第13話 祝・満席!1

 食堂がフルオープンして4ヶ月。おかげさまで「やどり木亭をお客様に喜んでもらえる宿にする計画」は引き続き順調だ。

 現在のところ、宿泊は全客室の半数程度の稼働率を推移しているが、食堂については、連日ほぼ満席という想定外の事態である。


 そう!なんと満席だ!


 そして今も、開店前の行列は、食堂の前から宿の外にまで続いていた。


「わぁ〜!これは今日も満席だね!!ありがたいんだけど、いいのかな。いや、いいよね!!うん。開店、早められるか聞きに行こ」


 けれども、マリーがいつものように「やったね!神様、ありがとう!」と手放しで喜んで良いものか迷うには理由があった。

 それは、10日ほど前にさかのぼる。



 フルオープン以降、順調に客足を伸ばす食堂は給仕スタッフの補充が必要となる。

 内職チームからエマ、クレア、ルイーザの3人が助っ人に入ってくれることになり、そのまま3人がレギュラーメンバーとして毎日交代で給仕に加わることになった。


 そこで、給仕用の制服を支給することにしたのである。


 料理人にはコック服があるが、この世界の給仕人には、よほどの高級店でなければ制服など無いのが普通だ。


 しかし、前世の感覚があるマリーは、給仕人には清潔感が大切だと思っている。

 とはいえ、お客様の前に出るのに適当な格好というわけにはいかないけれど、毎日のように自前で綺麗な洋服を着てもらうのは負担をかけてしまいそうだ。

 この世界、小綺麗な洋服はそれなりに高い。自前の洋服が汚れてしまったら申し訳ない。そんな気持ちからだった。


 マリアンヌに頼んで給仕用の制服を作ってもらうことにして、マリーはあれこれ考えた。


 この世界の平民の服装は特に決まりごとがない。

 基本的に過度な露出をすることはないけれど、子ども・成人・未婚・既婚などでの服装の制約もない。


 そこでマリーは前世に倣い、作ってもらったのである。“メイド服”制服を。


 ここでは、貴族のお屋敷や王城などには、リアルなお仕着せメイド服姿の本物のメイドさんがいる。

 マリーも1度だけ街で見たことがあるが、普段はなかなか見かけることはないらしい。

 ただ時折、お屋敷からのお使いで、従僕や従者に代わって、商店などに入っていく姿が目撃されることがあるらしく、きちんと身だしなみを整えて、立ち居振る舞いも美しいお仕着せメイド服姿のメイドさんたちは、顔の美醜を問わず、市井では身近な憧れの存在なのだそうだ。


 そんな話をたまたま聞いたマリーが「そういえば、前世でも“メイドさん”メイドカフェって、人気だったよね」と思い出し、メイド服を制服にすることを思いついたのだった。


 まず、マリーはマリアンヌと洋装店へでかける。


「あ!コレ、かわいい!」

「うふふ、そうね!」


 洋装店には仕立て服のオーダーや既製服の販売だけでなく、たくさんの生地や糸、リボンなどが揃っている。

 マリーの目に止まったのは、黒と白の細いストライプ柄の生地。


「でも、あんなに『お仕着せと同じような制服にしたい!』って言っていたのに、同じ黒のお仕着せにしなくていいの?」


「だって、黒のお仕着せにして、本物のメイドさんと間違われたりしたら困るかなと思って。

 それに、もしも貴族の偉い人から、『このような下々の食堂で我ら貴族の屋敷と同じお仕着せを使うなど分不相応である』とか言われたら怖いなぁって」


「まあ!マリーったら!」と、目を丸くしたマリアンヌが続ける。


「相変わらず難しい言葉をよく知ってるわね。でも確かにそうだわ。

 お仕着せを市井で使ってはいけないという法律はなかったけれど、違う柄の方が良さそうね。マリーはさすがね!」


 そう微笑むマリアンヌだった。


 いざメイド服を制服にしようと決めたものの、本物のメイドさんと勘違いされてややこしいことになったり、貴族やお偉いさんにイチャモンなんてつけられた日にはたまったものでは無い。

 なので、黒の無地ではなく、明らかに違いがわかるストライプ柄を選ぶことにする。

 マリーは危機管理もできる12歳なのである。


 それに、黒と白のストライプ柄のメイド服は、きっとかわいい。


 メイド服制服は前ボタンのワンピースタイプで、ひざがしっかり隠れる、動きやすい上に、安心のスカート丈にした。

 この世界のお仕着せは、ほとんどがくるぶし丈だから、それに比べれば少し短めだ。

 襟は白。やどり木亭では、襟元に黒いリボンをつけることにした。

 袖は、この世界のお仕着せより少し短い、肘まで。袖口は白の別布で絞り、全体はプリーツパフのようにふっくらさせる。

 いかにも“メイド服のエプロン”的な白いエプロンには、肩紐の外側部分と前掛けの周りにふんだんにフリルを入れる。


 マリアンヌに作ってもらったストライプ柄のメイド服は、たいへんかわいかった。


「これを制服にしたらどうかと思うんですけど、皆さんどうですか?」


 試作の制服メイド服を着たマリアンヌを前にして皆に相談すると、皆が目を見開いたかと思うと、怖いくらいの勢いで大きく無言で頷かれ、制服メイド服は採用されたのである。皆に気に入ってもらえて何よりだ。

 そして、給仕スタッフたちは各自の制服を、替えの分まであっという間に縫い上げた。さすが内職チームである。仕事が早い。


 提案してみたとは言え、別にマリーはメイドやメイド服に特別な思い入れがあるわけではない。前世でも「かわいいな〜」と思う程度だった。

 ちなみに、ここでは恥ずかしいので着ないつもりだったが、マリアンヌが、しっかりとマリー用の制服メイド服を作っていた。むう…想定外である。


 ジェニーは、「あたしはどっちでもいいわよ」と言っていたが、たいそう似合うと思うので、ぜひ着てもらいたい。


 ところで、試作の制服姿メイド服の母マリアンヌに、「毎日家で着てほしい」と懇願する父セルジュの姿にちょっぴり引いてしまったことは、マリーだけの秘密である。

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