第3話 やどり木亭の改革3

 両親とトーマスさんから、やどり木亭で宿泊されるお客様に行っているサービスを事前に聞いておいたマリーは、これから新たに取り組みたいことをまとめておいた。

 若干12歳とはいえ、前世が平凡な日本人OLであることを思い出したの宿の娘マリーはやる気に満ち溢れているのだ。


 そんなマリーは、実は一応聖女である。まだ無自覚だけど。


 マリーはみんなから聞き取りをしてから、考えてきた案を紙に書き出した。


 ・幌付き荷馬車を使って運河港までの送迎

 ・宿泊されるお客様の靴のお手入れ

 ・宿泊されるお客様のお洋服の修繕

 ・食堂の見直し(営業時間とメニューの見直しとお弁当)

 ・商談用部屋の時間貸し


 まずはこの5つの取り組みだ。


 幸い、やどり木亭には古いながらも幌付きの荷馬車があるので人が乗せれるように少し手を入れて、「幌付き荷馬車を使って運河港までの送迎」だ。

運河港には定期便が1日4回発着する。その時刻に港と宿間の送迎をするのである。前世ではよくあった、駅までの距離が遠いホテルや宿が送迎を行なうシャトルバスだ。

 この世界ではマリーの前世のように通信機器も発達していないため、宿の予約をしないで訪れる旅人も多い。うまくいけばそんな旅人を宿に案内できるかもしれないし、宣伝にもなるかもしれない。

 ちなみに、他の宿が送迎をしていないことは調査済みである。



「なるほど。それは確かにお客様は助かるかもしれないね。当面は宿泊予約のある日だけ、臨時で御者を雇うことにするか。職業ギルドと冒険者ギルドに求人を出してみよう」


「それでね、パパ。荷馬車の幌にやどり木亭の絵を描いたらどうかな? 幌は白っぽい色だから絵を描いたら目立つでしょう?港に留まっていたら目を引くと思うの。一目見て“やどり木亭”ということがわかるし、しばらくしたらそれがうちの送迎馬車だと覚えてもらえるでしょう? そうしたら宿の宣伝にもならないかな?」


「おお、描くとも! 僕のマリーはやっぱり、天使な上に天才だな!」


 宣伝カーならぬ宣伝馬車である。



「ねえ、マリー、この“靴のお手入れ”と“お洋服の修繕”というのは?」


「それはね、“靴のお手入れ”はお客様の革靴をお預かりして磨くの。 旅先だと靴のお手入れ道具を持ち歩いていない人もいるでしょう?それに余裕がなくて、そこまで気が回らなかったりするかもしれないし。 でも宿でやってくれるなら頼みたいんじゃないかな?」


「確かにそうね」


「“お洋服の修繕”は、旅人は男性が多いからお裁縫が出来ない人も多いでしょう? 旅先でボタンが取れかかったり、袖口や裾がほつれたりしたのをお預かりして、翌日までに修繕したらどうかなって。 旅先では些細なことでも普段と様子が違って困ることも多いだろうから、お客様は助かるんじゃないかと思って」


「そうね。喜ばれそうだわ。でもママだけでできるかしら…」


「ママ、ご近所のお姉さんたちの中にお願いできる人はいない?」


 井戸端会議好きで賑やかな 『近所のおばちゃんたちに!』 と言わないあたり、気を遣える12歳である。


「まあ、マリー、そうね!ご近所の子育て中の皆さんに聞いてみるわ! そういえば、仕事をしたいけれど勤めに出るのは難しいと言っていたもの。 みんな靴のお手入れも、お洋服の繕いもできるから安心よ。きっと皆さん喜ぶわ!」


「ああ、それはいい。 マリアンヌからご婦人方には声をかけておいて、職業ギルドに内職で求人を出せばいいよ。 きっとみんなが応募してくれるだろうし、それ以外の人にも仕事を知らせることができるからね」


「職業ギルド!それが良さそう。パパ、ありがとう!」


 すると、それまで紙を見ながらじっと考えていたトーマスさんが口を開いた。


「食堂の見直しだけど、港までの送迎を始めるなら、営業時間は今までより1時間早くして7時半からにしたらどうかな。

 定期便の朝一便の出港が8時半だろ?馬車で港まで10分だから、7時半から営業すれば、朝食を食べても、8時に宿を出れば余裕を持って港につけるよね」


「ああ、僕もトーマスの案がいいと思うよ」


「それから、これからは宿泊以外のお客様も利用できるようにしたらどうかな?」


「ふむ。そうすると、食堂はこれまで通り僕も料理を手伝うつもりだったけれど、いっそのこと料理人を1人か2人雇って、営業時間を増やすか…?」


「あなた、それはいい考えだと思うわ。 これまでは朝と夜だけでしたけれど、宿泊客以外も利用できるようにして、1日中利用できるようになればご近所の方も利用しやすいと思うわ。マリーはどう思う?」


 マリーももちろん賛成だ。


「賛成! ねえ、トーマスさん。 お昼の利用客が減った後の時間から夕食でのご利用が増えるまでの時間は、カフェタイムにしてドリンクとデザートだけでも利用できるようにしたらどうでしょう?」


「ああ、それもいいね。 でも私はデザートはあまり作ったことがないんだ。 どんなデザートがいいのか、マリーちゃん、教えてくれるかい?」


「はい、もちろんです。ママも一緒にお願いしていい?」


「ええ、任せて」


 みんなでアイデアを出しあいながら話していると、どんどん楽しくなってくる。その後も、和気藹々と話し合いは続いた。


食堂は、朝7時~夜8時まで営業することになり、朝、昼、夜はそれぞれ定食を数セット用意することにした。

 また、朝の出発が早いお客様には、前日の申し込みでお弁当の対応ができるようにする。夜遅い到着のお客様にはお弁当を夜食として対応することになった。

カフェタイムは、紅茶やコーヒーとこの世界ではまだないカフェオレを、それぞれホットとアイスで。他には果実を搾ったドリンクを用意することにした。当面の間は、デザートは作り置きできる焼き菓子がいいだろう。

ただ、宿泊客以外のお客様が利用できるようにするには今のメンバーだけでは無理だから、少し先になりそうだ。


 結局、5つの取り組みは、それぞれ試してみることになった。実際にお客様をお迎えして営業しつつ、改善していくことになる。

 

 話し合いの後、セルジュが早速、職業ギルドと冒険者ギルドへ内職と料理人の求人を出しに行った。

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