第41話 離宮への呼び出し
(人間離れした美形は、眉間に皺が寄っててもやっぱり美形だな。皺が寄ってる方が多少は人間らしくは見えるか)
ダリルは、親友の苦虫を噛み潰したかのような顔を見ながら、そう思っていた。
現在ダリルは、眉間に皺を寄せたシモンズと一緒に馬車に揺られている。
行き先は薬草採取…ではなく、煌びやかに装飾された馬車に乗せられて向かう先は、聖女の住まう“光の離宮”である。
3日前、ポーション作りに追われる治癒薬院へ、王城より聖女からの召喚状がシモンズ宛に届いたのだ。
「シモンズ…予想していたこととはいえ、君宛てに王城から、いや、聖女からの招待状だ。収穫祭の打ち合わせをしたいらしい。この大変な時期に申し訳ないんだが…」
院長室で苦々しい表情を隠しもしない院長がシモンズにそう告げる。治癒薬院全体で、各地へ送るためのポーション作りに追われていることを知っている院長だ。すでに王城とは再三やりあった後だろうことは推測できる。今回も断れなかったということだろう。
「院長、今はこのような時期ですから、事情もあることですし、私から改めてお断りしたいと思うのですが」
「すまないが、王城にはすでに我々の現状を伝えているのだが…それでもどうしてもという依頼なのだ…申し訳ない」
「…わかりました。前回あのようなことがありましたので、今回は同行者をつけたいと思います。それだけは、先方へ通しておいていただきたいのですが、よろいしでしょうか?」
「ああ、もちろんだよ。シモンズ、本当にすまないね」
シモンズは仕方無しに招待状を確認し、ため息を吐く。
「3日後ですね…」
「ああ、3日後だ。前回同様、13時に王城が使いの馬車を寄越すそうだ。よろしく頼むよ」
「わかりました」
院長室を後にしたシモンズはポーション作りを行うために再び製薬研究室へ戻ると、ダリルへ願ったのである。聖女の召喚に付き合って欲しいと。
「あー、また来たのか。しかもこの時期に」
「院長はきっとだいぶ頑張ってくれたんだと思うけれど、断れなかったらしい。僕が別途実家経由で断りたいと言ったが、今回はそれも難しいようだった」
「収穫祭の打ち合わせか…予想通りだな。これは、これからもこうやって呼び出してくるやつだろう」
「やっぱりそう思うかい?」
シモンズは座っている椅子の背もたれからガバリと背を起こす。
「ダリル、僕の親友である君に頼みがあるんだ。今回の召喚には一緒に行って欲しい」
「いいぞ。前回あんなことがあったからな。一人じゃまた何されるかわからんだろ」
「ダリル、いいのか!」
「ああ。俺がその場に居たって、聖女は石ころほども俺のことを気にかけないだろうけどな。でも、お前が一人じゃなければ、何かあった時にポーションを飲んでもごまかせるだろ。今回は万全で臨むぞ」
「ダリル、君はやっぱり僕の心の友だよ。ありがとう」
柄にもなく瞳を潤ませながら、ひしっとダリルの両手を握ってそういうシモンズに、周りの治癒師や薬師がざわつき始める。少し頬を赤くしながら、チラチラとダリルとシモンズの方を見ているではないか。
これは、客観的に見てもまずい状況だ。“研究馬鹿”の集まりである治癒薬院では、普段は誰もシモンズの容姿など気にしていない。もともとシモンズも感情があまり表情に出ないこともあり、「美しい彫像が動いている」くらいの認識だ。
しかし、瞳を潤ませたシモンズなど、その辺りの美少女など相手にならないほどの
しかも、ただでさえ、シモンズが女性のことを嫌悪気味であることをここの職員らは知っているのだ。このままでは
シモンズくらい美しければ性別を超越した存在だからと
「違うぞ!おい、お前ら違うぞ!変なこと想像するなよ!!これは聖女絡みの厄介ごとだからな!!」
ダリルはシモンズに両手を握られたまま、必死で言い訳をしたのだった。
ということで、誤解も解けた(はずの)ダリルとシモンズはその後ポーション作りに励み、現在、“光の離宮”へ向かっているというわけである。
王宮に入り、何度か門で停まった馬車はほどなくして離宮の正面玄関へ到着すると、前回と同じ文官と侍女が二名、出迎えのために待っていた。
