第28話 王城の特務室
王城の文官が集まる執務棟。
聖女の茶会の少し前まで遡る。
フランネル王国各地に調査に出かけていた調査隊は、約一ヶ月をかけて、ようやく全ての調査員が王城に戻ったところだった。
政務官のアーロン・スタインは今から1週間前に王都へ戻った。今は一時的に、所属する課からの特務室勤務に任じられている。調査隊が持ち帰った情報をとりまとめるために設置された臨時の部署だ。
特務室では、調査隊が各地から送ってきていた情報と実際に戻った調査員から出された追加報告、そして、調査隊が各地に預けてきた測定器の値について送られてくる情報を集約、分析する。
報告書の集約などには、出発直後から特務室が編成されて業務に当たっていたが、各地域に調査に向かった調査委員の中からも数名が追加で召集された。実際に現地へ行き、生で見聞きしてきた調査員の感覚も必要だと判断されたからだ。
ちなみに、特務室の室長はアーロンの兄エリックだ。アーロンと同じ紺色の髪に青い瞳で、アーロンより少し精悍な顔立ちのエリックも登用試験の実力組だが、過去最高得点を打ち出しての首席突破だったと当時話題になった。
実際に政務官になってからも様々に頭角を現し、将来の宰相候補として密かに噂されるほどだ。下位貴族である男爵家としては異例のことである。
兄と同じ政務官となったアーロンにとっては、憧れの、しかも尊敬する兄の様々な活躍にそれらの気持ちは増す一方で、一緒に働くことができることを密かに喜んでいた。
カラーンカラーンカラーン
正午を告げる教会の鐘の音が鳴る。
「アーロン、もう昼だぞ。一息入れたらどうだ?」
不意の呼びかけに顔を上げると、先ほどまで会議で席を外していた兄が戻っていた。
「兄上!お戻りだったのですね」
「ああ、今戻ったところだよ。お前は、いつもよく頑張るね。でも根を詰めすぎるんじゃないよ」
「ありがとうございます。しかし、まもなく調査の報告会議ですから。兄上こそ、あまりお休みになっていないのでは?」
「私は調査には出ていないから旅の疲れもない。お前は旅の疲れも出る頃だろう。労わりなさい」
「はい!ありがとうございます」
特務室は10名ほどの人員が組まれているが、他のメンバーは皆席を外しているらしい。
いつもは個人的な会話を控えている二人も、久しぶりに兄弟の会話だ。兄弟だけになると、兄の前ではどうしても少年の頃のような気持ちが出てしまうアーロンだった。
「ちょうど昼時だ、今のうちに食事に行ってきたらどうだ?」
「兄上は?」
「私はこの後すぐに来客があるのでね。終わってからにするよ」
「そうですか。では行ってまいります」
一瞬シュンとなってしまったアーロンだったが、頭にポンと手を置かれてたちまち機嫌が直る。
兄への憧れと尊敬を一層深めるアーロンに対して、エリックはエリックで、7歳年下の弟は随分と立派に育ったと誇らしく思う一方で、いつまでも小さくて可愛らしい幼い頃の感覚が抜けず、つい、子どもの頃と同じように接してしまうのだった。
兄弟揃ってブラコン気味かもしれない。
アーロンが調査に出ていたのは20日間ほどだった。戻ってからの1週間はひたすら特務室に詰めていたこともあり、昼時に忘れずに食堂に来るのは久しぶりだった。
王城の食堂は、魚料理、肉料理などのメイン料理が異なる4つの定食から選ぶスタイルだ。アーロンは白身魚のソテーを選び、席に移動する途中で、見覚えのある栗色の頭を見つけた。
アーロンと同じ年に政務官に首席合格した同期で、会計課のローレンスだ。伯爵家という高位貴族の嫡男だが、優秀な上に誰とでも気安く、気さくに接するので評判がいい。
一度尋ねたところ『だってその方が情報も入りやすいだろ』と爽やかに答えていた。普段にこやかな割に意外と腹黒いのかもしれないとも思うが、それを素直に話す辺り、自分には気を許しているのかもしれないとアーロンは思っている。
それに、高位貴族になればなるほど、腹芸も腹の探り合いもつきものだ。
「ローレンス、久しぶりだね。ここ、いいかい?」
「やあ、もちろんさ。アーロン、随分と機嫌が良さそうだな。どうせ自慢の兄貴がらみだろ?…ああ、今特務室だっか」
「…そんなにわかりやすいかな…」
久しぶりの兄弟らしい会話に浮かれていたアーロンだったが、『兄貴がらみだろう?』の部分を否定しない辺り、やはりブラコン気味だろう。
「まあ、兄弟仲が良いのはいい事さ。兄弟で足の引っ張り合いをするなんて、貴族じゃざらだからな」
「君のところも仲はいいだろう?」
「うちの場合は、仲が良いんじゃなくて、姉上たちに逆らえないんだよ…逆らったら後が大変なんだ…」
ローレンスには二人姉がいると聞いている。一人は嫁ぎ、一人は王城で侍女をしているらしく、度々呼び出されている姿をアーロンもよく見かけていた。何よりも優先しなくてはならないらしい。
「まあ、その話はいいだろ…ところで、君も調査に出てたんだろ?」
「ああ、1週間前に戻ったところだよ。北部までだったから」
「おつかれ。北部も大変だったろ?一昨日だったか、東部から最後の奴らが戻ったのは」
「そうらしいね」
会計課は王宮の全ての金の出入りを管理するため、王宮内のあらゆる情報が集まるといってもいい。そのため、ローレンスも調査隊の話を知っているのだ。そうは言っても彼の情報の量も早さもずば抜けているとアーロンは思っている。
「どうだった?」
「報告すべきことはあったよ。関連性までは明確ではないけど」
声を潜めて尋ねてくるローレンスに、具体的な表現は避けて最低限の答えだ。誰が聞いているかわからない場所だから、ローレンスもそれは承知しているだろう。
「そうか。今週(報告会議が)あるんだよな。…それはそうと、君は、経費は精算したのか?」
「そうだよ。…それが、経費はまだなんだ。バタバタしてて」
「君の課の奴ら、揃いも揃って事前申請しないで自分で立て替えてるんだろ?後回しにしてると忘れちまうぞ!ちゃんと経費の申請しろよ!」
「ああ、ありがとう」
処理しなくてはと思いつつ、つい自分のことを後回しにしてしまうアーロンは思わず苦笑する。
「ローレンス、君も忙しいんだろ?やっぱり調査隊関連かい?」
「まあ、それもあるけど、隣国からの視察が急に決まったらしいんだ。まだ少し期間はあるとはいえ、それに関連して、関係各所がバタバタ準備を始めたもんだから修繕やら購入やらで申請が目白押しだよ」
軽く肩をすくめながらローレンスが続ける。
「そういえば、エネループ王国だっけ。それはみんな過敏になりそうだね」
フランネル王国が国境を接する国はアルスター王国とエネループ王国だ。
大国であるアルスター王国は古くから友好関係が続いている国だ。王族間でも過去に婚姻関係も成立しており、現在も王太子妃はアルスター王国の第2王女である。
一方の、エネループ王国との国交が樹立したのは、まだ20年ほど前のこと。独特な文化を持ち、魔法研究が盛んな国で、この国の“聖女”についても、大変な関心を持っていると聞いている。
15年前ほど前にアルスター王国とエネループ王国を含む7カ国の交易が自由化されたことで、交流が活発に行われるようになった。
しかし、友好国とはいえエネループ王国とは古くは対立関係にあった。侵略のための争いが繰り返されていた時代もあるため、まだ緊張が残っているのだ。
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