第30話 薬草と魔法
異世界パワースポット、もとい、“薬草の聖地”と呼ばれるテルティア山をたっぷりと堪能して自宅へ戻るマリーは、道中、街の彼方此方がざわめいているのに気づいた。
石畳の道をたくさんの馬車が行き交い、貴族と思しき立派な馬車もいつになく多い。文官らしき人や、騎士や傭兵の姿まである。
(あれ?今日何かあるのかな?)
眺めていると、どこかへ向かうのだろう、普段は身体を動かすことも少ないだろう、ひょろりとした文官らしき青年が上着を翻して走りはじめた。
前世の平凡なOLだったマリーも、思い返せば上司からの無茶振りに対応するため、言いたいことは胸の内に収めて社内の各部署を駆けずり回ったこともあったものだ。
「大人って大変だよね。皆さま、お疲れ様です!」
いたわりの気持ちを込めて、小さく呟くマリー。
がしかし、まさか、自分が光の柱を立ち上げたことが原因だとは1ミクロンも思わないのがマリーなのである。
自宅へ戻ったマリーは、さっそく採取してきた薬草を用途に応じて処理することにした。
が、その前に一休みだ。ダイニングの椅子によいしょと腰掛ける。
「ふぅ。初めての一人お出かけはなかなか充実した1日だったなー。ハーブもたくさん収穫できたし。そうだ、さっそく…!」
キッチンでお湯を沸かし、マジックバックからハーブを取り出す。
「ほ…本当に時間停止してる…!ハーブがまだ新鮮でピンピンしてるよ!」
時間停止機能付きとは知ってはいても、こうやって実際に摘んできたハーブがまだシャッキリとみずみずしさを保っているのを見て、感激してしまうマリーだった。
「マジックバック、ばんざい!!シモンズさん、神様、ありがとう〜〜!!それにしても、マジックバックってすごいよね。これ、どこで買えるんだろう?そんなに大容量じゃないくていいから気軽に買えたら便利なのに」
今度シモンズさんが来た時に尋ねてみることにする。
「びっくりするくらい高かったら恐怖だけど、聞くのはタダだもんね!よし、それじゃあハーブを適当に切って、ティーポットに入れて、お湯を注いで、と」
ガラスの透明なティーポットの中に見えるグリーンのレモングラスが良い感じだ。
「でーきた!レモングラスのフレッシュハーブティー。ん〜〜〜いい香り〜!いっただっきまぁーす!」
切ってお湯を注ぐだけ、の超簡単ハーブティーの出来上がりだ。
「んぁぁーーーー、しみるぅーーーー」
12歳にしてはちょっぴり反応が渋めである。
前世は大人だったとはいえ、ハーブティーの感想としてもいかがなものだろう。これは感性の問題かもしれない。
「あ、ちょっとミントも加えてみて…と。…うん、これもまた爽やかな感じで美味しいよ!やっぱり生は香りがいい!これはやっぱり食堂のメニューに追加じゃない?カモミールティーもガラスのティーポットで入れたら女性のお客様にも喜ばれそうだし!」
マリーはむふふふと、ニンマリとほくそ笑んだ。
「ラベンダーは早速ポプリにするでしょ?お料理に使えるハーブ類はひとまず食堂だよね。トーマスさんたち、薬草使ったことあるかな?後で少し厨房に持って行って、どれを使うか相談しよう。作ってもらいたいものもあるし!うふふふ、楽しみだな〜〜!」
とりあえず、少しずつ選り分けて虫がいないか確認して、口に入れる可能性のあるものは軽く水で洗って水分を取る。それを、少量ずつ束ねて紐で縛り、重ならないように吊るしておくことにした。ハーブは生でも、乾燥させても使えるから、後で食堂へ持って行くのだ。
「あ、今のうちに挿し木にしとこうかな」
アパルトマンのような自宅は、表側は小さな通りに面しているが、裏には広めの庭があるのだ。今こそ、その出番だろう。
マリーはマジックバックを手に、いそいそと庭へ移動した。
「ローズマリーとタイムとセージにオレガノでしょう?おっと、忘れちゃいけない、バジルもね!」
マジックバックからそれぞれのハーブを取り出しながら、日当たりを考えて、植える場所を決めていく。
「外せないのはバジルソースだよね!料理教室で作ったバジルソースなら私も作れるし、ソースを作ってパスタだよ!」
フードプロセッサーがあるかわからないけど、バジルは微塵切りでもいい。オリーブオイルに塩とチーズを削り入れ、マリーはニンニクをしっかり多めにすりおろして加えるのが好きなのだ。
ひゃっほー!と、夢と、ちょっぴり鼻の穴まで膨らませ気味なマリーを許して欲しい。
前世で大好きだったバジルソースのパスタをまもなく食べられるかもしれないと、興奮ぎみなのだ。
ちなみに、この世界にはロングパスタはないけれど、ショートパスタは色々ある。マリーが好きなパスタは、少女らしく、リボンのように可愛らしい形のパスタである。
「あれ…でもこんなに硬そうな地面に、ハーブを植えて大丈夫かな?土が固まってカチカチだし、栄養分はゼロっぽい…」
