第10話 王城からの調査隊2

フィラットに到着したアーロンとワーグナー小隊長は、早速、街の公館で、この地を治めるクリストフ伯爵らに迎えられた。


各州とその街には、調査隊の派遣決定後にすぐに今回の調査について通達が出され、現地の情報を提供するよう依頼されてある。


ただ王城からは、現時点では聖石についての情報は伏せられていて、今回の調査は「気候変動と流行病、作物の成育状況などについての調査」と通達されていた。

聖石の異常については、まだ何もわかっていないのだ。このように不確かな状況で情報を公開しては、ただ住民たちの不安を煽るだけだろう。


お互いに挨拶を交わすと、早速会議室へ案内され、まずは聞き取りだ。

会議室では数人の文官たちが資料を準備しているところだった。


「遠路をようこそお越しくださいました。王都からは遠かったでしょう。ご体調はいかがですか」


クリストフ伯爵は40代後半といったところか。スレンダーな体型で薄い金髪に緑の瞳の誠実そうな容貌だ。


伯爵の指示でメイドがお茶をだしてくれる。

王都より北の比較的寒い地域だからだろうか。コクがあってほんのりと甘い。胃の奥まで沁み渡るような温かなお茶に、アーロンは思わず、ホッとひと息ついた。


「お気遣いありがとうございます。道中、景色を楽しむこともできましたし、快適な馬車の旅でした」


「私は、以前騎士団できたことがあるのですが、随分と道を整備されたのですね。おかげさまで身体へのダメージが少なくて助かりました」


「ははは。馬車での長旅は身体にこたえますからな。騎士様でも、そのようなことをおっしゃるのですね」


「もちろんです。それに我々は、体を動かさずにじっとしている方が辛いですからね」


「なるほど。そういうこともありますか」


「それに、随分立派な橋もできていて、驚きました」


「ええ、街の一大事業として、街道整備と橋の建設を行ないました。以前は、街の手前にあるシエラ運河の支流を、大きく山の方へ迂回しなければならなかったので。ですが、橋を通したおかげで、少し旅程を短縮できるようにもなったのですよ」


「それは、住民の皆さんも喜ばれたでしょう」


「ええ。ここは、遠いですからね。道を良くしたり橋を作ったり、できることをしなければ、時代からも周りからも、取り残されてしまうでしょう。そうならないための準備ですよ」


クリストフ伯爵が、軽く肩をすくめて答えながら、資料を広げてくれる。


「こちらにまとめてあるのが、過去5年分の資料です。お求めのものがあれば良いのですが」


伯爵の説明を聞きながら、ざっと資料を確認する。資料から推察する過去5年間は、毎年平年並みだった。特に気になる点はない。


「よくまとめられていて助かります。直近のものはありますか?」


「右手の物が1年以内のものです。まだ集約したばかりですから、月ごとに分かれてありますが」


「なるほど。ちなみに、今年は例年に比べるといかがでしょう?」


「今年も概ね、平年並みの収穫を予想しています。夏は平年よりも少し気温が低かったのですが、このあたりの地域ではよくあることですし、元々気温の低い地域ですから、作物にも大きな影響はないと予測しています」


直近のものを過去の同月データと比較しても、その差はわずかだ。これは許容範囲だろう。


「夏の低温については、住民の方々のご体調などはどうでしょうか?冬は流行病が出やすい季節ですが、今の時点で体調の変化を感じられたり、というようなことは、何かお聞きになっていませんか?」


「今のところ、そういった話はなかったと思いますが、今日、明日の可能な限りで確認してみましょう」


この街の調査に当てられるのは今日と明日の2日間だ。ありがたい、と思っていると、隣に座っているワーグナー小隊長が口を開いた。


「この辺りでは魔物の被害などはあるのですか?」


「魔物については、おかげさまで、あまり大型で強いものはいません。農村地区の住民たちでも十分倒せるものばかりです。…そういえば、最近魔物が増えたと報告が上がっていたな?ボクスターの方だったか?」


「はい。ここより東のボクスターで1週間ほど前に目撃情報があり、討伐依頼が出されました」

クリストフ伯爵から話を向けられた文官が説明を続ける。


「伯爵が言われたように、このあたりの魔物はあまり強くない上、こちらが手を出さなければ襲ってくることはほぼないのです。しかし、今回は、普段よりかなり多くの魔物が目撃された上、その一部が、こちらが手出しをしていないのに襲ってきたとのことで、討伐依頼が出されました。幸い、襲われた住民たちは普段討伐に慣れているものたちだったため、被害もなく、冒険者ギルドから討伐隊が派遣され、すでに対処がされています」


気になる報告があった。

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