第12話 王城からの調査隊4
アーロンとワーグナー小隊長は、フィラットの大通りにある宿で報告書をまとめていた。
あの後ギルドでは、件の討伐でギルドが買い取った魔石がまだ残っていたため、念のため幾つか購入した。
その後は、街の商店や住民たちに話を聞いて回り、アーロンだけが先に宿に入ったのだ。そして、ワーグナー小隊長も夕食の営業を始める食堂や酒場などでの聞き取りを済ませ、つい先ほど宿へ入ったところだった。
(明日の午後には次の街へ出発することになる。ある程度まで仕上げておいて、出発前には公館から王城へ送ろう)
フランネル王国の各地の公館には送還装置があり、厚さは5㎝まで、重さは4kgまでのものであれば、1分程で送受信することができるのだ。恐らく、すでに王城には、各地から報告書が届き始めていることだろう。
ワーグナー小隊長とも確認しながら、フィラットまでの道中の瘴気濃度の変化、フィラットでの大量の魔物の出没や凶暴化の可能性、目の色の変化について、また、今年の夏が冷夏だったこと、その他、聞き取った内容を詳しく記載していく。
提供された資料も報告書と一緒に王城に送ることにした。
アーロンは、他に忘れたことがないか、手元のメモを見ながら思い返していく。
(そうだ、ワーグナー小隊長から聞いた聖女の祈りの山の話も書いておこう…でも、教会や王城が知らないわけはないか…いや、必要がなければ向こうが拾い上げなければいいだけだ。もしも重要な情報だった場合、僕の判断で見過ごす結果になる方が怖い)
聖女の祈りの山の話にワーグナー小隊長の名前を出して良いかを尋ね、報告書に記載する。
それにしても、自分はフィラットに向かう馬車の中で、随分と悲観的になっていたようだ。
聖石の異常に瘴気の検知などと思いがけないことが続き、動揺していたのだろう。これまでの経験の差があるとは言え、同じ状況のワーグナー小隊長は落ち着いていたというのに…と情けなく思う。
(有事は、いつ何時、どのようなことがあるかわからない。何があっても目を逸らさず、自分にできることを精一杯行うだけだ)
そう気持ちを引き締めるのだった。
結局、ギルドの後の街での聞き取りでは、特に変わったことは聞こえてこなかった。食堂や酒場でも同じ結果だったようだ。王都に比べて地方に行けば情報の伝達速度は遅くなる。もしかするとこれから変化が報告されるのかもしれない。
何事もない方が良いのだけれど、すでに聖石の異常や瘴気濃度に反応があるという事実があるため、素直に喜ぶことはできない。
翌日、宿で朝食を済ませた二人は、朝の街の様子を見ながら公館へ向かった。公館では、再びクリストフ伯爵や文官らとの面談で、追加で依頼した調査の報告を聞く。
住民らの体調には、特に目立った変化はないということだったが、森や山には、これまでと少し様子が異なるという話があるらしい。
ボクスターの先の街の「魔物の討伐」のような明確な出来事ではないため、伯爵たちも「明確に情報を示せるものではないので報告してよいかどうかわからないのですが…」と前置きをした上で、複数の住民からの声として、「森や山の空気というか、何かが違うような気がする、という声がある」と話してくれた。この件も、報告書に追記する。
「ちょうど、この後のスーリスまでの移動でその森を通るので立ち寄ってみますよ」
伯爵たちにそう伝えると、少し安心したようだった。
クリストフ伯爵には、持参していたもう一つの瘴気測定器を一つ預けることにした。
調査隊は測定器を訪問先の地域のいずれか1つの街に渡して、その後の測定を依頼することになっている。
ワーグナー小隊長とも相談し、クリストフ伯爵の街への姿勢やこれまでの事業、1日対面しての印象から、「信頼できる」と判断し、この街に預けることにしたのだ。それに魔物の変化があった地域でもある。継続しての調査は必要だろう。
伯爵には、流行病の感染源に反応するはずの試験的な測定器なので、できれば毎日確認して欲しいこと。今の数値は正常値なので気にしないで欲しいこと。今後数値が増えた場合でも、すぐに何かの影響が出るわけではないので、慌てずに、ただ、できるだけ早急に王城宛に知らせて欲しいことを伝えた。
