第40話 再びの調査隊
「兄上、今なんと?」
王都のスタイン家の屋敷で、アーロンは帰宅したばかりの兄の言葉を思わず聞き返した。
「アーロン、驚くのも無理はない。今朝の会議で報告したばかりだからな。お前たちが帰宅した後のことだよ。瘴気の数値が下がったと、各地からの報告が相次いだのだ。」
報告会議の後、ローべの街の再調査隊に組み入れられたアーロン他数名の特務室員は、明日からの出発準備のためにと、今日は定時より少し早くに帰宅させられていたのだ。どうやらその後、各地からの報告が入ったらしい。
思いがけない兄エリックの言葉に驚きを隠せないアーロンだ。
アーロンは調査隊で北部を巡り、自分自身の目で各地の状況や瘴気濃度を測定し、肌で感じてきた。その後の各地の状況にも逐一注視を続けて来たのだ。現在の猶予のない状況から一転、瘴気の数値が下がったと聞けばホッとする反面、驚いてしまうのも無理はない。
「…いったい何があったのでしょう?」
エリックはゆっくり首を振る。
「残念だが、それはまだわからない。数値が下がったこと以外は、何もわかっていないんだ」
「兄上、明日からのローべの調査は…」
「ああ、調査にはもちろん行ってもらうよ。ただ、予定が多少変更された。出発は明日ではなく、2日後になる…多少の猶予はできたとはいえ緊急性には変わりはないんだが…現在、治癒薬院で各地へ送るためのポーションを急ピッチで製作している。そこで、出来上がったポーションを北部のゼーウィン州まで運んで欲しい。できれば街の様子や人々の様子を見て、実際にポーションを飲んだ人たちの様子も見てきてもらいたい」
「なるほど。わかりました」
前回の調査でアーロンが向かった北部地域だ。
「ゼーウィンのどちらまででしょう?州都のヴァルスで良いのでしょうか?」
「ああ、州都でポーションを渡したら、そこから北部と東部の地域に分配されることになっている。そこからお前たちはフィラットまで行って、そこから船でローベまで移動するのがいいだろう」
なるほど。フィラットにはシエラ運河の支流がある。支流から船で移動して、シエラ運河まで出ればローベまでの定期便も出ている。それらを利用してローベ入りするということだ。
王都から馬車でゼーウィン州までは5日、フィラットまではさらに1日。フィラットから支流を移動するのもおそらく1日で、約1週間程でローベへ到着する、という日程になるだろう。
「そもそも、瘴気の原因もわかっていないままだろう?瘴気の数値が下がったとはいえ、いつまた上がるかわからない。できるだけ調査は急いだ方がいいと思うのだが…各部署との兼ね合いもあり、今回は仕方ないのだ。
各地からの報告には、ローべで光の柱や辺り一面が白く光ったなどと言う報告や問い合わせも相次いでいる。そしてそれが原因かどうかはわからないが、聖石の曇りまでなくなったらしい。そのため、多少の猶予ができたと考えているようだ」
聖石の曇りが消えたと聞き、アーロンは胸をなでおろす。
「それは、喜ばしいことですが…光の柱、ですか?」
「ああ、光の柱だよ。天まで届くほどの光の柱が、恐らくローベから立ったらしい。お前が報告にあげていた話の通りだね」
その話は、まさしくワーグナー小隊長から聞いた話の通りなのではないか、とアーロンは驚きに目を見開いたまま兄の顔を見た。
あの時のワーグナー小隊長の言葉は忘れはしない。
『その中の話の1つに聖なる山と呼ばれる山の話がありました。聖石と同じような尊い信仰の対象があるそうで、その山には遠い昔、頻繁に光の柱が立っていたそうです。かつては聖女が就任すると1度は必ず訪れる山だったそうですね。聖女が祈りを捧げると、天に向かって光の柱が立つと言い伝えられていたと聞きました』
「兄上、ローベの山が本当にその聖女の訪れる山だったとしたら、今日の光の柱というのは、聖女様がお祈りになったということですか?」
「いや、聖女はずっと王都におられる。今日もその時間はどこかの高位貴族の屋敷の茶会へ出席していたらしい。そもそも、当代の聖女は華やかなことが大変お好きだと聞いている。山へなど行かぬだろう」
