第23話 送迎馬車とミステリアス

 食堂の“連日の満席”メイド服フィーバーが始まって、気づけば早一ヶ月。

「きっと一時的なもので、見慣れれば落ち着くだろう」と考えていたマリーの予想を裏切り、やどり木亭の食堂は“連日の満席”メイド服フィーバーが続いている。ありがたいことである。

 しかも最近では、噂を聞きつけたローベの街以外からのお客様も定期便を使って来店されることが増えているのだ。



制服メイド服効果ってすごいんだね。…こんなになるとはちょっと想定外だったけど」


 前世のメイドカフェの流行を思い返せば、少しは想像できたのかもしれないけれど。


「だってここはリアルメイドがいる世界だもん!リアルメイドがいるのにメイドカフェ的なものが流行ると思わないでしょ!」


 一人で自分に、しかも無用な言い訳をするマリーである。


 送迎馬車の利用も、最近では定期便一便の発着に対して一度では全員が乗れないこともあり、そんな時は少し待ってもらい、二往復することも増えている。


 そんな状況なので、イケオジの元傭兵で現やどり木亭の御者ニコラスさんは大活躍だ。

 ニコラスさんには早々にやどり木亭の従業員になってもらっていた。今の所ニコラスさんのお休みの日は、職業ギルドから派遣される臨時の御者を雇っているけれど、早々に二名体制にするべきかもしれない。両親とオリバー支配人に要相談だ。


 ところで、肝心のニコラスさんはイケオジな上に、とても仕事熱心でお客様からの評判もすこぶる良い。

 ニコラスさんは御者を始めた当初、まだやどり木亭の従業員になる前から、運河港で定期便の到着を待つ間に宿のチラシを配ってくれたり、サービスの説明をしてくれたり、幌馬車の絵に興味を持った人に懇切丁寧に絵や宿の説明をしてくれたりしていたのだ。

 1つのことをお願いしたら3つも4つも気づいてやってくれるような、いわゆる“できるタイプの人”である。素敵だ。


 そのおかげもあって、やどり木亭に関心を持ってくれる人が出てきたり、宿泊の予約にもつながったのだ。実際に宿に泊まってくれた何人ものお客様から聞いた話だ。ありがたいことである。


 そんなニコラスさんは、人当たりの良さと人懐こい笑顔、スマートな立ち居振る舞いに加えて顔面の良さで、ご近所のご婦人方をはじめ、行く先々で大人気だ。

 送迎馬車(荷馬車だけれど)を女性が乗り降りする際など、ささっとエスコートしたりするものだから、なおさらである。


「(もともと話題になっていた絵の)あの幌馬車の御者が素敵なの」


 最近のローべの街ではそう噂されているらしい。


 今や、送迎馬車が通りかかる時間を見計らって、運河港からやどり木亭までの至る道沿いにギャラリーがでるほどである。

 あちこちの通りでは手を振る女性の姿、「ニコラスさぁ〜〜ん♡」という黄色い声をかける女性の姿が見受けられるという熱狂ぶりである。

 なんでも「ローべの街の宿の御者」というごく普通の肩書きも、身近な存在で「手が届くかもしれない」と思わせられて良いのだとか。


 当のニコラスさんといえば、熱狂的な黄色い声に戸惑いを見せることも臆することもない。これまでと変わらずに笑顔や会釈、時には手を挙げて応えている。

時折ちょっとはにかむような、苦笑するような表情を見せることはあり、それにはそれでまた黄色い歓声が上がるのだった。


 これはもう、やどり木亭の看板御者…いや、看板御者兼敏腕営業マン、いやもうこの人気はスターと言ってもいいのかな?というくらいの人気者である。


 ともかく、仕事もできる上にすっかりご婦人方のハートを掴み、なおかつ平静でいられるニコラスさんってすごい!!と密かに感心しているマリーだった。


 しかし、ニコラスさんには謎が多い。

 マリーが知っていることは、元傭兵で怪我がきっかけで傭兵を辞めたこと、食堂の看板メニューのカスレを気に入っていて、勤務の時は2日に一度は食べているらしいということ、意外に甘いものもイケるらしいということくらいである。やどり木亭の寮にも入らなかったし、色々と謎なのだ。

