第25話 休日の薬草採取2

 辻馬車の停留所から15分ほど歩き、マリーはついに、“薬草の聖地”と呼ばれるテルティア山の麓に到着した。


 山の少し手前には大きな門柱のようなものが二本離れて立っていて、それは、前世の神社の鳥居を思わせるものだった。

 マリーはなんとなく、鳥居をくぐる時と同じように一礼して、門柱の間を通り先へと進む。山裾の森に入ると、風の音か木々の葉擦れの音か、山全体がサワサワと大きく鳴った。

 山の空気は冷えた空気のようにピンと張っていて、マリーは前世で訪れていた神社やパワースポットを思い出す。


「さすが薬草の聖地だね。空気が澄んでる気がする。こういうところなら、確かに効き目の高い薬草が採れそう」


 うむ。と訳知り顔で頷きながら道を進むマリーである。


 テルティア山は山と呼ばれているけれど、標高は高くなく、小さな丘のような、とても大きな森のようにも見えるところだった。薬草採取の人が頻繁に訪れるのか道も歩きやすい。

 シモンズさんからは、テルティア山はちょっと特殊なので説明は難しいけれど、「採取できる群生地までは森の道に従って進めばわかる」と言われていたためためらいなく進んでいると、5分もしないうちに、突然目の前の道が開けた。


「わっっ……え?」


 すると、先ほどまで木々が生い茂っていた森が突然ぽっかりと開き、泉が現れたのである。


「す…すごい!!!」


 目の前に広がる泉は鏡のようで、青く広がる空と白くたなびく雲、そして泉の周りとその奥にそびえる山の緑が映っている。そして水面は風が吹くたびに揺れ、陽の光を受けてキラキラと輝いている。


「…なんてきれい…!」


 森に囲まれた泉の周りには、色とりどりの花々や様々な色合いの緑が揺れ、時折、風に乗ってハーブの良い香りまで漂ってくる。それはまるで「美しい景色を現実に作ったらこうなった」そう思えるほどの景色だった。


「…ここは紛れもなく“映えスポット”……じゃなくて、まさしく“聖地”!!ああ、泉のほとりがぐるりと群生地になってるんだ!」


 奥の方にはラベンダーだろうか、紫色の花が広がっているのが見える。手前で風に揺れる白い花はカモミールか。小さな小さな淡いピンク色の花がぎゅっと集まっている花はオレガノかもしれない。あたり一面に広がるハーブと思しき草花や木々が織りなす光景は“見事”の一言だ。

 前世なら一大観光地になり、スマートフォンを片手に観光客が殺到するだろう。インストクラムで大量いいねをゲットができる映えスポットとして有名になるに違いない。


「まさか、こんなに美しいところだなんて思ってもみなかった!もうこれは“薬草の聖地”どころじゃないよね!ここに来て、この景色を見るだけでも価値があるよ!!…なるほど、確かにこれは驚くよ…」


 シモンズさんは言っていた。


『あそこはちょっと不思議なところというか、誰でも行けるわけじゃないというか…。驚くこともあるかもしれないけど、行ってしまえばそれが普通だから。そうだな。ここから遠いわけじゃなくて近くにあるんだし、危険なところではないんだし…うん、一度行ってみるのが一番かもしれない。マリーちゃんなら大丈夫かもしれないし』


 パチンと片目をつぶり、「ふふっ」と美形な顔でマリーに微笑みながら。

 確かにその通りだった。


「それにしても素敵な場所すぎるでしょ!驚かせようとしたとしても黙っとくなんて、もしやシモンズさんは人を焦らしたりするのが好きなタイプなのかな?」


 あらぬ想像を膨らませるマリーである。


「でも、こんなに綺麗な所なのに、観光地になってるわけじゃないなんてもったいないなあ。この景色なら絶対、沢山人が来るのに」


 そう思ったものの、すぐに思い直す。


「…はっ!もしかして、治癒師や薬師限定の秘密のスポット?!」


 特に口止めはされなかったけれど、そういえばシモンズさんは言っていた。『誰でも行けるわけじゃない』と。もしかすると治癒薬や薬師の何か決まりごとみたいなものがあって、本当は外部の人に教えてはいけない場所だから、だからちょっと曖昧な説明だったのかもしれない。