「シモンズ卿、ようこそお越しくださいました。そちらがダリル卿ですね。お二人とも大変お忙しい中、ご無理を申し上げまして恐縮でございます。お越しくださいまして本当にありがとうございます」
その言葉にこの文官の苦労も窺い知れるところである。
(聖女周りはあまりうまくいってなさそうだって言ってたな…)
ダリルは前回の聖女の茶会後、シモンズがそうこぼしていたことを思い出しながら、文官と侍女に案内されるシモンズの後を進んだ。
茶会は前回と同じ庭園で行われるらしい。美しい花が咲き誇り、よく手入れされた庭園の一角にガセポがあり、茶会の準備がされていた。
「シモンズ様!お待ちしておりましたわ!」
「聖女様、本日はお招きにあずかり光栄でございます」
シモンズは張り付いた笑顔のまま、流れるように型通りの挨拶をすませる。
「本日もお目にかかれて嬉しいですわ!わたくし、今日こそシモンズ様とゆっくりお話がしとうございますの」
「それは、光栄ですね」
聖女が上目遣いでシモンズに話しかけながら腕を絡めてこようとする直前に、シモンズは自然に体を少し引いてそれを躱すとダリルを紹介した。
「聖女様、こちらは治癒薬院の治癒師ダリルです。前回のようにご迷惑をおかけすることのないよう、本日は同行させていただきました」
「聖女様、本日はお目に書かれて光栄に存じます。治癒薬院のダリルと申します」
聖女は一瞬不満げな表情を浮かべたものの、さすがにシモンズの前では笑顔は崩さない。
「ダリル卿ですわね。本日はどうぞごゆっくりなさって。こちらはわたくしの話し相手のポメロー夫人ですわ」
「初めてお目にかかります。イザベラ・ポメローでございますわ。どうぞお見知りおきくださいませ」
「治癒師のダリルでございます。こちらこそ、本日の出会いに感謝いたします」
「さあさあ、シモンズ様!固苦しい挨拶はここまでにしてお掛けくださいな。それにわたくしのことはエリザベータとお呼びくださいと申し上げましたでしょう?」
「そのようなことは恐れ多いことです。私はただの治癒薬師ですので」
「まあ、そのようなことはお気になさらなくともよろしいのに!」
一通り挨拶を済ませ席に着くと、茶会が始まった。
用意されていた紅茶は柑橘系の香りが爽やかなフレーバーティーだ。これなら薬が盛られているかどうかは香りでわかるだろう。今回は
「大変美味しいお茶ですね。しかも爽やかで香り高い。茶会の紅茶は、いつも聖女様が選ばれるので?」
「お気に召しまして?茶会の紅茶は、いつも夫人と一緒に選びますのよ。夫人は紅茶にも大変お詳しくていらっしゃるの。シモンズ様、前回の紅茶は大変スパイシーでしたでしょう?あれは、あの茶会のために夫人が用意してくださったのよ」
紅茶は淑女の嗜みであり、力を誇示する部分である。淑女は紅茶それぞれの香り、味わい、産地、茶園などを熟知しており、茶会ではその茶会の趣向や菓子や食べ物に合わせて茶を振る舞う。その茶会の完成度の高さが、それぞれの家門と本人の力の見せ所だと言われているのだ。
「そうでしたか。さすがに、聖女様のお話相手をお勤めでいらっしゃるわけですね」
(ということは、この夫人が薬を盛った可能性もあるわけか?で、今回も何食わぬ顔で出席してるとすれば相当だけど)
「まあ!聖女様は大変謙虚でいらっしゃいますわ!聖女様はご謙遜されてあのようにおっしゃっていますけれど、聖女様は何事にも造詣が深くていらっしゃいますのよ!茶会やパーティなどの趣向についても、聖女様のご希望を第一にお伺いして、わたくしはただお手伝いさせていただいているだけですわ」
(…どちらも知らないのか、どちらも相当なクセモノなのか……うん、俺には全くわからないな…)
ダリルは貴族とは名ばかりの田舎の男爵家の人間だ。陰謀と謀略の渦巻く貴族社会とは無縁と言っても良い朗らかな環境で育った。さらにこの数年は研究馬鹿しかいない治癒薬院で研究と製薬三昧の日々である。
(とりあえず、今日はシモンズの平穏を守る方に全力を尽くすだけだな)
ダリルは改めてそう心中でつぶやいた。
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