第7話 やどり木亭の改革5

「やどり木亭をお客様に喜んでもらえる宿にする計画」開始から1ヶ月。やどり木亭は、地道な取り組みで少しずつ客足も増えつつあった。


今日は、食堂に新しく採用が決まった料理人二人の、初めての出勤日である。

職業ギルドに出した求人にいくつもの応募はあったものの、なかなかピンとくる出会いがなかったのだが、先週になってようやく決まったのである。


面接は、やどり木亭の食堂で行なった。

面接官は、セルジュとマリアンヌ、そしてトーマスだ。面接の後には、得意なメニューをひとつと、こちらが指定するメニューのひとつをその場で作ってもらっての試食である。


面接の前後には、マリーが宿泊客の子どもを装って食堂へ行き、受験者へ話しかけるという抜き打ちチェックも行った。マリーは男の子の格好をしてウィッグで変装までする徹底ぶりだ。


子どもを軽くあしらったり雑な対応をしたりする人は前世でも時々いたが、そういう人は、大抵が相手の役職や地位で態度をコロリと変えることが多く、マリーはあまり良い印象を持っていない。


「子供を侮る人って、どこの世界にもいるんだね。そういう人って雰囲気も良くないし、できれば一緒に働きたくないよ。わたしは今、子どもだし」


雇い主の子どもだとわかれば丁寧に接するかもしれないけれど、ただの子どもとして面接会場へ現れたマリーに対して、不機嫌な態度をとったり、子どもだと侮ったり、大人とあからさまに対応が変わる受験者もいる。


しかしその中で、子どものマリーに対しても態度が変わらず、親切で丁寧に対応した二人が、今回採用したレオンとニコルだ。もちろん、料理の腕も合格である。


レオンは濃い茶髪で緑の瞳が優しげで、元冒険者と聞いてもピンとこないくらい、やわらかな雰囲気を持つ32歳だ。

食堂を経営している実家で兄たちと料理を手伝っていたけれど、憧れだった冒険者への夢を捨てきれずに、家を出た。

約10年の冒険者活動では、着実にランク上げもでき、充実していたそうだ。でも、野営などで簡単な料理を作ることや仲間が食べて喜んでくれることが、自分が思った以上に楽しくて嬉しかったのだという。

年齢が30歳を超えて体力の変化を感じるようになり、今後のことを考え始めた矢先、やどり木亭の求人を見かけて応募したらしい。


もう一人のニコルは、ミルクティーのような柔らかい茶髪に鳶色の瞳の18歳。レオンとは対照的に元気が有り余っているような若者である。

ハキハキ喋り、声も大きく、とにかく元気がいい。

子供の頃から母親を真似て、実家で料理やパンやお菓子作りをするのが好きだったニコルは、パン職人を目指し、14歳から隣町のパン屋で働いていた。でもやっぱり、料理やお菓子も作りたいと考えていたところ、実家の両親からやどり木亭の話を聞き応募したのだという。

パンもお菓子も作れるなど、今のやどり木亭にぴったりの人材である。


ということで、レオンとニコルが、新しいやどり木亭の料理人に決まったのである。

トーマス料理長のもと、二人には存分に腕をふるってもらえることだろう。


この1ヶ月、食堂は宿泊客のみに限定したままで、朝食と夕食のみのを提供していた。


しかし、明日からはついに、朝から夜までのフルオープンだ。しかも、一般客の利用も開始である。

この日に備えて、ギルドに声をかけたり、あちこちにチラシを置いてもらったり、ご近所の皆さんに宣伝したりと集客活動にもいそしんだ。


「トーマスさんもレオンさんもニコルも、みんなが作るお料理おいしいんだよね〜!」


さらに、ニコルが作る焼き菓子類はたいへんにマリー好みだった。


「あれは絶対人気が出ると思う。そのうち、テイクアウトでも販売する?ギフト用の詰め合わせとかもいるかな?でもそうすると、人を増やさないといけないかも……いやいや、まずは明日のオープンだよ!!」


そして、食堂には給仕スタッフも加わった。ジェニーだ。

赤毛にヘーゼルの瞳をしたジェニーは27歳。切れ長の意志の強そうな瞳が印象的な美人さんだ。性格はさっぱりしているようで、大きな声で豪快に笑う。

3ヶ月前に王都から戻ってきたやどり木亭のご近所さんで、仕事を探していたそうだ。

当面は、朝からカフェタイムまでを中心に働いてもらうことになる。あとは、実際のお客様の来店状況を見ながらの検討・相談である。


ということで、明日はいよいよ、食堂のフルオープンだ。


「神様、いつもありがとうございます!明日はいよいよ食堂のフルオープンです。みんなに喜んでもらえますように!」


マリーはそう祈りながら、今日もぱんぱん!と柏手を打つのだった。

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