第8章 サンゴじいちゃんの秘密 ②
忍びとして勇ましく戦ってきた
「そうだ!」
オレはあることを思いついて、ポケットからアレを取り出した。この世界で使えるかはわからない。けど、もし使えるなら……。
突然、ガチャーンと音が部屋に響く。サンゴじいちゃんの手から滑り落ちた空ビンが、床で粉々に砕けていた。
「な、な、何故ここに……?」
サンゴじいちゃんは、ガチガチと歯を震わせた。
「お前の考えることなど、お見通しだ。それは明日、あの娘に飲ませるはずの薬であろう。我の目を盗んで、別物にすり替えようというのか?」
「わ、私は……」
「我に逆らうとどうなるか、知っているはずであろう。孫たちの命、惜しくはないのか?」
そういうことか。サンゴじいちゃんは、オトとウタを人質にされて、従っていたんだ。サンゴじいちゃんがずっと怯えていたのもそのせいだったんだ。
「最後の警告だ。おとなしく我に従え。全てが終われば、孫たちは無事に解放してやろう。だが、逆らえば命はないぞ?」
「……わかりました」
サンゴじいちゃんは苦しそうに返事をして、持っていた薬を棚に戻す。代わりに別のビンを手に取った。多分、そっちがもともと使うはずの薬なんだ。
「そう、それでよい。我は娘の監視に戻る。何やら想定外の者どもが現れたようだからな」
オレたちのことだ。ここにいることがバレたかと思って、一瞬ヒヤリとしたけど、〈
「ああ……」
サンゴじいちゃんは力がぬけたように床に座りこんだ。危険をわかってて、それでも薬をすり替えようとしたサンゴじいちゃん。最後の良心で、勇気を出したんだ。
なのに、それを〈悪しき者〉にあっさり気づかれて、完全に心が折れてしまったみたいだ。その小さな背中を見ているうち、オレの中で怒りが燃える。
「何とかならないのかよ? 事情を話して、オレたちに協力してもらうとか」
「さすがに無理だろうな。ここまで脅されんじゃ」
サンゴじいちゃんはよろよろと立ち上がり、診療所を出て行った。夏希に飲ませる薬をしっかりと持って。
オレたちの緊張もやっと解けて、二人同時に座りこむ。
「手がかりどころか、真相にたどりつくなんてな」
「このことを何とか、ザクロ様にも知らせたいけど……」
「知らせればいーじゃんか」
「オイラたちは侵入者だぞ? 信じてもらえると思うか?
「それなら、コレがあるぜ!」
ちょっと得意げになりながら、さっき使ったモノを見せた。黄介はソレを初めて目にするらしくて、目をパチクリさせる。
「それは何だ?」
「オレのケータイ。これでさっきの会話、全部撮った」
夏祭りで八尾が動画アプリを使ってみんなを撮影していたことや、を思い出したからだ。さすがにこの世界でネットやメールは使えないけど、カメラは使えた。それでサンゴじいちゃんと〈悪しき者〉の会話を録画したんだ。
念のため、さっき撮ったものを黄介と確認する。扉の隙間から無理に撮ったから、映像は見づらかったけど、会話はしっかり入っている。
「すごいよ! イチ!」
珍しく黄介は興奮して叫んだ。誰かに聞かれていないか、今度はオレが心配する番だ。
ケータイはオレたちの世界のモノだから、これを証拠として信じてくれるかは分からない。けど、ないよりはマシだろ? 話くらいは聞いてくれるかもしれない。問題は、これをどうやってキツネたちに見せるかだけど。
オレはなんとなく浮かんだことを話してみた。
「黄介、オレ思ったんだけど、このままコソコソしてても仕方がない気がするんだ。だから、明日の儀式に直接飛びこんでみようぜ。そこで、この動画を見せるんだ」
作戦とも呼べないオレの提案に、黄介はあんぐりと口を開ける。
「さすがにそれはムチャなんじゃ……」
「だけど他にいい案ないだろ? 重要なのは夏希を助けることだけじゃない。この里に近づいている危険を、みんなに知らせないと」
最初は夏希さえ助けられればそれでよかった。でも、この里を走り回って、色んなことを知って、それだけじゃダメだと思ったんだ。
「オレは別の世界の人間だから、この里も国も、関係ないのかもしれないけど。黄介にはいっぱい助けてもらってるからさ!」
「イチ……」
黄介はしばらく考えこんでから、強くうなずいた。
「分かった。かなり危険かもしれないけど、お前の作戦に乗るよ」
今度は黄介のほうから、拳を出してきた。オレは当たり前のように自分の拳をぶつける。気づけばオレたちの間で定着していたのが、嬉しいし、心強い。
診療所を出ると、もう太陽は西に沈みかけていた。この世界へきて、とうとう夜になるんだな。だけど、すごく長く過ごしていた気がする。
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