珍しく嫌悪感を顕に話すエリックの様子に、この兄が、ここまでの態度をとるということは、
「そうなのですね…」
「いずれにしても、ローベは何かしらの鍵になるには違いない。調査当初から瘴気が観測されなかった上、光の柱の目撃情報だ。お前が聞いたという伝説の話もある。光の柱が立ったという山は、間違いなくローベの山だろう。
その山が、お前が報告した通り“聖石と同じような尊い信仰の対象”がある山で、さらに、今日目撃された光の柱が“聖女の祈り”によって立ったとすれば…奇跡の力を持つ存在がいるかもしれない、ということになる。……もしそうであれば……」
一旦切った兄の言葉をアーロンが繋いだ。
「そうであれば、瘴気の問題は解決できるかもしれない、ということですね!兄上!」
「ああ。頼んだぞ、アーロン」
「はい。兄上、お任せください!」
兄に頼むと言われたら、アーロンは何をおいても全力で取り組むだけなのである。
「瘴気は落ち着いているし、今回も騎士団が同行するとはいえ、くれぐれも気をつけるんだよ。無理をしたり、危ないことはしないようにね」
そして、やっぱりちょっぴり過保護なエリックなのである。
そして二日後、調査隊の出発である。調査隊のメンバーは特務室の同僚2名と騎士3名だ。
「今回も宜しくお願いします。ワーグナー小隊長」
「こちらこそ、宜しくお願いします。こんなに早く、また調査隊としてお会いするとは思いませんでしたね」
「ええ、しかも、小隊長がお話しされていた通りの“光の柱”が目撃され、それに関連した調査だなんて、不思議な気がします」
「私もですよ。まさか祖母から伝説として聞いていたことが実際に起こったかもしれないなんて、想像もしていませんでしたから」
騎士団からは再び、第十騎士団の第五小隊のワーグナー小隊長とその部下2名が騎馬で同行することになった。
今回はポーションの輸送もあるため、文官は馬車2台に分乗する。
まずは治癒薬院でポーションのピックアップだ。受付を訪れると、薬師なのだろうか数名が箱に入れたポーションを運んできた。
「おはようございます。政務官のアーロン・スタインです。ポーションの受け取りに参りました」
「お疲れ様です。癒薬師のシモンズです。宜しくお願いします」
(っ!…美形!)
こちらを振り返ったシモンズと名乗った癒薬師の顔を見てアーロンはひどく驚いた。
王城には高位の貴族も多いため、比較的整った顔立ちの者たちが揃っているが、目の前の癒薬師という男性は一度見たら忘れられないほど人間離れした顔立ちだ。
(傾国の美女とはよく言うけれど、確かに、こういう顔なら国も滅ぼせるのかもしれない…)
ついそんなことを考えていたがアーロンだったが、シモンズはいつものことなのか全く気にも留めていないようでポーションの説明を始めた。アーロンも慌てて話を聞く。
「今回、ポーションは2種類あります。こちらの赤い札が付いている方が回復用のポーションです。こちらも緑の札のものが排出用のポーションです。治療院の薬師たちは使い方がわかっていますのでお渡しいただくだけで問題はありません。
ただ、もし道中何事かあってご使用になることがあれば、先にお飲みいただくのは排出用です。その名の通り、体内の不要な良くないものを体外に排出させる働きがありますので。その後、体調によって回復用のポーションを飲むようにしてください」
「わかりました。ありがとうございます」
「ポーションの瓶は割れないものを使っていますので、馬車での移動でも問題はありません。それに、余程の衝撃でもない限りは割れないはずです」
「なるほど。わかりました」
ポーションを運んできてくれた薬師や騎士団の面々のおかげであっという間に詰め込みも完了である。
「それではお届けしてきます」
「よろしくお願いします。どうぞお気をつけて」
こうして、アーロンの二度目となる調査の旅が始まった。
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