第11話 王城からの調査隊3

フィラットの公館で一通り、資料の確認とヒアリングを終えたアーロンとワーグナー小隊長は、魔物の討伐についての詳しい話を聞くため、冒険者ギルドへ向かった。


クリストフ伯爵が気を遣ってギルドの担当者を公館へ呼び出そうとしてくれたが、街の様子も視察をする予定だったので直接向かうことにしたのだ。

同行を申し出てくれたクリストフ伯爵には丁寧に断りを入れたが、文官が1名案内についてくれた。


(よかった…変わってない)


移動中に確認したところ、瘴気測定器の数値が2の目盛を少し下回った位置から変化していない。ワーグナー小隊長と顔を見合わせ小さく頷くと、アーロンはほっと胸を撫で下ろした。


街の大通りの中心にギルドはあった。冒険者ギルド、商業ギルド、職業ギルドがまとめて入っているのは、2階建ての石造りの建物だ。表の看板に大きく「ギルド」と書かれてある。

軋む重い扉を開くと、入口を入ってすぐのところに「総合受付」と書かれた受付があり、その奥にそれぞれのギルドによって目的別に「依頼受付」や「買取受付」、「求人の相談受付」などの窓口が設けられていた。


「さすがに賑わっていますね」


室内は若者からお年寄りまで、幅広い年齢層の人々でごった返している。

3つのギルドが一箇所に集まっているので、“普通”の服装の人や、冒険者らしい装備を身につけた人まで様々だ。


「ギルドが一緒になっているのは珍しいですね」


アーロンがざわざわとした活気を心地よく感じていると、ワーグナー小隊長が言った。


冒険者ギルド、商業ギルド、職業ギルドはほとんどの主要都市にあり、ほとんどの場合はそれぞれが独立している。

単に、できる時期が異なっていて別々の建物になっている場合もあるが、絡む利権や派閥的なものから一緒になれないことも多い。


「ええ、我々の街では数年前にクリストフ伯爵が当主を引き継いで以来、いろいろな取り組みを始めているのです。それまでも住民の声をよく拾い上げてくれる街でしたが、当主の交代をきっかけに、さらに様々な事が進んでいるのですよ。先ほどの話にあった街の整備も橋の建設も、このギルドを合同にしたのも、すべてその一環なのです」


そう告げる文官の声が嬉しそうだ。街をよくしていけることにやりがいと誇りを感じているのだろう。同じ文官として共感しながら、アーロンは続けた。


「なるほど、そうでしたか。王都のように規模が大きくなれば、別々にならざるを得ないこともあるでしょうが、こちらのように一箇所にまとめてあれば、利用者もギルド側も、色々と都合が良さそうです」


言いながら、アーロンはつい、文官の癖とでも言おうか、建物の維持や職員の人件費などをとっさに見積もってしまう。利用者の利便性は格段に改善されていそうだが、3つのギルドにかかる費用も軽減され、それぞれのギルドにも十分にメリットがあるだろう。


「ここだけの話、地域によってはギルド同士が対立しているところもあるのですよ。そういうところは色々と話を通すのにも時間がかかって面倒に感じてしまうのですが、ここはそういった心配もなさそうですね」


騎士団の業務で各地のギルドへ行くことも多いというワーグナー小隊長がそうこぼした。


利用者へ丁寧に対応する職員や笑顔で扉を出て行く利用者たち、沢山の紙…恐らく依頼であろう…が貼られた大きな依頼ボードの前で数人ごとのグループになって話しをしている冒険者たち。

