第24話 休日の薬草採取1

「マリーちゃん、本当に大丈夫?」


「もう、ニコラスさんまで!ふふっ、大丈夫ですよ!」


「…そうか。くれぐれも気をつけてね。暗くならないうちに帰るんだよ?」


「はい!ありがとうございます!ニコラスさんもお気をつけて!送ってくださってありがとうございました!」


 今日も今日とて無差別にイケメン(イケオジ)を振りまくニコラスさんに、運河港の近くの辻馬車乗り場まで送ってもらった。この辻馬車乗り場からは、山沿いまでの馬車に乗るのである。


 なぜなら、今日はマリーにとって初めての一人お出かけなのだ!


 大事なことなのでもう一度言おう。

 今日はマリーにとって、初めての一人お出かけなのである!



 この国では12歳になると洗礼を受けて「神の祝福」を受けるが、同時に成人予備軍とみなされる。12歳になれば正式に雇用されることもできるし、一人で家を借りることもできるのだ。

 マリーの家では、12歳になったら一人でお出かけして良い決まり(勝ち取った)になっており、今日がいよいよ、その決行日なのだった。とはいえ、許されているのは日帰りのみなのだけれど。


 そこで、マリーは今日の一人お出かけを成功させるため、数週間前から用意周到にこのお出かけを計画した。もちろん、セルジュが付いて来ないように、である。


 まずは、セルジュとのさりげない会話で、外せない会合が入っている日を聞き出す。その中でも今日の会合は絶対に外せないやつだ。マリアンヌとオリバー支配人に裏も取った。そして今日がマリーの休みであることを気付かせないよう勤務表をごまかし、マリアンヌにも口裏を合わせてもらっていたのだ。大抵の場合、母は娘の味方なのである。




「おはよう、マリー」「マリーちゃん、おはよう」

「パパ、ママ、おはよう!!」


 両親とハグをしながら朝の挨拶だ。セルジュがマリーを抱きしめながら頭にキスをする。


「ああ、マリー。今日も天使だね。ん、ズボンを履いているのかい?いつもと違う雰囲気だけど、ズボン姿もとってもかわいいよ!今日何かあるの?」


「ふふふ、パパ、ありがとう!今日はね、わたしはお休みで、これからお出かけなの!だから動きやすい服装にしたのよ!」


「(驚愕のあまり絶句)!!!!」


 目を見開いて固まったセルジュが復活してゴネる前に、ニッコリ笑って釘を刺さなければならない。


「パパは今日、商工会の大事な会合なんでしょう?マリー、お仕事頑張るパパ、カッコ良くてだーいすき!応援してるから、お仕事頑張ってね!」


「…あ、ああ、マリー!!もちろんだとも!パパはもちろん、お仕事を頑張るよ。パパはマリーのパパだからね!でも、マリーのお休みも気になるな。お出かけならパパも一緒に行きたいよ。最近マリーとゆっくり一日過ごしてないだろう?一人でお出かけは危ないし、明日はパパもお休みでね、」


