第9章 ニセ樹、現る ①
オレたちは森の秘密基地まで戻って、そこで朝を待つことにした。小屋に布団がないのがちょっと辛い。贅沢なんて言っていられないけどな。
でも、、明日のことを考えると、なかなか眠れなかった。
「イチ」
それは
「実は、黙ってたことがあるんだ」
そう切り出してきた声がなんとなく堅くて、オレも身構えて聞く。
「オレ、正式な忍びじゃないんだ。本当はまだ見習い。小さい時から憧れて、ずっと修行してる。でも、将来は父上の仕事を継がなきゃいけなくて。自分の夢か、一族の期待か、すごく悩んでた」
普通の家で暮らしているオレには想像できない難しい話だ。オレにはまだ、夢とかよく分からないし。でも、サッカーは続けたいかな。
「オイラはとうとう里を飛び出した。家族も知り合いもいないところへ行って、一人で考えたかったんだ。で、うっかり〈キツネの里〉に入ってしまった」
「え? 入っちゃダメなのか?」
それじゃあ、今ここにタヌキの黄介がいることって、かなりヤバいんじゃ。
「里の行き来自体は、許可証があれば問題ない。でも、思いつきで飛び出したオイラが、そんなものを持っているわけないだろ? 警備兵にあっさり見つかって、つい逃げてしまった」
「もしかして、ちょっと前に現れた侵入者って、黄介のこと?」
黄介は少し気まずそうにポリポリと自分の頬をかいた。
「多分……」
「黄介って結構ドジなんだな」
つい笑ってしまった。こっちの世界ではもう大人の仲間入りをしてるみたいだけど、こうしていると黄介もオレと変わらない普通の子どもだ。
「追い詰められてもうダメかと思った時、森の中で
「へえ、意外だな」
楓丸のあの性格だと、見ず知らずのタヌキと出くわしたら、迷わず助けを呼ぶか、ビビって逃げるかしそうなのに。
「オイラもびっくりしたよ。それで後から理由を聞いたら、『自分と同じくらいの子どもだったし、悪いヤツには見えなかったから』って」
「それはアイツらしいかも」
「おかげで、オイラは命拾いした。数日間、オイラはこの秘密基地で過ごさせてもらって、楓丸とは色んな話をしたんだ。楓丸が長の孫だということも知った。それですごく悩んでいることも」
「自分は力不足で、期待されてないってヤツ?」
昼間にここで楓丸が話したことを思い出す。自信なさげにうつむく弱々しい楓丸の姿も。
「楓丸の婚約が発表されたのは、それからまたしばらくしてから。ちょうどここで楓丸と一緒にいた時で、オイラが祝福の言葉をかけたのに、楓丸の顔は真っ青だった。そこで詳しい事情を知ったんだ」
「で、オレたちの世界まで探しに来たんだな」
「そうだ。楓丸はオイラにとって命の恩人だから、助けになりたいって思った」
黄介の義理がたさに、オレは感心する。
「何で急にそんな話をしたんだよ?」
「イチもオイラたちに、自分のことをしてくれただろ? オイラも自分のことを正直に話さなきゃいけないって思ったんだ」
オレにとってはただの恥ずかしい話だから、そんな風に言われるとリアクションに困る。でも、ようやくわかった気がする。黄介が楓丸のために必死になる理由、迷う楓丸を説得する理由を。
黄介は多分、信じてるんだ。自分を助けてくれた時、楓丸が見せた勇気を。
今回は、自分のウソが原因で、里が危ないかもしれない。もう跡継ぎどころの話じゃなくなる。そんな時、楓丸なら正しい答えを出せるって。
「明日、オイラたちが行動したら、楓丸のウソは、そこでバレてしまうんだな」
「けど、このままウソをつき続けるよりはいいと思うぜ?」
オレは自信を持って言った。それは、自分の苦い経験もあったからだ。
