第12章 最後の秘密 ①
「えぇーーー!!」
「き、黄介が……?」
「ウソでしょー!?」
大人たちは逆に声も出せないみたいだ。
ここでも冷静なのは、やっぱり
「オイラが里を出た経緯は、話したよな? オイラが跡を継ぐか迷っていた父上の仕事。それが〈タヌキの里〉の長なんだ」
「マジかよ……」
「黙ってて、本当にごめん」
オレと楓丸に向かって、黄介はさっきよりも長く頭を下げた。体が少し震えているのを見て、オレは迷わずその肩を叩く。
「気にすんなって! 誰にでも隠し事はあるだろ? それを今こうして言ってくれたんだし、チャラだよ!」
「イチ……」
顔を上げた黄介の目は、涙で少し潤んでいたけど、緊張が解けていくのが分かる。
「黄介が僕の悩みを分かってくれたのも、同じ立場だったからなんだね? 黄介が話を聞いてくれた時、気持ちが軽くなったんだ」
楓丸も、黄介の震える手を取った。形は違うけれど、長の跡継ぎとして悩んでいた二人は、照れくさそうに笑い合う。
「だけど、友だちのピンチに立ち上がったワケだね?」
炎次さんは黄介に注いでいた眼差しを、別の場所へと向けた。
「今の話、どう思いますかな? 礼門様」
「え?」
炎次さんが口にした名前に、場の空気がまたまた止まる。礼門って確か、〈タヌキの里〉の長、つまり黄介の父ちゃんの名前じゃんか!
炎次さんが見ていたのは、あの時木の下にいた、先輩の警備兵だ。それまでずっと無表情だった顔に、イタズラっぽい笑みを浮かびあがる。
「正直、見ててハラハラしたぜ?」
警備兵らしくないセリフと共に、黄色い煙がその体を包みこむ。煙が晴れた時、そこに立っていたのは、筋肉質のガッシリとした体つきのタヌキだった。着物の胸元には、黄色いイチョウの刺繍が見える。
「ち、父上ぇーーー!? 何故ここに!?」
森に響く黄介の悲鳴。額から汗が滝みたいに噴き出している。ここまで取り乱した黄介は初めだ。
「炎次に急に呼ばれてな。内密に来させてもらった。もちろんザクロ様も了解済みだ」
ニヤリと笑って、ザクロばあちゃんに目配せする礼門さん。だけどザクロばあちゃんは我関せずの涼しい顔。同じ長でもこれだけ違うんだな。
「家出した息子がこっちに来てるかもしれねぇ、なんて言われちゃ無視はできないからな。炎次がそんなくだらないウソをつくワケがねーし」
「ご信頼に預かり光栄ですな」
まるで子どもみたいなシメシメ顔の二人を、明音は呆れたように見比べる。
「父様と礼門様は、知り合いだったの?」
「若い頃はよく、里対抗の御前試合でぶつかったんだよ。一勝差で私の勝ちだけどね」
「は? 逆だよ、逆! 勝ってるのは俺様だろ!」
「はて? そうでしたかな?」
本気なのか、すっとぼけてるのか、わざとらしく首を傾げる炎次さん。
「二人とも、その件は今いいだろう?」
話が脱線しかけたところで、ザクロばあちゃんがようやく口を開いて冷静に軌道修正。先生に叱られた生徒みたいに、炎次さんも礼門さんも肩をすくめた。
「失礼しました。では、本題ですな」
礼門さんは黄介に目を向ける。父親の登場から、黄介の表情はずっとカチコチだ。
「黄介」
その肩を、オレはさっきより強めに叩いてやる。楓丸も優しく触れた。
黄介はオレたちを順番に見てから、一度だけ深呼吸した。そして、父親のところへ静かに歩き出す。
「父上、この度は、無断で里を飛び出し、申し訳ありませんでした。ですが……」
「詫びなんぞ、後でいい」
黄介の言葉を、礼門さんはスパッと遮った。黄介の体がビクッと震える。オレたちにも緊張が走った。けれど。
