第12章 最後の秘密 ②



「すぐ終わるから、楽にしとけー」

「は、はい」

 場の空気がピンと張り詰める。さっきと打って変わって、礼門れいもんさんは真剣な表情になり、呪文を唱え始めた。

「我が里の秘宝よ! この者を、望む姿へと生まれ変わらせよ!」

 鏡から黄金の光が水のような形であふれだし、オレの体を包みこむ。眩しさに思わず目を閉じた。

「終わったぜ」

 すぐに礼門さんの声が聞こえて、オレは恐る恐る目を開けた。最初に視界に入ったのは〈琥珀鏡こはくきょう〉だった。そこに、見慣れた自分の顔がはっきりと映っている。

「元に、戻った……?」

 震える手で自分の顔に触れる。ちゃんと人間の肌の感触がした。

「いっちゃん、よかったよぉー!!」

 夏希なつきが泣きながら抱きついてきた。ちょっと顔がニヤけそうになったけど。

「本当、ヒヤヒヤしたわよ! もう夏希ちゃん泣かすんじゃないわよ!」

 明音あかねのキツイ声が飛んできて、思わず姿勢を正す。こっちを睨む顔は怖かったけど、心配はしてくれたらしい。

「よ! 色男」

いつきくんも隅に置けないねぇ」

 おじさんコンビがそろってニヤニヤしてるのが、なんかムカつく。

「しかし、お前さん、この俺に意見するとはなかなか根性あるな。キツネのままでこの世界に残って、黄介きすけの相棒にしてもよかったな!」

 ガハハと豪快に笑う礼門さんだけど、オレには笑えない冗談だよ。まあ、黄介の相棒になるのは悪くないかな。

「父上、本当にありがとうございます!」

 黄介は改めて礼門さんに頭を下げた。

「本当に良かった……」

 楓丸かえでまるも安堵の笑顔を浮かべている。そこに、足音も立てずに、ザクロばあちゃんが近づいてきた。

「楓丸。今回の結婚は、全て誤りだったってことでいいんだね?」

 楓丸の表情が一瞬強張るけど、ザクロばあちゃんの厳しい視線をしっかりと受け止めていた。

「はい……、本当に申し訳ありませんでした。どんな処罰でも受ける覚悟はできています」

「そうかい。まずは他の里へ詫びが先だ。お前さんにも同行してもらうよ。だがまあ、それはそれとしてだ」

 ザクロばあちゃんはたずねる。

「お前さん、他に意中の相手はいないのかい?」

「それは……」

 楓丸は口ごもりながら、ほんの一瞬、明音のほうをチラリと見た。それだけで十分答えになっているはずたけど、明音のほうは、ん?と首を傾げている。

 ……まさか、気づいてない?

「心に決めた人はいます。でも……、今の弱いままの僕では、彼女に結婚を申し込む資格なんてありません」

 きっぱりと言い切った楓丸。今までの気弱な姿がウソみたいだ。

「だから、僕は強くなります。ここにいる樹や黄介のように。そしていつか、自分に自信が持てた時、改めて彼女に申し込もうかと思います」

「なら、精進することだね」

 楓丸の答えに、ザクロばあちゃんは初めて表情を崩した。おばあちゃんらしい、優しい微笑みだった。

 ザクロばあちゃんはそのまま、サンゴじいちゃんたちのほうに向かった。そっちにも何か声をかけるのかもしれない。それが長としてなのか、友だちとしてなのかは分からないけれど。

「じゃ、これはあなたに返すね」

 ザクロばあちゃんと入れ替わるように、今度は夏希が楓丸に声をかける。その手には、〈約束の一葉ひとは〉で作られたあのしおりがあった。

「これ、まだ使えるのかな?」

「大丈夫だよ。それに、こっちのほうがキレイだね」

「良かった。いつかその日が来たら、その子に渡してあげて」

 夏希からしおりを受け取ると、楓丸は大事そうに胸に当てた。もう絶対に離さないと誓うように。

「ちょっと、楓丸!! 心に決めた相手って誰よ? 私の知ってる子なの? そんなの聞いてないわよ!? 楓丸のクセに、あたしに隠しごとなんて生意気よ!」

 楓丸と夏希に割りこむようにして、明音が騒がしく問いただしてきた。

「え、いや……」

 さっきの力強さはどこに行ったのか、楓丸はいつもの調子に戻って、タジタジになっている。明音の様子だと、やっぱり全然気づいていないみたいだな。明音の性格もあるし、楓丸、苦労しそうだな……。

