第29話 調査の報告会議

 フランネル王国は大国であるアルスター王国とエネループ王国と隣接している。


 視察の申し入れがあったエネループ王国は、古くからの友好国であるアルスター王国と違い、以前は対立関係にあった国だ。侵略のための争いが繰り返されていた時代もあるため、どうしても緊張が生まれてしまうのである。


 ローレンスがぐっとこちらに身体を寄せて、小声で話す。


「あちらは腹の中で何を考えているのかよくわからないからな。今回だって、今うちは他国を受け入れられるような状態じゃないからと何度も打診を断ったのに『友好関係を深めるため』なんて理由でゴリ押しされたって話だ。15年前に交易が自由化した際に一度訪問があったきりだっていうのに突然どうしたって話だろ?」


「そうだな」


「まあ、ゴリ押しが通された理由の一つは、今回の視察団に王族が含まれているのが大きいらしい」


「王族が?」


「ああ、来るとしたら第二王子か第三王子だろうと言われているが、まだ詳しくはわかってない。そのうち、君の課にも話が行くと思うぞ」


「ありがとう。心づもりしておくよ」



 ただでさえ、外国からの訪問や視察の受け入れには気を使う。それが、少し前まで敵対していた国となれば尚更だ。


(おまけに瘴気騒ぎだ。いつも以上に体制をしっかり整えておかないいといけないな)


 しばらくは落ち着かない日々が続きそうだと、アーロンは気合を入れ直して食堂を後にした。



 ※※※



 調査報告書はアーロンたち特務室のメンバー総出で仕上げ、いよいよ今日は報告会議が行われる。


 国王や宰相、騎士団総長、王宮魔術研究所所長、魔術部長、大司教などそうそうたる顔ぶれが揃い、王城の会議室には緊張感が漂う。


「各地の調査隊からの報告事項、その後、各地から送られてきた瘴気データについてご報告します」


 各地から収集された情報を元に、報告を行うのは特務室長であるエリック・スタインだ。


「ご承知の通り瘴気との関連性はまだ明確にはなっていませんが、主に東部と北部地域で魔物の増加や凶暴化が多数報告されています。具体的な魔物の種類や出現した数はそちらの分布図に記載してある通りです」


 地図状に示された魔物の発生地域は、東部から北部の国境沿いの山や森に集中していることがわかる。討伐された魔物の種類を見るに、まだ比較的討伐ランクが低いものばかりというのが救いだろう。


「特徴的なことは、目の色に変化が見られることです。討伐した冒険者らの情報から、魔物は目の色が通常とは異なり、赤色をしていたと報告されています。そのため、各地では変異種の可能性もあると討伐隊へ注意を呼びかけています。

 それから、討伐した魔物から取れた魔石を調査員が持ち帰りましたので、現在魔術研究所へ分析を依頼しています」


 アーロンが送った魔石だ。


「申し訳ないが、魔石はまた分析中だ。見た目は普通の魔石と変わりはないのだが…気にかかることがある。最後に戻った調査員からも魔石の提出があったため、合わせて分析を進めているところだ」


 王宮魔術研究所所長のテオドール・クライストが続けた。


「なるほど…」


 議長を務めるのは宰相のウィルフリード・サントスだ。


「スタイン特務室長、ご報告をありがとうございます。騎士団総長、東部と北部地域で魔物の増加や凶暴化については騎士団にも報告は上がっていると思いますが」


「ああ、今のところは、まだ各地の冒険者や傭兵で対応できていると聞いている。これ以上の凶暴化や大量発生になれば騎士団に出動要請が来ることになっている」


「わかりました」



「続いて、心配されている農作物の生育状況についてです。こちらは地域ごとに異なりますが、やはり、多くの地域で収穫量が大きく落ち込むと予想されています。一部の地域は、例年並みか、若干少ないかと言う報告です。これについては、収穫量はもとより、作物の品質への瘴気の影響についてが懸念されます」


 エリックの報告に皆一様に深刻な表情だ。


「おっしゃる通りですね…瘴気濃度の高い地域で採れた作物を食べて全く影響が出ないとは言い切れないでしょう」


「それから憂慮すべきは、各地の最新の瘴気データです。こちらの地図をご覧ください」


 資料には地図上にわかりやすく色付けがされてある。


「まず地図の色ですが、濃度数値が1〜2までの地域は水色、3〜5までを青、6〜8を緑、9以上は赤としています。

 こちらの地図は調査開始時期のもの、こちらの地図は現在の数値です。全体的に濃度数値が上がっていることがお分かりになると思います」


「…ここまでか…」


 調査開始時期の地図にはほとんど色がついていない、もしくはあっても水色だったのに比べて、現在の地図はほぼ、青と緑に埋まっている。すでに濃度が3以上、高いところは8を示すまでになっているということだ。

 視覚から入る情報は印象も強い。嫌でもわかりやすく伝えられる事実に、その場は静まり返った。


「幸い、まだ最悪の状態ではありませんが、大変深刻な状況であることには変わりありません。数値が高くなった地域からは、不安を訴える声も出始めていますし、ついに、緑の一部の地域からは体調不良を訴える住民も出始めたと報告がありました。これらの地域へは、何らかの対応が必要だと思われます」


「古い書物を調べたところ、瘴気は体にとって有害な毒に等しいとの記載がありました。緑の地域だけでなく、現在青の3〜5の地域でも、その環境が長く続けば毒は体に蓄積されると考えていた方が良いかもしれません」


 魔術部長のエリオット・アルザインの言葉に、それまで黙っていたルシャール国王が口を開いた。


「なるほど。毒と等しいと考える、ということなら、治癒薬院へ依頼して、解毒薬や体調を整えるポーションなどをその地域に送るように手配してみよう。我らに今できることは他にはそうない。しかし、何もしないでいるよりはいいだろう。ウィルフリード、予算は国庫からだ。至急打診してくれ」


「承知しました」



「ただ、まだ救いはあるかもしれません」


 エリックは全員をゆっくり見ながら続ける。


「瘴気の分布図でわかるように、数値がとても低い地域があることも注目すべき点です。この西部地域です。西部地域はほとんどが水色、瘴気濃度が2以下です。そしてここだけ、」


 エリックが、その地図の中で唯一色の付いていない地域を指し示す。色がないのは瘴気濃度が“0”ということだ。


「ここだけ、西部の“ローべ”だけは、当初から現在までずっと数値が“0”のままなのです。そして、他の分布図と重ねてみると、農作物の被害が少ない地域、魔物の被害が少ない地域には、ローべに流れるシエラ運河の支流が流れていることがわかります。これは無関係ではない可能性があります」


 その言葉を聞いたセーデ大司教がハッと息を飲んだ。


「ローべか…確か…古い時代に新しい聖女が就任すると必ず訪れていた山が、確か、ローべにあります。その山は少し特殊で、誰もが訪れることのできない山なのです。200年ほど前の聖女から、訪れてもたどり着けなくなり、それ以降現在まで誰も行っていないはずですが。もしかすると何か関連しているかもしれません」


「ああ、その山のことは報告書にも記載がありますね。セーデ大司教がおっしゃったように選ばれた者のみが入れる山のようです」


「何れにしても、ローべに再度調査隊を派遣しよう。スタイン、特務室から派遣できるか?」


「は。陛下、承知いたしました」


 瘴気問題が発生して、初めて見えた一縷の光に、一同の期待が集まる。

 こうして、調査隊が、マリーの住むローベに再派遣されることが決まったのである。

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