「俺に頼みごとがあるんだろ? まずはソイツを片づけてからだ」
意外な返事に、黄介は驚いていた。だけど、すぐにその表情を、今度は緊張じゃなくて、覚悟で引き締める。
「イチを、〈
力のこもった黄介の言葉。礼門さんからの反応はないけど、黄介は続ける。
「イチは大切な人を助けるため、この一件に巻きこまれただけです。それなのに、〈
黄介は頭を下げた。
「ソイツが〈永久変化〉を受けちまったのは、お前の責任じゃないのか?」
礼門さんの厳しい口調に、黄介の顔が強張る。
「ちょっと待てよ!」
オレは思わず口をはさんでいた。言葉づかいなんて気にしてられない。
「オレが黄介に無理やりついていったんだよ! 黄介はそんなオレのムチャを受け入れて、夏希を助けるために力を貸してくれたんだ。だから、オレがこうなったのは、オレの責任だ!」
別に自分が助かりたくて言ってるんじゃない。黄介が一方的に責められることに、オレは納得がいかなかった。オレを見る礼門さんの目にはビビったけど。
「それに、〈悪しき者〉があんな反撃に出るなんて、誰にも分からなかったじゃねーか! だよな? 炎次さん!」
自分にふられると思っていなかったのか、炎次さんは驚いて目をパチクリしていた。けれど、すぐニヤリと笑い返してくる。
「確かにね。恥ずかしながら、私もあれは想定外だったよ。礼門、君はどうだい?」
いつの間にか炎次さんは敬語をやめて、完全に友だちモードになっていた。
「何だよ? お前さんは、そっちにつくのか?」
「私はいつでも良い子の味方だからね。礼門こそ、答えはとっくに決まってるんじゃない? イジワルはほどほどにしないとね~」
全てお見通しみたいな炎次さんに、礼門さんは呆れたようにため息をつく。
「ぼ、僕からもお願いします!」
楓丸も飛び出して、オレの隣で頭を下げた。本当は内気な楓丸。よその里の長を前に緊張しないわけない。声も体もめちゃくちゃ震えていた。でも、真剣な思いはしっかりと伝わってくる。
礼門さんは、まずオレを見て、次に楓丸を見た。漂う威圧感にオレは少しビビってしまうけど、絶対に目だけはそらさなかった。
「お前はいい友だちを持ったようだな、
険しかった顔をくしゃりと崩して、
「ソイツのことは安心しな。ちゃんと元に戻してやっから。だたし、家出の件は里に帰って、改めて母上から説教な」
「父上……、ありがとうございます!」
安心したからか、黄介の目から涙がこぼれた。つられたのか、
「では、父上。イチを〈タヌキの里〉へ……」
「いや、それには及ばん」
そう言って礼門さんが懐から取り出したもの。それは、金色に輝く手鏡だった。
「ここで〈
全員固まっていることに気づいてないのか、礼門さんは自慢げに鏡を振りかざす。
「ちょっと礼門!? 何〈
首を前後にガコンガコン揺らされながらも、礼門さんは悪びれず言い返す。
「バカとは何だよ! なんとなく必要な予感がしたんだよ! あ、黄介、母上には内緒なー?」
「しかも奥さんに無断で!?」
あんなにも強敵だった炎次さんが、今は礼門さんに振り回されていた。礼門さんもなかなかクセが強いみたいだ。
「黄介の父ちゃんって、けっこうメチャクチャなんだな」
「失礼な! 豪快って言えよ! 男らしくてカッコいいじゃないか!」
オレがツッコむと、黄介は本気の顔で言い返してきた。その目がキラキラしているのを見て、オレは口をつぐむ。
なにはともあれ、〈永久変化〉の儀式が、ここですぐにできるのは助かるけど。
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