「わあ…もしかして、シモンズさんに申し訳ないことしちゃったかな?でもきっと、これはお弁当のおかげだよね?みんなが頑張ってお弁当をたくさん用意してくれたおかげで、多分ここのことを教えてくれたんだよね。だってそうじゃなかったら、地元に住んでる自分たちが、こんなすごいところを知らないなんて不思議だもん」


 子どものマリーが「行きたい」とねだってしまったからダメだと言い切れなかったのかもしれないと思い至り、ちょっと反省する。確かにあの時は、“マジックバック”とか“ポーション”とか“魔力”とかのパワーワードにやられて、ちょっとテンションが上がりすぎていたから調子に乗ってしまった自覚が十分にあるマリーだった。


「ってことは、ここで薬草を摘んで帰っても、場所の話とかはあんまり話しちゃダメかもね。シモンズさんに迷惑がかかると悪いし。うん、大丈夫。シモンズさん以外の人とはここの話はしないよ!」


 無理に聞き出してしまったからには、秘密は守る。

 マリーはその辺の配慮は忘れない12歳なのだ。



「はああ〜〜〜〜、それにしても、気持ちがいいな〜〜〜〜〜!森林浴って久しぶり!」



 前世でのマリーは海よりも山派だった。休みの日には山や高原にドライブに出かけたり、山裾に広がる森を散策したりしてリフレッシュしていたものだ。木立の間を歩きながら陽の光に輝く緑を眺めたり、木漏れ日を浴びたり、草木が風に揺れる音や小鳥のさえずりを聞いたり、小川のせせらぎを聞いたりすれば、日々の疲れも吹き飛ぶようだった。

 久しぶりにそんなことを思い出しながら、思い切り背伸びをして深呼吸をするマリーの視界の端に、キラリと光る何かが映る


「あれ?今あの辺で何か光った?」


 光の元が気になって向かってみると、泉のほとりに、薬草に埋もれるようにキラリと輝く柱を見つけた。

 ラピスラズリのような鮮やかな色合いで、マリーの膝の高さくらいの三角柱の形をした柱のようなものだ。


「わ、なんだろう?石の柱?見た感じ、色はラピスラズリっぽいけど、でも透明感があるってちょっと不思議な感じ…あ、ラピスラズリ色の水晶でできた柱?…っていうか、なんかすごい…」


 不思議すぎてうまく表現できないけれど、しっかりとラピスラズリのような鮮やかな色合いなのに、全体に透明感があるような不思議な石の柱で、それ自体がキラキラしている。そして、それよりも何よりも、ものすごい存在感だ。石柱からオーラというか圧というか、何かがビシビシ出ているように感じる。


「もしや、御神体的な?!入り口の柱も鳥居っぽかったし!」


 さすが、神社とパワースポット好きだったマリーだ。普通の12歳からは出ない言葉である。


「ってことは、“薬草の聖地”って、実はパワースポット的な場所なのかな?この柱だって、明らかに普通じゃない感じだもんね。はっ!となればとりあえずお祈りでしょ!そうだよ!!」