「マリーちゃん、おはよう。準備できてるかい?こっちはいつでも大丈夫だよ」


「あらマリー、ニコラスさんよ?」


 軽くドアをノックして、ニコラスさんが準備ができたと知らせに来てくれた。


「ニコラスさーん、おはようございます!今行きまーす!」


「(驚愕!!!!!)っっ!!え?い、え?ニ、ニコラスさん?!マ、マリー!今日は、」


「ニコラスさんを待たせてるからもう行かなきゃ!じゃあ、パパ、ママ、行ってくるね!!」


「うふふっ。マリーちゃん、気をつけてね」


 驚愕に目を見開き、口をパクパクさせているセルジュはニコニコ母のマリアンヌに預けて出発だ。


「ママ、ありがとう!気をつける〜!じゃあパパ、お仕事がんばってねー!」


「マ、マリー!!待っ…」




 今朝のマリー宅での一コマである。

 タイミングの良いニコラスさんの呼び掛けで、セルジュからの「僕も」攻撃も上手く途中で躱すことができた。「ちょうどよかったな」とご機嫌なマリーである。


 ちょうどよかったというか、悪かったというか微妙な気もするけれど、マリーが良いというのであれば、まあ良いのだろう。


「パパ、一緒に行けなくてかわいそうだったけど、今までいつも一緒だったんだからたまにはいいよね!今日は我慢してもらうのよ!」


 これでも前世ではしっかり大人だったのだ。今はもう洗礼式だって終わったし、一人でお出かけしたい時だってある、多感なお年頃のマリーなのだった。

 子どもはこうやって、大人の階段を一歩ずつ上って行くのである。



 ということで、本日はマリーが待ちに待っていたお休みであり、初の一人お出かけなのである。

 今日の目的は薬草採取だ。街の側とはいえ山に行くため男の子に見える装いに身を包み気合も十分である。


 実は、先日のお弁当大量注文事件のシモンズさんが、滞在の際に教えてくれたのである。ローべの街にある“薬草の聖地”について。

 なんでも、治癒薬師であるシモンズさんが二ヶ月ごとにローベに来ているのは、その“薬草の聖地”で薬草採取をするためだったらしい。聖地と呼ばれるその産地は、治癒師や薬師の中では大変有名な場所なのだそうだ。




「ほえ?“薬草の聖地”ですか?」


 ほえ〜〜〜!そんなすごい場所があるなんて、地元にいるのに知らなかったよ!と驚いて、つい変な言葉が出てしまったマリーである。


「そうなんだ。少し特殊な場所だから、最近は知らない方の方が多いかもしれないんだけどね」


「そんな場所があったなんて知りませんでした。あの、ちなみにポーションって、薬草で作るんですか?」


 ニッコリ笑って答えるシモンズさんに、マリーはたまらずに聞いてしまった。

 だって“ポーション”である。“ポーション”といえばこの世界のファンタジー筆頭アイテムの一つではないか。

 実はシモンズさんの方から『食事の代わりにポーションを飲んでる』と聞いた時から、マリーはたいへん気になっていたのである。“ポーション”の存在が。


「うん、そうだよ。ポーションは薬草と魔力でつくるんだ」


(魔力キターー!魔力だよ!ファンタジー…ッ!)


 せっかく魔法がある世界に転生したというのに、マリーの身の回りには魔法っぽいものがほとんどない。そのため、魔法的なものには過剰に反応してしまうのである。

 今も“ポーション”に加えて、“魔力”というファンタジーのパワーワードにやられてしまい、思わずニマニマしそうな口元がムズムズしてしまうのを、なんとか抑えようとしているマリーである。

 そんなマリーを見てなんと思ったのか、シモンズさんはパァっと顔を輝かせて説明を始めた。美形が眩しい。


「マリーちゃんは薬草やポーションに興味があるの?」


 あまりの興奮のため、口を開くとあられもない表情でニンマリしそうだったマリーは、ぶんぶん頭を振って頷くことで答える。この美形にあんまりなアレな自分の顔を見せるのは控えたい。マリーとて、乙女な心だってちょっぴり持ち合わせているのである。


「ポーションや治療に使う薬は、こういう薬草を組み合わせて作るんだ。薬草はローべじゃなくても採れるんだけど、ここの薬草は全体的に質がいいし、ポーションにするならここのじゃないとダメなんだよ」


 シモンズさんがマジックバックから薬草を取り出しながら説明してくれる。


「これは“月の雫”と呼ばれている薬草で、精神を整えたり、血の巡りを整えたり身体を回復させる効能がある。これは“光の実”と呼ばれている薬草で主に身体の炎症を抑えたり、あ、そうそう流行病の特効薬にも使われるんだよ」