その後アーロンは、仕上げた報告書を送還装置で王城に送る。その際、買い取った例の魔石を2つ、紙に包んで送還してみた。1分後には書類と一緒に消えていたので、きっと送れたはずだ。小さな魔石でよかった。
そして、あっという間に昼前になり、公館で用意してもらった昼食を済ませたアーロンとワーグナー小隊長は、フィラットの人々へ礼を伝えてスーリスへ出発したのだった。
そして、スーリスへ入る手前、街道沿いの森に着いたのは、日が傾き始めた時間帯だ。
ちょうど、森の入り口では、数名の男たちが切り出した木材を運び出しているところだった。
「こんにちは。王都からやってきたのですが、この辺りの方ですか?」
「へえ、王都からかい?そりゃ随分珍しいお客様だ。こんなところに何の御用で?」
「これからスーリスの街へ伺うところなのですが、立派な森を見かけたので立ち寄ってみたのです」
「それはどうも。俺らは街から来てるんだが、ここらの森で木を切り出して売ってるんだよ」
「かなり奥が深そうな森ですが、危険な動物や魔物はいないのですか?」
「ああ、山まで行けば話は違うが、この辺りでは魔物除けを持っていれば大体問題ないね。大きな草食動物くらいか。…そういえば、今日は動物を見なかったか…」
「動物を?」
「いや、いつもはね、小さい奴らは俺たちが入っていくとすぐに逃げて姿を見せねえんだが、大きな草食動物はこちらが危害を加えないとわかってるのか、意外と逃げないんだよ。でも、そういや今日は見かけなかったな」
「なるほど。それ以外で気になるようなことは何かありました?」
「いや、それ以外は特にないけど、」
すると、隣の男が声をかぶせるように話し出した。
「おい、そういやトッズのやつが、最近森がなんか変だって言ってたろ?あれじゃないか?」
今日フィラットで聞いた話と同じだろうか。やはり森に変化を感じている住民がいるらしい。
「森が変とは?」
「ああ、なんかよくわからねえんだけど、森の感じが違うって言ってたんだよ。何がっていうと、上手く言えねえらしいんだが、なんか違うんだそうだ。俺らにゃよくわからんのだが」
「ザイラーとボイルたちも同じようなこと言ってたな」
「そうなのですか……お話を聞かせてくださり、ありがとうございました」
「あんたら、森に入るのかい?」
「ええ、少しだけですが」
「騎士様がいれば大丈夫だろうが、そろそろ日が落ちる。あんまり奥までは行かねえ方がいいぞ」
「ありがとうございます。入り口のあたりだけにしておきますよ」
男たちと別れて、森の中へ入る。少し日が陰り始めたからだろうか、それとも「何かが違う」と聞いたからか、アーロンには静かな森が少し不気味に思える。
少し入ったところで、測定器の目盛がみるみる2を超え、3の位置まで上がる。アーロンは思わず息をのんだ。
「ふむ。数値が変わったということは、やはり住民の話の通りかもしれませんね。周囲には動物の気配も、魔物の気配も感じません。もう少し進んでみましょう」
聞こえるのは、自分たちがかき分けて進む草木や地面の小石が鳴る音くらいだ。男たちが言う通り、鳥の鳴き声も、何も聞こえない。アーロンは、静かすぎて落ち着かない気持ちになりながら、そのまま10分ほど進んだ。
「少し不気味な感じがしますね」
アーロンはたまらず、声に出してしまう。
「ええ、私もそう思います。あまり気持ちのよい感じではないな。数値はどうです?」
「3から変化はありません」
「なるほど。これだけでは状況は詳しくわかりませんが…毎日街の人たちが森に入っているということであれば、大きな異変が起こっているということはないようです…。ただ、動物の気配がないのは気になりますし、濃度も上がっている…」
「ええ……それに、やはり何人かの住民が、同じように何かしらの異変を感じているようですし」
「そうですね。いずれにしても、今日は間もなく日が落ちてしまいますし、これ以上進むのはやめておきましょう。調べるにしても、しっかりと体制を整えるべきでしょう」
森を後にしたアーロンとワーグナー小隊長は、移動する馬車の振動の中で、なんとか読める文字で報告書を書き上げた。そして、日没とともにスーリスの公館へ滑り込み、スーリスの森についての報告書を王城へ送還したのだった。
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