 そこは前世から年季が入っているマリーである。マリーはそう言うと、いつものように流れるように柏手を打つと、目を閉じて祈る。

 神社とパワースポット好きだったマリーである。生まれ変わっても、本質はそう変わらないのだ。


「神様、私に素敵な第2の人生をありがとう!今日も生かしてくださってありがとうございます!私と、私に関わってくれているみんなが、笑顔で過ごせますように」


 その瞬間、パアッと目を瞑っていても感じるほどの眩しさを感じ、驚いて思わず目を開く。すると、マリーがいる辺り一帯がまばゆい白い光に包まれていたのだ。


「へ………………………………………へえ……………?」


 突然の光に驚き、しばし固まるマリーである。


「消えた…………?えっ?なになになになに?今の、なに〜〜〜〜??」


 復活した。


「えっと、なんだろう?光ったよね?え、いや、見間違い??いや、光ったよね?!」


 やっぱりちょっぴり混乱しているマリーである。


「……………あっっっっ!!!!“薬草の聖地”って、“聖地”って、ああっっ、そういうこと!!!!」


 再び復活したマリーが、ぽん!と手を打つ。


「そっか、ここは“聖地”だもん。いわゆる前世でいうパワースポット的なってことでいいよね?そうだよね?ってことは、ここは魔法もある「異世界」のパワースポットだもん、アリだよね?祈ったら光ったり、反応するとか、普通だよね!!……そういえば、シモンズさんも言ってたっけ………『不思議なところ』とか『驚くこともあるかもしれないけど、行ってしまえばそれが普通だから』って。確かにそうだったよ…。ああ、だから、ここの薬草の質がいいんだね!ポーションを作るのも、ここの薬草じゃないとダメだって言ってたし」


 なるほどなるほど、と大きく頷くマリーである。



 マリーは知らないことだが、実はここ“テルティア山”は、かつて“聖なる山”と呼ばれていた。今より200年ほど前までは、聖女たちが祈りを捧げに訪れていた、まさしく“聖地”なのである。

 本物の聖なる力を持つ聖女が現れなくなってしまってからは、次第にここを訪れる聖女はいなくなってしまった。

 今や信仰の厚い一部の民の中におとぎ話として語り継がれるか、聖女の知識が伝承されている治癒薬院残された“薬草の聖地”としての記述など、ごく一部でのみしか知られないことになってしまったのだった。



「はあ〜〜〜、もうびっくりしちゃったよ……。異世界ってすごいんだね」



 納得されてしまったが、そうだけど、そうじゃない。異世界だからではなくて、「実は聖女」であるマリーが祈ったからなのだけれど、マリーの思い違いを正せる人は、残念ながらここにはいないのである。



「よーーーーーし、そうとわかれば、薬草採取しちゃおう!」


 切り替えが早いのは、前世からのマリーの特技でもあった。

 “異世界パワースポット”の凄さに(※勘違い)驚きつつも、気を取り直したマリーは、さっそく薬草の採取を始めることにした。


「うわあ〜〜〜!本当にたくさん!!」


 マリーのハーブの知識はごく一般的なものだ。生活の中でメディアを通して目や耳から入ってきた情報だったり、料理やハーブティー、アロマなどで生活に取り入れていたもの程度だ。幸いここには、そんなマリーにも見覚えのある、ハーブを代表するようなものがたくさんあった。


「タイムとセージとローズマリーは料理にも使いやすそうだよね。カモミールとミントとラベンダーはハーブティーにしてもいいよね。あ!フレッシュハーブティーにしてカフェタイムに出してもいいかも!ラベンダーはポプリにしてサシェも作りたいし、乾燥しても使えるから、持ち帰れるだけ採らせてもらおう!ふふふふっ。なんてったって、今日のわたしはマジックバックという強力なファンタジーアイテムもあるんだし装備してるんだし!」


 マリーは不意に周囲に目をやるとおもむろにポーチに手をかける。


「コホン!“マジックバック〜〜〜〜〜”」


 某猫型ロボットの○次元ポケットよろしく、ポーチの中からすちゃっとマジックバッグを取り出すお茶目なマリーである。

 が、人に見られるのはちょっと恥ずかしいので、一応人目がないか確認したのだった。

 そこからのマリーは、ひたすらせっせと採取を続け、気づくと太陽が随分と高い位置まで昇っていた。


「うん、だいぶ採取できた!これくらいあれば十分じゃない?なくなったらまた来ればいいしね!」

「そうだ!宿の庭に植えてもいいよね!挿し木で増やせるものも確かあったはずだし。帰ったら試してみよう!」

「よーーーーし、そうと決まったら、一休みしてお弁当タイムだよ!」


 大きな声で堂々と独り言を喋りながら、マリーはお弁当を食べることにする。

 御神体(※仮称)ラピスラズリの石柱の近くにちょうど座りやすそうな岩があったので、「しつれいしま〜す」と言いながら、マリーはそこに腰掛けた。


 今日のお弁当はトーマス料理長が昨日作って渡してくれた、たっぷりの生野菜と海老とアボカドのサンドイッチと、少し厚めにスライスされたローストビーフと柔らかいレタス、粒マスタードのサンドイッチだ。ローストビーフサンドは生のオニオンスライスが苦手なマリーのために、プチプチ食感が楽しい粒マスタードをアクセントに入れてくれたらしい。どちらもびっくりするほど美味しかった。


