第4話 忍び寄る暗い影
フランネル王国王都シャロームの王城の奥まったところにあるそれほど広くない部屋では、眉間に皺を寄せた男たちが集まっていた。
男たちは、フランネル王国の国王ルシャール・ザイン・フランネル、宰相のウィルフリード・サントス、宰相補佐のブライト・ロードライト、騎士団総長のバローム・ライハート、騎士団総長補佐のジェラルド・モーリス、王宮魔術研究所所長のテオドール・クライスト、魔術部長のエリオット・アルザイン、魔道具部長のリアム・バルドン。そして、白い祭服に身を包んだ大司教セーデ、司教のハリスだ。
「では、セーデ大司教、これは何かしらの力が働いている可能性があると?」
1300年前に神より与えられた聖石が、この数日で曇り始めたのだ。鮮やかな瑠璃色とに輝いていた球体の聖石が、突然、もやがかかったように曇り始めたのである。まだ全体には及んでいないし、もやもかすかなものではあるが、これは異常状態を示していると言えるであろう。
「ええ、サントス卿。聖石の急激な曇りなど、異常状態です。建国神話でも伝えられているように、聖石は曇ってはならないと言われています。
恐らくですが、聖石が曇るということは、瘴気が一定の基準を超えたということではないかと考えられます。そして通常ではそのようなことはありえないのです」
「我々研究所でもセーデ大司教と同じ見解です。聖石が曇るなどありえないことだ。
しかし実際に起きているのであれば、天変地異の前触れか、何か大きな力が働いた可能性も考えるべきでしょう」
教会と王宮魔術研究所がともに長い研究を重ねた結果、聖石は、悪い水や悪い土など良くないものから発生する瘴気を浄化していることがわかっている。
濃度が濃い大量の瘴気を吸うと動物は魔物化して凶暴になってしまい、人は病になると言われているのだ。
しかし、これらは通常であれば聖石によって問題なく浄化される程度のもので、聖石が曇ることなどないのである。
「クライスト卿も同じお考えか…。
大司教、瘴気が一定の基準を超えると、どのような影響が出るのですか?」
「作物や草木は枯れ、家畜や動物は絶え、多くの民が病に倒れる恐れがあります」
「これまで聖石が曇ったことはなかったのですよね?」
「ええ…聖石がもたらされてからは、ありません」
「聖石がもたらされてからは」
誰とはなしに、セーデ大司教の言葉が繰り返される。
「それは我から話そう」
それまで黙って話を聞いていた国王ルシャールが口を開いた。
「皆は1300年前の建国神話を知っているだろう?実はあの話には、その前があるのだ」
「…前、ですか…?」
「ああ。建国神話で、聖石は神が地上に与えたものだと伝えられているだろう?では、何故、神は地上に聖石を与えたのだと思う?ーー聖石を与えねばならぬ状況に、この地があったからだ。ーーーーーー悪しき力・リザゼルーーー悪魔によって」
「っ!!!!」
男たちの顔が驚愕に染まる。
「セーデは知っておるだろう?」
「ええ、陛下。我々司教には綿綿と伝えられていることです。悪しき力によって国が滅びに瀕し、神の手により、聖石により浄化され、救われたのだと」
「悪しき力、ですか・・・」
男たちの顔が強張る。
「発言をお許しいただけますでしょうか」
「ブライトか。許す。」
「本日出入りの商人が話していたのです。
王都の商会や大店に作物を収めている周辺の農村で、間も無く収穫を迎える予定だった作物の成長が芳しくなく、仕入れに影響が出るかもしれないという話が出ているそうです」
「関係があるかもしれないな」
「もう影響が出はじめたのか?」
「ブライト、その地域はどの辺りだ?」
「詳しくは確認中ですが、どうやら東部と北部方面のようです」
「では引き続き頼む。他の地域についても調査を行うように指示を」
「はっ」
「バローム、騎士団は文官の調査と連携して各地の団員を調査と警戒任務に当てよ。
突然このような変化が現れたのだ。人為的なものかそれ以外の何かかわからぬが、何かしらの要因が見つかるやもしれぬ」
「はっ」
「しかし、聖石をも曇らせる悪しき力とは」
「悪しき力、リザゼルについてはよくわかっておらぬ。実体があるともないとも言われておる。神がもたらした聖石を曇らせるものだ」
「物理的な攻撃などは一切効かぬやもしれませんな」
「悪しき力には、聖なる力を持ってするしかないのか」
「聖なる力・・・聖女か」
「できる対策をとるしかないとはいえ、よりによって、本物の聖女が失われた今・・・」
フランネル王国には聖女がいる。…がしかし、本物の聖なる力を持つ聖女は、もう200年ほど現れていないのだった。
重苦しい空気が漂う。
王国に暗い足音が近づいていた。
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