 ふふふっと楽しそうに微笑みながらシモンズさんの説明はつづく。


「これは“女神の恵み”と呼ばれていて、あらゆるものに効能がある万能薬草と言われてるんだ。精神をリラックスさせる効能や身体の様々な症状を回復させたり、怪我や傷の回復を早める効能があったり、さらには虫や魔物避けなどにも使われる万能薬になるんだよ」


 マリーにとって、シモンズさんとの薬草トークは大収穫だった。なぜなら、シモンズさんが見せてくれた薬草のほとんどは前世のハーブと似たようなものだったのである。


「本当は別の学名があるんだけど、女性にはこっちの名前の方がロマンチックでしょう?」と美形な顔でマリーにニッコリ微笑みかけながら、その後もマジックバックから取り出してくれる薬草は見たことがあったり、香ったことがあるものばかりだった。


 名前は違うけれど、ラベンダーやローズマリー、セージ、タイムなどなどを思わせるそれらは、そんなにハーブに詳しくなかったマリーでもわかる代表的なものから「あ、多分これはあれだよね?」というものまでたくさんあった。うろ覚えだけれども、シモンズさんが説明してくれる効能も前世ハーブと同じような感じだったと思う。


「シモンズさん、学名も知りたいです!」


「ふふ、マリーちゃんは勉強熱心だ。じゃあ、学名と呼び名と効能をまとめて後で持ってくるね。ふふっ、そんなに興味を持ってくれるなんて、僕とっても嬉しいな」


 と、ふんわり微笑みながらマリーの頭を撫でるシモンズさん。…もはやこれは美形による新手の攻撃かもしれない。

 しかし幸運なことに、別のことに気を取られて頭がいっぱいだったマリーはシモンズさんの美形によるダメージを受け流すことに成功し、ただニマニマしながらお礼が言えたのだった。


(うわあ!これってもしかして、フォカッチャとか食べられるんじゃ…!!)


 少し塩を効かせたローズマリー風味のフォカッチャは前世のマリーの大好物のひとつだった。オリーブオイルをつけて食べると、岩塩の塩気とローズマリーの香りとオリーブオイルのハーモニーが絶妙なのだ。


(あーーー!食べたくなっちゃったーーー!!)


 これは是非ともハーブを採取して、うちのニコルに作ってもらわなくては!!今ある食堂のメニューだって、ハーブが入るだけで味わいに変化が出たり深みが増して、さらに美味しくなるに違いない!

 早速そう心に決めたマリーの頭の中は、すでにハーブを使った美味しいお料理でいっぱいだ。


 もちろん、食べ物だけではない。ラベンダーっぽいのもあったから、サシェとか作って客室に置いたら喜ばれるんじゃない?と思ったのも本当だ。本当である。




 というわけで、シモンズさんがマリーに採取地を教えてくれたのだった。

 そして、その採取地に向かう今日のマリーは、実はいつもよりファンタジー要素が高い。なぜなら、あの“マジックバック”を装備している持っているのである。


『マリーちゃんにはお世話になったから、よかったらこれ使って?僕、予備をいくつか持っていて使ってないから。ね?』


 先日の出発間際、シモンズさんはニッコリ微笑みながらそう言って、貴重なマジックバックを貸してくれた。


(え?いいの?ほんとに?マジックバックって高価なものらしいけど、そんなに予備ってあるものなのかな?治癒薬師さんってそんな感じ?)


 と思いはしたものの、せっかくのお申し出である。普段の「大人意識強め」のマリーならためらってしまうところである。がしかし、マジックバックに多大なるロマンを感じていたマリーは、自分の大人割合を弱めて「えいや!」と子ども意識強めで借りることにした。こんな時、子どもは最強なのである。

 

 そんなあれこれを思い出しながら辻馬車に揺られて約20分。最寄りの停留所で降りたら、そこからはマリーの足でテクテク15分ほど歩き、マリーはついに、テルティア山の麓に到着した。

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