第12章 最後の秘密 ②
「すぐ終わるから、楽にしとけー」
「は、はい」
場の空気がピンと張り詰める。さっきと打って変わって、
「我が里の秘宝よ! この者を、望む姿へと生まれ変わらせよ!」
鏡から黄金の光が水のような形であふれだし、オレの体を包みこむ。眩しさに思わず目を閉じた。
「終わったぜ」
すぐに礼門さんの声が聞こえて、オレは恐る恐る目を開けた。最初に視界に入ったのは〈
「元に、戻った……?」
震える手で自分の顔に触れる。ちゃんと人間の肌の感触がした。
「いっちゃん、よかったよぉー!!」
「本当、ヒヤヒヤしたわよ! もう夏希ちゃん泣かすんじゃないわよ!」
「よ! 色男」
「
おじさんコンビがそろってニヤニヤしてるのが、なんかムカつく。
「しかし、お前さん、この俺に意見するとはなかなか根性あるな。キツネのままでこの世界に残って、
ガハハと豪快に笑う礼門さんだけど、オレには笑えない冗談だよ。まあ、黄介の相棒になるのは悪くないかな。
「父上、本当にありがとうございます!」
黄介は改めて礼門さんに頭を下げた。
「本当に良かった……」
「楓丸。今回の結婚は、全て誤りだったってことでいいんだね?」
楓丸の表情が一瞬強張るけど、ザクロばあちゃんの厳しい視線をしっかりと受け止めていた。
「はい……、本当に申し訳ありませんでした。どんな処罰でも受ける覚悟はできています」
「そうかい。まずは他の里へ詫びが先だ。お前さんにも同行してもらうよ。だがまあ、それはそれとしてだ」
ザクロばあちゃんはたずねる。
「お前さん、他に意中の相手はいないのかい?」
「それは……」
楓丸は口ごもりながら、ほんの一瞬、明音のほうをチラリと見た。それだけで十分答えになっているはずたけど、明音のほうは、ん?と首を傾げている。
……まさか、気づいてない?
「心に決めた人はいます。でも……、今の弱いままの僕では、彼女に結婚を申し込む資格なんてありません」
きっぱりと言い切った楓丸。今までの気弱な姿がウソみたいだ。
「だから、僕は強くなります。ここにいる樹や黄介のように。そしていつか、自分に自信が持てた時、改めて彼女に申し込もうかと思います」
「なら、精進することだね」
楓丸の答えに、ザクロばあちゃんは初めて表情を崩した。おばあちゃんらしい、優しい微笑みだった。
ザクロばあちゃんはそのまま、サンゴじいちゃんたちのほうに向かった。そっちにも何か声をかけるのかもしれない。それが長としてなのか、友だちとしてなのかは分からないけれど。
「じゃ、これはあなたに返すね」
ザクロばあちゃんと入れ替わるように、今度は夏希が楓丸に声をかける。その手には、〈約束の
「これ、まだ使えるのかな?」
「大丈夫だよ。それに、こっちのほうがキレイだね」
「良かった。いつかその日が来たら、その子に渡してあげて」
夏希からしおりを受け取ると、楓丸は大事そうに胸に当てた。もう絶対に離さないと誓うように。
「ちょっと、楓丸!! 心に決めた相手って誰よ? 私の知ってる子なの? そんなの聞いてないわよ!? 楓丸のクセに、あたしに隠しごとなんて生意気よ!」
楓丸と夏希に割りこむようにして、明音が騒がしく問いただしてきた。
「え、いや……」
さっきの力強さはどこに行ったのか、楓丸はいつもの調子に戻って、タジタジになっている。明音の様子だと、やっぱり全然気づいていないみたいだな。明音の性格もあるし、楓丸、苦労しそうだな……。
「さて、君たち」
オレたちの騒ぎに、
「仲よくなったところ悪いけれど、樹くんと夏希ちゃんは元の世界に帰らないとだねー」
「あ……」
大事なことなのに、すっかり忘れていた。全てが解決した今、オレと夏希は元の世界へ帰らないといけないんだった。
「そっか……、何か寂しくなるな」
最初は、夏希を連れて帰るって強く思い続けていたはずなのに。不思議な感じだ。
「本当にありがとう。樹のおかげで、一歩踏み出せた気がする。僕、がんばるよ」
楓丸の目にはまた涙が浮かんでいた。その肩を力強く叩いてやる。
「ああ、がんばれよ!」
コイツには、たくさんキツイことを言ったから、他にももっといろんな話をしたかったな。
「イチ」
「黄介」
泣かないようにガマンしているその顔を、オレもじっと見つめ返した。
「お前が勝手についてきた時は正直困ったけど、今はそれで良かったって思えるよ。本当にありがとう」
話しているうちに、黄介の声は震え、また涙がこぼれだす。それにオレまでつられて泣きそうになる。
「バカ! 泣くなよな!」
「バカってなんだよ? それに泣いてないし!」
ケンカみたいに言い合うオレたちに、楓丸がハラハラしている。だけど、途中で何だかおかしくなって、オレたち二人は一緒に笑い合った。
黄介は何か小さなものを取り出した。刀に着いていたイチョウの飾りだった。
「お守りだ。受け取ってくれ」
「サンキュ。じゃあ……、オレからはこれ!」
オレは黄介の左手を取って、赤いリストバンドをつけてやった。黄介は驚いたように目をパチクリさせる。
「オレにはもう必要ないからさ」
「ありがとう! 大事にするよ」
オレはお守りを、黄介はリストバンドを互いに見せあった。
「別れの挨拶はいいか?」
「真久郎様の術なら、間違いなく安心安全に帰れるよ。彼が直々に申し出てくれてねー」
なんだか嬉しそうな炎次さんに対し、真久郎さんは少し不機嫌そうだった。
「私の部下が迷惑をかけましたからね。他の種族となれ合い過ぎるのは禁物。適度な距離を保ち、均衡を守るべき。私のこの考えは変わりませんよ」
こんな時でも石頭な態度に、オレたちはちょっとだけムッとする。
「だが、お前たちを見ていたら、少しばかり改めてみても良いかもしれんな」
そう言って真久郎さんは、ほんの少し表情を和らげた。それに目ざとく気づいた炎次さんが絡んでいく。
「ほお! 鉄血の真久郎様も、樹くんのまっすぐさに感化されましたかな?」
「……うるさいですよ」
真久郎さんはまた仏頂面に戻ってしまった。炎次さんはワザとやってるな。
「それでは、始めようか」
真久郎さんは〈ワタリ石〉を掲げた。空中に浮かぶ魔法陣とそこに現れるブラックホール。元の世界への道が開かれた。
「いっちゃん……」
ブラックホールを前にして、夏希は少し不安そうにしている。オレはその手をしっかりとつかんだ。
「大丈夫。今度は一緒だから」
「うん」
オレの言葉に、夏希も強く握り返してくれた。
最後に、黄介たちのほうを見る。やっぱり寂しいし、黄介たちのこと、この世界のことをもっと知りたかったけれど。
「黄介! 元気でなー!」
「ああ、ありがとう! イチ!」
迷いを振り切るように、オレと夏希はブラックホールに飛びこんだ。あの時みたいにまた目の前は真っ暗になって、意識が遠のいていく。
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