そのような重要な話、我々が聞いてはいけないのでは…」
しかし、院長ははっきりと首を振って続ける。
「いや、むしろ君達こそが適任だろう。二人ともとても優秀な癒薬師と治癒師だ。それに、聖女の残した知識や書物について君達ほど詳細に調べ、現代に再現させたいと研究を重ねているものは他にはいないからな」
聖女の残した素晴らしい薬などをできればこの現代にも再現したい、応用して現代の治癒に役立てたいと研究を始めたシモンズを手伝うため、ダリルも一緒になってかなりの書物を読み込み、研究を重ねているのだ。
「実は聖石が曇ったことで、深刻な事態に陥っている。主に東部と北部地域で魔物の増加や凶暴化が起き、多くの地域で農作物の収穫が落ち込む予想だ。品質への影響は計り知れない。そして、地域によっては、ついに体調不良を訴える住民も出始めたらしい」
シモンズとダリルは言葉もなく話を聞く。
「王城では少し前から調査員を各地に派遣して調査を行っている。特務室を設置して情報の収集と分析をしていて、わかったのが今言った内容だ。しかし、そもそもの聖石の曇った原因などもまだわかっていないらしい。これを」
院長が二人の前に地図を広げる。地域ごとに色分けがされている地図だ。
「これは、魔術院が作った瘴気濃度の測定値で計った数値をもとに色分けされてある。濃度数値が1〜2までの地域は水色、3〜5までが青、6〜8が緑、9以上が赤だ」
「…これは…」
「ああ、ほぼ全域で濃い濃度が測定されているのがわかるだろう?すでに濃度が3以上、高いところは8を示すまでになっているということだ。そして、体調不良の多くは、緑の地域から出始めていたらしい」
シモンズとダリルは、最近の院の製薬状況に納得がいった。
「なるほど、こういうことだったわけですね…」
「瘴気は、古い書物で、体にとって有害な毒に等しいとされていたはずです。瘴気にさらされる時間と濃度によって体調は悪化してしまうでしょう。だから、ポーションで改善を試みるということですか。…しかし、この状況は…厳しいですね…」
「その通りだ。しかし、悪いことばかりではない。実は、数日前に突然、聖石の曇りが無くなったらしい」
「「え?」」
「そうなんだ。しかし、聖石が曇った原因も、曇りが無くなった原因もどちらもわかっていないからな。それに聖石は、いつまた曇るかもしれない」
「そうですね」
「それから、関係性はわからないが、聖石の曇りが解消された要因かもしれないことがあるそうだ。ここを見てごらん?」
院長が、地図で優位いつ色の付いていない地域を指す。
「ここは…ローベでは?」
「そうだ。この地域だけ、測定を始めて以降全く瘴気が観測されていないらしい。そして、聖石の曇りが無くなった時、この地で天まで届くほどの光の柱が目撃されている」
「「っっっ!!!」」
シモンズとダリルにとっては先ほど以上の驚きで、また息を飲む。
「それは!」
「ああ。おそらく、シモンズ。君がいつも採取に行く山だろう。こちらの分布図を見ると、農作物の被害が少ない地域と魔物の被害が少ない地域がわかるが、そこにはローべに流れるシエラ運河の支流が流れていることがわかるだろう?
推測だが確実に、聖石の曇りが無くなった原因はローベにある。シモンズ、君がいつも行く山は、聖女の山だろう?選ばれしものしか入れない。だから、ローベへ行って来て欲しいのだ」
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