第10章 悪しき者 ①

 オレとニセいつきのやりとりに、ニセ黄介きすけは舌打ちした。黄介との打ち合いをやめて、ニセ樹のそばに立つ。オレたちはまた睨みあった。

「いやぁ、見事だったねー、樹くん」

 頭上から、炎次えんじさんの声が降ってきた。見上げると、赤い大きな布に乗って、炎次さん、ザクロばあちゃん、楓丸かえでまる真久郎しんくろうさんにサンゴじいちゃんと、キツネたちが勢ぞろいで降りてきた。山のふもとからは、警備兵も大勢駆けつけてくる。

 地上に降りると、赤い布はすぐに縮んで、ザクロばあちゃんの首へと巻きついた。あの襟巻き、万能かよ?

 炎次さんは、オレたち二人と、ニセモノ二人、それに夏希なつきを順に見た。

「〈紅宝珠べにほうじゅ〉と花嫁を奪った君たちを追ってみれば、なかなかおもしろい状況だねぇ」

 こんな時でも相変わらず楽しそうだ。警戒するオレたちに、優しい笑顔を向ける。

「安心していいよー。僕らはもう、君たちの敵じゃないから。話は上空で聞かせてもらった。〈紅宝珠〉を奪ったのは、君たちのニセモノということらしいね。さて、では君たちは一体、何者だい?」

 炎次さんの目つきと口調が一気に厳しくなる。

「それなら、オレ、分かったかもしれない」

「本当か? イチ」

「ああ、ニセ黄介の動きを見てたら、なんとなく。警備兵たちを次々と投げ飛ばしているのがあの時と……、オレが投げ飛ばされた時と一緒だった!」

 初めて会った『あの夜』も、落ち着いて振る舞おうとはしていたけど、短気な性格が表に出ていた。

 オレの言葉にたじろぐニセ黄介を、オレはびしっと指さした。

「ニセ黄介の正体はオトだ! それと……」

 その指を、今度はニセモノのオレへ。

「そっちのお前は、弟のウタだろ!」

「……バレてしまっては仕方あるまい」

 ニセ黄介の口から、昨日、診療所で聞いたあの恐ろしい声が聞こえてきた。どこからともなく黒い煙が現れて、ニセモノ二人を丸ごと包みこむ。その黒い煙が消えると、オレが言った通り、ニセ黄介はオトに、ニセ樹はウタに変わっていた。

 それを見たサンゴじいちゃんが小さくうめいて、その場に崩れ落ちる。

「申し訳ありません、ザクロ様……。私は、私は……」

 人質にされたうえに、道具としても利用されたんだ。ショックを受けるのは仕方ないよな。

「しっかりしな、サンゴ」

 弱々しく項垂れるサンゴじいちゃんを、ザクロばあちゃんは厳しく叱る。長としての偉そうな雰囲気じゃない。落ちこむ友だちを励ますような力強さを感じた。

「どういうことか、説明してくれるかい?」

「はい……」

 サンゴじいちゃんは顔を上げた。

「オトは、〈しき者〉に取り憑かれているのです」

「それは、いつからですか?」

「夏希様を迎えに行き、戻った後からです」

 炎次さんからの質問にも、サンゴじいちゃんはしっかりと答える。

「ひと月ほど前のことです。〈悪しき者〉の魂が突然私の前に現れ、孫たちの命と引き換えに、〈紅宝珠〉を手に入れるため協力せよと脅してきたのです。私は、里の平和と、自分の孫を秤にかけ……楓丸様から〈約束の一葉ひとは〉を奪ってしまいました。申し訳ありません! 楓丸様」

 サンゴじいちゃんは、楓丸に向かって深く頭を下げた。楓丸も悲しそうな顔だ。

「その後、薬草採取という名目で異界へ渡りました。年の近い人間の娘ならば誰でも良かった。最初にたまたま出会ったのが二宮夏希様だったのです」

 たまたま。その言葉に怒りがこみ上げるのを、オレはぐっと我慢する。今はサンゴじいちゃんを責めるときじゃない。自分にそう言い聞かせた。

「その時は、楓丸様に化けて、風に飛ばして夏希様が拾うように仕向けました。楓丸様の姿で渡さねば、『運命の大樹』からの承認は得られないので……」

 言葉につまるサンゴじいちゃんに追い打ちをかけるように、〈悪しき者〉の醜い声が響く。

「ククク。この娘に憑りつくのは簡単だった。真久郎に憧れ、力になりたいと強く願いながら、自身の力不足に悩んでいたのだ。弟のほうが神職に相応しいのではないかと」

 オトの顔で、〈悪しき者〉はニヤリとイヤな笑みを浮かべる。まるでオトをバカにするみたいに。

「その悩みを消し去り、願いを叶えてやろうと我が申し出て、娘はそれに応じたまでよ。まあ、少しばかり心を操作したがな」

「卑怯者め! 目的が達成されたのならば、二人を開放しろ!」

 真久郎さんは怒りをあらわにする。

「そのつもりだったが……」

 〈悪しき者〉の顔が邪悪に歪む。

「この娘の身体能力は素晴らしいものがある。首だけ取り戻しても、我はまだ充分には動けんからな。このまま代わりの体として、利用するのも良いかもなぁ? それに術使いの弟もなかなか有能だ」

「そ、そんな……」

 〈悪しき者〉の言葉に、サンゴじいちゃんの顔が真っ青になる。二人を助けるためにここまでしたのに。

 オレも怒りで震えるけれど、どうしたらいいかはわからなかった。

「……お前、最初から二人を開放する気なんてなかっただろ?」

 ゾッとするほど冷たい声が、すぐ隣から聞こえた。誰?と思ったけど、オレのすぐ隣にいたのは、黄介と……。

「その子は、この私が警備兵として目を付けた子だよ? 舐めてもらっちゃ困るね?」

「え、炎次さん?」

 口調も表情もさっきと変わっていない。それなのに、纏うオーラだけが不穏な炎次さんがそこにいた。

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