第11章 永久変化 ②

「うわぁーーー!!」

 オトの怪力とは比べ物にならない力で、オレは茂みの中に吹っ飛ばされた。すりむいて、ぶつけて、体中痛くて起き上がれない。

「う……」

「イチ、大丈夫か!?」

「いっちゃん!」

 茂みをかき分けて、黄介きすけ夏希なつきがオレのところへ走ってくる。楓丸かえでまる明音あかねも一緒だった。

 オレはなんとか起き上がろうとしたけれど。

「いっちゃん、そんな……」

「くそッ!!」

 息を呑む夏希と悔しそうな黄介。その声に、オレは自分の身に起きたことを察した。

 まず、最初に目に入ったのは、自分の手だ。それは、どう見てもキツネの手だった。幻か何かだと思いたかったけど、左手首にはあの赤いミサンガもちゃんとある。

 オレは、キツネになってしまったんだ。

「往生際が悪いヤツだねぇ!」

 呆然としているオレの耳に、ザクロばあちゃんの凄まじい怒りが届く。まだ中で黒い影を揺らす〈紅宝珠べにほうじゅ〉に突進していき、外した赤い襟巻きですっぽりと覆う。襟巻きの中で〈紅宝珠〉が激しく暴れている。

「おとなしく寝てな!!」

 鬼気迫るザクロばあちゃんの声に合わせて、赤い襟巻きは強く輝いて、その場を照らした。その中からは、〈悪しき者〉の苦しそうな声が聞こえてくる。

 ―グアァァァ! ワレノ、カイホウ、ジユウ……、ムネン……―

 その言葉を最後に、〈紅宝珠〉は静かになった。赤い光も少しずつ収まっていく。

「……やれやれだよ」

 少しぐったりとした様子のザクロばあちゃん。襟巻きを開くと、〈紅宝珠〉は元の赤いキレイな水晶玉に戻っていた。

「本当にこれで終わったようですね」

 ホッと胸をなでおろす真久郎しんくろうさん。だけど、炎次えんじさんが珍しく厳しい口調で言う。

「魂をこの場から霧散させ、暴走しかけた首のほうは再封印しただけですけどね。魂が再び動き出せばどうなるか……。やはり、魂も封印するか、滅さないといけませんね」

「あれほどの敵を相手に、難しいですな」

 そんなキツネたちの会話をよそに、オレは黄介の肩を借りてなんとか立ち上がる。

 オレがキツネになったことを知ると、大人たちも息を呑んだ。

 自分の手や足を何度も見回す。顔も触ってみる。動物の毛の感触がしっかりと伝わってきた。ウタに変化した時とは全然違う。

「オレ、本当にキツネになったのか?」

「いっちゃん……」

 夏希は目に涙を浮かべていた。オレはまた、夏希を悲しませてしまった。

「おばあ様!! いつきを元に戻せませんか?」

 悲鳴みたいな楓丸かえでまるの訴えにも、ザクロばあちゃんは静かに首を振る。

「〈紅宝珠〉で〈永久変化えいきゅうへんげ〉が行えるのは一人一回のみ。一度生まれ変われば、もう元の姿には戻れない。だから、どちらかが自分を変えてでも相手と添い遂げたい、そんな強い思いがなければ、実行してはいけない儀式でもある」

 ザクロばあちゃんの厳しい言葉に、楓丸はうなだれる。体は小刻みに震えていて、目からは大粒の涙が零れ落ちた。

「それほど大切な儀式なのに、無関係な人が巻きこまれているのに、僕は自分を守るため見て見ぬふりをしました。本当に……申し訳ありませんでした!」

「お前が自分の過ちを認め、悔いているのは分かる。けど、こればっかりは、どうにもならないんだよ」

 言い方は冷たいだけど、ザクロばあちゃんも辛そうだった。楓丸はそれ以上何も言えなくなって、ただただ泣きじゃくる。震えるその肩に、明音は優しく手を置いた。

「オレ、これからどうしたらいいんだよ?」

「うーん。〈キツネの里〉に住むしかないかなぁ?」

 いつの間にか、オレの隣には炎次さんが立っていた。こんな状況なのに、いつもの呑気おじさんに戻っている。

 さすがにムカついて、オレは炎次さんをキッと睨む。だけど、炎次さんの視線はオレではなく、別の誰かに注がれていた。気になってその先をたどってみると……。

「待ってください! オイラ……いえ、私なら、イチを元に戻せるかもしれません!」

 黄介の強い声が、諦めに満ちた空気を切り裂いた。

「イチ、オイラと一緒に〈タヌキの里〉に来ないか?」

「……何だよそれ? オレに、〈タヌキの里〉で暮らせってことかよ!?」

「違う!!」

 投げやりに聞いたオレに、黄介は強いまなざしを向ける。その気迫に押されて、オレは口を閉じた。

「〈タヌキの里〉の秘宝〈琥珀鏡こはくきょう〉を使えば、イチを元に戻せるかもしれないんだ。あれにも〈紅宝珠〉と同じ〈永久変化〉の力があるから」

 黄介の提案に、オレ以外の面々が驚く。

「でも、アンタ、ただの忍びでしょ? 下っぱの頼みで、そんな簡単に秘宝を使わせてもらえるの?」

「それは……」

 明音の鋭い疑問に、黄介は口ごもる。まだ何かを言いたそうだけど、その先を続けるかどうか迷っているみたいだ。

「黄介くんには、秘宝を使えるアテがあるんだよね?」

 助け舟を出したのは炎次さんだった。これまずっと、黄介に意味ありげな態度を取っていたことを思い出す。その顔は今、確信に満ちていた。

「炎次さんは気づいていたんですね。オイラの正体に」

「その身のこなしや術の使い方は、私が何度も戦ってきた厄介なアイツとよく似ていたからね、君は」

「黄介、何のことだよ?」

 オレが戸惑いながら聞くと、黄介は申し訳なさそうに言った。

「ごめん、イチ。最後に一つだけ、隠してたことがあるんだ」

 そう言って黄介は、懐から刀を取り出した。それをそこにいた全員に見せるように力強く掲げて、何かの術を唱える。すると、刀の鞘にイチョウの紋章が浮かび上がり、太陽の光を受けて金色に輝く。

「その紋章は、まさか!?」

 真久郎さんが何かに気づく。

 黄介は一度、深く頭を下げてから、顔を上げてピンと背筋を伸ばした。小柄な黄介が、今は不思議と大きく見える。顔つきも今までで一番凛々しい。

「〈キツネの里〉の皆さま、お初にお目にかかります。そして、これまでの無礼をお許しください。私は、〈タヌキの里〉の長、礼門れいもんの息子、黄介と申します!」

 森じゅうに、黄介の力強い声が響いた。

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