第14話 祝・満席!2

 皆の負担を減らそうというマリーの思いつきで作った制服メイド服の着用を始めたやどり木亭だったが、“そのとき”は突然やってきた。


「やどり木亭に、お仕着せメイド服姿の給仕人がいる」


 噂が瞬く間に街中に広まったのだ。そして、あの満席である。


 なんと、制服メイド服の着用を始めた翌日の昼食時には、満席になり、カフェタイムには一旦お客様の波が引いたものの、夜も再びの満席だ。

 前世のようにSNSもない世界だというのに、これには驚いた。“口コミ”はこの世界でも大きな力を持っていることがわかる。


 そして、翌々日の朝の開店前。

 宿の表の看板の下に、「食堂 OPEN」の看板を掛けに行ったジェニーが、開店を待つ人たちの行列を見つけたのだった。


「た…たいへんよ!外に人が…人が沢山いるわ!!!」


 常に冷静なジェニーのいつになく慌てる声が、朝のやどり木亭に響き渡る。

 何事かと思ったセルジュが様子を見に行ってみると、たくさんの人々が行列を作っていたのだった。

 これでは朝番のジェニーだけでは対応できないと、セルジュはジェニーを、宿の裏の自宅までマリアンヌとマリーを呼びに行かせたのである。




「まさか、朝から並ぶなんて…」

制服メイド服にこんな効果があるなんて…」

制服メイド服、恐るべし…」


 朝食のお客様の波が引いて、何とか来店客を捌ききった食堂の面々は、しばし放心する。

 そしてしばらく経ち、いきなりハッと立ち上がったかと思うと、慌ただしくそれぞれの対応に取り掛かるのだった。


「昼も夜も来るかもだから、シフト変更できるかエマさんたちに聞かなきゃ」

「明日以降の仕入れの量を変更だ」

「昼と夜の仕込み分、昨日と同じくらいに増やすぞ」

「備品の補充しておかなくっちゃ」

「宿泊のお客様の席がなくならないように、あらかじめ人数分のお席を確保することにしよう」

「マリアンヌ。本当なら私は君に、人前ではできるだけその制服メイド服を着てほしくないんだ」


 1名を除いて、皆、優秀である。



 というわけで、その日から連日の満席と行列、となり、今に至っているのである。たいへんありがたいことなのだ。

 それにしても、みんなの負担を減らそうと制服を支給しただけだったのに、まさかこんなことになるなんて、正直、マリーも想定外だったけれど。


 それから数日後、この混雑にも少し慣れた頃、ようやく、やどり木亭のみんなでささやかなお祝いをした。

 閉店後の食堂で、美味しいお料理と美味しいお酒(マリーは果実水)を用意して、一人ひとりに心からの感謝を伝えるセルジュは少し涙ぐんでいた。

 セルジュと一緒に不遇の時代を過ごしたトーマス料理長ももらい泣き、ニコルは「これで魔物肉が一歩近づいたぜ!!」と喜んでいる。

 マリー自身は「この世界の平民のメイドさんへの憧れ」と「前世のメイドカフェ」からヒントをもらっただけだし、棚ぼたのようで素直に喜んで良いのか迷ってしまう部分もあるのだけれど。


(…でも、良いと思うことにしよう)


 メイド服姿の給仕スタッフを見て、ものすごく嬉しそうだった男性客、神に祈るかのように両手を胸の前で組んでいた男性客、テーブルの下でガッツポーズの男性客(と、毎日喜んでガッツポーズを掲げる厨房のニコル)、そんな三者三様の光景を微笑ましく眺めていた宿泊のお客様を思い出し、そう思い直す。


 ちょっとイメージしていた形とは違ったけれど、やどり木亭は、美味しいお料理を提供するだけでなく、皆に喜びと癒しを提供できたということだろう。

 それはまさにマリーたちが目指している「お客様に喜んでもらえる宿」の形の一つには違いないのだ。


「神様、わたしの周りのみんなに喜びをありがとうございます!メイドさんの人気は、異世界でも健在でした」


 今日もやどり木亭には、マリーの柏手と神様への感謝の言葉が響く。


「そういえば、この世界で『おかえりなさいませご主人様』って言ったらどうなるんだろう?ここだと“当たり前”になるのかなあ?はっ!そもそもここは宿なんだから、当たり前っていうか、むしろ言うべきなんじゃ?え、どうしよう…ひとまずはみんなに相談かな」


 マリーの小さなつぶやきは誰にも聞かれることはなく消えていったのだった。

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