第42話 茶会での攻防

(…聖女も夫人も、裏があるのか無いのか……うん、俺には全くわからないな…)


 ダリルは聖女と夫人との会話から、前回の薬についての手掛かりを探せればと考えていたが、早々に考えを改めた。

 目の前の二人の話が本心からの言葉なのか、それとも裏があるのか、さっぱりわからない。

 陰謀と謀略の渦巻く貴族社会とは無縁の田舎の男爵家で育ったごくごく普通の人間であるダリルが、薬を盛って人をどうこうしようとするようなある意味“魔窟”に挑もうとは、所詮無理な話である。


 ということで、ダリルは友の心の平穏を少しでも守ることに全力を尽くすことにした。




「こちらの焼き菓子は王都で今人気No.1のパティスリーのものなんですのよ!是非召し上がって!」


「まあ!こちらのパティスリーのお菓子はなかなか手に入れられないといいますのに」


「わたくしの名で手配しましたの。そうでなければ予約だけで3週間待ちなんですって」


「聖女様、さすがでございますわね!」


「シモンズ様、さぁどうぞ!」




「昨日まで王都の劇場で上演されていたお芝居をご存知?主人公の対立する派閥の二人が惹かれ合いながらも引き裂かれる悲劇で、わたくし、心が張り裂けそうでしたわ」


「ええ、ええ、わたくしも舞台を見に行ってまいりましたわ。心が痛くなるようなお話で…でも悲劇は美しいですわね」


「あら、夫人は悲劇がお好きなの?わたくしは嫌だわ。最後は幸せになる物語がいいもの。でも、主人公の二人はとても素敵だったわ!」


「シモンズ様、お芝居はお好きでして?」




「明後日の夜、リーボウン家の夜会がございますの。久しぶりの仮面舞踏会ですのよ?」


「聖女様、お出かけになりますの?」


「わたくし迷っていたのだけれど、シモンズ様、宜しければ是非ご一緒しませんこと?」




 止めどなく続く会話にあっけにとられそうになるダリルである。


(シモンズ!それにしてもお前、押され過ぎだろう!!女が苦手って言っても、ここまでか!)


 シモンズはというと相変わらず最低限の相槌のみだ。幼い頃からの強烈な女性に対するトラウマと、聖女と出会った当初の嫌な印象が強すぎてどうしても心が拒否しすぎてしまうのだろうが。


(しかし、こうしている聖女は、ただシモンズを落としたいだけの、ただの強引なご令嬢って感じだな)


 確かにあからさまだし、強引すぎる感はあるが、シモンズの気を引くためことだけを考える、ただの世間知らずで強引なご令嬢という印象だ。まあその強引さが権力の元にあるから厄介なのだが。



「シモンズ様は、やはりお休みの日は研究ですの?」


「ええ、趣味のようなものですから。それに今は地方からの要望が立て込んでいますし」


「まあ、時々は離宮へ息抜きにいらしてくださいね」



 シモンズもちょっぴり頑張って忙しさは主張したようである。しかし、あの程度では伝わらないだろう。


(聖女サマも黙ってれば美人なんだが、このぐいぐいくる感じがなぁ…もう少しシモンズの気持ちを汲めればマシなのかもしれないのになぁ)



「まあ!まあ!シモンズ卿、それはお忙しくて大変でございますわね!それではやはり息抜きをすべきですわね!聖女様、今度気分転換にシモンズ卿を観劇にお誘いになるのがよろしいですわ!」


(で、強引さに輪をかけるのがこのご夫人ってわけか。でも、こんな風に話しながら平気で人に薬を盛ったかもしれないんだからな…)


「まぁ!そうね!シモンズ様、今王都で流行りの歌劇がございますのよ。ぜひご一緒しませんこと?」


「いえ、私はあいにく、」


「あら、シモンズ様はお芝居の方がお好きでいらっしゃいますか?でも聖女様もおっしゃいましたが、今上演中のものでは、こちらの歌劇の方がおすすめですわよ」


「そうなの!二部の中盤で主人公の騎士が姫を思って朗々と歌い上げる場面が最高なんですの。わたくしすっかり心を掴まれてしまいましてよ!」


「ええ、ええ!聖女様、あれは本当に素晴らしいシーンですわね!」



 強引だ。とにかくシモンズの言葉を完全スルーして話し続ける強引さである。

 シモンズの言葉をあえて無視しているのか、耳に入らないほど浮かれているのかダリルには判断がつかないけれど、シモンズの発言に覆い被せるように怒涛の勢いで強引に進む話にダリルは思う。このままではシモンズは聖女との観劇へ向けて一直線だろう。