「さて、君たち」

 オレたちの騒ぎに、炎次えんじさんが割って入ってきた。その笑顔がやや引きつって見えるけど……、うん、気づかなかったことにしよう。

「仲よくなったところ悪いけれど、樹くんと夏希ちゃんは元の世界に帰らないとだねー」

「あ……」

 大事なことなのに、すっかり忘れていた。全てが解決した今、オレと夏希は元の世界へ帰らないといけないんだった。

「そっか……、何か寂しくなるな」

 最初は、夏希を連れて帰るって強く思い続けていたはずなのに。不思議な感じだ。

「本当にありがとう。樹のおかげで、一歩踏み出せた気がする。僕、がんばるよ」

 楓丸の目にはまた涙が浮かんでいた。その肩を力強く叩いてやる。

「ああ、がんばれよ!」

 コイツには、たくさんキツイことを言ったから、他にももっといろんな話をしたかったな。

「イチ」

「黄介」

 泣かないようにガマンしているその顔を、オレもじっと見つめ返した。

「お前が勝手についてきた時は正直困ったけど、今はそれで良かったって思えるよ。本当にありがとう」

 話しているうちに、黄介の声は震え、また涙がこぼれだす。それにオレまでつられて泣きそうになる。

「バカ! 泣くなよな!」

「バカってなんだよ? それに泣いてないし!」

 ケンカみたいに言い合うオレたちに、楓丸がハラハラしている。だけど、途中で何だかおかしくなって、オレたち二人は一緒に笑い合った。

 黄介は何か小さなものを取り出した。刀に着いていたイチョウの飾りだった。

「お守りだ。受け取ってくれ」

「サンキュ。じゃあ……、オレからはこれ!」

 オレは黄介の左手を取って、赤いリストバンドをつけてやった。黄介は驚いたように目をパチクリさせる。

「オレにはもう必要ないからさ」

「ありがとう! 大事にするよ」

 オレはお守りを、黄介はリストバンドを互いに見せあった。

「別れの挨拶はいいか?」

 真久郎しんくろうさんが声をかけてきた。その手にはあの〈ワタリ石〉が握られている。

「真久郎様の術なら、間違いなく安心安全に帰れるよ。彼が直々に申し出てくれてねー」

 なんだか嬉しそうな炎次さんに対し、真久郎さんは少し不機嫌そうだった。

「私の部下が迷惑をかけましたからね。他の種族となれ合い過ぎるのは禁物。適度な距離を保ち、均衡を守るべき。私のこの考えは変わりませんよ」

 こんな時でも石頭な態度に、オレたちはちょっとだけムッとする。

「だが、お前たちを見ていたら、少しばかり改めてみても良いかもしれんな」

 そう言って真久郎さんは、ほんの少し表情を和らげた。それに目ざとく気づいた炎次さんが絡んでいく。

「ほお! 鉄血の真久郎様も、樹くんのまっすぐさに感化されましたかな?」

「……うるさいですよ」

 真久郎さんはまた仏頂面に戻ってしまった。炎次さんはワザとやってるな。

「それでは、始めようか」

 真久郎さんは〈ワタリ石〉を掲げた。空中に浮かぶ魔法陣とそこに現れるブラックホール。元の世界への道が開かれた。

「いっちゃん……」

 ブラックホールを前にして、夏希は少し不安そうにしている。オレはその手をしっかりとつかんだ。

「大丈夫。今度は一緒だから」

「うん」

 オレの言葉に、夏希も強く握り返してくれた。

 最後に、黄介たちのほうを見る。やっぱり寂しいし、黄介たちのこと、この世界のことをもっと知りたかったけれど。

「黄介! 元気でなー!」

「ああ、ありがとう! イチ!」

 迷いを振り切るように、オレと夏希はブラックホールに飛びこんだ。あの時みたいにまた目の前は真っ暗になって、意識が遠のいていく。


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