楓丸の意志をもう一度確認する時間はない。このままオレらが乱入に成功すれば、確かに楓丸の立場は悪くなるかもしれない。そのことに何も感じないわけじゃないけど。
楓丸のことははっきり言って頼りないと思う。だけど、黄介がこれだけ信じているなら、オレも信じてみようと思った。
日の出に合わせて、オレたちは秘密基地から、〈
神社の本殿前には祭壇が作られていて、そこに大きな赤い水晶玉が置いていあるのが見えた。
太陽の光を受けて輝くそれこそが〈
「夏希や楓丸は、今どこにいるんだ?」
「まだ屋敷だと思う。行列を組んで、こっちにくるはずだ」
儀式が始まる瞬間に飛びこんで、皆に〈悪しき者〉の陰謀を伝える。自分たちで決めたことだから迷いはないけど、こんなムチャな作戦がうまくいくかはやっぱり不安だ。だけど、やるしかない。
「この変化の術ってどれくらい持つ?」
「とびきり強い葉を使ってるから、儀式まではちゃんと持つよ」
自信満々に答える黄介。昨日の
「黄介って実はスゴイよな」
オレが思わずそう口にすると、黄介は照れたのか、顔が真っ赤になった。
「な、なんだよ急にほめて! って、『実は』は余計じゃないか?」
照れたり怒ったり忙しい黄介に、オレはつい笑ってしまう。
「だって、最初は頼りなさそうだったし」
「イチって一言多いな!」
暢気に話しているうちに、気づけばさっきまでの不安はなくなっていた。
ちなみにオレたちの声は、周りにはスズメの鳴き声にしか聞こえない。木の真下では、見張りの警備兵たちがこんな話をしていた。
「な、なんだか、さっきからスズメがうるさいですね……」
「儀式中に騒ぐようなら、追っ払っちまうか」
戸惑う若い警備兵に、あっけらかんとした年上の警備兵。まさかそのスズメたちが、里を騒がせている侵入者だとは思わないよな。
そして、太陽が真上に昇る頃。
作業にあたっていたキツネたちは下がって、入れ替わりに警備兵たちが配置に着いた。招待客の席には、炎次さんやサンゴじいちゃんの姿も見える。
「来たぞ」
〈暁月神社〉の長い石段を登って、キツネたちの列が鳥居をくぐってきた。
「境内の中央まで来たら、合図で列の前に飛び出す。着地と同時に変化を解くからな」
「わかった」
先頭で列を率いているのは宮司の
そのすぐ後ろに、楓丸と夏希の姿が見えた。夏希は白い花嫁衣裳に、『角隠し』とか言う、帽子みたいなのを被っている。顔が少し見えづらいけど、表情はなんだか上の空みたいだった。昨日〈悪しき者〉が言っていたように、薬で意識を奪われているのかもしれない。
隣の楓丸は黒い袴で、胸元に赤いカエデの葉っぱが描かれている。その顔が強張っている理由は、緊張だけじゃないんだろうな、なんて思う。
二人の後ろには、ザクロばあちゃんがいる。おめでたい場のはずなのに、顔が険しいのは相変わらず。着物は立派なものを着ているけど、赤い襟巻きだけは昨日と同じだった。あれで転ばされたことを思い出して体がムズムズする。
あとは親戚や住民たちがぞろぞろと続いている。しんがりはなんと楽器隊だ! そのゆったりとした音楽は、夏祭りとはまた雰囲気が違った。
行列が予定の場所まで近づいた時、黄介はいよいよ合図を出す。
「行くぞ!」
「おう!」
オレたちは木から飛び立とうとした。だけど。
「夏希ぃーーー!!」
夏希の名前を呼ぶ叫び声が境内の空気を震わせる。それは、オレの声だった。
だけど、オレはまだ変化を解いていない。
「何だよ、アレ!?」
「そんなバカな!!」
現れた二人組に、オレも黄介もその場にくぎ付けになる。
それは、どう見てもオレと黄介だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます