第9章 ニセ樹、現る ②

 ニセモノたちは、鳥居から神社に乱入すると、行列の先頭にまっすぐ突き進む。

 警備兵が二人を捕まえようと駆けつけるけど、ニセ黄介きすけはぽいぽいと投げ飛ばしていく。その動きに、オレはなんとなく見覚えがある気がした。

 警備兵たちをあらかた倒すと、ニセ黄介は祭壇まで一気に飛んだ。そこにいた警備兵もあっさり片づけて、〈紅宝珠べにほうじゅ〉をつかみ取る。

 一方のニセいつきは、夏希なつきのほうに近づいて、その手をつかんだ。勇気を出して守ろうとした楓丸かえでまるが、呆気なく押しのけられて転ぶのが見える。

 合流したニセ黄介が二人を軽々抱えると、そのまま高く飛びあがった。昨日の黄介ほど高さはないけど、神社から逃げるには充分だった。

 あっという間の出来事に、神社にいたキツネたちも、オレたちも、ただ茫然と立ちすくむことしかできない。

「イチ、追うぞ!」

「あ、ああ!」

 黄介の力強い言葉に背中を押される。

「スズメじゃ追いつけないな」

 黄介は印を結んで術を発動。オレたちは黄色い煙に包まれて、スズメからタカに姿を変えた。そのまま木から飛び立った時、さっきの警備兵たちの声が少しだけ聞こえた。

「タカ? さっき木の上で騒いでいたのって、スズメじゃ……」

「バカ! 今はそれどころじゃねーだろ!」

 空に出ると、木の上を飛び移っていくニセ黄介きすけの背中が見えた。夏希とニセ樹を抱えてるとは思えない動きだ。だけど、タカになったオレたちなら、なんとか追いつけた。

 ニセモノたちを追ってたどりついたのは、頂上に〈運命の大樹〉がそびえる〈朝露山あさつゆやま〉だった。

 大樹から少し離れたところに降り立つニセモノたち。そこにオレたちも続く。

「夏希ぃー!!」

 自分たちめがけて滑空してきた二羽のタカに、ニセモノたちは気づいて顔をあげた。夏希も、騒ぎで意識が戻ったのか、しっかりした目でこっちを見ていた。

 着地と同時に黄介が変化を解いて、オレたちは元の姿に戻る。

 近くで見ると、ニセモノのオレは頭のてっぺんからつま先まで、完全にコピーされている。そいつが驚きの表情でオレを見ている。

 驚くとこんなマヌケヅラなんだな、オレ……。少しだけ複雑な気持ちになった。ちょっとでもカッコつけたくて、ニセモノをびしっと指さしてやる。

「オイ、ニセモノ!!  夏希を返せ!!」

「ニ、ニセモノはそっちだろ? オレは夏希を助けにきたんだ!」

「じゃあ、なぜ、秘宝まで持ち出した!?」

 黄介も自分のニセモノを厳しく問いつめる。

「儀式を止めるためだ! あのままだと夏希さんはキツネにされていた!」

 ニセ黄介は、〈紅宝珠〉を守るように抱きしめる。

「戦になってもおかしくない重罪だぞ? タヌキ族の誇りにかけて、オイラはそんなこと絶対にしない!」

「フ、フン! ニセモノが偉そうに!」

 今までで一番激しい黄介の怒り。迫力に押されたのか、ニセ黄介は頼りなく言い返す。

 二人の黄介の激論を見守りながら、オレは夏希の様子をうかがう。夏希はニセ樹に手を掴まれたまま、オレとニセ樹を不安そうに見比べている。

「夏希、大丈夫か?」

 そんな夏希を安心させたくて、自分がホンモノだと伝えたくて、オレはできるだけいつもの調子で話しかけた。するとニセ樹は、焦ったように言葉をかける。

「夏希、アイツはニセモノだ! だまされるな!」

「で、でも……」

 夏希は混乱していて、表情も声も弱々しい。いつもの明るさ、気の強さはどこにもない。薬で意識を奪われていたから、仕方がないのかもしれないけど。

 夏希に、オレがホンモノだと分かってもらう方法はないか、オレは必死で考える。こんな時でも、いつものクセで、左手首のリストバンドに触れた。

 その瞬間、オレの中で電撃が走る。

 黄介に初めて変化の術を見せられた時のことを思い出す。

『変化の術は、術者が目で見た相手の姿が基本だ。だから、見えない部分や、知らない特徴までは再現できない。例えば、服で隠れたケガのあととか……』

 黄介の言葉と、オレが今思いついたこと。この二つが上手くハマったら、もしかしたら……。

「黄介、オレに考えがあるんだけど」

 ニセモノたちには聞こえないように、オレは小声で黄介に話しかける。

 顔はニセモノたちに向けたまま、黄介の耳がピクリと動く。オレの話を聞いてくれていることがわかった。

「ニセ黄介に邪魔されるとイヤだから、あいつの動きを止めて欲しいんだ」

「分かった」

 何も聞かずに、オレの提案受け入れてくれる黄介。こんなに心強い相棒はいない。

「じゃ、行くぞ!」

「おう!」

 黄介は、ニセモノの自分へ向かっていった。〈紅宝珠〉を奪われると思ったのか、ニセモノは距離を取ろうと後ろに下がる。同時に刀を取り出して、激しく打ち合う二人の黄介。

 突然始まった二人の戦いに、ニセ樹の注意がそっちに向く。その隙をついて、オレはニセ樹に飛びかかって、左手首を掴んだ。

「は、放せよ!」

 激しく抵抗するニセ樹に、負けじとオレは空いているもう片方の手で、ニセモノがつけているリストバンドをつかむ。一気にはぎ取れば……。

「やっぱり……!」

 そこには何もなかった。確認すると同時に、オレはニセ樹に振り払われた。少しだけ後ろに吹っ飛ぶけど、なんとか踏みとどまってニセモノを睨みつける。

「い、一体、何なんだよ!」

「それはこっちのセリフだよ!!」

 今度は自分のリストバンドをつかんだ。迷ったのはほんの一瞬だ。それを一気に外して、相手に見せつける。

「ホンモノは、オレだ!」

 オレのリストバンドの下から現れたのは、少しだけ歪な赤いミサンガ。あの日に夏希がくれたものだ。

「バンドの下のミサンガまではコピーできなかったみたいだな!」

 オレの言葉に、ニセモノのオレは悔しそうに顔を歪ませた。ニセモノでも、こんなカッコ悪い姿はちょっとイヤだな。

 夏希は驚いた顔でオレを見ていた。もしかしたら、あの時のことも思い出してるかもしれない。

 このミサンガをもらった時、オレは夏希を傷つけた。それをちゃんと謝ることもできなかった。だから、夏希の前でこのミサンガをつけるなんて、できなかった。でも、夏希の応援の気持ちを受け取って、ちゃんと着けたいって思いもあったんだ。

 だから、本当に情けないけれど、リストバンドでこっそり隠した。いつか、傷つけたことを謝って、お礼もちゃんと言えるように、内緒でそう願いをこめて。それがまさか、こんな形になるとは思わなかったけど。

「夏希、あの時のこと、本当にごめん。それと、ありがとな」

 オレは夏希の目をしっかりと見た。

「オレが必ず助ける。だから、一緒に元の世界へ帰ろう!!」

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