冒険者は特有の荒々しさというか、喧嘩っ早そうな雰囲気の者もいるとはいえ、どこを見ても全体的に雰囲気が良い。


案内してくれた文官が総合受付に声をかけると、そのまま2階の応接室へ通される。

ほどなくして、数人の足音とガヤガヤとした話し声が聞こえてきた。


「失礼します」

ノックの後にそう声がかけられ、入ってきたのは壮年の男性と、先ほど1階の依頼ボードの前にいた冒険者たちだった。


「お忙しいところ、お時間をいただき申し訳ありません」

アーロンたちは立ち上がって挨拶を交わす。


黒髪に碧眼の壮年の男性はドミニク・ガロウ。この冒険者のギルドマスターだ。

一緒に来た男女8人の冒険者たちは「蒼炎」というパーティだと名乗った。まだ若い。20代そこそこなら、アーロンと同年代だ。


「それで?王都の偉いお役人さんが、俺たちに何聞きてーの?」

その中のリーダーらしき男が、そう口を開いた瞬間、ドミニクの拳が振り下ろされる。


「っっってっ!!ドミニクさん、何すんっすか!」


「ライド、言っただろう!子どもじゃないんだ、ちゃんとしないか!」


ギルドマスターの怒鳴り声と同時に、隣の文官の咳払いが聞こえる。

ギロリとひとつ、彼らに睨みきかせたドミニク氏がアーロンたちに向き直り、ロイドの頭を押さえながら、こちらに向かって頭を下げた。


「若者の教育が行き届いておらず、申し訳ありません」


「いえいえ、お気になさらず。皆さんのお時間をいただいてしまっているのはこちらの方ですから」


アーロンがニコリと微笑むと、ワーグナー小隊長が言葉を続ける。


「お忙しいと思いますので、早速お尋ねします。先日ボクスター地域で魔物討伐をされたそうですね?その時のお話をお聞かせいただきたいのです。魔物の数が常になく多かったと聞きましたし、攻撃を仕掛けられたそうですが、普段の魔物と比べて何か感じたことは?」


「あたしたち、普段は別々のパーティなんけどね、この間みたいな討伐の時は、合同パーティを組んで一緒に活動してるんだけど、」


そう話し出したのはリンジーという緑の髪に鳶色の瞳を持つ小柄な女性だった。

ロイドをリーダーとする「蒼炎」は、普段は4人ずつの2つのパーティとして別々に活動をしているのだという。一つはロイドがリーダーの“蒼い稲妻”、もう一つはリンジーがリーダーの“輝ける炎”、どちらもCクラスの中堅冒険者だ。先日の討伐は魔物の数が多かったため、2パーティ合同での討伐となったのだそうだ。


「それで、このあたりは強い魔物がいないから、俺たちはいつもボクスターを超えて、もっと東か北の森や山へ行くことが多いんだ。ボクスターまではあまり強い魔物が出ないからね」


「でも、あの時は驚いた。弱いとはいえ、二角兎や一角鼠、岩大蛇とか、普段なら考えられない数出てたからな」


二角兎や一角鼠、岩大蛇は、素材としては人気があるので、冒険者は見かければ討伐する。けれど、そもそもそれらの魔物は臆病で人前にはあまり姿を現さない。岩大蛇も森や山の奥深くに眠っているような魔物で、人里に現れるような魔物ではないという。


「数以外で、普段と違うように感じることはありましたか?」

ワーグナー小隊長が尋ねる。


「討伐の後にも話してたんだけど、数が多かったからなのか、普通より攻撃力が強かった気がする」


「ああ、俺も思った。俺の攻撃魔法も通りにくかったし、剣もいつもよりダメージを与えるのに時間がかかった」


1匹であればそれほど脅威にはならない魔物だが、鋭く硬い角や毒を持つ牙は危険な存在だ。数匹単位や、仮にもっと多い数に囲まれでもしたら、逃げることも難しいかもしれない。


「そういえば、これは関係ないかもしれないんだけど、」

と“輝ける炎”のシャロンが話し出す。


「討伐が終わって、素材を取ってるときに思ったんだけど、目の色が違ったような気がする」


「目の色が?」


「うん。いつも解体する時、素材で採取しない場合は目は閉じるか、あまり見ないようにしてるんだけど、たまたま目に入ったの。二角兎と一角鼠と岩大蛇の目って普通は赤いんだけど、黒っぽかったような気がするんだよね。もう解体を始めた後からだかなってその時は気にならなかったんだけど」


「そういえば、俺も見た。でも奴ら、確か、討伐してる時も、目は赤くなかったと思うぞ?」


「そう言われてみればそんな気もする…」「そうだったかな…」などの声が飛び交う。


「変異種だったのかもな」


「お前たち、そんな報告は受けていないぞ!」

ロイドが続けると、ギルドマスターの声が響いた。


「だって、その時は気のせいだったかと思ったし、素材の買い取り額がいい値段になって忘れちゃったんだもん!」


(魔物の目の色か…変異種なのか?そうとしても、この時期にこんな話、何か関連性があるようにしか思えないな)


思考の向こう側に冒険者たちの声を聞きながら、アーロンは後でワーグナー小隊長と相談しなければと思うのだった。

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