第27話 かすかな兆し

(あーー…、今日は聖女の茶会だったか)


シモンズが机の上に突っ伏しているというあまりにも珍しい光景に、今日の茶会で何かあったかとダリルは声をかけた。


「よう、相棒。お疲れだな」


そう声をかけたダリルは、手近にあった椅子の背もたれに向かって跨るように座ると、そのままガタガタと移動させてシモンズに近寄った。


「ああ…」


「今日は例の茶会だろ?どうだった?聖女様のご機嫌は」


「薬を、盛られて、」


シモンズがそのままの体制でぼそりと答える。


「ん?」


「薬を盛られたんだ。たぶん、嵌められた…と思う」


「は??!!」


思い掛けない返事に、ダリルは唖然としてしまう。


「事前の解毒剤を飲んでいたから害はなかったんだけど…解毒の副作用を抑えている時に善意からか悪意からか騒ぎ立てられて、どさくさに紛れて収穫祭の男神役を承諾したことにさせられたよ」


「はああっ??!!…お、おま、お前、体調は大丈夫なのかよ!」


「ああ、それは問題ない。でも、解毒薬を飲んでなかったらまずかった。胸の締め付けに加えて、呼吸がかなり乱れたから、結構強めの媚薬だったはずだ」


普通の毒とは異なる媚薬は嗅覚や精神にも作用するため、薬だけで作用を解くことは難しく、その反動でどうしても呼吸が乱れてしまう。治癒魔術も聞かない。しかし、新鮮な空気を取り入れることで体に害がある成分を早く体外に排出させるという効果もあるため、どうしても呼吸に影響が出てしまうのだ。


「媚薬って…っ。ったく、聖女は一体なんなんだよっっ」


ダリルは激しい憤りを感じ、気持ちのままに大声を上げてしまった。

それにしてもひどい話だ。これが、「聖女」の名を持つもののすることだとは。


「聖女が仕組んだことなのか、周りが仕組んだことかはわからない。聖女やその周りは、あまり良くない状態なんだろう。担当の文官もかなり疲れた様子だったよ。大方、上手く回ってないんだろうな」


むくりと顔を起こしたシモンズが吐き捨てるように言った。


「それは…またなんとも厄介だな。まあ、慰問はやらない。おまけに噂になるほど好き放題やってるってなれば、ある程度想像できることか…院長には?」


「まだ。ちょっと休んでたんだ。まぁ、初めてのことでもないし」


「そっか…大変だったな…」


(そうだ…こいつはこの顔と生まれのせいで、子供の頃から危うい目に遭ってたんだったな…)


せっかく最近顔色がよかったのに、すっかり色を失った友の顔を複雑な気持ちで眺めていると、ノックと共に声が掛かる。院長だ。


「シモンズ、今いいかな?」


「院長、後で伺おうと」


シモンズとダリルが立ち上がりかけると、院長が手を上げて止める。


「ああ、いいんだ、そのままにしてくれ。今日は茶会だっただろう?気になっていたんだが…実はつい今しがた、王城と聖女それぞれの遣いが来たよ。王城からは私宛だ。君が収穫祭の男神役を君が了承したから、便宜を図るようにという依頼。聖女からは君宛だ」


「…そうですか。わざわざ申し訳ありません」


「その様子と王城からの知らせを聞く限り、無事ではなかったようだね」


「ええ、誰からかは特定できませんが、盛られました。胸の締め付けと呼吸に来ました。そのどさくさに紛れて、承諾したことにさせられました」


院長へ事実を端的に伝える。特徴的な症状も伝えれば、伝わるだろう。


「そうだったのか…」


「恐らく、落とし所はどこでもよかったんだと思います。どこを最善と考えていたかはわかりませんが、治癒薬師である私が、まさか何も対策をしてないなど考えないでしょう。

ですから、私が茶会に行くことだけでも最低限はクリアだったのだと思います。それに加えて、薬を使って既成事実を作ることでも、薬の影響で私に何か失態をおかさせることで実家公爵家に疵をつけることでも、私に収穫祭の男神役を受けさせることでも。最終的な落とし所は、きっとどこでもよかったのではないでしょうか。証拠はどこにもないのに、まさか聖女を糾弾することもできませんし」


「また厄介なことを…」


「こんなことをされたとお前の実家が知ったら、それはそれでヤバいんじゃないのか?」


「ああ、そうだよ。それは私が話をします。でも目的が本当に私なのか、他に何かあるのかがはっきりするまでは、やはりこちらは騒ぎ立てない方が良いように思うのです」


「なるほどな…」


「今のところ、そうするのが一番良さそうだね。ただ、今後は収穫祭にかこつけて、君との接触を増やすだろう。十分に気をつけてほしい」


「あ、…はい…」


シモンズは再び思い出したかのように頭を抱えたのだった。




***




「シモンズ様、お身体、大丈夫かしら。やっとお会いできたのに、もう少しご一緒したかったわ」


「ご本人も疲れがたまっていたのだとおっしゃっていましたから、大丈夫でしょう。それに、シモンズ卿は治癒薬師でいらっしゃいますから。それにしても、よろしゅうございましたわ。収穫祭の祭事の男神役を、シモンズ様がお引き受けくださって」


「ええ!今年の収穫祭は楽しみだわ!そうだわ、男神役は殿下ではなく、シモンズ様になったとお伝えしておかなければいけないわね」


「担当政務官殿ですわね。ああ、それでしたら、わたくしがお伝えいたしましょう。聖女様のお手を煩わせるようなことではございませんわ。それよりも、聖女様はシモンズ様へご体調を気遣うお手紙をお書きになってはいかがでしょうか」


「まあ!そうね!収穫祭の男神役のお礼もお書きするわ!」


「それに今後は祭事に向けてのお打ち合わせなどでも、お目にかかる機会も増えますでしょう」


「ああ、そうよね!そこのあなた、手紙を書くわ。すぐに準備をなさい」


「ええ、ええ、そうですわ!そうなさいませ。それではわたくしは文官に知らせて参りますわね」


「頼むわね」


パタン…


ポメロー夫人は部屋を出て扉を閉める。


「ええ、ええ、本当に。素直でお可愛らしくて、素晴らしい聖女様ですこと」

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