自慢ではないが、前世のマリーは一人暮らしの部屋で観葉植物も枯らしたし、ベランダ菜園も早々に枯らした経験がある。が、しかし前世の母はガーデニングや菜園は大変得意で、いつも実家の庭は草花や菜園で賑やかだった。
そのため、マリーも知識だけはあるのである。実践に生かせなかっただけで。
「せっかくの異世界なんだから、こういう時に魔法で耕せたら便利なのになぁ。今なら、“ハーブを育てるのにぴったりの土になれ!”とかで、」
すると、その瞬間、地面がうっすらと白く光り、ぽこぽこと土が動いたかと思うと、見るからに柔らかそうな、植物が育ちやすそうな土に変わったではないか。
「ほえ?」
マリーは、しばし固まった。
「ええええ? い、今、土が耕されたかも?!はっ、もしかして、異世界パワスポパワー?!」
正しくは、聖地であるテルティア山でマリーの聖女としての力の一部が開放されたからである。
しかし、実はマリーの身体には、もともと聖なる力がじわじわ周りに溢れ出てしまうくらい巡っていたため、マリーはその違いに気付けないのだ。
じわじわ溢れ出ていたマリーの聖なる力はやどり木亭の隅々にまで行き渡っているため、宿は浄化されているし、部屋は安眠へ誘うし、料理にも癒しの効果が出てしまうのである。
さらに、だいぶ規格外となるマリーは、動物や植物、大地であっても同様に癒すことができるのである。
しかしながら、残念なことに、今それをマリーに伝えられる人は誰もいない。
「よーし。じゃあ、『水よ、いでよ!』」
…………
「あれ?何も出ない。ええと、じゃあ、『炎をいでよ!』」
…………
「…ダメだな…じゃあ、『風よ吹け!』」
…………
とりあえず、思いつくものは試してみるが、出ない。
「んー、呪文っぽくないのがダメなのかな…よし、それならこっちにも考えが…」
異世界転生ものや悪役令嬢ものラノベには前世で縁がなかったマリーだったが、全世界的なヒットになり約10年をかけて出版された、額に傷跡をもつ某魔法使いの少年が活躍する小説はしっかり読んでいた。映画版だって全部見たのである。
マリーは小枝を拾い、キョロキョロと周りを見渡して人がいないのを確認するとおもむろに小枝を右手で胸の前に掲げた。簡易の魔法の杖だ。
「エ…『エクストラパトラーナム!』…いや、あれ?違うかな、『エクストラパトローナム!』…違うみたい…『エクス…』…いや、そういえばこの魔法はとっても難しいやつだったね…なんか簡単なやつ…」
うむむ…としばし考えて閃く。
「そうだ!簡単な呪文のアレ!ふふふ、実は前世でも試したことがあったんだよね。もちろん使えなかったけど、こんな時に役に立つとは!…コホン、『アクシ○!(来い!)』…あれ…ダメだな。………うん。ま、いいや!とりあえず、植えよう」
相変わらず、切り替えの早さは一流だ。
まずは、お料理に使えそうなハーブを15センチくらいの大きさに切って植えていく。ラベンダーはサシェにもするので、特にスペースを広めにする。続いてレモングラスやミント、カモミールなどのハーブティーなどに使えそうなものを広めに間隔を開けて植えた。
「ひとまずこれくらいでいいかな。それにしても、魔法でお水も出せたら水やりに便利だったんだけどな。土は耕せたのに………。む?意外と“ハーブがよく育つお水をあげて!”とかでよかったりして!」
その瞬間、今植えたばかりのハーブ一帯に、柔らかい霧雨のシャワーのような水がかかった。
「で、出た………!やった!もう一回!“ハーブが早く大きくなるようにお水をあげて!”…あ、これでも出た!!…ははーん、なるほどね、わかった気がする。ハーブに特化すればいいんだね!」
マリーは、「よーし!」と腕まくりをして、さらに続ける。
「じゃあ、“ハーブの薬効が上がるようなお水をあげて!”……ふふ、出た出た!じゃあ次は、“ハーブが早く大きくなるお水をあげて!”……あれ?出ない。えっと、じゃあ、“ハーブの薬効がたくさん出るようなお水をあげて!”…出ないな。…はっ!も、もしかして、オート機能…?」
見れば、地面はすでに十分水分で満たされている。
「もしかして、もうお水は十分だから出なかったのかな…オート機能までなんて、凄すぎるよ…めちゃくちゃ便利!これって普通じゃないよね。やっぱり、“薬草の聖地”で採ったハーブに付いてる特典みたいなものなんだ。だからシモンズさんはいつも採取に来るんだね!」
腕を組んで「すごいなあ」と、何度も大きくうなづくマリーである。
「もう驚かないって思ったけど、やっぱり、異世界パワースポットってすごい!!」
違う。異世界だからでも、パワースポットだからでも、ハーブの特典でもなくて、マリーの聖なる力が原因なのだが…。
残念ながら、マリーの思い違いを正せる人は、やはりここにはいないのであった。
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