 近所のご婦人方からは、


「あらマリーちゃんったら、いやねぇ。しっかりしているように見えて、やっぱりまだ子どもなんだから!」


「そういう、ちょっと謎めいたところがまたいいんじゃないの!」


「ミステリアスっていうの?ぐっとくるわぁー」


「そうそう。自分のことをペラペラ話しまくったりしないのが大人の男ってものよ!」


「そうよ!全てがつまびらかになっているなんて、何の魅力もないわ!」


「いつも笑顔で、なんていうの?常に感情を抑えているような冷静な雰囲気が、また大人の男って感じなのよね〜!」


「謎めいていると、黙っているだけでもなんか憂いてるように見えたりするじゃない?そんな顔もまた素敵に見えるし!」


「そう!なんていうの?私がいてあげなきゃ!みたいな母性本能?」


「「「「「「「わかるーーーーーー!!!きゃーーーー♡♡♡」」」」」」」


 という見解をいただいている。

 なるほど、確かに前世でも、ちょっと影のあるような男性やミステリアスな男性はモテていた気がする。

とはいえ、前世の頃から好奇心はしっかり満たしたいタイプのマリーには、ちょっとわからない感覚なのだが。

 

 そこである日の夕食の席で、マリーは父セルジュに尋ねてみた。


「ねえ、パパ。ニコラスさんってとってもいい人だよね?お仕事熱心だし。でもちょっとミステリアスだよね。普段ってどういう人なのかな?結婚とかしてるのかな?」


 するとセルジュはするりと顔から表情を消して席を立ち、マリーの正面にやってきた。そしてマリーの両肩にずしりと手を置くや、


「いいかいマリー。ニコラスさんはパパもいい人だと思っているよ。それにとても仕事熱心だ。確かにパパから見てもカッコ良いし笑顔もいい。ご婦人方からもとても人気があるけれど、浮いた噂も悪い噂も聞いていない。宿のみんなからも、お客様からの評判もとても良いし、パパもとても評価しているよ。剣術ができて強いのは個人的に羨ましいと思うこともある。でもね、それとこれとは話が別だ。それに、ニコラスさんはパパよりも年上だろう?マリーとは随分と歳の差があるよね。そう、これは大変なことだよ、一大事だ。(あぁ、なんてことだ!もしかして、ちょっと謎めいたところに惹かれてしまったのか?まさかうちのマリーに限ってそんな…よし、これからは僕も多くを語らず…いや、それについては後だ!)いいかい、マリー。マリーはまだ12歳なんだから、一度落ち着いて、一緒にしっかり考え直そう。それに、……」


 と、真顔でたいへん真剣にそう諭しはじめたのである。それは、その様子を見た母マリアンヌが「まあ!あなた待って、落ち着くのはあなたよ」と止めに入ってくれるまで続いたのである。


 確かに、前世のマリーは年上の男性は素敵だなあとは思っていたが、ただそれだけである。それに今のマリーはまだ12歳だ。そんな気もさらさらない。


 しかしそんなこともあって、それ以降ニコラスさんのことを尋ねるのを辞めたため、謎は謎のままなのだ。

 仮に他の人に質問したことがセルジュの耳に入った場合のことを考えると、ややこしくなる予感が半端ない。これ以上触れない方が良いと判断したのである。


 聞きたいのならば本人に聞けば良いのだが、自分の話をしたがらない人もいるし、オーナーの娘の自分が質問することで「話さなければいけない」と思われても申し訳ない。まあニコラスさんであれば、マリー程度の質問なら上手に躱してくれるとは思うけれど。

 ミーハーな気持ちで根掘り葉掘りというのも気がひけるしと、結局マリーは本当に知りたくなった時までは尋ねないことにしたのだった。


 そんな訳で、周りに“謎多きミステリアスなイケメン”認定をされているイケオジ御者のニコラスさんは、今日もイケメンとミステリアスを振りまきながら幌馬車を走らせるのだった。

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