「マリーちゃん、新作だよ!後で感想聞かせてね」


 そう言いながら渡してくれたトーマス料理長の目は使命感に燃えているように見えた。きっと来たるべき、次回の“シモンズさん”に備えているのだろう。常に研究を怠らないプロ根性はさすがである。


「ん〜〜〜〜、美味しかったあ〜〜〜〜。大満足!!ごちそうさまでした!」


 久しぶりに心地よい森林浴を満喫し、ハーブをたっぷり収穫し、美味しいお弁当に舌鼓を打ち、最高の休日である。


「じゃあ、そろそろ帰りますか!あ、せっかくだから最後に!」


 腰掛けていた岩からよいしょっと立ち上がり、マリーは御神体(※仮称)ラピスラズリの石柱の前まで行く。

 前世の神社やパワースポットによくある、仏像や動物の置物や石などの「触るとご利益のある、いろんな像」と同じように、御神体(※仮称)ラピスラズリの石柱を触ってご利益に与ろうと思ったのだ。


「ご利益ご利益…っと。神様、今日はこんな素敵な場所に来られて良かったです。立派な薬草もたくさんありがとうございました!」


 マリーが御神体(※仮称)ラピスラズリの石柱をスリスリと撫で撫でしがらそう言うや否や、ズンっという響きとともに、泉と御神体(※仮称)ラピスラズリの石柱から光の柱がまっすぐ天まで立ち上ったのである。


「ひっ……………ひえっ………なっ……なっ……」


 今度こそパニックである。


「こ、今度はなんなの?!ひ、光の柱が…っ!!え、き、消えない!光の柱、消えないよ!!!ど、ど、ど、どうすれば?!」


 慌てて御神体(※仮称)《ラピスラズリの石柱》から手を離したものの、光の柱は一向に消えそうにない。


「はわわわわわ…………」


 動揺しながら、なすすべもなく空を見上げているうちに、やがて光の柱は消えて、空からラピスラズリ色のキラキラした光の粒が降り注いできた。


「えええっと………ファ、ファンタジー………?」


 空から降り注ぐ光の粒が消えてしまったところで、ようやく息を吹き返した気持ちのマリーである。


「はーーーーーー、びっくりした。異世界って、すごい………異世界パワースポット、侮ってたよ!!!」


 違う。そうだけど、そうじゃない。異世界だからではなくて、「実は聖女」であるマリーが祈ったからなのだけれど、マリーの思い違いを正せる人は、やはりここにはいないのであった。



「あーー、本当にびっくりした。でも、今日はすごいよね?パワースポットのパワーもめちゃくちゃ浴びたよ?はっ!もしかして体の不調が治ったとか、わたし、若返ったとかあるのかな?!」


 急いで泉を覗いて自分の姿をチェックしてはみるものの、違いがわからない。


「…ダメだ、今の体はまだ若くて不調もなくて健康体だったし、顔だってお肌だって12歳でまだ若くてピチピチだから若返ったかとかよく分からないよ……ちょっと残念かも」


 一瞬、ちょっぴり落胆するマリーである。罰当たりではないだろうか。


「そうは言っても、今日は大収穫だよね!久しぶりに森林浴を満喫できたし、ピクニック気分も楽しめたし、それに、こんなものすごいパワースポットのパワーを浴びたハーブを収穫できたし!このハーブ、めちゃくちゃ効果がありそうじゃない?ふっふっふ!楽しみだなあ〜〜〜〜」


 やっぱり切り替えが早いのは、前世からのマリーの特技なのだった。

 そして「さあ、帰るぞー!」と言いながらご機嫌で帰路に着くマリーは、今日も平和なのである。

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