 しかし、ダリルの力では“魔窟”には太刀打ちできない。貴族社会は揚げ足も取られる。下手に手を出して、余計大きなダメージを生み、友を更なる窮地に追い込んでしまっては元も子もないのだ。


(…しかし、強引にしても一方的にしても酷すぎるな…)


「わたくし、今から楽しみでたまらないわ!」


「ええ、ええ、聖女様、そうでしょうとも!聖女様、お出かけの際はシモンズ卿と装いを揃えられてはいかがでしょう?きっと素敵ですわよ!」


「まあ!それは素敵だわ!シモンズ様、当日はどのような装いになさいます?」


(おいシモンズ!もう出かけること前提じゃないか!)


しかしダリルはここで、これまで見てきた聖女と夫人の様子にハッと閃いた。


(っ!これは…!!これはまるで、田舎の井戸端会議のおばちゃん達じゃないか!!いや、おばちゃんたちはここまで強引じゃないな…。そうか!井戸端会議のおばちゃん達だと思えば俺でも太刀打ちできるぞ!うちの領地で散々やってきたからな!)


 ダリルの頭に友を救うための光明が差す。

 井戸端会議なら、ダリルは物心つく頃から領地で数々のおばちゃん達に鍛え上げられてきた。いわゆる百戦錬磨である。

 共感・賛同を示しつつこちらの主張を押し通すのである。そして相手の怒涛の会話は笑顔で感じよく遮りつつ、主導権を握るのだ。


(よし!そうと決まれば…)



「ええ、ええ、聖女様!早速お席の手配をいたしましょう!観劇は来週の午後はいかがでございますか?確かその日でしたらお席も手配が可能なはずですわ!」


「申し訳ないが、」


「そうね、その日が良さそうだわ」


「ええ、ええ!聖女様とシモンズ卿がお二人で観劇だなんて、素晴らしいですわ!舞台が霞んでしまうことでしょう!では、早速、」


「いやあ〜、観劇とは素晴らしい!聖女様はさすがに素晴らしいご趣味をお持ちでいらっしゃいますね!」



 かわいそうに、相変わらずシモンズの言葉は完全にスルーされているが、ここでついにダリルがズサっと切り込んだ。

 笑顔で、朗らかな大きな声で、友に代わって敵に立ち向かうのである。


「…あら、ふふふ、それはどうも」


「シモンズ、聖女様のおっしゃる通りだ。君も久しぶりに気分転換するといい!」


「ダリル…」


「ええ、ええ、そうですわ!シモンズ卿、気分転換には観劇はぴったりですわよ!」


「とはいえ、王城からシモンズの外出依頼を院へ送っていただく必要はありますが、そうですね、来週なら…ああ!!なんてことだ。シモンズ、君は来週からしばらくは地方へ外せない出張じゃなかったか?せっかくの機会だったのに…」


 なんてことだ!と大げさに嘆くように、大きな声でダリルはそう続ける。


「まあ!シモンズ様、来週はご一緒できないの?」


「ええ、そうなんです。今うちの院は全国からの薬の発注対応のために立て込んでいまして、今も全員が寝る間もないくらい根を詰めて作業をしているんですよ。シモンズは、更にそのまま出張に出るので倒れてしまわないか心配で」


「まあ!シモンズ様、そんなにお忙しくしておられるなんて!それは大変だわ!!」


 隣で「まあっ!聖女様直々のお誘いなのに!」とぶつぶつ不満げに呟く夫人については、この際無視することにしたダリルである。

むしろ、強引さに輪をかける夫人を、ダリルはここで“敵”に認定だ。


 今の聖女は真っ当な反応だ。これからは、できれば夫人を聖女から引き離して、話に口出しをしないようにしなくてはならないだろう。


「皆、毎日ポーションを飲んで何とか凌いでるのですよ」


「なんてこと!それは心配ですわ」


「ご心配いただき恐れ入ります。それにシモンズも我々も仕事柄、外出は厳しく制限されるのです。許可を得るためにはご申請いただく必要もございますし、外出の手続きはなかなか煩雑なのですよ」


 時には嘘も方便だ。そして肝心の本題に入るため、ダリルはニッコリ微笑む。

 今日は最低限、を済ませなくては、シモンズがここに来た意味がない。


「ところで聖女様、本日は収穫祭のお打ち合わせだと伺いましたが、お打ち合わせはそろそろでしょうか?」


「あら、そうだったわね」


「収穫祭で聖女様のお姿を拝見できることを多くの国民が待ちわびていることでしょう。シモンズは…あいにく今申し上げましたように大変立て込んでおりまして、収穫祭までの期間に再びこちらに伺うことは難しいかもしれません。せっかく楽しみにされている多くの国民の皆様のためにも、収穫祭のお打ち合わせをさせていただければと」


「まぁ!そうなの?シモンズ様。もうこちらにはお越しになれないの?」


「ええ、万が一、本日がこちらを訪れる最後、などということになれば、今日を逃せばお打ち合わせもままならなくなってしまうでしょう。

 これまでは王族の貴いお方々がお勤めになっておられた大役と伺っています。毎年祭事を執り行われている王族のお方々とは違い、シモンズにとっては慣れない大役です。万が一失敗などということがあれば…聖女様のお名前に傷をつけてしまうのではないかと心配しておりまして…」


「ええ、そうね。それは心配だわ」


 聖女が真剣な表情でうなづいている。あと一押しだ。


「まあ!ダリル卿、せっかくの聖女様のお茶会ですのに無粋ではありませんこと?」


 しかしあと一息というところで夫人が切り返してきた。夫人もこのままでは終われないのだろう。しかし、これで引き下がるダリルではない。


「確かに、ご夫人のおっしゃる通り無粋なことで失礼いたしました。おっしゃる通りですね。シモンズの祭事の出来など、聖女様の貴重なお時間と比べるまでもないでしょう。

 なにご心配には及びませんよ。お打ち合わせができずにシモンズに粗相があって聖女様にご迷惑をおかけしてしまっては困りますので、シモンズは祭事から外していただき、やはり今年も貴いお方々にお役目をお願いすれば良いだけですから」


「まあ!それは嫌だわ!!」


ここからは、隣で不満げな夫人に口を挟ませる隙を与えないよう、すかさずダリルは続けるのだ。最後の詰めである。


「なるほど。聖女様はシモンズを相手役に、とお望みなのですね。それならば、お打ち合わせは必須でございましょう。

祭事を成功させるためでございます。ここはやはり、あちらに控えておいでの文官様にしっかりとお打ち合わせを進めていただいてはいかがでしょうか。

 それに、収穫祭が大成功となれば、聖女様は“偉大なる聖女様”として歴史に名を刻まれることになるのでしょうから楽しみでございますね」


「あら!まあ!そうかしら。そうね、何かあっては大変だもの、打ち合わせは必要ね!ちょっと、そこのあなた、シモンズ様と収穫祭の打ち合わせをするわ。資料はあるのでしょうね?」


「は。もちんでございます」


 少し離れて控えていた文官が、今を逃してなるものかと気合いの籠った表情で、すぐさまこちらにやってきた。


「シモンズ様、おくつろぎのところ申し訳ありませんけれど、これからわたくしとご一緒に祭事のお打ち合わせをお願いいたしますわ」


「こちらこそ、宜しくお願い致します」



 となれば、ダリルのすることは、夫人をここから引き離すだけである。


「それでは、聖女様とシモンズは、どうぞこちらでそのままお打ち合わせを。私と夫人はお打ち合わせのお邪魔になっては申し訳ございませんので外すことにいたしましょう。そうですね、夫人に庭園をご案内していただれば幸いですが」


「ええ、そうしてくださる?夫人もよろしくて?」


「…聖女様。かしこまりましたわ」


 文官と侍女がテキパキとテーブルの上を少し整え、資料を取り出すと、早速収穫祭の神事の打ち合わせが始まる。あとは文官が頑張ってくれるだろう。


(よし!これでいいだろう。シモンズ、あとは頑張れよ。文官殿、頼みますよ)


 ダリルは心の中でガッツポーズをとりながらシモンズと文官を見る。そして、二人それぞれと順に目を合わせると、お互いに大きく頷き合うのだった。


「それではご夫人、大変恐れ入りますが、庭園をご案内いただけますか?」


 ダリルは心の中でやり遂げた達成感を感じながら、もう一仕事だと、隣で不満気な空気を漂わせる夫人に声をかけた。

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