第2話 やどり木亭の改革2
「パパ、ママ、トーマスさん。やどり木亭は今、変革の時を迎えています!」
前世が平凡な日本人OLであることを思い出した、若干12歳の宿の娘マリーは、やる気に燃えている。
ちなみに、マリーは聖女である。無自覚だけれども。
「ああ、マリー! 大変だ、マリアンヌ。君と僕の天使が、何だか急に大人びてしまったよ」
「そうね。12歳の洗礼式を受けたからかしら」
「マリーちゃん、すごいじゃないか」
マリーの両親…セルジュとマリアンヌ…と宿の料理人のトーマスさんを集めて、宿の食堂で経営会議である。
お客様の邪魔にならないかって?
心配ご無用だ。なぜならこの1週間とこの先1週間、やどり木亭は宿泊客がゼロなのだから。
「パパもママも、トーマスさんものんびりしてないで! トーマスさんのお家には赤ちゃんが生まれたのよ? 元気に育てるためにはお金だっているんだから、ちゃんとお給料を払い続けるためにも、やどり木亭はお客様ゼロのままになんてできないの!」
マリーの両親、そしてトーマスさんは、急に大人びたマリーの言動を、先月受けたばかりのこの国の子供が12歳になると受ける洗礼式が原因だろうか…などと、ほのぼのと微笑ましく見守っていた。この国では12歳になると、ここまで無事に育ったことを神に感謝し、神の祝福を受けるものだ。
もちろん、マリーが急に大人びたのは、洗礼式を受けたからではない。前世の記憶を思い出したからなのだが…。
(も〜〜〜〜〜! パパもママもトーマスさんも〜〜〜〜〜!!)
どんな時でも笑顔でほのぼのしている両親も、いつも穏やかで優しいトーマスさんも、人としてすごいと思う。卑屈になることもなく、大変な時も明るく笑っていられることはすごい。暗いよりも全然いい。そうだ。いいけれども、いいけれども!
今はまだ、少ない貯蓄からトーマスさんのお給料を払えているけれど、今後もお客様がゼロの状態が続いてしまえば、この先どうなるかなんてわからない。もちろん、マリー家族の生活だってある。ここが踏ん張りどきなのである。
「やはりここは、私が頑張らなくては!!」と、マリーは強く頷くと、グッと拳を握り、決意を新たにするのだった。
マリーは前世の記憶が戻ってから、宿の帳簿や宿泊客の状況を調べたり、周辺の状況を調べたりと、現状把握に努めた。その結果、やどり木亭はまだまだ伸び代が大きいと判断した。
いや、ほのぼのと運営してきた宿だ。むしろ伸び代しかない。
マリーが決意を新たにしている間に、トーマスさんの子供の話ですっかりほのぼのと和気藹々と談笑を始めてしまった両親とトーマスさんに、マリーは再び宣言した。
「コホン! えーーー、注目してください! それでは、発表します。やどり木亭はこれから、“お客様に喜んでもらえる宿”を目指します!!」
「おお〜!!」と、3人から拍手と歓声だ。
やはり、ほのぼのしている。前世でいえば、まるで授業参観状態だ。
「それでね、えーっと、まずは、あまりお金をかけなくてもできることから始めたらどうかと思うの。 宿泊されるお客様に喜んでもらえることをやって、満足してもらえれば次も泊まってもらえるでしょう? 今は、泊まってくれるお客様自体が少ないし、すぐには難しいと思うけれど、何もしないよりいいと思うから!」
マリーは前世では大人だったし仕事もしていたけれど、平凡な普通のOLだった。何かに優れていたわけでもないし、特別な経営手腕などもちろんない。
ただ、「やらないで後悔するよりは、やった方がいい」と思って行動していた。人生は成功と失敗の連続だ。でも、失敗があるからこそ、成功もある。
もちろん、最初から成功するのがベストだろうし、最初から成功を導き出すのが賢い人の生き方だかもしれない。前世のマリーにそれはできなかったけれど、失敗することがあっても、それを確実に次へ繋げられれば良いと思っていた。
とはいえ、わざわざ失敗する必要はないのでしっかり考えるけれど、その考えは今も同じだ。
「そうだな。僕のマリーの言う通りだ。ただ泊まってもらうだけではなく、お客様に喜んでもらう、というのはとても良いと思う」
「そうですね。今までやっていたことが当たり前になっていましたが、いろいろと考え直す良い機会かもしれません」
「そうね。今までは漠然とただ泊まっていただいていたわ…。お客様に喜んでもらえることを考えるのはとても良いと思うわ。マリー、すごいわね!」
「ああ、僕のマリーは天使なだけじゃなくて天才だったよ!」
そうして満場一致で、でも、やはりほのぼのしながら、やどり木亭の「お客様に喜んでもらえる宿になる計画」はスタートしたのだった。
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